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0027.紅蓮の娘っ子



 ギルドの空気が、ぴきりと凍った。


 ざわざわと周囲の視線が集まるのが分かる。

 「千年郷?」「ゼノン?」

 「あのゼノン様の娘?」

 そんな囁きが、耳に入ってきた。


 当の本人はというと──


「な、何ぃっ!?

 貴様、紅蓮の大魔導師と呼ばれる

 この妾を知らないじゃと!?」


 さっきまでの余裕はどこへやら、

 顔を真っ赤にして固まっていた。

 

 白い肌が、フードと同じくらい

 見事な赤色に染まっている。


(フードと同じ色になったな。

 うん、統一感ある。……よし)


 妙に納得してしまったので、

 俺はそれ以上ツッコまずに踵を返した。


 見た感じ、装備は高級品。

 ローブなんて、素人目からしても

 それなりの術式が織り込んである。


 父親がS級冒険者だかなんだか知らないが、

 こういうのはだいたい過保護に育てられてる

 ワガママ勘違い迷惑パターンだ。


(関わるだけ面倒くさそうだな。放置一択)


 俺は、カルドとセリアに目配せし、

 そのまま受付カウンターへ向かう。


「ま、待て!」


 後ろから、赤い声が追いかけてきた。


「貴様ら、見たところパーティなのであろう!?

  致し方ない、妾も力を貸してやろう!

 喜ぶと良い、滅多にない機会であるぞ!?」


 ずいっと腕を掴まれる。

 見下した口調のわりに、指先は必死だ。


「遠慮しとく」


 俺はそのまま歩く。


 アノンと名乗ったエルフは、

 ずるずると引きずられながら抗議を続けた。


「貴様! こんな機会は二度と

 ──ちょっと待て! 話を聞け!!

 妾は高位魔導師であって荷物ではないぞ!?」


「なら自分で歩けよ」


「貴様が止まるべきじゃろう!」


 ギルドの視線が痛い。

 だが、ここで立ち止まったら負けな気がして、

 俺は無言で受付まで突き進んだ。


 カウンターまで来て、ようやく腕を解放する。

 アノンは、ぜーはーと肩で息をしながら、

 信じられないものを見る目で俺を睨んできた。


「き、貴様……本当に妾を無視して、

 依頼を受けるつもりか……?」


「受付さん、依頼受注を。俺たち三人で」


 にこやかに笑って、

 カウンターの職員に依頼書を差し出す。


 アノンの顔から血の気が引いた。


「…………っ!」


 世界が終わったみたいな沈黙。

 その隣で、セリアがオロオロしている。


「あ、あの……」


 たまらなくなったらしい。

 セリアが、恐る恐る口を開いた。


「あの、もしご迷惑でなければ……

 その、四人でご一緒させてあげることは……」


「セリア?」


 俺が振り向くと、

 セリアは申し訳なさそうに眉を下げた。


「ここまで必死に付いて来られたら……

 ちょっと、放っておけないといいますか……」


(優しいな……)


 セリアらしいと言えば、セリアらしい。


 そこで、受付のお姉さんが小さく手を挙げた。


「その……もしよろしければ、

 本当にご一緒していただけると、

 ギルドとしても助かります」


「ギルドとして?」


 俺が聞き返すと、彼女は声を潜めて続けた。


「千年郷ゼノン様のご令嬢というのは本当です。

 先日Eランク相当の魔物を一人で焼き払った

 と報告も来ていますし、

 戦力になるのは間違いありません。

 ただ、その……少々、人付き合いが

 いや、随分不器用なだけでして……」


(あー……めちゃくちゃ納得した)


「できれば、同世代の方と一緒に依頼に出て、

 経験を積ませたいというのが

 私たちギルドの方針なのです……」


 遠回しな言い方だが、

 要は「ぼっち解消プロジェクト」らしい。


「そんなの初耳じゃが……」


 と紅蓮の娘は呟いている。

 どうやら親が過保護なのだろう。

 そりゃこうなるわけだな。


 俺はカルドを見る。


「どう思う?」


「実力が本物なら、戦力は多い方がいい」


 カルドは短く答えた。


「ただし、足並みを乱すようなら切り捨てる。

 それでいいなら構わん」


 相変わらず容赦ない。

 が、言っていることは間違っていない。


 セリアは、アノンの方を心配そうに見ている。

 当のアノンは、期待と不安と

 「プライド」の塊みたいな顔で、

 こちらの返事をおずおずと待っていた。


 俺は小さく息を吐き、肩をすくめた。


「……とりあえず今回の依頼に限って、

 臨時メンバーってことで」


「ほんとうですか!?」


 先に反応したのは、受付の彼女だった。

 アノンは一瞬きょとんとした顔をして

 ──すぐに「勝者の顔」に切り替えた。


「ほ、ほほぅ! まぁ、本来ならば、じゃ。

 貴様らのような凡人共と行動を共にするのは

 不愉快極まりない。が……まぁ、よい!

 どうしてもと言うならば、致し方なかろう!」


 胸を張って、腕を組む。

 足元はさっきまで引きずられていたせいで

 少しふらついているが、

 顔だけはやたら誇らしげだ。


「妾の力を借りられることに、感謝するがよい。

 短命種にしては、なかなかの幸運であろう?」


「はいはい、ありがたく感謝しとくよ」


 適当に受け流すと、

 アノンはますます機嫌をよくした。


「よかろう、景気づけに馳走を食わせてやろう!

 妾の初陣にふさわしい宴とするのだ!」


「宴!?」


 セリアがびくっと肩を跳ねさせる。


「い、いえ、その……あまり高いものは……」


「遠慮は無用だ、娘。

 妾はこう見えても蓄えはある。

 父上の口座もある。

 ギルド食堂であれば、ツケも利くであろう」


「ツケ……」


 受付嬢が苦笑した。


「アノン様のご勘定は、

 確かに……あまり心配はございませんね」


 なんか規模の違う話が飛び交っている。

 とりあえず金に困ってないなら、

 今だけは都合よく乗っておこう。


(現金主義? いいんだよ、こういうのは)


 誰にともなく心の中で言い訳しながら、

 俺は三人を引き連れて

 ギルド併設の食堂へ向かった。



 食堂は、鉱夫と冒険者と商人で賑わっている。


 油と肉とスープの匂い。

 粗末だが磨かれた木のテーブル。

 壁には古びた剣や、討伐された魔物の牙。

 他に色々飾られている。


 俺たちが入ると、ちらりと視線が向く。

 その中心はやはり赤いローブのエルフ少女だ。


「ふふん」


 当人は視線を浴びることに慣れているのか、

 むしろ得意げに顎を上げた。


「妾の席は……そうじゃな。

 窓際の、あの陽当たりの良き場所がよかろう」


 勝手に指定して、ずかずかと歩いていく。

 ちょうど四人席が空いていたので、

 そのまま座ることにした。


「さて……妾に相応しい馳走は──店主!」


 突然、場の空気も読まずに声を張り上げる。


「本日の肉料理を全種ひとつずつ、

 スープも全種、パンは焼き立てを。

 あと甘味だ、甘味は欠かせぬ。

 蜂蜜菓子と、林檎のタルトと、

 季節の果物を煮込んだやつと……」


「ちょっと待ってくださいアノンさん!?」


 セリアが慌てて止めに入った。


「いくらなんでも頼みすぎでは……」


「少なく見積もっても、

 この程度で妾の魔力は満たされぬ。

 甘味は別腹と言うであろう?」


「そ、そういう話ではなくてですね……」


 アノンはきょとんと首を傾げ、

 次の瞬間ふんっと鼻を鳴らした。


「妾一人で全部食うとは言っておらぬ。

 貴様らも食うのだぞ?

 栄養は取っておかねば倒れるぞ、短命種」


 妙に的を射たことを言われて、

 俺とカルドは顔を見合わせた。


「……まぁ、確かに、栄養は必要だな」

「否定できん」


 カルドがさらりと認める。

 財布を気にしなくていい状況なら、

 ここで栄養補給しておくのは悪くない。


「ではありがたく」


 俺たちも注文に乗っかることにした。


「では、肉はカルド用に増やしてもらって、

 スープは俺とセリアで分けて……」


「わ、私はそんなに食べられませんから、

 少なめで大丈夫ですよ?」


「セリアは痩せすぎだ。もっと食え」


「え、ええっ……」


「大丈夫だ、ちゃんと動いていれば肉はつかん」


「それはカルドさんだからですよね……。

 私は普通の人間なんですよ?」


 セリアのぽそっとした一言が、

 思いのほか刺さる。


 カルドは一瞬だけ固まり、

 少しだけ視線をそらした。


「……鍛えているだけだ」


「そういうところです」と付け足すセリア。


 俺はクスクス笑う。他人事だし。


 やがて、次々と料理が運ばれてくる。

 香ばしく焼かれた肉。

 具だくさんのスープ。

 ふかふかのパン。


 そして、最後に──


「おお……」


 アノンの目が、きらきらと光った。


 蜂蜜をたっぷり染み込ませた焼き菓子。

 薄くスライスされた林檎を幾重にも重ねた

 サクサクで温かいタルト。

 そして、匂いだけで美味しさがわかるような

 色とりどりの果物を煮込んだ甘いデザート。


「よくやったぞ、店主。妾は褒めてやる」


 先ほどまでの尊大ぶりが嘘のように、

 声が一段柔らかくなる。


 フォークとスプーンを手にしたアノンは、

 炎の魔術師とは思えないほど慎重に、

 しかしすごい速度で甘味を攻略し始めた。


「……すごい勢いで食べてますね」


「甘いものが好きってのは本当らしいな」


「短命種如きが、妾の甘味摂取を

 品評するでない。馬鹿者め。

 これは魔力の補充でもあるのじゃぞ」


 一応、会話は聞こえているらしい。

 口の端にクリームをつけたまま睨まれても、

 まったく迫力がない。


 肉を頬張りながら、カルドがぽつりと呟いた。


「……それで、なぜそこまでして

 俺たちと一緒に行きたがる?」


 アノンの手が、ぴたりと止まった。


「そもそも、お前ほどの身分と実力があるなら、

 一人でも十分やっていけるはずだ」


「か、カルドさん……」


 セリアが心配そうに様子を伺う。

 アノンは、数秒ほど俯いたまま黙り──


「ふ、ふんっ! 妾ほどの大魔導師ともなれば、

 凡人共の実地訓練に付き合ってやるのも

 強者の義務というものよ!」


 勢いで誤魔化したようだ。


「貴様らが空中の魔物ごときに

 右往左往するのは目に見えておるであろう?

 妾が同行してやれば、

 多少はマシな結果になるはずじゃ。

 妾の慈悲に震えるがよい」


「なるほどな」


 カルドはそれ以上追及しなかった。

 俺も、追い詰める趣味はない。


(まぁ……本音は、そのうちこぼれてくるだろ)


 甘味の皿を抱え込むようにしている

 アノンを見ながら、そう思う。


 何にせよ、戦力がひとり増えた。

 炎と爆発の魔術師。

 空の敵には、相性が良さそうだ。


「……とりあえず、食ってから考えるか」


 肉を一切れ口に放り込み、

 パンをちぎり、スープをすする。


 腹が満ちてくると、不思議と不安よりも

 どう戦うかのイメージの方が膨らんできた。


 国立公園の空。

 飛び回る鳥型の魔物。

 風の流れ、足場の位置、投げる角度。

 そこに、紅蓮の魔導師とやらの炎が加わる。


(……悪くない組み合わせかもしれないな)


 そんなことを考えながら、

 俺は目の前の皿をきれいに平らげる。


 明日からの依頼が、

 少しだけ楽しみになっていた。

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