0103.ソレは夢を見た
その日の晩。
三つの場所で、悶々とする者がいた。
◇
一つは、まよねこ。
少し離れた草原の真ん中。
月明かりがぼんやりと地面を照らし、
遠くで虫の声が途切れ途切れに鳴く。
銃声が届かぬようにと、
わざわざ夜の草原まで来たまよねこは、
膝に泥をつけながら地面に座り込んでいた。
目の前には、いくつかの“ミニミキ”。
出すことは出来た。
だが──動かない。
ちっちゃなフィギュア。
デフォルメされたぬいぐるみ。
目を丸くした、可愛いだけのミキたそが、
数えるのもしんどいくらいずらりと並ぶ。
「ミキたそは動いているのを見て来たから
すぐ想像できたでござるが……ふひぃっ……」
両手で顔を覆い、まよねこは呻いた。
“等身大ミキ”は、出せている。
完璧に。喋るし、動くし、歌う。
今頃どこかでごぼうを振ってるだろう。
けれど、“小さくしたミキ”の動きが、
どうしても想像できない。
動くものも出来ないわけじゃない。
だが、できるのは“同じ動きだけ”。
つまり、ごぼうを振るだけの、
デフォルメミキ人形である。
しかも振るだけ。振った後は止まる。
次の動きが繋がらない。
「拙者の想像力では、
動かせるのは全部、等身大ミキたそのみ!
愛と言えば光栄でござるが……。
これは、死活問題でござるぅ!!」
他にも、ミキたそソード、
ミキたそシールド、ミキたそアーマー。
それらも出せた。出せたのだが──
「拙者には扱う技術が……!
今こそ、拙者に眠る血筋が覚醒を!!」
月夜に照らされ、両腕を掲げて叫ぶ、
ただの変質者Aがそこにいた。
草原のど真ん中で、熱く、ねっとり、早口で。
誰もいない空に向かって誓いを吐き出す。
まよねこは悶々としていた。
◇
二つめはミキ。
母屋の自分の部屋の中。
窓の外には月があり、
薄いカーテンが揺れている。
隣の布団ではリラが「寝かせてくれ……」と
重たいまぶたを擦り、疲れた旅人の身体を
布団に沈めようとしていた。
ミキはまよねこより柔軟で、頭も良い。
そして実は──もう“形”にしていた。
だが、悩んでいるのは……ポーズである。
「こうかヨ! いや、こっちかヨ?」
ごぼうを構える。
そして、衣装を変える。姿勢を変える。
近未来の衣装から、和風のような衣。
なぜか謎にスタイリッシュなマントまで。
様々な『新しい力』を試しているのだが、
ミキはミキで“決まらない”。
「んー、後は名前ヨ。
國義、いや政吉? 悩むヨ〜!!」
余計なことを考えている匂いがする。
リラのまぶたがさらに重くなっていくのも見えた。
ここはそっとしておくのが正解だろう。
◇
そして三つめ。
離れの納屋の中。
ウトウトとしながら、
夜空を見上げているものがいた。
まよねこが改装したその場所は、
快適で過ごしやすい。
干し草の匂い。飲み水の桶。
ひんやりした石畳のゴロ寝スペース。
ドラゴン用に補強された床。
過剰なくらい丁寧に、
毎日少しずつ整えられた“居場所”。
そんな快適な空間で、ソレは夢を見た。
ソレは、ヴェルが大好きだった。
腕に傷をつけ、治すのを見せて。
威嚇していた自分を、怖がらずに助けてくれた。
そしてこの場所に連れて来てくれた。
だから、ヴェルが大好きだった。
ソレは、カルドのことが好きだった。
不器用だけど構ってくれる男。
『ナイショダ、ミンナニイウナ』
と言いながら、美味しい肉もくれる。
だから、カルドが好きだった。
ソレは、セリアのことが好きだった。
いつも優しく撫でてくれる。ご飯もくれる。
笑顔を見ると、胸の中が明るくなる。
それが何かは知らない。けれど嬉しい。
だから、セリアが好きだった。
ソレは、アノンのことがまあまあ好きだった。
噛みついても怒らない。
何だかんだ構ってくれて、魔法を教えてくれる。
小さいから頭に噛みつきやすいのもある。
だから、アノンはまあまあ好きだった。
ソレは、まよねこのことが好きだった。
毎日毎日、黙って住処を作ってくれる。
過ごしやすい環境を作り、だが自慢しない。
ひどいことを言われても、しょんぼりして、
次の日にはまた頑張っている。
だから、まよねこが好きだった。
ゼノンのことが好きだった。
ディアモンテのことは怖かった。
おじいちゃんのことが好きだった。
ミキのことは同類だと思っていた。
だから、一緒に遊べないことが寂しかった。
お母さんに置いて行かれたあの日のように。
みんなが出かけるたびに、
自分だけ置いていかれるのが。
(おいてかないで)
依頼に出かけるたびに。
(ぼくも、みんなといっしょに)
買い物に出かけるたびに。
(おいてかないで、つれてって)
修行ってやつに行くたびに。
(ぼくも、なかまなんだよ!)
誰もいない、離れの納屋の中。
ソレ──キロロは、光った。
黄金の鱗の奥。
ドラゴンの因子が、確かに──発芽した。
◇
「た、た、た……大変でござる!!」
夜中。母屋へ飛び込むまよねこ。
「なんだヨ。夜中ヨ!
肌荒れるからやめてほしいヨ」
つやっつやの卵肌のミキが
一番に出てくる。説得力が違う。
同じ部屋からリラも目を擦りながら顔を出した。
「どうしたのだね、まよねこ君。
お漏らしをしたとかなら心配ない。
ボクもたまにやるよ。以上かい?」
「いや、それはそれで異常でござるが!?」
リラの冗談は置いておく。今は緊急事態だ。
「き、キロロ殿が居ないでござる!!
納屋の中に、どこにも居ないでござるよ!!」
「そ、それは一大事ヨ! 攫われたヨ?
組織の人間かヨ!?」
ミキが慌ててごぼうを取りに行く。
リラの表情も一瞬で引き締まった。
「お主、それは本当かのう!?」
ゴードンも車椅子で現れた。
声が大きくて聞こえたのだろう。
「本当でござる! あたりも見てみたけれど……
キロロ殿は大きいから目立つはずなのに、
拙者、見つけることが叶わず……」
「最後はいつ見たヨ?
離れは今、まよねこしか居ないのヨ」
「夜の二十二時に拙者が納屋を出るまでは、
わらベッドで寝ていたはずでござる!!」
焦るまよねこに、リラが肩へ手を置いた。
声は落ち着いている。
「まよねこ君、とにかく現場を見に行こう。
納屋へ向かおうじゃないか」
まよねことリラが先に走り、
ミキがゴードンの車椅子を押す。
夜の空気が冷たい。虫の声が遠い。
──なんだか、嫌な静けさだ。
納屋に着く。
確かに、キロロの姿はない。
道中の草むらも、畑も、塀の向こうも、
見える範囲には黄金色がない。
「ボクはまだ来たばかりだからね
詳しくわからないが、
キロロ君は遠出したりしないのかい?」
「ヴェル殿に言いつけられてるみたいで、
一人でどこかへ行かないはずでござるよ」
「キロロー、どこへ行ったヨー。
あの世かヨー?」
「これ! 縁起でもないわい!」
藁ベッドは確かに凹んでいる。
ここで寝ていた証拠だ。
けれど、あの大きさで隠れられる場所がない。
探す手段がない。
そして、時間だけが削れていく。
「拙者が……拙者が見てないとダメでござった。
キロロはまだ子供でござる。
ヴェル殿に合わせる顔がないでござる……」
まよねこは今にも泣きそうだった。
ゴードンもリラも言葉が出ない。
その中で、ミキだけが呼び続ける。
「キロロー。隠れてるなら出てくるヨー!」
返事はない。
その時だった。
『ガサガサッ』
積み上げた藁の方から音がした。
四人の空気が固まる。
リラが一歩前へ出る。
「しっ! ミキ君、静かにしてくれたまえ」
リラはじりじりと藁に近づき、
左手にマナを込める。
青白い光が手のひらに集まり、
空気がピリッと張った。
「そこに隠れている者、出てきたまえ。
悪いが、出てこないのならば……、
敵意ありと判断して攻撃させてもらう。
……三秒間だけ待とう」
『ガサガサガサガサッ』
藁が揺れる。
リラがカウントを始めた。
「三……二……一……」
『ガサッ!』
何者かが出てきた。
黄金の髪を持つ、小さな男の子。
年齢は六〜八歳くらい。
服を着ていない。裸だ。
だが、その肩にある傷跡に、
四人は同時に見覚えがあった。
ヴェルたちが治したという、深い傷の痕。
まさか。
まさかまさか。
四人が同じ答えへ辿り着いた瞬間。
その子は、可愛らしい笑顔で言った。
「わぁ、みんなどうしたの?
あそんでくれるの?? きゅ〜ん♪」




