0104.黄金の童
「これは驚いたわい……」
ゴードンの感嘆が、納屋の梁に染みこんだ。
夜更けの冷たい空気の中、
ランプの灯りが揺れている。
藁の匂い、木材の匂い、そして――
“さっきまでそこにいたはずのドラゴン”
その温もりが、妙に残っている。
リラは顎に指を添え、眼鏡の奥で目を細めた。
吟遊詩人の顔というより、学者の顔である。
脳内の歯車が今にも回っているのが見えそうだ。
「ドラゴンが人化することは珍しくはない。
だが、それは千年を超えた個体に限るはず」
答えは出ない。
この“少年”が常識からはみ出しすぎている。
「きゅ? みんなどうしたの?
いっしょにねてくれるの?」
無邪気な少年キロロ(?)が、
四人に向かって首をかしげた。
瞳は琥珀色で、髪は黄金。
肌は透けるほど白い。笑うと歯が小さくて、
全体として“かわいい”が過ぎる。
四人の胸が同時にきゅんと鳴ったのが、
空気でわかった。
「と、とにかく服を着せるでござる!!」
まよねこが叫ぶ。
焦りも、善意も、羞恥も混ざった声だ。
とにかく“裸はダメ”という常識だけが
キチンと先に走っている。
次の瞬間、顕現されたのは、
初風ミキがプリントされた子供服である。
淡い色合いに「MIKI 01」。やたら出来がいい。
「ほぅ、まよねこ君。成長したようだね」
リラがうんうんと頷く横で、
まよねこは服を藁の上へ置き、
キロロをそっと持ち上げた。
……ちっちゃなゾウさんも丸出し。
(下着も必要でござるな)
まよねこの頭が“真面目な方向”にだけ働いた、
その瞬間だった。
「こっちのドラゴンもちっちゃいヨ。
まよねこと同じくらいしかないヨ」
ミキの爆弾発言が落ちた。
温度が一気に下がった。
空気の中に、氷の板が一枚差し込まれた。
「ホッホッホ! こりゃ一本取られたわい!」
ゴードンが豪快に笑う。
「どんな一本でござるかぁ!?
ミキたそも変なこと……!!
いや、でもミキたそに拙者の小刀。
いや、ポークピーツヴァイアーが認知されて?
デュフゥ! いやいやダメでござるぅ!」
まよねこが暴走する。
顔が真っ赤になり、言葉が絡まり、
余計な単語が勝手に湧いて出る。
典型的な自爆である。
「キモいヨ。ダメ人間は沈むといいヨ。
ゲロ以下のにおいがプンプンするヨ」
ミキのごぼうが、見たこともない速度で
まよねこの背中を叩いた。
ペシペシじゃない。バシィッ!! である。
リラはその様子を見て、したり顔だ。
「ははーん? まよねこ君、キミも男の子だ。
ボクはキミ達のそんな趣味も否定はしない。
賞賛をすることもないがね?」
「誤解するなヨ。
まよねこの記憶はミキにも共有されてるヨ。
見たくもないものを毎日見せられてるヨ」
「は、初耳でござるよォ!?
ってことは毎晩の拙者のリロード……
いや、消化試合……アレもこれも!?」
「教育に良くないのヨ!!!」
ミキのドロップキックがまよねこに入った。
まよねこは藁に突っ込んで沈んだ。
セーフなのかアウトなのか判断が難しい。
「おっと」
リラが、キロロを先に抱き上げて守る。
吟遊詩人は意外と手が早い。
「とにかく、この子……いや、キロロだね。
彼をどうにかせねばなるまい」
だが、キロロはウトウトしていた。
今頃になって眠気が勝ってきたのか、
目をこすって言った。
「う〜ん、リラおねえちゃん。
ぼく、もうねむいよう……。
いっしょにねてもいい?」
リラの心臓が音を立てて落ちた。
“守らねば”が顔に出た。完全に。
しかしキロロは、
今度は別のことに気づいたらしい。
自分の手を見て、周りの顔を見て、
驚いたように叫ぶ。
「………えぇ! そういえばみんななんで?
どうしておおきくなったの!?
きろろよりおっきぃ! すごい!!」
「まだ自分が人間になったことに
気づいておらんようじゃのう」
ゴードンが顎を撫でる。
リラはキロロに膝を合わせ、優しく言った。
「いいかい、キロロ。
キミは今、ボクたちとおなじだ。
“人間”になってる。わかるかい?」
「ほんとに!? じゃあ! じゃあ!!
こんどからぼくもいっしょにっ
おでかけついていってもいいの!?」
リラの中でキュンが爆発した。
ゴードンの中でもキュンが爆発した。
ミキも「かわいいヨ」と小さく言った。
ちなみに、まよねこは藁の中で
ぶひぃと息をしているだけである。
こうして慌ただしくなった夜。
みんなでキロロに色々教えることになった。
◇
明け方近くまで説明と質問が続き、
ようやく全員がぐっすり眠った。
起きたのは、太陽が真上をススーッと通って、
二時間ほどした頃だ。
「みんな、おきて!
おかいもののやくそくだよ!」
子供の朝は早い。
いや、朝はもう過ぎているのだが。
ミキとリラの間に寝ていたキロロが、
ペチペチと二人の頬を叩く。
だが、二人はぐっすり眠った後なので、
怒りより“可愛い”が勝っていた。
「キロロ、起こしてくれてありがとうヨ。
約束通り、ケーキを食べにいくヨ!」
「彼の服も買わねばなるまい。
ゴードン氏を起こして準備を始めよう」
そしてゴードンも起こされ、
離れから藁まみれのまよねこもやってきて合流。
五人はクロムの街へと向かった。
◇
クロムの街へ行く道中、
ゴブリンが三匹出てきた。
キロロに何かあってはいけない。
と、まよねこはAKを取り出し、
リラは手にマナを込め、ミキはごぼうを構え――
だが、誰よりも早く動いたのはキロロだった。
「ぼくがやっつける〜!!」
止める暇すらない。
一歩で二匹の間に入り、
両手を広げて光でできた爪のようなものを出す。
そして身体ごと回転し、ぐるり、と一閃。
二匹のゴブリンが、切り刻まれて倒れた。
残った一匹へ、キロロが吠えるような仕草。
口元から光の粒子が集まり――
ブレス。
血すら蒸発した。
下半身だけがゴトリと倒れ込んだ。
「「「ええええええ!!」」」
大人三人の声が揃った。
キロロは返り血を浴びながら満面の笑みで言う。
「えへへ! ぼくやくにたった?
ねぇ、ほめてほめて!へへっ!」
……強い。
可愛いのに、強い。
このギャップ、危険。
「流石ドラゴン……ということだね」
「ワシが戦ったドラゴンくらいまで
歳をとったらどうなるんじゃこれ……」
まよねこは口が開いたまま声が出ない。
ミキだけが特に驚きもなく、頭を撫でた。
「よくやったヨ!
キロロはミキの次くらいに強いヨ!」
ミキの自己評価は相変わらずである。
◇
「いいかい? キロロ。
ボクたちがいいよと言うまで、
さっきの爪やブレスはダメだよ?」
「うん! わかった!」
リラに抱かれたまま、
キロロは無邪気に笑う。
そんな光景を微笑ましく見ながら
ゴードンはミキに車椅子を押してもらい
ホッホッホと笑って言った。
「これは老い先の楽しみがまた出来たのぅ。
まぁ、まさかドラゴンがおるとは誰も思うまい。
普通にしてれば普通の子じゃて」
「普通じゃないヨ。かなり美形ヨ!」
ゴードンもミキもルンルンである。
まよねこはまよねこで、リラとキロロを見て、
ダメな妄想を始めていた。
「オネショタ! 誰もが童心にかえり、
大人のお姉さんに甘やかな生活を支えられ、
子供だからこそ出来るあんな……ブヒィっ!」
「教育に悪いって言ってるヨ!!」
ミキのドロップキック。
昨夜に続いて二回目である。
壁にめり込むまよねこを見て、
キロロはキャッキャと笑い、
リラはヤレヤレと笑って
ドワルンの魔具店へと向かったのであった。




