0023.自由の風《フライハイト》
食後、鍋を片づけて一息ついたところで、
ゴードンじいさんがテーブルの端を
指でとんとん叩く。
「さて、と。さっき出しておいた武具じゃがの」
そう言われて向けた視線の先には、
居間の隅に鎮座している大剣と鎧。
灯りに照らされて、古傷のような傷と、
丁寧に磨かれた金属光沢が浮かんでいた。
「ヴェルには悪いが、
これはカルドの方が向いとるじゃろう」
じいさんがあっさりと言う。
「……まぁ、そうだな」
実際、さっき試しに持たせてもらったが、
俺が振るうには重すぎた。
調子に乗って柄を握った瞬間、
肩から先が根を上げたレベルだ。
「ていうかさ」
ソファの背にもたれながら、
改めてその重厚な鎧を見やる。
「じいさん、こんなの着てドラゴン殴ってたの?
ふつうにすごくね?」
「ホッホッホ。本当じゃぞい?
若い頃はのう、これ着て走り回っとったわい」
「化け物かよ」
感心半分、若干引き気味半分で言うと、
じいさんは楽しそうに腹を揺らした。
カルドは黙って大剣を持ち上げ、
ゆっくりと構えを取ってみせる。
肩から腰、膝までの力の流れが、
ツルハシのそれとほとんど同じなのが分かる。
「どうだ」
ゴードンじいさんが問う。
「……重いが、しっくりくる」
カルドは短く答えた。
「ツルハシより、手応えがありそうだ」
「見た目だけは一丁前だな、カルド」
思わず茶化すように言うと、
カルドがじろりとこちらを見る。
「からかうな」
「いや、褒めてるって。
だいぶ“歴戦の剣士”感出てるぞ?
俺の相棒が急に強キャラ顔してきて怖いわ」
そう言うと、カルドはわずかに目を伏せた。
口元が、ほんの少しだけ上がっている。
(……まんざらでもないな、これ)
言葉には出さないが、表情が雄弁だった。
ひとしきり武具の話が落ち着いたところで、
俺は椅子に座り直した。
「じゃ、今後の方針会議といきますか」
「会議ねぇ」
カルドが椅子の背にもたれかかる。
「とはいえ、ヴェルの中では
既に決まっているのだろう?」
「バレてら」
セリアがくすりと笑う。
「一応、聞いておきたいです。
これから……どうするつもりなのか」
「まずは」
俺は指を一本立てた。
「しばらく、ここを拠点にする」
ゴードンじいさんの家。
畑と、古いけど丈夫な家と、変な笑い声付き。
「じいさんを一人にすると、
満足に歩けねぇからな。
少なくとも、車椅子を買うまでは
ここに残ろって面倒見てやろうぜ」
セリアが驚いた顔でこちらを見る。
「そ、それは……」
「当然の判断だ」
カルドが淡々と続ける。
「歩けぬ老人を置いて
長期の遠征というのは、合理的ではない。
短期の依頼を積み重ね、資金と経験を得る。
それで車椅子を買う。妥当だ」
「ほらな?」
俺は肩をすくめた。
「タイターンは機械工学が進んでる国だろ。
ギルドにも車椅子の人いたけど、
この国ならそんな高くないらしいしな」
「ふむふむ。ワシの足代を先に稼ぐわけじゃな」
じいさんが、いかにも楽しそうに頷く。
「それに、ワシから色々冒険者としての
知恵も聞けるぞ? 昔話付きでな」
「そこは一石二鳥どころか三鳥くらいだな。
宿代も浮くし。へへっ」
「図々しいです、ヴェルさん」
セリアに苦笑されるが、否定はされなかった。
「それからのう」
じいさんが、顎髭を撫でる。
「セリアが加わり三名になった今、
正式に“パーティ”として登録できるのう」
「そういえば依頼を出すとき言ってました。
パーティ限定の依頼も選べますがって」
セリアが頷く。
「うむ。パーティ専用の仕事は良いぞ?
報酬も良いことが多い。名も売れる。
さっさと登録しておくのを勧めるぞい」
「……だそうだ」
俺はカルドとセリアを見る。
「異論あるか?」
「ない」
「もちろん、ありません」
即答だった。
「じゃ、決まりだな」
というわけで、イノシシ討伐の報告がてら、
三人でギルドに向かうことになった。
受付に血抜き済みの肉と、
ボスイノシシの牙と皮を提出し、
依頼達成の報告を済ませた。
「っていっても、セリアが頼んだのなら、
実質タダ働きみたいなものだけどな?」
「金が報酬ではなく、仲間が報酬だった。
それだけのこと。その方が良い」
「だなっ!」
俺とカルドのやり取りにセリアは頬を赤らめ
「そっ、そんな。もうっ!」と言っている
そして、報酬のゴルドを受け取った後は
そのまま「パーティ登録をしたい」と申し出る。
受付嬢が、にこやかに書類を取り出した。
「かしこまりました。
では、パーティ名はいかがなさいますか?」
「……パーティ名」
その言葉に、俺たちは同時に黙り込んだ。
カルドは無表情のまま天井を見上げ、
セリアはペンを持ったまま視線を泳がせた。
「な、なにか良い案ありますか……?」
「急に言われても困るな」
数秒の沈黙。どうしたものか。
すると、同時に二人の視線が俺に向いた。
「ヴェル」
「ヴェルさんにお任せします」
「おい、丸投げすんなよ」
「リーダーなのだから、お前が決めるべきだ」
「そうです。私は新参ですし、
リーダーが考えるのが一番しっくりきます」
綺麗な逃げ台詞だよな、ほんと。
(……テーマは、決まってんだよな)
俺たち三人を繋いでるもの。
穴から出たあとにようやく手にしたもの。
“自由”だ。
好きに歩いて、好きに選んで、好きに生きる。
誰かの鎖じゃなく、自分の足で道を選ぶ自由。
「……じゃあ」
俺は受付の書類を見下ろし、
深呼吸して、ゆっくりと口を開いた。
「“自由の風”で頼む」
「フライ……?」
前世でネットを漁ってた時期に、
たまたま覚えた単語だ。
こっちの世界でも通じるかは分からない。
だが、音の響きは悪くない。
「俺たち三人とも、自由であることが
人生のテーマみたいなもんだからな。
だったら、そう名乗って歩いた方が、
たぶん性に合う。だろ?」
カルドが、少しだけ目を細めた。
「悪くない」
セリアも、胸の前で両手を組みながら頷く。
「素敵だと思います」
受付嬢はにこやかにペンを走らせた。
「では、パーティ名は自由の風。
これでギルドに登録いたしますね」
紙の上に、その文字が刻まれていく。
こうして俺たち自由の風は、
正式なパーティとして結成されたのだった。




