0026.二段飛ばしじゃぁ!
それからの数日間は、
とにかくコツコツを積み上げる時間になった。
Fランクの依頼。
雑草抜き、荷物運び、
迷子の犬探し、老婆の買い物の荷物持ち。
正直、長い間を穴の中で
命のやり取りをしていた身からすると、
拍子抜けするくらい平和な仕事ばかりだ。
けれど、これも冒険者の最初の一歩らしい。
まぁ、命が軽く飛ばないだけ
十分ありがたいけどな
カルドと二人で先にFランクのノルマを終え、
続いてセリアのノルマの分を
パーティとしてこなしていく。
パーティ依頼じゃないものは
手分け処理しても規約違反にはならないし、
報酬はまとめてパーティに入る。
ギルドとしても文句はない。
しかも、実績だけはちゃんと
「三人が参加した」としてカウントされる。
効率。とても大事。
その合間、ゴードンじいさんはというと──
「みよ、二段飛ばしじゃあ!!」
ある朝のことである。
階段から威勢のいい声がしたかと思うと、
松葉杖をついた老人が段差を飛び越えていた。
「ちょっと、おじいちゃん!!?」
真っ青になったセリアに、
じいさんは見事に捕獲され、
その場で激詰めされていた。
「階段を松葉杖で二段飛ばしするお年寄りなんて
聞いたことありません!!」
「ワシはまだ若いつもりでのう……」
「身体がついてこないから、
今こうなってるんですよ!!」
その光景に、ふと実家を思い出す。
母アウラに正座させられる父ゲイル。
あの圧とまったく同じ空気が、
セリアの背中から立ち上っていた。
俺とカルドも、ああいう無茶はやめておこう。
目と目を合わせて、無言で誓い合う。
セリアは怒らせてはいけない。
そんな日常を過ごしているうちに、
セリアも順調に依頼をこなし──
「はい、確認いたしました。
これで、Fランクの件数は達成ですね」
ギルドの受付嬢が、にっこりと笑った。
「おめでとうございます。
以後はEランク依頼も受注可能になりますよ」
「よし」
小さくガッツポーズをする。
長かったわけじゃないが、
「ちゃんと積んだ」手応えがある。
これで条件はそろった。
あとはEランクの依頼を十件こなして、
昇級試験に受かれば俺たちはEになる。
「見に行くか」
「行こう」
「はいっ」
三人で並んで、
Eランク用の掲示板へ向かった。
Fランクと違って、
掲示板の前に立つと、空気が少しだけ違う。
依頼内容も変わる。
町の中で完結する仕事だけでなく、
周辺の森や丘、近くの街道まで
足を伸ばすものが増えてくる。
「魔物退治も増えるんだな」
「近場の街への護衛依頼もちらほらありますね」
「今の装備と経験なら、
背伸びしすぎない範囲で選ぶべきだな」
カルドの冷静な声を聞きながら、
俺は掲示を一枚ずつ目で追っていく。
目当ての依頼は、すでに決めていた。
数日前から貼られていて、
まだ誰も剥がしていなかったやつだ。
(……あった)
北側の国立公園近くに出没し始めた、
鳥型の魔物の群れ。
まだ人間に直接の被害は出ていないが、
遊びに来る子供や、自然を楽しむ者。
近くで薬草採りをする者にとっては
危険になりうる存在。
討伐でなくてもいい。「出なくなればよし」。
つまり撃退で構わない。
空中での相手ということで、
近接型の冒険者には少し面倒。
そのせいで後回しにされているらしい。
(今の俺なら、石を投げて落とせるレベルかな)
風のエンチャントを覚えた今、
飛んでいる的を落とすのはむしろ格好の獲物。
三人で相談して、
この依頼を狙おうと前から話していた。
「これ、だな」
「ああ。セリアの初めての戦闘にも丁度いい」
「と、思います」
三人の意見は一致していた。
俺は自然と手を伸ばし
──掲示された依頼書をつかむ。
その瞬間。
別の手が、同じ紙をつかんだ。
「……?」
細いが力のある指。
その持ち主は俺より少し背の低い少女だった。
燃えるような緋色の長い髪。
真っ赤な灼眼がこちらを睨みつけている。
映える紅蓮のローブは黒の模様と
金のラインで見ただけで高価なものと分かる。
年は……俺と同じくらいか。
だが、その目つきと態度には、
やたらと自信が滲んでいた。
「ふんっ」
少女は鼻で笑う。
「これは、妾が受ける依頼じゃ。
手を放すがいい、短命種の小僧」
短命種。
ということは、この子はエルフか、
長命な種族なのだろう。
耳も、よく見れば少し尖っている。
小僧呼ばわりするが、
見た目はどう見てもお前が年下だけどな。
(……さて)
俺は数秒だけ考えた。
が、まあ、答えは最初から決まっている。
俺はこの生意気な娘を無視して、
そのまま依頼書をベリッと剥がした。
「なっ──!!?」
少女の目が見事に丸くなる。
「き、貴様!? 聞いておったのか!?
今の台詞の気品と迫力、
完全に格上の登場シーンだったじゃろう!?」
「悪いが、依頼は早い者勝ちなんでな」
俺は淡々と答えて、
依頼書をくるりと回してカルドに渡す。
カルドは無言で受け取り、
そのまま受付へと向かっていく。仕事が早い。
「か、カルドさん、
いいんでしょうか、あの……」
「依頼は規約上、先に剥がした方の権利だ」
「で、ですよね……」
横でセリアがオロオロしているが、
ルールはルールだ。
少女はきっと別の依頼を探せばいい。
Eランクの掲示板にはまだ依頼が残っている。
──だが、どうやら。
そこで終わるような性格じゃなかったらしい。
「貴様ぁっ!!」
怒りで頬を膨らませた少女が、
俺の前に一歩踏み出してきた。
「妾を誰だと心得ている!!」
(よく言うセリフ来たな)
心の中でだけ突っ込みつつ、
黙って続きを待つ。
こういうときに、
下手に返事するとややこしくなる。
少女はその小さな胸を張り、
まるで舞台上の役者みたいな動きで名乗った。
「妾は、S級冒険者『千年郷ゼノン』の一人娘、
紅蓮の大魔道師 アノンであるぞ!!」
ギルドの空気が一瞬、ざわめいた。
周りの冒険者たちが
「千年郷?」「ゼノンの娘?」
とひそひそ声を交わすのが聞こえる。
彼女が誇らしげに顎を上げるその中で
──俺は正直に心の声をそのまま口に出した。
「…………いや、存じあげませんけど?」




