0101.迷い猫
「いやぁ、助かるよ!」
リラは竪琴を背中に回したまま、
軽い足取りで笑った。
森の夕風を受けて羽飾りが揺れ、
本人はやたら爽やかに見えるのに、
さっきの演奏だけが脳裏で、
『ボロロ〜ン↓』と反響している。
「ほら、ボクって歌があれだからね。
路銀を稼ぐのも一苦労してたのさ!」
自覚はあるらしい。そこは偉い。
まよねこはというと、
ルマ草の採取を手伝ってもらい、
採れた分の報酬を山分けすると話し、
胸の奥がまだ熱いままだった。
誰かと何かを分け合う経験が、
彼には少なすぎたのだ。
「殆どリラ殿のおかげで集まったものでして、
拙者達だけでは黄昏を超えてしまうところ!
リラ殿の知識が、迷える拙者達の悩みから
救ってくれた次第でござり……デュフ……!」
まよねこは礼を言うつもりが、
いつも通り“ねっとり早口の長文”になった。
語尾が震え、息継ぎが迷子になり、
感謝がオーバーフローしているのだ。
ミキは、最初こそ怪訝な目を向けていたが、
今は違う。リラが“役に立つ”と認識したらしい。
「リラはそこそこやる奴だったヨ!
次はゴボウを探して欲しいヨ!」
「ふむ、ゴボウか……」
リラは顎に指を当て、真面目な顔で考えた。
「ミキ君が手に持ってるようなゴボウは、
自生ではなかなか珍しいものでね。
土の国は土壌が良い。栽培を考えては?」
「ミキがごぼうを作れるのヨ!?
作るヨ! お前いい奴、天才ヨ!!」
ミキのごぼうフリフリ速度が一気に上がった。
懐柔完了である。
それを見て、リラは少しだけ笑ったあと、
ふっと表情を落ち着かせた。
「それより、冒険者……か」
声のトーンが変わる。
軽いおふざけの匂いが消え、旅人の目になる。
「ボクは漫遊の身。数々の場所で、
調べを風に乗せたのだが……。
どうも上手くいかないようなんだ」
まよねこは聞きながら、少しだけ胸が痛んだ。
上手くいかない、という言葉が、
自分の過去の引きこもり時代を連れてくる。
リラは少し考え込んでから、
にこりと微笑んだ。
「キミたちは今二人だろう?
冒険者は三人になればパーティを組める。
と聞いているよ。違うかい?」
その言葉だけで、
まよねこの背中がぞわっとした。
“パーティ”。
その単語は彼にとって馴染みがあり、
そして、本来はゲームの中のものだった。
現実でその言葉が自分に向けられるなんて、
想像したこともない。
「そこで提案なのだよ」
そう言って、リラは足を止める。
「ボクも冒険者に登録しようと思う。
路銀も稼げるし、キミにまた歌を聞いてほしい。
どうだろう、ボクの提案を受けてくれないか?」
リラは、まよねこの目を見て言った。
押しつけじゃない。
逃げ道を残しながら、真っ直ぐに。
まよねこは震えた。
嬉しさで、怖さで。
でも同時に、ひとつ思い出す。
まよねこには目標がある。
自由の風に入ること。
その目標は、今や胸の奥で燃えている。
パーティは一つしか入れない。
この誘いを簡単に受けるとそれは叶わない。
「……ダメかい?」
リラの声が少しだけ柔らかくなる。
まよねこは、逃げないように深く息を吸った。
コミュ障の彼は、ここで目を逸らしたら、
きっと一生後悔すると感じた。
「お誘いは、とても嬉しいのでござる。
これ以上にないほどで、言葉にするなら
一時間はこの喜びを言葉にできる次第。
でござるが……」
ねっとり早口が始まりかけて、
ミキのごぼうがすっと視界に入る。
「長くなるヨ」
ミキの一言が、まよねこの背中を押した。
まよねこは、言葉を削る努力をした。
「拙者は……目標とするパーティがあるでござる。
冒険者を目指したきっかけがあるでござる。
そのパーティに入る為に、冒険者になったほど」
正直で、誠実な答えだった。
目を見て言えたのは、自分でも驚きだった。
誘ってくれたリラへの感謝を、
少しでも真っ直ぐに届けたかったのだ。
リラはしばらく黙って、考えて……。
そして、にこりと笑った。
「なるほど。それは大事なことだ。
では、キミがそのパーティに入るまで、
というのはどうだろうか?」
「え……?」
「もしかしたら、キミの目指すパーティは、
ファミリア設立を目指すかもしれない。
であれば、別のパーティだとしても役に立つ。
ボクもいつまでこの国にいるかわからないが、
少なくともキミが許す限り歌いたいと思ってる」
言葉の柔らかさの奥に、意志があった。
まよねこはその目を見て、頬が熱くなる。
恥ずかしさもある。
だがそれ以上に、
「自分を一人の人間として扱われた」という
喜びが胸に広がった。
リラも少し頬を赤らめ、真面目な声で続けた。
「ボクは本当に嬉しかったんだよ。
歌うのが好きで、竪琴も練習した。
だが、上達しないのはボクがわかってる。
それでも歌いたかった。結果はこれだがね」
その言葉が、まよねこの胸の奥を正確に刺した。
転移前。まよねこは、
ウェブ小説を書いたことがある。
増えないPV。
増えたと思えば、二〜三話で離脱。
いいねが来たと思えば、返礼目当てのいいね。
同じ人から一分の間に十話いいねが来た時、
嬉しいより先に、心が冷えた。
自分の表現を受け取るものがいない孤独。
それを、まよねこは少しだけ知っている。
「ボクの世界を、世界に広げたかった。
独りよがりな願望だと理解してる。
自己満足でもいいと自分を言い聞かせた」
そう言って、少し目を伏せた後、
もう一度、まよねこの目を見つめるリラ。
「だからこそ、初めて褒めてくれたキミを。
……キミのために、ボクに出来ることをしたい。
欲を言えば、またボクを褒めて欲しい」
まよねこは、小さく頷いた。
喉が熱い。
何か言わないと、崩れそうだ。
「拙者なんかでよければ……」
小さな声だった。呟くような声。
独り言のような声。だから、もう一度。
「拙者で良ければ、よろしくでござるよ!!」
今度は場違いなほど大きな声だった。
リラはクスクス笑い、右手を差し出した。
「よろしく頼むよ、まよねこ君」
「は、ハイでござる!!」
「ミキにもよろしくするヨ!
目指すは、ごぼうの栽培者ヨ!!」
こうして、まよねこたちはルマ草十束と、
新たな仲間を連れて。
クロムの街へ凱旋するのであった。
◇
ギルドの受付カウンターで、
受付のお姉さんが書類を差し出す。
「では、こちらに記入をお願いいたします」
「ふむ。年齢、出身。
得意なこと、苦手なこと……」
リラはさらさらとペンを走らせ、
途中で顔を上げて微笑んだ。
「おや? レディの年齢を覗くのは、
マナー違反だよ、まよねこ君?」
「ふ、ふひぃっ! 大変失礼したでござる!!」
「冗談だよ、ふふふ。
キミはからかいがいのある友人だね」
受付のお姉さんが、
にこにこしながら銅プレートを差し出す。
「はい、それではこちらを」
『リラ F』
始まりのプレートだ。
「これでボクも晴れて冒険者ってわけだ。
次はパーティ申請という奴だね?
リーダーはまよねこ君だ。任せるよ」
「拙者でござるか!?」
「当然だよ。ボクはキミについていくと決めた。
そしてミキ君はまよねこ君の相棒だろう?」
リラがミキを見る。
ミキはごぼうをひょこっと振って答えた。
「そうヨ。ミキはまよねこに縛られた、
哀れなごぼう栽培者なのヨ」
「ひ、人聞きが良くないでござるよミキたそ!」
まよねこが周りをキョロキョロする。
ミキもリラもクスクス笑った。
「良いじゃないか。
両手に花のハーレムパーティって奴さ」
「ミキは両手にごぼうパーティがいいヨ」
受付のお姉さんは微笑ましい表情のまま、
申請用紙を差し出した。
「パーティの申請用紙です。
代表者と、メンバーの名前。
そして、パーティ名をお書きください」
リラは自分の名前だけ書き、
近くの椅子に座って竪琴をつま弾く。
ミキもササっと名前を書いて、
ごぼうをヒョコヒョコ振り始めた。
パーティ名。まよねこは、悩んだ。
いや、本当は決まっていた。
言うのを迷っていた。
ミキを見る。
“まよねこの好きにしたらいいヨ”と、
目で言ってくれている。
リラを見る。
“どんなキミでもボクはついていくよ”と、
笑っている。
こんな些細なことでも迷ってしまう自分。
でも、こんなに頼れる仲間がいる。
FPSの時もそうだった。
クランの名前を皆で付けてくれた。
まよねこの“名前”が、初めて居場所になった。
あの頃の思い出を。
これからの思い出を。
そして、自身の原点を忘れぬように。
「こ、これでお願いするでござる!!」
「はいっ、承りました!
……ふふっ、いい名前ですね!」
こうしてクロムの街に、
新たなパーティが生まれた。
いずれ、自由の風と並び、
とある国で双璧と呼ばれることになる。
――その始まりの名。
『迷い猫』
彼らの冒険が、今。
小さなこの街から、始まる。




