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0029.E級依頼

 


 紅蓮さんの魔法が、天へと登っていく。


 さっきまでただの青空だった場所に、

 真っ赤な炎の枝がいくつも伸びていく。


 柳花火を逆さにしたような火線が空で花開き、

 上空を旋回する鳥たちの群れを呑み込んだ。



 数羽が悲鳴を上げて燃え落ちる。

 だが、ほとんどの鳥たちは物ともせず、

 火柱をかいくぐるように身を翻していた。


「……やべぇな」


 炎を避けきった鳥たちが、こちらを見た。

 刺すような黄色い眼。


 次の瞬間、数羽が一斉に翼を畳み、

 俺達めがけて滑空してくる。


 でかい。


 さっきまで「でかいな」とか

 呑気に思ってたのは、距離があったからだ。


 近づけば近づくほど、

 さらに輪郭が膨れ上がる。

 翼を広げれば、小屋一軒分はありそうだ。


(遠近法こわ……いや、今それどころじゃねぇ)


 嫌な汗が首筋を流れた、そのとき。


「伏せろっ!!」


 俺の怒鳴り声が飛ぶ。

 空間の軋む気配を感じたのだ。

 

 直後、空気が裂けた。


 風が吹いた、なんて生易しいものじゃない。

 見えない何かが地表をえぐり、

 土と草をまとめて抉り取っていく。


 地面に、一直線の線が走る。

 さっきまで俺がいた位置を、きれいに薙いで。


(真空波……か? 風の刃か何かだな)


 考えるより先に身体が動いた。


 カルドは近くにいたセリアの肩を抱き寄せ、

 そのまま地面に押し倒すように伏せさせる。


 俺も、半歩後ろにいた

 紅蓮さんの腕を乱暴に掴んで引き寄せ、

 そのまま腹から地面に倒れ込んだ。


「きゃ──っ」


 その声が終わる前に、

 二発目の見えない刃が頭上をかすめる。

 背中の上を風圧が走り抜け、

 木がまとめて折れる音がした。


「こ、こんな化け物とは聞いておらぬぞっ!」


 紅蓮さんが震え声でつぶやく。

 さっきまでのドヤ顔はどこへやら。

 完全に半泣きだ。


 だが、今は慰める余裕もツッコむ余裕もない。


(このまま伏せてるだけじゃ、ジリ貧だ)


 三発目、四発目の風の刃が周囲を刻んでいく。

 土と石が弾ける音で、位置と角度が分かる。


 俺は顔だけを上げ、周囲の空間をなぞる。


 翼の音。

 空気の渦。

 影の動き。


(……あれだ)


 ちょうど目の前に、

 人の頭より少し大きな石が転がっていた。


 迷う暇はない。

 手を伸ばし、掴む。


 意識を集中させ、

 空気の流れを石に押し込むようイメージする。

 短い息を吸って──投げた。


「……ッ!」


 石が、風を裂いた。


 放った瞬間、手応えで分かる。

 ただの投擲じゃない。

 エンチャントが乗った。


 滑空していた鳥の一羽が、

 進路を変えるより早く、

 石がその顔面に直撃した。


 顔の片側が、丸ごと消し飛ぶ。

 悲鳴とも鳴き声ともつかない音を上げ、

 そいつはそのまま墜ちていった。


(一羽……)


 数を数える暇なんてないはずなのに、

 頭のどこかが勝手に残りを計算していた。


(今、距離を詰めてきてるのは──残り五羽)


「カルド!」


 叫ぶより早く、カルドはもう走り出していた。


「うおおおおおお!!」


 普段滅多に声を張り上げない男が吠え、

 大剣を抜いて構える。


 そのまま振りかぶるのかと思ったら

 ──回転した。


 大剣を軸に、身体をひねり、遠心力を乗せて。


 まるでハンマー投げの要領で、

 大剣を空へ向けて放り投げた。


 金属が唸りを上げて飛ぶ。

 滑空してきた別の一羽の胴体に、

 横合いから突き刺さった。


 鈍い音とともに、

 鳥がもつれるように落下していく。


(これで二羽……残り四羽)


 俺は息を吸い込む。


「セリア、後方で待機してくれ!

 絶対前に出るな!」


「は、はいっ!」


 叫びながら振り返ると、

 両手を胸の前で握りしめ小さく震えていた。

 それでも足はちゃんと後ろへと下がっていく。


 問題は──


「お前も戦えないなら、向こうに行ってろ!!」


 ついでに紅蓮さんとやらにも怒鳴る。


「な……っ」


 状況が状況だったから、

 口調はいつもより荒かった。


 だが、今はさすがに

 フォローを入れてやる余裕はない。


「足手まといになっても仕方ねぇだろ!

 後ろ頼んだ!」


 言い捨てて前を向く。

 風の流れが変わった。


 石と大剣を食らったことで、

 鳥たちは俺たちの射程を警戒したのだろう。


 残り四羽は一斉に高度を上げ、

 今度はかなり上の空から旋回し始めた。


 距離が開いたぶん、

 奴らの攻撃が読みやすくなる。

 風の刃がどこを通るか空間の歪みで分かる。


 だが、その代わり、

 こっちの攻撃も届きにくくなった。


 試しにもう一度、

 石にエンチャントを乗せて投げてみるが、

 距離があるせいで軌道が読まれ、

 わずかに身体を傾むけられ避けていく。


「チッ……」


「ヴェル、どうだ」


「悪い、今の高さじゃ投げてもかわされる。

 向こうのほうが余裕ある」


 カルドは歯を食いしばりながら、

 落ちた場所から大剣を回収して戻ってきた。


 頭上では風の刃が規則正しく降り注いでいる。


 俺が指示を出し、

 カルドがそれに合わせてステップを踏む。

 ほんのわずかなズレで足元をかすめる中、

 尋常じゃない集中で刃を避け続ける。


 ……決定打がない。


「ヴェル」


 短い呼びかけ。


「撤退だ」


 カルドの声は冷静だった。


「このままじゃ、削られて終わる。

 策がないなら、引くべきだ」


 ぐっと奥歯を噛む。


(ここまで来て、尻尾巻いて帰るのか

 ……Eランクの初仕事で)


 それでも、頭のどこかは理解していた。


 今はまだ、俺たちの手札が少なすぎる。

 風の刃を避け続けるのは限界があるし、

 石投げだけじゃ追いつけない。


「……分かった」


 短く返事をして、後ろを振り返る。


「セリア! 一度戻るぞ!

 アノン、お前も走れるか!」


「は、はいっ!」


「だ、誰にものを──っ……わ、分かったわ!」


 紅蓮さんは悔しそうに唇を噛んでいたが、

 それでもきちんと足を動かした。


 俺たちは、風の刃の雨から逃れるように、

 国立公園の方向へと走り出す。


 距離を取っても、

 しばらくは頭上の影がついてきた。


 だが、一定の線を越えたあたりで

 ふいに鳥たちは旋回をやめ、

 その場で輪を描き始めた。


 追ってこない。


(縄張り……か?

 あそこから先には興味がないってことか)


 肩で息をしながら振り返ると、

 巨大な影たちは再び高空に戻り、

 ゆっくりと輪を描いていた。


 手の中の汗で、ギルドプレートがきしむ。


「……戻るか」


「ああ」


 カルドが頷く。

 セリアは苦しそうに胸を押さえながらも、

 はっきりとこちらを見ていた。


 紅蓮さんは、いつもの偉そうな態度を

 どこかに落としてきたような顔をして、

 唇をきゅっと結んでいる。


 胸の奥がずきずきした。


 悔しさか、情けなさか、その両方か。


 それでも、今はまだ死ねない。


 だから俺たちは、足を前に出すしかない。


 こうして俺達のEランク任務は失敗。


(……まぁ)



 自分でも苦笑したくなる結末を飲み込み、

 馬車のある場所へと歩き出した。


 



 

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