0100.まよねこ隊長
「手榴弾!」
まよねこの声が、草地に妙に通る。
ご丁寧に初風ミキのスキンが描かれた、
手榴弾を宙に顕現した後、それを手に取って、
口でピンを引き抜いた。
その動きだけはやたらと決まっている。
脳内では百回くらい見た仕草だ。
映像の再現が完璧なのだろう。
「ぶひぃっ……っ!」
だが現実は現実だ。
投げた手榴弾はヘロヘロと弧を描き、
狙った位置より三歩ぶん右に落ちた。
……しかし、運は味方した。
ゴブリン一体の足元で、
バンッ!と破裂音が弾け、
土と草と血の飛沫が舞う。
「一体キル。中央半死!」
誰に向けた言葉でもない。
それでも、まよねこはかつての癖のまま、
状況を口にして自分を落ち着かせる。
体が勝手に“戦う姿勢”を探し、
カニ歩きで左右へクニクニと動く。
相手は銃を持っていないのだが。
元ニートから土木へ転身し、
罵倒されながら五年続けた根性。
折れずに、なんとか喰らい付いた執念。
そしてこの一ヶ月の走り込み。
四十代とはいえ、付け焼き刃ではない、
“動ける体”が今のまよねこにはあった。
不格好でも、遅くても、情けなくても。
逃げずに動けるだけで価値がある。
だが、射撃の腕は別だ。
さっきのは近距離だった。だから当たった。
新たに現れたゴブリンは、中距離にいる。
しかも小さい。しかも動いている。
『ダダダッ!』
三点バーストのつもりが、
恐怖に引っ張られてフルバーストへ変わる。
銃口が跳ね、弾が草を裂き、石を弾く。
ゴブリンの笑い声が近づくのに、
手元だけが空回りする。
カチッ。
乾いた音。弾切れ。
「リロード!」
まよねこはわざわざ口に出しながら、
マガジンを顕現させた。
知識はある。やり方も知っている。
だが、実戦の手は震える。
手袋の中の指が、自分のものじゃないみたいだ。
その隙に、ゴブリンが距離を詰めてくる。
「ぐぎゃっ……!」
石ナイフが光る。
まよねこの喉が鳴った。
テンパりながらも、脳のどこかは閃いている。
FPSの近接はナイフ戦。ならば――
まよねこは宙に手を翳して、
初風ミキのスキンが描かれた刀を顕現した。
短剣より長く、刀よりは短い、
よくある“それっぽい”やつだ。
「お、おぉぉぉぉぉ!!」
とにかく振り回す。
周りから見たら情けない。
腰も入ってない。踏み込みもない。
だが、短剣しか持たないゴブリンに、
“リーチ”の差は覆せないのが現実だ。
ザシュッ。
当たった。
ゴブリンが断末魔の声を上げて崩れ落ちる。
戦いは……今度こそ、終わった。
だが、終わった後も、
まよねこは夢中で刀を振り回し続けていた。
体の震えが止まらない。
血の気が引いていくのがわかる。
理解が追いついていないのだ。
「まよねこ、終わったヨ」
ミキが淡々と声をかけて、
ようやくまよねこは止まった。
ハッ、と我に返り、息を吸う。
「目標、オールクリア。
作戦遂行、これより帰還する!」
「遂行してないヨ。草むしりがまだあるヨ」
「ハッ! そうだったでござる!!」
ミキは笑っていた。
相変わらず表情は薄いのに、
声だけが少し柔らかい。
誇らしさという感情を、
彼女なりに出しているのかもしれない。
その時だった。
「ははははは!
良いものを見せてもらったよ!」
木の影から、軽い笑い声が転がってきた。
まよねこがびくりと肩を跳ねる。
「ボクでも初めて見る武器だ。
それはなんていうものなんだい?」
現れたのは、装飾品の多いローブを纏った人物。
藤色の髪、羽飾りつきの大きな帽子。
手には銀色の竪琴、細いフレームの眼鏡が、
その顔立ちを妙に聡明に見せる。
まよねこの第一印象は、シンプルだった。
(吟遊詩人の娘さん……!?)
「な、な、な、何者でござるか!?
拙者、その、なんというか大したものでは!
ただのまよねこと申しますか……ふひぃっ!」
女性免疫はまだミジンコ。
セリアとアノンには“慣れたつもり”でも、
基本は挙動不審のコミュ障なのである。
声が湿り、語尾が震え、目が泳ぐ。
ミキがすぐ前に出て、ごぼうを構えた。
「まよねこ、コイツ怪しい奴よ!
殲滅作戦を開始するヨ!!」
ごぼうでシッシッと払う。
リラはそれすら面白がるように笑って、
視線をミキへ向けた。
「彼女もキミの能力なんだろう?
マナの巡りが人とは違う。
いわゆる召喚のような類だろうか……。
実に興味深い。君とお友達になりたい」
人の話をあまり聞かないタイプだ。
だが、コミュ力のないまよねこからすれば、
これくらいグイグイ来てくれた方が楽でもある。
そして、まよねこは“友達”という単語に弱い。
「せ、拙者なんかで良ければ。デュフ!
お歌も聞かせていただければ、
拙者、オタ芸を打たせていただきますぞ!」
勢いで言ってしまった。
言った瞬間、ミキが「は?」という顔をした。
だがまよねこは止まれない。
ミキたそ印のペンライトを顕現し、
ミキたそ印のスカーフを頭に巻き、
チェックシャツをインして構える。
完璧な“オタク仕様”だ。
リラは竪琴を構え、少し照れたように笑う。
「ふふっ、また見たことないものを。
だが、熱意をありがとう。
なんだか緊張するねぇ……」
そして、竪琴を優雅に指で鳴らした。
が、ド下手である。
ポロロ〜ン♪ではない。
ボロロ〜ン↓である。
音程が階段を踏み外して、地面で転がる。
「聞くに耐えないヨ……」
ミキの顔が、見てわかるくらいゲンナリした。
いつもの貼り付け笑顔が
“真顔寄りの嫌悪”へ傾いている。
だが、まよねこは真剣だった。
歌声も歌声で、こもった声。
上手いとは言えない。
でも――“好き”だけは、確かに乗っていた。
まよねこは、その“好き”を拾った。
力強さではなく、流麗に。
派手さではなく、丁寧に。
ペンライトを振り、ステップを刻み、
汗を浮かべてセッションする。
他人から見れば奇妙でも、本人は真面目だった。
……そして、曲が終わる。
リラは息を吐き、まよねこの顔を見た。
まよねこは満足そうに、汗だくで笑っていた。
「……初めてだよ」
リラが静かに言う。
「ボクの歌を最後まで聞いて、
なおかつ、そんな満足な顔をしてくれた人は」
「そう思うなら聞かせるなヨ……」
ミキのツッコミは正しい。
だが、まよねこは止まらない。
熱が入りすぎて、口が勝手に動く。
「いやぁ、リラ殿の曲、味があって、
なんと言いますか『好き』が伝わったでござる!
拙者、オタクをしていたからか、
人の『好き』を拾いやすい体質と言いますか、
凡人の拙者に唯一備わった力と言いますか、
歌うことへの愛を感じたのでござるよ!!」
唾が飛ぶ。距離が近い。湿度がすごい。
普通なら引かれる。
だが、唾がかかってもリラは表情を変えず、
ただただ、まよねこの言葉を受け止めていた。
受け止めた上で、ゆっくり目を閉じた。
そして、微笑んだ。
「……ふむ。ボクはキミを大変気に入ったようだ」
リラは嬉しそうに言葉を重ねる。
「『好き』を拾いやすい体質。
とても素晴らしいじゃないか!
人は『好き』の為に頑張る生き物だ。
ボクは『好き』を恥じる人より、
『好き』を誇る人間でありたいのだよ。
……まよねこ君、キミのようにね!」
リラはくるりとその場を回り、
ピエロのように大げさに礼をする。
帽子の羽飾りがふわりと揺れた。
「ボクの名は吟遊の詩人 リラ。
好きなものは『歌』と『道を切り開く』こと。
得意なことは少々危険な魔法が使えること」
そして顔を上げ、まっすぐに言った。
「まよねこ君、ボクをキミの友人として。
――仲間にしてもらえないだろうか?」
まよねこは、息を呑んだ。
“仲間”。
さっきまで、命がけで“守る側”になろうと
戦っていた男にとって。
その言葉は銃声より重かった。




