0035.ふぇぇ……
アノンが抱えてきたローブは、
ひと目で分かる“良いモノ”だった。
薄い水色が差し込まれた白を基調に、
布地はさらりとして軽い。
裾と袖には銀糸で細かい刺繍が走っていて、
光の角度で淡くきらめく。
胸元から腰にかけは、
銀色のラインが縦にすっと伸びていて、
「高いです」と自己主張している。
そして極めつけに、
フードの形がケモ耳っぽい。
(……いるのか、この世界にもケモ耳好きが)
さすが魔具屋。
需要をちゃんと分かってやがる。
「わぁ……」
セリアはローブを見た瞬間、
ぱあっと顔を輝かせた。
ひと目で気に入ったのが丸わかりだ。
だが、その表情はすぐに
「やっぱりダメです」の顔になる。
「……これ、すごくお高いのでは……?」
おずおずと口にするセリアに、
アノンは腕を組んでドヤ顔を決めた。
「何を言う! 気にする必要はない!
……と言っても、気にする者であろうと、
妾はしっかり見抜いてもおる。
ゆえに! ちゃんと“安いもの”を探して
選んできたのじゃ!!」
胸を張るアノン。
「どうだ、妾、空気が読めるであろう!」
……その横で、
店主ドワルンが満面の笑みで口を開く。
「えぇ、そのローブ、240万ゴルドですな。
アノンお嬢ちゃんからすれば
随分と“安い買い物”ですね!」
「どうじゃ?これが 240万じゃぞ!?
妾の言ったとおり“安い”であろう!」
ドヤ顔が一切揺らがない。
逆にすごい。どんな感覚なんだ。
(アンタはだぁーっとれぇい!)
心の中で某波紋使いが叫んだ気がした。
いいぞ、もっと言え。
ただ、高いのは見た目だけじゃないらしい。
ドワルンがローブの裾を持ち上げ、
内側の縫い目をスッと指さして言う。
「これはな、“集束紋”って言ってね。
まわりに漂う大気中のマナを、
自動的にこのローブの持ち主の周りに
引き寄せる仕掛けが施してある」
「マナを……寄せる?」
「そう。魔法の素養が少ない者でも、
“使えるマナの量”が底上げされる。
つまり、同じ術でも効果が変わる。
より簡単に、より強く使えるってわけだ」
聞いてるだけで強い。
値段も強い。
「む、無理無理無理! 無理です!!」
セリアが慌ててローブを胸の前で押し返す。
肩をすくめるドワルンの横で、
アノンがもじもじし始めた。
「よ、よいのじゃ……!
だって妾達は……その、アレじゃろ?
……アレ、じゃろ?」
視線を泳がせながら、
こっちをチラチラ見てくる。
(なんだよアレって。ちょろすぎないか?
どれだけ今まで“仲間”いなかったんだ……)
だが、そこでセリアの表情が変わり、
さっきまで遠慮がちだった目が、
少しだけ強くなった。
「だめです」
はっきりとそう言って、
セリアはローブを胸の前で押し留めた。
「受け取れません」
アノンの顔から、ドヤが抜け落ちる。
「な、なにゆえじゃ……?
……妾から離れていくのか?」
震えた声。
セリアはすぐに首を横に振った。
「いいえ」
いつもの穏やかな声で、しっかりと否定する。
「仲間だからこそ、です。
アノンさんとは“お金で作ったような関係”には
なりたくありません」
アノンの両手をそっと握りしめ続ける。
「アノンさんの気持ちは、本当に嬉しいです。
選んでくれたローブも、すごく可愛くて……
私も、正直なところ、とても欲しいです」
そこまで言って、セリアは苦笑した。
「でも、アノンさんを大切にしたいから。
アノンさんが“都合のいい人”
みたいになってしまうのは嫌なんです」
言葉を一つ一つ選ぶように、ゆっくり紡ぐ。
「いつか、ちゃんと私自身の力で、
このローブが似合うような人になって……
そのとき、胸を張って一緒に笑いたいです」
アノンの赤い瞳が、大きく見開かれた。
「ふぇぇ……」
涙が一気にあふれ出す。
さっきまでの尊大な態度は消え失せて、
完全にただの泣き虫エルフだ。
「え、えっ、違う、伝わってない……?」
セリアがあわあわし始める。
「あっ、アノンさん!
あの、誤解しないでくださいね!?
私、本当に欲しいんですよ!?
でも、今の私にはちょっと、その……
あまりにも高すぎて……!」
困り果てていると、
そこでカルドが口を開いた。
「……借金、だな」
全員の視線がカルドに向く。
「今後、依頼の報酬の一部を、
アノンに返済として支払う。
セリアとヴェル、そして俺からもだ。
それで、ローブと杖を“買う”形にすればいい」
淡々と言い切るカルド。
借金の話なのに、妙に頼もしい。
「パーティメンバーだからな。
セリアに必要な装備だと判断するなら、
俺に異論はない」
「……俺もない」
セリアはパーティの後衛だ。
強くなってもらった方が、
俺達の生存率が上がる。
そのうえで、関係を“借り物”じゃなく、
“取引”にしておくのは悪くない落とし所だ。
「ふぇ……?」
アノンが、涙目のまま俺たちを見回す。
「そ、それで、よいのか……?
妾に、借金を……?」
「むしろ、そうでもしないと
お前一生『奢る側』で終わるぞ」
思わず本音が漏れる。
「妾はそれでも構わんが!?
いや、やはり少しは構うかもしれぬ……!」
ぐらぐらしてて面白い。
セリアがもう一度、ゆっくり頷いた。
「……それなら、私も構いません」
「ほ、本当に?」
「はい。アノンさんに
“買ってもらった”ローブじゃなくて、
アノンさんと一緒に
“手に入れた”ローブになりますから」
アノンの頬が、真っ赤になった。
「そ、それでいいのじゃっ!!
だから……“いらない”とか、
二度と言うでないのじゃぁぁぁ……!」
そう叫んで、アノンはセリアに飛びついた。
セリアは少しよろけながらも、
しっかり抱きとめる。
(そういえば、アノンってセリアのこと
“短命種”とか“凡人”とか言わないよな……)
多分、めちゃくちゃ好きなんだろう。
素直じゃないけど。
破談になりかけていた空気が、
ぐるっと反転して“購入モード”になると、
ドワルンはローブと杖を素早く、
カウンターへと運んでいく。商売人だ。
その背中に、
アノンがぴしっと指を突きつけた。
「――待て、ドワルン!」
「ん?」
「此奴用の魔法のナイフも運べ!
妾は見ていたのじゃ。
物欲しそうに見ていた凡人を!」
指された“此奴”は俺だ。
「いや待て待て。俺はそんな――」
「お主も妾に借金じゃ!」
ぴしゃりと遮られる。
「これで妾は“臨時”ではなく、
本格的にパーティメンバーじゃからな!
妾を勝手に追い出すことは許さん!」
「なんて勝手な理屈だよ!」
カルドは苦笑しつつ、俺の肩を軽く叩いた。
「諦めろ。……悪い話ではない」
俺は盛大にため息をついた。
「……わかったよ。
どうせなら、ちゃんと役立たせてもらう」
カウンターには、黒に近い深い翠色の柄
俺が最初に見た細身の物が置かれていた。
刀身は二色からなり、中心を青。
刃の部分が鈍い銀色で、
光をあまり反射しないマットな仕上がり。
根元には小さな紋様が刻まれており、
触れるとひやりとした感触と共に、
かすかな反応が返ってきた。
軽く振ってみると、
重さはほとんど感じない。
空気と一緒に、
手の延長で飛んでいきそうな感覚だった。
一方セリアの前には、
白木の杖がそっと置かれた。
滑らかな円柱の表面には、
ごく薄い青い線が木目のように走っている。
先端には、海のような青と
森のような緑の宝石が葉っぱの形の金具に
抱かれるように取り付けられていた。
セリアがそっと握ると、
杖の宝石がほのかに光る。
「わぁ……さっきのより、
もっと魔力の流れがはっきりします……」
「それは“調和”と“循環”のマナを集めて蓄積し、
増幅しやすいように調整してある。
治癒や補助術にはうってつけさ」
とドワルン。
そして、ローブ。
ケモ耳フード付きの白地ローブは、
セリアが袖を通した瞬間、
まるで“元からそうだった”みたいに馴染んだ。
薄い水色の差し色と、先ほどの銀の刺繍が、
セリアの柔らかな雰囲気を
そのまま外側に表現しているようだった。
「に、似合ってますか……?」
おそるおそる回ってみせるセリアに、
アノンが即答する。
「似合いすぎて妾が妬けるレベルじゃ!」
「え、えっ、そんな、そんなこと……!」
セリアは真っ赤になって慌てる。
アノンはそれを見て誇らしそうに胸を張る。
「そして、これは私からのサービスです」
と店主は一冊の本をくれた。
法術の基本が書かれているらしい。
妻が挑戦したけど三日でやめて
ホコリを被ってるだけだったのだと。
ぐっ! とサムズアップする女性ドワーフ。
やっぱり奥さんだったんだな。
こうして俺は魔法ナイフを。
セリアは青と緑の宝石付きの白杖と、
ケモ耳フードのローブ、初級の法術の教本。
そしてアノンは――
俺たちの正式な“借金取り”
兼パーティメンバーとしての立場を。
それぞれ手に入れたのだった。




