0102.早くも来た壁
まよねこに、新たなミッションが発生した。
根無し草のリラの住まいを確保すること。
ゴードンに“居住許可”をもらう必要がある。
「本当にいいのかい?」
帰り道、リラが申し訳なさそうに言う。
吟遊詩人の笑顔は軽いのに、
声色だけは妙に重かった。
「任せるヨ。まよねこがうまく交渉するヨ!」
ミキは即答した。他人事発言だが。
リラの話では、
今まではその辺で寝たりもしたらしい。
夜露の草に顔を突っ込んだり、
橋の下で竪琴を抱きしめたり。
物乞いのようなことをしたこともあるとか。
まよねこはリラからその話を聞いた瞬間、
胸の奥がきゅっと縮んだ。
自分も“路頭に迷った人間”だったから、
想像が簡単にできてしまう。
「拙者の仲間の分は、拙者がどうにか!!」
強がりだけは立派だ。
だが腹の中はバタバタである。
『拙者とミキたそは新参者でござるから……。
ゴードン殿の家は聖地であり、城であり、
拠点であり……そこに転がり込ませてもらって
更に人を連れてくるのは厚かましさの極み。
いやしかし、仲間のために動けぬ男は、
それはもう男ではないのでござるよぉぉ!』
心の声ですら早口なまよねこは意を決して、
ゴードンの母屋の戸を開けた。
木の軋む音。
暖かい灯り。
煮込みの匂い。
家の中の“生活”が、
まよねこの心を一瞬で萎縮させる。
「おぉ、遅かったなお主たち」
車椅子をキコキコと鳴らし、ゴードンが現れた。
その目が、リラの方へ向く。
「……おや、そのお嬢さんは何者じゃ?」
さっそく、まよねこの出番である。
何を言えばいいのか。
道中での脳内リハーサルは完璧だった。
だったはずなのに。
その言葉たちは、いざ視線を浴びた瞬間、
全部水疱になって消えた。
「あ、あのっ! リラ殿は……っ!
いや、こちらはリラ殿と言って……!
その、拙者、今日冒険者になって……!
パーティを組むことになって……!
そしたら……なんと言いますかそのっ!!」
自分で何を言ってるかすら、わからない。
舌が迷子。語尾が溶ける。目が泳ぐ。
だがゴードンは、察したように笑った。
「ホッホッホ。良かったのぅ」
まず肯定。
それだけで、まよねこの胸の息が少し通る。
「部屋はもう空いておらぬが……。
お主なら増設できるじゃろう?」
そう言って、ゴードンは
まよねこの腹に優しく拳をトンッと当てた。
“任せる”の合図だ。
「それまではミキの部屋に住ませなさい。
リーダーはお主になったのか?」
「お、およばずながら……
拙者が拝命させていただき……デュフ……」
「ふむ。いいか、まよねこよ」
しどろもどろのまよねこの言葉を、
ゴードンが優しく遮る。
その声は穏やかで、でも深く、芯があった。
「どういった経緯かは知らぬが、
お主についていくと決めた子なんじゃろ?
その決意に応えてあげれば良い」
まよねこが固まる。
ゴードンの言葉は“手続き”ではなく、
まよねこの“覚悟”の話だった。
「難しく考える必要はない。
一生懸命なお主について来てくれたのなら、
これからも同じように一生懸命に。
変わらぬお主の思いを届けることじゃ」
ゴードンは続けて、リラへ視線を向ける。
「ワシがこの家の保護者をやっておる。
と言っても今はワシよりすごい人もおるがの。
名前はゴードンじゃ。ホッホッホ。
……まよねこをよろしく頼むぞ、お嬢さん」
リラは背筋を伸ばし、丁寧に礼をした。
旅人の軽さではなく、仲間としての礼だ。
「よろしく頼まれたよ、ゴードン氏。
私の名前はリラ。吟遊の詩人。
世話になる分以上、貢献はさせてもらおう」
「ホッホッホ! 賢そうな子じゃ!
こりゃまた賑やかになりそうじゃのう!」
「きゅーん♪」
窓からキロロが顔を差し入れてきた。
金色の鼻先が、ふんふんと空気を嗅ぐ。
「ど、ドラゴン!?
まよねこ君、どういうことなんだい!?」
リラの目が丸くなる。
まよねこは全力で汗をかいた。
「こ、これはかくかくしかじか……!
深い深い理由がありましてぇ!
デュフッ! (アセアセ)」
こうして、リラもまた住人となった。
新たな仲間として迎え入れられたのである。
◇
それから一週間と少し。
まよねこたち『迷い猫』は、
着実にFランク依頼を手分けしながらこなし、
Eランクへと上がった。
道具運び、井戸の掃除、簡単な護衛。
どれも地味だが、成功は積み上がる。
そして、Eランク依頼をさらに五件こなし、
Dランクの依頼を受ける資格も得た。
──問題はそこからだった。
「ふむ、まよねこ君。
そろそろ討伐依頼を受けるしかないだろう」
リラが、テーブルに地図を広げて言う。
口調は柔らかいが、現実は硬い。
「そうよ。心配しなくてもミキは死なないヨ!」
ミキは平然と付け加える。
Eランクまでは街の中で済む依頼が多い。
出ても近場の街道護衛。危険は少ない。
だがDランクに入ると、“討伐”が増える。
魔物、ゴブリン、狼、時にはもっと厄介なもの。
リラは、言っていた通り魔法を使えた。
全属性をそれなりに。余力すらある。
弱い相手ばかりだから目立たないが、
使おうと思えばもっとやれるのかもしれない。
それでも、まよねこは足がすくむ。
「し、しかしですな……」
脳裏に浮かぶのは、アノンが話していた
“Eランクなのにグレイヴバード”の地獄。
依頼のランクが安全を保証しない世界。
自分がやられるのなら、まだいい。
ミキは再顕現できるかもしれない。
だが──リラは?
せっかく得た仲間だ。
あの下手な歌と、真っ直ぐな目と、
まよねこを友達と言った時の笑顔。
それがもし消えたらと思うと。
……腹の奥が冷える。
まよねこがちらりとリラを見ると、
リラは察して言った。
「大丈夫だ。言っただろう?
ボクは漫遊の身だったのだ。
自分の身を守る術は持ち合わせてるよ」
「いや、リラ殿が信用ならないとか、
そうじゃないというか……。
でも、万が一のことがあって、
拙者じゃ二人を守るにはまだ未熟で……」
側から見ればウジウジ。
鬱陶しい男の典型である。
だが、ミキもリラもそれを“臆病”。
……だけだとは思っていなかった。
簡単とはいえ依頼をこなし、
キロロの相手をし、リラの部屋を増設工事。
みんなが寝静まった後、銃声が届かぬ場所へ
わざわざ移動して修行をしていることを。
ミキもリラも、気づかないふりをしてる。
だが、その事実を知っている。
“守れないのが怖い”から、
守れるように動いていることを知っている。
とはいえ、ミキは焦ったくはあった。
リラも正直、もう少し稼ぎたかった。
今の生活費はゴードンが出してくれている。
居候のままでは、胸が痛む。
「じゃあ、こうしよう」
リラが提案を始めた。
「ボクが、君とミキ君の能力について、
強くなれる案を出したいと思う。
本当はこういうのは自分で考えるべきだ。
答えは自分で見つけるものだからね」
そう言って、まずまよねこへ視線を向ける。
「まよねこ君。君の能力はかなり強い。
ミキ君のイラストさえつければ何でも出せる。
君たちの世界の銃器しかり。
そもそもだよ、ミキ君を出しているんだ」
リラはミキをちらりと見て、言葉を続ける。
「ミキ君を何体も出せないのは聞いた。
だが、ミキ君ほどの大きさでなくとも、
例えば猫のサイズのミキ君は出せないのかい?
立派な自律兵器でなくともいいんだよ。
簡易的な自律兵器を出すとか」
まよねこは、目を見開いた。
盲点だった。
“ミキはミキ”としか考えていなかった。
だが能力は“ミキに関するもの”を具現化する。
サイズも形も、固定ではないのかもしれない。
「いいかい? 君の能力の最大の強みは、
想像力がそのまま具現化される汎用性。
無からコストなく創造できるスキルなんて、
この世界ではかなり稀有な能力なのだよ」
創造系スキル。
漫画、アニメ、ラノベで必ず上位に来るやつ。
言われれば単純なのに、当人は気づけない。
まよねこの胸が、ふわっと浮かぶ。
「そして、ミキ君」
今度はミキへ。
「君は、まよねこ君から生まれた創造物。
つまり君もまた、思いをのせられた者。
君は本来、歌うのだろう?」
返事の代わりに、ごぼうのフリフリが速くなる。
「君は様々な世界観で生き、シングロイドと聞く。
そういう世界の住人なら……可能性を秘めてる。
君が物語になるんだ。無限大の存在なのだよ!」
ビシィッ! と指を刺され、
ミキは一瞬『はわー』っと間抜け面になった。
すぐ戻したが、確かに揺れた。
「今日はボク一人で簡単な依頼をしてくる。
だから君達は想像力を鍛えるのだ。
想像が創造を作り、それが力となる。
0から1を作る必要はない。
1と1から5を、10を作るイメージだよ」
リラはニコッと笑った。
「それが、人間が持つ武器『知恵』なんだ」
こうして、まよねこたちは悶々と考えた。
迷い猫の成長のために。
ヴェルたちが帰ってくるまで。
──後二日。




