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0002.俺が読みたいのは空気です



 ──ガラッ!


「ほらっ! ヴェン!

 いつまで寝てんの!? 起きろってば!」


 布団が突然引きはがされ、

 俺は慣性のままベッドの端へ滑り落ちた。


「おわっ!? ちょ、まっ──」


 ゴンッ!


「いたぁっ……!」


 五歳の誕生日の朝。

 なのに俺はすでに床と友情を深めている。

 どうしてこうなった。


「誕生日だからって甘やかさないわ!

 ほら、立って! いくわよ!」


 姉のウィリィが仁王立ちしていた。


 勝ち気で、お転婆で、

 エネルギーで走ってるみたいな人だ。

 

 五歳の俺より、俺の誕生日を楽しんでないか?

 と思うほど元気。なんでだ。


(誕生日って、もっとこう……

 優しく起こされるものじゃない?)


 だが、そんな俺のことはお構いなし。

 手首を掴まれ、俺は廊下へ引っ張り出された。


 この家の廊下は“やたら広い”。

 赤い絨毯は分厚く、足音が沈む。

 壁には古い剣が飾られ、

 その上には風の紋章が彫られた木製プレート。

 

 この家が“普通の家じゃない”のは明らかだった。


(いやぁ、流石にもう見慣れたけどさ)


 このストーム家は由緒ある家系なのだ。


 かつて世界を救った“四英傑”の一人、

 『風の英雄』の血を引く家系なのである。


 風を読み、操り、戦場を駆けた伝説の魔法剣士。

 英雄譚や歴史書にも名が残っているガチの英雄。

 その末裔が俺……らしい。


 だから屋敷は広くて格式があって、

 父さんも王国騎士団の要職に就いている。


(……いや、そんな血筋に生まれたところで。

 俺が読みたいのは“風”じゃなくて“空気”なのに)


 リビングに入ると準備は整ってた。

 テーブルには料理がずらりと並んでいる。


 入ってきた俺を見て、

 母のアウラは柔らかく微笑んだ。


「ヴェン、誕生日おめでとう。

 今日はゆっくりしてちょうだいね」


「うん、ありがとう」


 ……ここで、あれ? と思った。


「……あれ? 父さんは?」


 リビングの空気が少し沈む。

 アウラは一度だけため息をついて答えた。


「騎士団で事件があったそうで……。

 今日は帰れないって。ほら、副団長だから」


(偉いってのは大変だよなぁ)


 誕生日にいないのは少し寂しいが、

 仕事なら仕方ないよな。


「じゃあヴェン! ケーキ切ろうよ!

 父さんいなくても大丈夫!

 その分あたしが盛り上げてあげるわよ!」


 ウィリィが張り切った声をあげる。

 ……そのときだった。


 ──バンッ!


 玄関の扉が派手に開く音が響く。


「ウィリィー! ヴェン!

 私が遊びに来ましたわよっ!」


 やたら元気な声が廊下を駆け抜ける。


 勢いよく姿を見せたのは、

 淡い銀髪を跳ねさせるように走ってくる

 小柄な……まぁ可愛い少女。


「リリー!? また城を抜け出したの!?」


 ウィリィが叫ぶ。


 リリー=ウインディ 十歳。

 俺達が住む風の王国ウインディの第三王女。

 で、ウィリィの友達であり…俺の許婚。


 ウィンディ王家は三姉妹であり、

 王も妃ももういい歳で新たな子は期待出来ない。


 故に歳が近くて英雄の一族という好条件と

 俺の生まれた時には縁談が決まってたらしい。

 荷が重いにも程がある。


 姉に劣らずお転婆で自由奔放。

 言葉を選ばずいえばワガママ娘。


 しかも、訳あってリリー本人は

 俺を好意的に見てる。


 ウィンディ王家もストーム家も

 これは都合がいいとばかりに

 この縁談を確実なものにしてる。


「愛する許婚の誕生日なんでしょう?

 来ない理由なんてないじゃないですの!」


(いやあるよ。王女ってもっと制限あるよね!?)


 俺の心の声が荒ぶる。


「あらあらまあまあ、リリー様。

 当家にようこそお越しくださいました」


 それなのにアウラは落ち着いた笑顔で出迎える。


 王女相手でも動じないのは、

 さすがストーム家の母といえよう。


 アウラはそっとメイドを呼び寄せる。


「今すぐ使いを送ってお城に連絡を。

 リリー様が当家にお越しだと伝えてくださいな」


「かしこまりました、奥様」


 そんな俺の気持ちをよそに、

 リリーはウィリィと俺の手を掴んだ。


「それより聞ききましてよ二人とも!!」


 リリーは懐から分厚い古書を取り出し、

 胸に抱え広げながら言った。


「わたくし、決めましたの!

 王族なんてイヤ! 冒険者になりますわ!!」


「またそんなこと言って……」

 

 ウィリィが呆れる。


「いい!? 《十の未踏ダンジョン》よ!

 場所だって全然わかってませんけど──


 火山の奥とか! 海の底とか! 空の果てとか!

 どこかに眠っていると言われてる『神域』!


 そんなダンジョンを全部制覇して

 “伝説の冒険者”になりますのよ!!」


(いや、スケールがでかすぎない?)


 でも同時に、胸が少しざわついた。


「ウィリィもヴェンも!

 私と一緒に冒険者になりますわよ!」


 リリーは言い出したら聞かない子だ。


「特にヴェン! あなた、なんか……

 “そういう空気”がありますもの!」


「空気……?」


 どんな空気だよ。

 悪いけど空気の読めない俺には

 まったくその空気がわからないぞ。


 と苦笑しつつも、どうしてだろう。

 リリーの言葉が妙に心に残る。


 ……でも、冒険者か。

 前世じゃできなかった“自由な生き方”ってやつ。


 母と姉と王女の賑やかな声を聞きながら、

 俺の胸の奥に、そんな想いが胸に灯り始めた、

 そのとき、また勢いよく扉が開く。


 ──ガチャッ!!


「ヴェン!! ウィリィ!!

 リリー様は無事か!?!?」


 バタバタと足音を立てて、

 父のゲイルが駆け込んできた。


 全身が土埃だらけで、明らかに捜索帰りだ。


 なるほど、父がいなかったのは

 このワガママ姫のせいだったってことだな?


「父さん!?」「ゲイルさん!?」

「げっ! お義父さまですの!?」


 驚く母と姉の声。


 そして、マズイっ!

 と逃げる準備をする王女サマ。


「よかった……!

 リリー様……ご無事で……!」


 ゲイルはその場で膝をつき、

 安堵の息を漏らした。


「ウチにリリー様がいるならばと

 王から言付けがあってな。

 “今夜はストーム家に泊めておいてくれ。

 娘を追いかけて脱走されるくらいなら、

 英雄の家に預けたほうがまだ安全だ”って」


 リリーは胸を張る。


「なら問題ありませんわね!

 もともと帰る気なかったですし、

 今日は許婚の誕生日なんですもの!」


(いや王族の行動理由が軽い……!)


 ゲイルは苦笑いして、俺の頭をポンと撫でた。


「誕生日なのに大騒ぎになったな、すまん」


「う、うん……まあ、にぎやかでいいけど……」


 その瞬間、俺は思った。


(……なんかすごい日になってきたな)


 そんな中、一日中リリーの冒険者の話を聞いた。


 俺は空気の読める男!

 俺の誕生日なのに俺のお祝いは?

 なんてことは言わなかった。


 ……あってるよね?


 

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