0106.凱旋
視点:ヴェル
土の国の風が、馬車の幌を軽く叩いていた。
乾いていて、少し粉っぽくて、
どこか鉄の匂いが混じるが嫌いじゃない。
鍛冶の国らしい空気だ。
見慣れたはずなのに、
五日も旅をして戻ってくると、
逆に“帰ってきた”って感じがするから不思議だ。
俺たちは土の国に差し掛かり、
あと数時間でクロムに着くところまで来ていた。
馬車に揺られて早五日。
寝る時は街に寄って宿屋に泊まったとはいえ、
移動の景色にはさすがに飽きる。
道端の草、遠くの丘、似たような岩肌。
でも、まもなくの到着。
その言葉が出ただけで、
馬車の中の空気が一段明るくなる。
話題は当然……報酬の話で盛り上がっていた。
「今回、私の分は必要ない」
ゼノンさんが、当然のように言った。
まるで「水は冷たい」と言ったみたいな口調だ。
「ボス級は君たちが片付けたんだからね」
「そうよ♡」
ディアさんが、脚を組んだまま笑う。
揺れる馬車の中で平然と脚を組める時点で、
体幹がバグっていると思うが気にしない。
「それに、あえて嫌な言い方するけど、
私たちからしたら は し た 金♡
遠慮せずもらいなさいな」
……はした金。
俺の中の“金銭感覚”という名の小動物が、
怯えて隅っこに逃げ込んだ。
まぁ、ディアさんはともかく、
ゼノンさんからしたら数百万は……うん。
前にアノンがポーンと魔具屋で勝手に
1000万の買い物したし、
お金に困ってはいないだろう。
もし、例えばだが、俺の知らない所で。
俺たちのツケで1000万とか言われたら……。
その時は繚乱旋風しちゃうだろう。
それを平気でするんだ。ゼノンさんはすごい。
とはいえ、いくら持ってても困るものじゃない。
俺たちに気を使ってくれてるんだ。
素直に感謝しなきゃならない。
「まずはケーキじゃな。二週間も食べておらぬ。
ディアは勿論、リズもついてくるが良い!」
アノンが真っ先に言う。
食欲が戦闘力を上回っているのはさすがだ。
「おじいちゃんと……あとはキロちゃん!
ちゃんと元気にやってるでしょうか……。
街で何か買いたいですね♪」
セリアは相変わらず世話焼きで、目の奥が柔らかい。
帰ったらまず“家の中の小さな平和”を確認したい顔だ。
「……まよねこの奴が楽しみだ。
場合によってはアイツにも何か買ってやろう」
カルドは相変わらず兄貴だ。
言い方が不器用で淡々としてるのに、
優しさだけは隠せてない。
みんなが言い終えた後、アノンが俺に振る。
「お主は何に使いたいのじゃ?」
「俺か? んー……俺は貯金かな」
言った瞬間、刺さる視線。
夢がない、という目だ。
やめてくれ、俺だって夢はある。
「ほ、ほら! 前回はほぼ使い切ったじゃん?
でも今後は今回みたいに依頼の遠征とかさ、
移動や宿泊に金使うし、行った先の店とかさ、
なんかそこでしか買えないのあるかもだろ?」
必死の弁明。
カルドが小さく頷く。
「それは一理ある。
今回の報酬は必要なものだけ使い、
あとは取っておこう」
「そうですね! 何があるかわかりませんし!」
セリアも納得してくれた。よかった。
俺の貯金案が救われた。
「貧乏人は大変じゃのう。
ケーキは父上に出してもらうから心配はいらぬ」
いや、本来ならお前もこっち側だぞ?
でもまあ、意見はまとまった。
自由の風として、今回の1000万は貯金だ!
その後も、今後の方針など話し合い、
とりあえず三日間自由行動と決まり、
クロムの街に着いたらギルドへ! と、
ワクワクしながら馬車に揺られていた。
◇
クロムに着いた俺たちは早速ギルドへ!
たかだか二週間。けれど、妙に懐かしい。
汗、酒、油、鉄、紙、インク、革。
ギルドの匂いは“冒険者の現実”そのものだ。
初めてカルド、シン、ラグアス。
三人と来た時と何も変わっていない。
それが、なんだか嬉しかった。
扉をくぐった瞬間、歓声が上がる。
「おかえり自由の風! よくやった!!」
「お前達は俺たちの誇りだぜ!!」
「カルドの兄貴ィ! 巨人討伐流石ッス!」
「セリアたそ〜! クンカクンカ、ハスハス!」
「あれ、あの子人形姫じゃない? またS級!?」
飛び交う言葉。
英雄扱いみたいでむず痒いが、
なんやかんや慣れたかもしれない。
主にS級のせいで感覚が壊れた。
「なんじゃ、なぜ妾への言葉がない?」
ぶつぶつ言う紅蓮のちびっ子。
「そうだね。少し理解らせてあげようか」
物騒な世界最強の魔法使い。
やめてくれ、大人げない。
と思った矢先、聞き慣れた声。
「よ〜ぉ! 流石だな、自由の風!」
ガレスさんだ。
「ギルド本部からも通達が来てるぜ?
今回のMVPはお前達だってな。
とりあえず受付に行ってこい!」
そう言って、俺の頭を乱暴に撫でる。
「もう、俺子供じゃないんすよ!」
「何言ってんだ、十五歳だろ? へっ!」
そのままカルドも撫でた。
するとセリアとアノンも並び始める。
……え、撫でられたい側なの!?
ガレスさんはガッハッハと
笑いながら二人も撫で、受付へと送り出した。
◇
受付へ向かう。
いつも対応してくれる、
あの受付のお姉さんだ。今日も笑顔。
「ヴェルくん、カルドくん。お疲れ様です。
セリアちゃんもアノン様もお疲れ様っ!」
そう言いながら数枚の書類を渡してくる。
「一枚目は依頼の報酬受領書ね。
二枚目はパーティー変更申請書。
ゼノン様とディアモンテ様が抜けるんだよね?」
そうなのである。あくまであの二人は臨時。
いつまでも居てもらうと心強いが、
それに頼るダメな癖がついてしまう。
“守ってもらえる”が当たり前になったら、
俺たちの成長は終わる。
「大丈夫。君たちならちゃんとやれるはずだ。
それに、いつでも私たちは見守ってるからね」
「そうよ♡ 貴方たちの背後には……!
いつもアタシが立ってるわぁ〜ん♡」
「気持ち悪イ。筋肉の公害デ訴えらレロ」
うん、心強いなぁ(棒読み)
そう思いながら二枚の書類に、
それぞれみんなの名前を書いていく。
……三枚目。
「ん?」
「えっ?」
「んぬぅ?」
カルド、セリア、アノンの声も並ぶ。
三枚目の書類は『請求書』。
内容は……1000万!?
「ちょっ、これどう言うことですか??」
俺の声が裏返る。
貯金の話してる場合じゃない。
「えーと、ドワルンさんのお店から来ました。
パーティー名義のツケ払いは、
ギルドへ請求を回すことが出来るんです」
にっこりとされるが、
心当たりはまるっきりない。
……ない、はず。
「あ、一応控えがありますよ?
購入及び受取証明書がこちらですね……。
ゴードンさんがサインされてるようですが」
その一言で、空気がヒヤッとした。
俺の右後ろ。つまり、セリア。
「ちょーっと、見せていただけますか?」
あぁ……天使の悪魔モードである。
俺たちは恐る恐るセリアのそれを覗き込む。
様々な魔具が買われているが……、
中でも目を引くのはこれ。
水陸両用、短時間飛行機能付き。
段差も揺れなく走れる法術付き車椅子。
セリアはニコニコしている。
今までで一番、ニコニコしている。
「ヴェルさん、カルドさん、アノン。
本当にごめんなさい。
この責任は……私が取ります(低い声)」
そうして、セリアは一人ギルドを出て行った。
……この件は触れないようにしておこう。
生存戦略として。




