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0033.大きな凡人



 次の日の朝。


「いつまで寝ているのじゃああああ!!

 妾はお腹が空いたのじゃああああ!!」


 アホみたいに通る声が、

 居間から響き渡った。


 いや、アホ“みたいじゃなくて

 正真正銘アホだな、紅蓮のなんとかさん。


(無視して二度寝……)


 布団をかぶり直したところで、

 足音がこっちに近づいてくる気配がした。


 ガラガラガラッ、と勢いよく引き戸が開く。


「起きろ短命種共!

 そもそも人生短いのに惰眠に更けて

 時間を粗末にするでない!!」


 寝込みに説教とは、新手の拷問か。


「ほら、着替えじゃ!」


 部屋の隅に畳んであった服やら何やらを、

 アノンは遠慮ゼロのフォームで投げてくる。

 胸と顔にぐさぐさ刺さるように。解せぬ。


「今日は妾に案がある。

 急ぎ準備をするが良い! わっはっはー!!」


 言いたいことだけ言って去っていく

 紅蓮の暴君という名のチビっ子。

 俺はカルドと目を合わせた。


「……どうする?」


「起きるしかないな」


 まあ、そうなるよな。


 渋々布団から這い出て着替えて、

 寝癖を適当に手で潰してから居間へ向かう。

 


 居間には、ドヤ顔で胸を張るアノンと、

 目の下にクマを浮かべたセリアがいた。

 セリアは湯気の立つスープをよそいながら、

 ほんの少しだけ欠伸を噛み殺している。


「……寝てないのか、セリア」


「すこしだけ、魔法の復習をしてて。

 すこーしだけ、です」


 そう言いながらも、

 眠気と戦っているのは丸わかりだ。


「よし、全員揃ったな!」


 アノンがテーブルをばんっと叩いた。

 何この朝礼モード。


「今から買い物じゃ!

 貴様らの貧相な装備を整えるべきじゃ!

 大きな凡人はすでに装備があるからの。

 荷物持ちでついて参れ!!」


 大きな凡人、という単語に、

 俺は吹き出しそうになる。


(大きな凡人……カルドのことか)


 ぷっと笑った瞬間、

 カルドの拳が俺の肩にコツンと落ちる。

 そんなやり取りにも気づいてない

 浮かれたアノンの号が飛ぶ。


「とにかく、行くぞ短命種ども!

 妾の財力と審美眼に感謝するが良い!」


 そんなこんなで、俺たちは朝飯をかき込み、

 その足で街へ出ることになった。


 


 クロムの街は、端っこの田舎とも言える町。

 それでも、土の国タイターンの一部だ。


 道端には蒸気を噴く管が這い、

 金属の看板が軋む音が聞こえる。


「こっちじゃ!」


 アノンが先頭を歩く。

 どうやら既に目星をつけていたらしい。

 案外しっかり準備するタイプなんだな。


 連れてこられたのは、

 分厚い鉄の看板が掲げられた武具屋だった。


 看板には打ち出しのハンマーと盾のマーク。

 扉を開けると、金属と油と煤の混じった

 独特な匂いが鼻を突いた。


「いらっしゃ──」


 カウンターの奥から現れたのは、

 見事なまでに“偏見どおり”のドワーフだった。

 背は低く、腕は丸太でずんぐりむっくり。


 顔中に刻まれた皺と、鼻の脇に走る古傷。

 白髪まじりの髭が胸まで伸びている。


「なんだ、ガキにエルフ……。

 朝から珍妙な面子だな」


「ここが一番マシな店じゃったのでな。

 来てやったのじゃ。感謝せい!」


 なぜか上から目線のアノン。


「金はあるのじゃ〜! こやつらに似合う──」


「金の有無で売るつもりはねぇよ」


 ドワーフがキッと目を細めた。


「こちとら、武具に応えられねぇ奴には

 装備は渡さねぇ主義でな。

 見栄張って背負いきれねぇもん持たれても、

 作り手の名折れだ」


 剣呑な雰囲気に、セリアが少し身を縮める。

 アノンも一瞬言葉に詰まった。


「……ふむ、面白いドワーフじゃの。

 多少は分かっておるようじゃな」


 なんだその上からコメント。


「グレイヴバードとやり合う予定なんだ」


 カルドが必要最低限の説明だけを口にした。

 その瞬間、店主の空気が変わった。


「……今、なんて言った?」


「北の国立公園近くで群れてる連中だ。

 一度ぶつかって、準備不足で出直しだ。

 数日は情報整理と準備に時間を当てる」


「グレイヴバード、だと……」


 ドワーフはカウンターから

 その短い胴をずいっと身を乗り出した。

 瞳の奥に、じりじりとした炎が灯る。


「昔な、オレが作った鎧を着た冒険者がいた。

 腕も悪くねぇ、根性もあった。

 だが、グレイヴバードの翼を受けて、

 その場で真っ二つだ。命を落とした」


 店の中の空気が、少しだけ重くなる。


「珍しい魔物だ。

 そう何度もお目にかかれねぇ。

 あのときは俺も随分と若造で、

 悔しくて酒と涙で枕濡らしただけだ」


 ドワーフは鼻を鳴らした。


「だが、今のオレなら!

 あの攻撃なんざ“ものともしない”鎧を作れる。

 待ってろ小僧ども!」


 そう言うと、乗り出した身を引っ込めて

 店主は奥の棚をごそごそと漁り始めた。


 しばらくして、カウンターに、

 ドンッと置かれたのは、漆黒の軽鎧だった。


「着てみろ、人間」


 胸と腹を覆うプレートに、

 細かく重なり合う鱗状の装甲。


 光を吸い込むような黒の中に、

 ところどころ蜂の巣模様が走っている。


「……重そうに見えるけど」


「騙されたと思って着てみろ」


 言われるままに着込む。


 ……軽い。

 見た目からは想像できないくらい軽い。

 肩も、腰も、驚くほど動かしやすい。


「むしろ、防御が不安になるくらい軽いな」


「そいつは“装甲蜂アーマービー”の外殻を使ってる。

 硬くて、軽くて、酸にも強い。

 翼の打撃程度なら、傷ひとつ通さん」


「アーマービー……?」


 聞き慣れない名前に首をかしげると、

 アノンが鼻で笑った。


「ふんっ。知らぬのか凡人。

 アーマービーはBランク相当の魔物の一種。

 巣ごと相手にすれば難度はAランクにも届く。

 加工するにしても職人次第じゃ扱えぬ。

 素材を腐らせるだけことになるからの」


「お褒めにあずかり光栄だ、お姫さんエルフ」


 ドワーフがニヤリと笑う。


「で、いくらだ?」


 俺が一応財布を押さえながら聞くと、

 店主は首を横に振った。


「金はいらねぇ」


「は?」


「その鎧の代金は、グレイヴバードの素材だ」


 ドワーフの目は真っ直ぐだった。


「あいつらを倒して、羽でも骨でもいい。

 “生きて戻ってきて、勝利を教えろ”。

 それでオレのリベンジは果たされる」


 プライドのかかった勝負だ。

 命を張らせるんだから、

 金を取る方が失礼だと言いたげだった。


「……分かった。必ず持ってくる」


 俺は胸の前の装甲を軽く拳で叩いた。

 乾いたいい音が鳴る。


「もう一人、でかいの」


 店主がカルドを顎で指す。


「お前の鎧は……くそ、悔しいが、

 今のオレじゃあれを超えるもんは出せねぇ。

 代わりに、こいつを持ってけ」


 ずるずると引きずるようにして、

 カウンター脇から出てきたのは、

 俺の身の丈ほどある巨大な盾だった。


 金属板を何枚も重ねたような分厚さ。

 縁には斜めの刃が仕込まれていて、

 ぶん回せばそのまま武器になりそうだ。


「でけぇな……」


 カルドが思わず呟く。


「両手で使うタイプのタワーシールドだ。

 大剣か大盾、どっちかしか使えねぇが、

 今回みてぇな状況なら盾に専念しろ」


 店主は鉄の縁を軽く叩いた。


「できれば、その大盾で

 グレイヴバードの一撃を受けてきてくれ」


「簡単に言うな」


 カルドが苦笑に近い顔をする。

 それでも、手を伸ばして持ち上げたとき、

 表情は、どこか満足げだった。


「もちろん、それもタダだ。

 そいつらの攻撃を“真正面から受けた傷”こそ、

 オレにとって最高の褒美だからな」


「職人ってのは命知らずだな……」


 ぼそっと漏らすと、

 カウンターの向こうでドワーフが笑った。


「そっちの台詞だ、人間。

 まあ、互いに死なねぇ程度に、だ。

 めいいっぱい張り切ろうじゃねぇか」


 握手を交わし、店を出るころには、

 俺とカルドの装備はほぼ万全になっていた。


 俺は黒い鱗の軽鎧を身につけ、

 隣には、ドラゴンを斬った大剣と、

 墓標みたいな巨大盾を背負ったカルド。


(見た目だけは、一丁前になったな)


「何をニヤニヤしておる」


「いや、カルドが“でかい凡人”から

 “鉄塊”になったなって」


「……殴るぞ」


 肩をまた小突かれた。痛い。

 ちょっと嬉しい。え?


「よし、次はセリアの番じゃな!」


 アノンがくるっと振り向き、

 指をぴしっと立てる。


「癒やし手を守るための装備、

 そして魔力を補助する魔具。

 武具屋の次は──魔具店じゃ!」


 セリアは少しだけ戸惑いながらも、

 こくこくと頷いた。


「でも、私なんかに、そんな高価なものを」


「なんか、とは何じゃ。

 貴様が後ろで立っておらねば、

 短命種どもはすぐにくたばるのじゃからな。

 妾の“魔法の見せ場”を維持するためにも、

 守ってやらねばならん」


「理由がすごく自己中心的ですけど、

 根っこは優しいですねアノンさん」


「やめぬか、その評価はむず痒い」


 赤いツインテールが、少しだけ揺れる。

 こいつ照れると耳の先まで赤くなるんだな。


「じゃ、行くか」


 鍛冶屋を後にして、

 俺たちは魔具店へと歩き出した。


 新しい装備の感触を確かめながら、

 胸の奥で、ほんの少しだけ。

 鼓動が速くなるのを感じながら。



 

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