第20話 八百万たまき
私はピアニストとして世界を跨いで活躍している。
そんな私にコンサートの依頼が舞い込んできた。いつもの依頼だと思っていたが、主役は小学校5年生の子供と聞いて吃驚したものだ。
しかも その子供は日本で大人気の子役ときている。話題性の為に世界に通用するプロである私とセッションしたいとは馬鹿にしているのか?と言いたい。
断りの電話を入れたが、私のスポンサーが仕事を受けないとスポンサーを降りるとまで言い出して困った。
子供のお遊びに付き合うつもりはないんだがな。
「旦那様、此方を――…」
手渡された書類に目を通す。
秋月燈由、年齢11歳、出身東京都世田谷区――…
今回、私とセッションする事になった娘の情報を集めさせていた。
5歳にピアノ発表会にてショパンの夜想曲を発表後、芸能プロデュサー三村健午に見い出される。
翌年から現在まで日本音楽コンクールで優勝を飾り、国際ピアノコンクールに参加する予定があるらしいとの事。
自身で作曲した曲をアイドルに提供し、自身のクラッシックコンサートも年に1度公演し、アルバムを出しているようだ。
「コンサートのビデオはあるか?」
「はい、セットして御座います。」
私はテレビから流れるピアノの音色に驚愕するのだった。
年端もいかない子供が曲に命を吹き込むような演奏をするとは思わなかったのだ。
上手いという次元の話ではない。彼女がプロのピアニストという事は、この曲を聞くだけで理解出来た。
もしかしたら私より上なのではないだろうか?
頂は未だ遠く、私は研鑽の日々を送っている。
彼女のコンサートから伸びやかに響くピアノの音に私は年甲斐も無く胸を高鳴らした。
3時間という時間を夢心地で堪能した私は執事に指示を出す。
「是非とも秋月燈由嬢に会いたいものだ。合わせをする前に時間を取って貰えるように交渉してくれ。彼女と色々話をしてみたい。」
燈由嬢は編曲もしていると聞く。
今まで手掛けた曲の数々に心躍らせCDを買いに行かせた。
あぁ――…私の音楽の女神に早く会いたい!!
セッションする相手から早めに会いたいと言われたらしく、マネージャーの容子さんが鬼の形相でスケジュール調整しているのを見ていたので気乗りはしなかった。
容子さん曰く、八百万たまき氏は私とのセッションを当初お断りしていたそうな。断りがあったのにセッションする事になったのかは、大人のあれこれと事情があるのだろう。首を突っ込んでも良い事は無いのでお口をチャックした。
「とうとう顔合わせかぁ――…」
乗り気じゃない私に
「そうね。向こうは海外で活躍しているピアニストだから愛想良く媚を売っときなさい。」
身も蓋もない助言をする容子さん。スレてんなぁ。
「私ってセミプロだと思うの。」
断じてプロのピアニストではない!と主張しても
「何お馬鹿な事を言ってるの?コンサート開いてCD出してる人がプロじゃなかったら日本に在籍しているピアニストは全員プロじゃないわよ。」
スパっと切って捨てられてしまった。
「国際コンクールも出る準備しなきゃね。卯月先生に頼まれてたからスケジュール調整しなくちゃ。燈由ちゃん、絶対に仕事を獲ってきちゃ駄目だからね?」
釘を刺す容子さんに
「そんな事しないわよ。」
ぷんすこ怒るも
「そう言って、ギャラが良かったから映画の仕事を獲って来たじゃない。」
ぐうの音も出ない指摘をされた。
「でもバーター出来たじゃん。」
私 悪くないを発動するも
「燈由ちゃんが分裂して仕事する事は出来ないんだから――…分かった!?」
本気切れの説教を喰らってしまった、あぅち。
コンコン――
ノックの音に私も容子さんも顔を仕事モードに切り替える。
「どうぞ。」
扉を開けて入って来たのはダンディーな おじ様こと八百万たまき氏だ。
子供の演奏会に出るのは不服だったんじゃなかったの?と思うほど、彼が満面の笑みを浮かべ私に近寄って、キラキラした瞳で挨拶する姿にドン引きしてしまったのは言うまでもないと思うんだ。
「初めまして、秋月燈由さん。私は八百万たまきだ。私の音楽の女神よ、その白魚の手から弾き出される美しき調べに私は魅了されてしまったよ。サインをしてくれないか?」
CDジャケットとペンを私に握らせサインを強請る おっさ……たまき氏にスン顔になりながらサインをサラサラと書いて返した。
チラっと容子さんを見ると私に たまき氏のCDとペンを渡して来た。サインを貰って来いという事だろうか?
「お初お目にかかります。秋月燈由と申します。八百万先生のような世界に音色を届ける方に名前を憶えて頂けるとは光栄です。私も是非とも八百万先生のサインを頂けないでしょうか?」
容子さんから渡された新品臭いCDジャケットにサインを貰う。
ぶっちゃけクラシックのCDは買わないんだよねぇ。愛華先生の所で聞かせて貰ってるし……
「ふふふ、君に私の名前を知って貰えるとは嬉しいものだね。」
いえ、仕事の依頼が入るまで全く知りませんでしたし、興味もありませんでした…と言えるはずが無い。
「八百万先生のCD全部聞きました。耳から聞こえる音色は私に情景を思い起こしてくれます。八百万先生のような方と一緒に演奏を出来るなんてとても光栄です。」
ええ、出されてるCDは全部聞いたし上手だなって思ったけど、情景が浮かぶほどではないかな。
でもリップサービスは大事!0円スマイルは大事!
「私も燈由さんのアルバムを聞いてセッションするのが楽しみなんだ。」
たまき氏にプロになった経緯など色々と聞かれたり、海外でのピアニスト活動の内容を聞いたり、好きなクラッシックの話題などが飛び交い、とても有意義な話が出来たと思う。
たまき氏は有名というだけあって年収1000万以上するらしい。細かい事は教えてくれなかったけど…結構、お金貰ってるんだなぁ。
両親がプッシュしてくるプロのピアニストも将来の候補の一つに……と考えてしまう辺り勿体ない精神が働いてるのかもしれない。
こうして私はたまき氏と親睦を深めるのであった。




