0028.馬車道中
紅蓮のなんとかさんを引き連れて、
俺たちは北の国立公園へ向かっていた。
本当なら歩きで行くつもりだった。
距離もそこまでじゃないし、
道も整備されている。足慣らしには丁度いい。
……はずだったのだが。
「妾は歩くのは好かぬ。
短命種は足で稼ぐしか能がないのであろうが、
妾は違うのじゃ」
そう宣言したアノンが、
なぜかギルドに顔パスで馬車を借りてきた。
「支部長の権限を借りただけである。
別に問題なかろう?」
問題しかねぇよ。
とはいえ、
もう用意されてしまったものは仕方ない。
荷台に四人で揺られながら、
俺はガタンゴトンという車輪の音に揺られる。
カルドはさっさと荷台の隅で腕を組み、
目を閉じている。あれは確実に寝る態勢だ。
相変わらず器用なやつだ。
セリアはというと、
緊張した面持ちで周囲の景色を見回しながらも
時折アノンのローブに視線をやっている。
(まぁ、こういうローブって女の子からしたら
気になるよな……高そうだし)
沈黙が続くのは、なんだか性に合わない。
しかも、当のアノンは隣で「ふん」とか
「ふふん」とか、やたら鼻を鳴らしている。
(……うるさい。何か喋れ)
結局、俺の方から話を振った。
「で、その高貴なご身分のお方は、
なんでこんな辺鄙な街に?」
「その物言いはどうにかならぬのか、短命種」
アノンはむっとした顔でこちらを見たが、
話題そのものは嫌いではないらしい。
「よい、聞きたいのであれば教えてやろう。
妾は父上を超える冒険者となるため、
大陸を回ることにしたのだ」
「父上越え、ね」
「うむ!」
そこからが長かった。
「父上ゼノンは、かつて“千年都市”と呼ばれた
エルフの都を支えた大賢者にして──」
「な、なるほど」
「四大国の王の相談役を兼ね、
いくつもの戦乱を未然に防ぎ──」
「おっ、おう」
「冒険者としてもS級へ到達し、
千年郷と呼ばれるに至った偉人であるのだ!」
父親の肩書きは、
聞けば聞くほど盛り盛りだった。
四元素の魔法は当然、
空間を裂くだの、時間をねじ曲げるだの、
もはやよく分からない話まで飛び出してくる。
自分のことを語っているはずなのに、
なぜか話題の九割はゼノンの武勇伝だった。
(……パパっ子かよ)
過保護に育てられたんだろうな、
とは思っていたが、ここまでとは。
よく一人で家を飛び出す決断をしたな。
と逆に感心するレベルだ。
ただ、喋っているうちに気づいた。
アノンは自分の魔法の腕を自慢するとき、
必ずどこかで父の話を挟む。
「父上と比べればまだまだだが」とか
「父上ならばもっと容易く」とか、
比べるような発言を挟むのだ。
(……コンプレックス持ってるな、これ)
偉大すぎる親の背中ってやつか。
俺も“風の英雄ストーム卿の血筋”
とか言われたときの居心地の悪さを思い出す。
そんなふうに他人事とも思えず
聞かされているうちに、
馬車は目的地に近づいていた。
気づけば、カルドは完全に寝ている。
こいつだけ、精神的負担を回避しやがった。
解せぬ。
◇
「国立公園の近くと言っていたな」
馬車を降りて伸びをしながら、
カルドがぼそりと呟く。
すっきりした顔をしているのが腹立つ。
見れば、目の前には広大な草原と、
緩やかな丘、青空も相まって綺麗だ。
少し先には管理用の小屋や見張り塔があり、
その先には森と岩山が連なっている。
空は高く、風は涼しい。
……そして、遠く離れた上空には、
翼を広げた鳥の影がゆるりと円を描いていた。
「あれか?」
カルドが顎で指した先。
「公園の真上じゃなく、少し東側ですね」
セリアが目を細める。
確かに、中心から少し外れた場所で、
何羽もの大きな影が旋回していた。
(思ったより高度あるな……)
遠目にも、大きめの鳥だというのが分かる。
俺たちは荷物を整え、その方向へ歩き出した。
草を踏む音。
風の流れ。
足場の傾きと、周囲の岩の位置。
自然と、頭の中で立体の地図が描かれていく。
やがて視界が開け、問題の場所に辿り着いた。
「……でかいな」
思わず声が漏れた。
上空を旋回する鳥は、
俺が想像していた“少し大きな鳥”なんて
悠長なレベルじゃなかった。
見た感じ、翼を広げれば、
カルドが縦に二人分並んだくらいある。
鋭い嘴と、獲物を掴むのに特化した太い脚。
ギルドで聞いた話では、
「一切降りてこない」
「だから危険度が低い」と聞いていた。
だが、あれが地上に降りてきたら
人ひとり持っていかれてもおかしくない。
「Eランクの依頼、なんだよな、これ」
「“今のところ”被害が出ていない。
という条件付きだ」
カルドが冷静に言う。
「空から監視するだけなら問題は少ない。
だが、降りてきたら厄介だな」
「……撃退でもいい、ってのが逆に怖いですね」
セリアが呟いた。
たしかに、討伐指定じゃない。
“この一帯から追い払うこと”が達成条件だ。
ギルドも敵の真価は測りかねているのだろう。
とはいえ、Eランク依頼に出されたのは、
少なくとも“この国の基準ではその程度”
ってことなんだろうけど。
そうやって俺とカルドが
あれこれ話していた、そのときだった。
「ふんっ」
いやな予感のする鼻息が、背後でした。
「貴様らはそこで震えて見ておるがよい」
振り向くより早く、アノンが一歩前に出る。
赤いローブの裾が風に揺れ、
灼けたような瞳が空を捉えた。
「妾の業をもってすれば、あの程度の魔物。
炭にすることなど造作もないわ」
「おい、待──」
止めようとした声は、
彼女の詠唱にかき消された。
「燃え上がれ、地脈に眠る火よ。
天へと噴きあがり、翳りしものを呑み込め!
拡散する地炎!!」
地面が、ぼうっと赤く光った。
次の瞬間。
俺たちの足元から少し離れた空間が裂けるよう
いくつもの火柱が噴き上がった。
爆裂する炎が、空へ向けて
枝分かれしながら伸びていく。
爆炎はそのまま上空の巨大な鳥たちへと
殺到しながら、包んでいくのであった。




