0031.アレじゃろ??
そこからというもの、
調子を取り戻したアノンは、
今まで溜め込んでいたかのように
ゼノンとの思い出を語り始めた。
「そもそも妾が初めて外に出た旅はの──」
ゼノンと一緒に旅をした話。
迷子になって盗賊のアジトに迷い込み、
逆にその盗賊団を更生させた話。
「ドラゴンに襲われたときなど、
父上は一撃で沈めおったわ」
ドラゴンを一撃で倒したゼノンの話。
山をひとつ貫く雷だの、空を裂く炎だの、
正直どこまで本当か分からないが、
少なくともアノンにとっては本当なのだろう。
「それに、このローブじゃ」
アノンは自慢げに自分の服の裾をつまむ。
何故か赤を基調としたこのローブも
一緒にドヤ顔してるように見える。
「父上が直々に魔力を織り込んだ業物よ。
物理、魔法問わずの万能の耐性を持つ。
どんなダメージを半減させるのじゃぞ?
“どれだけ無茶をしても半分で済むからな”と
父上は笑っておったわ。ふふん」
(いや、“半分で済む”って言い方よ……)
ゼノン本人の性格も、なんとなく想像できる。
とんでもないんだろう。色々と。
アノンは楽しそうに喋り続ける。
父と見た景色。
父の魔法のすごさ。
父の笑顔。
途中途中で、こっちを見下したようなセリフを
挟むのだけは忘れない。
「のう、短命種。ちゃんと聞いておるか?
妾の父上はな、貴様ら凡人の一生分の戦果を、
片手間で積み上げておるのじゃぞ?」
うるさい。
ちょこちょこ小生意気だが、
父上の話をするときの表情だけは
本当に楽しそうで。
(まぁ、俺はこいつ、嫌いじゃねぇな)
そんなことを思っていたら──
「聞いておるのか、短命種!!」
唐突に怒鳴られた。
「……やっぱり好きでもないや。はは」
つい口から漏れてしまった。
アノンが「なんじゃと!?」と噛みついた。
そんなやり取りをしているうちに、
馬車はクロムへと戻ってきた。
空は茜色に染まり、夜の気配が、
じわじわと街路に降りてくる頃合いだ。
「さて、じいさんち戻るか」
俺とカルドとセリアは、
自然と同じ方向へ歩き出す。
気づけば、アノンも一緒に付いてきていた。
「いや、お前は宿行けば?
言っとくけど、じいさんちボロボロだぞ?」
そう言った瞬間、横からニコリ、と
圧のこもった笑顔が飛んできた。
「ヴェルさん?」
セリアだ。
顔は笑っているのに、目が笑っていない。
怖い。ごめんなさい。
「か、構わぬ!」
アノンが慌てて口を挟む。
「妾達は……その、アレじゃろ? アレ……」
「……えっ、アレってなんだ?」
本気で分からない俺を、
セリアが軽く押しのける。
「はい、私達は“仲間”ですから。
汚くて狭い場所のようですけど、
良ければご一緒にどうですか?」
やさしい言葉と共に、
チラチラと俺を睨むのを忘れない。
本気でごめんなさい。
「う、うむ……仕方あるまいな。
仲間として、短命種どもの巣を
妾が視察してやろうではないか」
アノンは偉そうに腕を組む。
どう見ても“泊まりたいです”の裏返しだ。
ゴードンじいさんの家に着くと、
軋む扉の向こうから、いつもの様子で
陽気な笑い声が飛んできた。
「おお、戻ったか! どうじゃ成果は──
と思ったら、なんじゃその赤いのは?」
ほんとに“赤いの”でまとめた。
「妾を何と心得る! 千年郷ゼノンの──」
「はいはい、後でまとめて言うから」
アノンの自己紹介が、
長くなる未来しか見えなかった。
ゆえの強制的にカットだ。
俺達はテーブルを囲み、
今日の出来事を順番に話した。
大きすぎる鳥の群れ。
空からの真空波。
そして敗走。
「ふむ……」
じいさんは顎髭を撫でながら、目を細めた。
「それはグレイヴバードじゃな」
「知ってるんですか?」
「知っとるとも。ホッホッホ」
じいさんによれば、
あの真空波はまだ“挨拶”らしい。
「奴らの本領は近接よ。
巨体の質量を乗せた翼を、
薙刀のように振り回すんじゃ」
その一振りで、生半可な鉄なら
紙同然に切り裂かれるという。
「かつて、数十羽のグレイヴバードに、
軍隊が全滅させられたことがあってのう」
墓場を量産する鳥。
ゆえに、グレイヴバード。
なんとも縁起の悪い名だ。
「問題はの」
じいさんは指を一本立てる。
「奴らが近〜中距離を
奴らは“空から”支配できるところじゃ」
上から真空波。
近づけば薙刀みたいな翼。
「だから正面から飛び込むのは悪手。
倒すには、やはり魔法主体が望ましいのう」
じいさんの視線が、自然とアノンに向く。
「もしくは、中〜遠距離を脅威と思わせた上で、
更にその上をいく近距離を叩き伏せるかじゃ」
遠くからの攻撃を見せて警戒させ、
本領と呼ばれる近距離で倒すということか。
(……つまり)
鍵を握っているのは、やっぱりアノン。
それと、俺の風のエンチャントだろう。
「ふん! そこで妾の出番というわけじゃな!」
アノンは椅子から立ち上がり、胸を張る。
「妾が本気を出せば、あの程度の鳥など──」
そこで、唐突に。
「へっ……へぇ、へっ……」
アノンの顔が歪む。
「へくちっ!!」
盛大なくしゃみが、部屋に響いた。
ローブの裾がひらりと揺れ、
その姿はどう見ても“偉そうな子供”でしかない。
「……肝心なとこで崩れるなぁ、お前」
思わず呟いた俺の横で、
カルドが小さく肩を震わせている。
笑ってやがる。レアだ。
「う、うるさいわ短命種!
妾はな、魔力には自信があっても
鼻には自信がないのじゃ!」
「それは初耳ですね……」
セリアがくすりと笑う。
なんだかんだで、部屋の空気が変わる。
さっきまでよりずっと軽くなっていたのだ。
「まぁ、ええ」
ゴードンじいさんが、締めるように言った。
「敵の正体も分かった。
あとはお主らがどう動くか、じゃの」
じいさんの目は、若い頃の戦士のそれだった。
「作戦を練れい、自由の風よ。
負けたままでは終われんじゃろう?」
「もちろん」
俺は頷く。
「次は勝つ」
そう言って俺は拳を固く握りしめる。
「その準備をする為に戻ってきたんだしな」
アノンも胸を張り直す。
「ふんっ。妾の真価、見せてくれようぞ。
今度こそ、空ごと焼き払ってやる」
「焼き払いすぎないでくださいね……」
セリアの心配そうな声に、
少しだけ笑いがこぼれた。
こうして、俺達はもう一度。
グレイヴバードへのリベンジを胸に、
それぞれ役割の準備を始めることにした。
「じゃが……、おかしいのう。
グレイヴバードがEランク……か。
はて、時代が変わったのかのう?」
会議じゃ! とはしゃぐ
アノンの声にかき消されて聞こえなかったが、
じいさんはなにか独り言を言っていた。
まぁ、独り言なら関係ないんだろうな。




