0037.皮膚呼吸である!
二日目。
グレイヴバードへのリベンジまであと三日。
俺はマナの扱いについて、アノンに教わり
あとは一人で練習していた。
といっても、
完全に一人というわけでもない。
少し離れた場所では、カルドが
「ふっ」「ふん」と短く息を吐きながら、
大盾を振り回している。
昨日は振り回すってだけの動きが、
今では手足のように動かしていくから怖い。
(……やっぱ、あいつ天才だろ)
さらにその向こうでは、
セリアとアノンが楽しそうに魔法の練習を。
杖の先に光を灯したり、土を浮かせたり、
セリアがアノンのローブの裾だけを
ピンポイントで濡らして怒られてみたり。
わりと楽しそうだ。
ちなみに俺は、そこに近づこうとした瞬間、
「ヴェルさんは意地悪だからダメです」
「そうじゃ、意地悪な凡人はお断りじゃ」
と、女子連合に追い返された。
女子の結束は恐ろしい。仕方ない。
(……よし、マナの扱いね)
アノンの言葉を借りるなら、
今の俺がまともにできるのは
『媒介にマナを蓄積すること』だろう。
風を刃に乗せる、あれだ。
魔法として放つわけじゃないから、
『体内のマナを魔法に変換』とか、
『大気中のマナを直接使用』とかは、
まだ関係が薄い。
ただ一つ、今後絶対必要になるのが、
(ナイフを“戻す”ための、体内蓄積だよな)
魔法ナイフを再構築するには、
体内にマナを“置いておく”必要がある。
でないと投げたら投げっぱなしで終わりだ。
アノンにそこだけ土下座覚悟で頼み込んだ。
コツは教えてもらった。問題は内容だ。
「イメージは“皮膚呼吸”じゃ!」
アノンは誇らしげに胸を張った。
(皮膚呼吸したことないんだよなぁ)
怪訝そうな顔をした俺を見て、
アノンが呆れ顔になる。
「これだから凡人は! よいか?
生物が息を吸うとき、
必要なのは“空気”ではなく“酸素”じゃろう?
空気から酸素を分けて取り出す。
それを“マナ”でやるイメージなのじゃ!
ついでに肌でな!!」
言いたいことは、分かる。
分かるが、やり方が分からんのだよ。
(“分子が振動すると熱くなる。
さあ、これを温めてみよ!”
って言われてる感じなんだよな……)
その“振動させる方法”が知りたいんだわ。
──そこで、ふと気づいた。
(待てよ?)
俺はナイフを再構築してがっつり疲れた。
けど、気づいたらその疲労は抜けていた。
(ってことは、知らないだけで、
マナは“勝手に”入ってきてるんじゃないか?)
俺は目を閉じ、空気を読む。
風の流れだけじゃなく、
その中に滲む“マナ”らしき気配を探る。
じっとしていると、ほんの、ほんのわずか。
周囲のマナが俺の方へ寄ってきている。
(なるほど。自動回復モードは入ってるのか)
ただしこれは、あくまで“自然回復”レベル。
アノンの言い方だとおそらく、
それを「意図して加速させる方法」がある。
だからこそ“技術”として確立されてる。
(仕方ない、もう一回頼み込むか)
俺は立ち上がって、
アノンたちのところへ向かった。
「紅蓮の大魔導師にして──
あの千年郷ゼノンの娘であらせられる、
アノン先生! いや、アノン様!」
いつになく丁寧に、腰を折る。
「この凡人めに一度、
“マナを体内に取り込む様子”を
見せてもらえませぬか! 何卒何卒〜!!」
「ほほぅ!」
アノンの耳がぴょこっと揺れた。
満面の笑みである。
「随分と殊勝な心がけじゃな!
妾も貴様ほど暇ではないが……。
偉大さを目に焼き付けたいと言うならば、
致し方あるまい。見せてやろう!」
(ちょろ……いや、ありがとうございます)
俺は余計なことを考えないようにしながら、
集中して空気の流れを読む。
最初は、いつもと同じ。
周囲のマナがふわふわと漂っているだけだ。
けれど、アノンが静かに目を閉じた瞬間。
(……おい)
風景が変わった。
例えるなら池に巨大な穴が開いたみたいな。
マナが、ブラックホールに
吸い込まれる砂みたいに、
ぐわっとアノンに向かって流れ込んでいく。
俺の感覚ですら追いつけない速さで、
渦を巻きながら集まっていた。
(こいつ本気ですごいやつなのかもしれない)
普段のポンコツぶりやアホ声と、
今目の前で起きてる現象のギャップに、
素直に戦慄する。
やがてアノンが目を開けた。
「どうじゃ、凡人。
参考になったかは知らぬがこれで満足か?」
どや顔である。
だが、こればかりは何も言えない。
「ああ。参考に“は”できないかもしれないが、
本気でお前がすごいのは分かったわ」
素直に言葉が出た。
「……ふ、ふんっ。当然の評価じゃな」
アノンの口元が、嬉しそうに緩む。
「さんきゅーな」
俺は軽く手を振り、
元の場所に戻ろうとした。
その背中に、アノンの声が飛んでくる。
「そうじゃ、凡人。
感覚が掴める方法を一つ伝授してやろう!」
振り返ると、アノンは胸を張っていた。
「漂うマナは、常に“居場所”を求めておる。
ゆえに、マナの足りなくなった身体を見つけ
そこへ飛び込んでくるのじゃ。
まぁ、妾の器は大きく、最適の住処。
だからあの通り、集まりもよい」
しっかり自己アピールを挟んできた。
「イメージは、そうじゃな……。
体内のマナを“器”からどけて、
空きスペースを用意してやる。
そこへ外からマナが入り込む」
どうやってどけるのかと思ったが、
まぁ、それはいい。続きを聞く。
「そうして、マナが入ってきたあとに、
どけていたマナを戻してやるのじゃ。
凡人に分かるかのう?」
(腹立つ顔だな)
だが、言ってることは分かりやすい。
いわば真空状態を作ると、
空気がよって来るようなものなのだろう。
ただ、スペースを開けるだけではなく
真空を作るのがコツなんだな。
「それとマナの器は“空”にすればするほど、
“もっと必要だ”と思って拡張されていく。
感覚が掴めるまではとにかくマナを使い
“飢餓状態”にさせるといい。
その時の疲労はすごいがのう」
なるほど、それはいいことを聞いた。
(なんやかんやで、こいつ。
ちゃんと教えてくれるんだよな)
「聞いておるのか、凡人!」
「聞いてるよ。ありがとなー!」
ちゃんと頭を下げてから、
俺は再び空き地の端へ戻った。
(マナをどけて、真空を作るか……)
イメージは出来る。
問題はそれを身体に落とし込めるかどうか。
「……こうか? こうなのか?」
しばらく、立ったまま目を閉じて、
あれこれやるが、どうにも手応えがない。
器だのスペースだの、脳内に図はできれど、
現実の感覚が付いてこない。
(しゃあねえ、器を大きくする方からやるか)
というわけで、方針変更。
とにかく、使って減らす。
減らした分だけ、自然回復やら何やらで、
器が拡張される理屈らしい。
(つまり、投げては再構築、
投げては再構築、ってやつだな)
俺は魔法ナイフを握りしめ、
深呼吸してから走り出した。
ナイフに風を込めて、木を狙って投げる。
少し距離を伸ばし、また投げる。
手元に意識を集中し「戻れ」と念じ再構築。
ぶぉん、と手の中に戻る。その度に、
じりっと身体の奥が削れていく感覚がある。
(……よし、効いてる効いてる)
調子に乗った俺。そこでやめればいいのに、
更にペースを上げてゆく。
投げては再構築。
投げては再構築。
距離も、回数も伸ばしながら、
同じ動作を何度も何度も繰り返す。
視界の端でカルドがちらりと見た気がする。
セリアとアノンも、不安げにこっちを見て
ひそひそ話していたような気がする。
(大丈夫大丈夫、まだいける)
そう思った次の瞬間。
足元が、ふっと消えた。
地面が遠ざかる。目の前の景色が、
ぐにゃりと溶けるみたいに歪んでいく。
(……あ)
そこから先の記憶は、ない。
◇
「……ん」
目を開けると、見慣れた天井があった。
ゴードンじいさんの家の、寝室の天井だ。
身体が鉛みたいに重い。
指先を少し動かしただけで、
どっと倦怠感が押し寄せてくる。
「起きたか、ヴェル」
横からカルドの声がした。
椅子に腰かけて、じっとこっちを見ている。
「……俺、やらかした?」
布団の端から、アノンの声が聞こえてきた。
「本当に“才能のない”ものは、
分別がつかないものじゃなぁ〜。ぷぷっ」
こいつ、聞こえるように言いやがった。
「……うるせぇよ、紅蓮のなんとか」
言い返したいのに、喉がうまく回らない。
とりあえず布団を被って現実から逃げた。
「でも、頑張ってたのですよ?」
セリアの穏やかな声も聞こえる。
そのフォローが逆に刺さる。
こうして二日目の修行は、
俺の壮大な“寝落ち”であっけなく幕を閉じた。




