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プレジデント水戸老公

 三ツ葉グループ。持ち株会社、三ツ葉ホールディングスを中心に、三ツ葉銀行、三ツ葉建設、三ツ葉重工、三ツ葉造船、三ツ葉エレクトロニクス、三ツ葉証券、三ツ葉フーズ、三ツ葉エージェンシー、三ツ葉不動産等を擁する国内トップクラスの大企業。

その三ツ葉ホールディングスの会議室では三ツ葉ホールディングスの幹部と各グループ会社の社長が集まって月例会議を行っていた。

 「・・・・・・報告は以上です。ご老公の方から何かございますでしょうか?」

と三ツ葉ホールディングス専務取締役の本多が言う。

それに対して三ツ葉ホールディングス代表取締役社長の徳川光圀が言う。

「各社は既に渡してある命令書通りに滞り無く業務を行うように。」

「それから、三ツ葉エレクトロニクスの榊原社長。来年発売予定のゲーム機、ゲーム・ステーションの進捗状況についてだが、問題点は何だと思う?」

榊原は

「はい。3点御座いまして一つは半導体が自社製の物だけでは供給が足りなくなると思われます。二つめは広告予算の不足、三つめはサードパーティーの参入不足です。」

と答える。

「分かった。三つ葉銀行、酒井頭取。広告予算として5億円を三ツ葉エレクトロニクスに融資するように。」

「はい、分かりました。」

「榊原社長、広告費の増額については水戸が言ってくるまで、増額の件は承諾しない様に。中途採用でまだ1年とはいえ、30過ぎて平社員のままでは悪目立ちしそうだから、そろそろ手柄を立てさせて昇進させないとな。底辺からでは見えないものもあるだろうし。」

「確かに。広告費の件は了解いたしました。」

「半導体については天野電子に頼もう。以前、天野電子が資金繰りに困って倒産しかけた時に助けているから、俺からの頼みだと言えば快諾してくれるはずだ。本多、天野電子の天野社長に連絡しておいてくれ。尚、担当は三ツ葉エレクトロニクスの水戸邦光と言う者が行くから便宜を図ってほしいと。」

「かしこまりました。」

「サードパーティーについてだが、石川渉外部長、各ゲームメーカーの担当者にアポを取って、日時を俺に送ってくれ。尚、こちらの担当者は三ツ葉エレクトロニクスの水戸邦光だと伝えておく様に。」

「かしこまりました。」

「それから榊原社長。ゲーム・ステーションの開発プロジェクトチームを立ち上げろ。チームリーダーは企画部の水野愛子課長、メンバーに水戸邦光を入れろ。後のメンバーは任せる。」

「はい、かしこまりました。本日中にメンバーを選定し、明日辞令を出します。」

「よし。本日の会議は以上!」

会議の進行役である専務の本多が

「本日の会議はこれにて終了。各自、ご老公の指示通り滞りなく業務を行うように。解散!」

と会議の終了を宣言する。

 会議室から出ると光圀が一人の社長に声をかける。

「三ツ葉建設の井伊新社長。初めての会議はどうだった?」

「はい、緊張しました。しかも、国内トップクラスの大企業の創業者である三ツ葉ホールディングスの社長がこんなに若いお方だとは思いませんでした。」

「俺の事は“老公”と呼べと言ったろ。」

「も、申し訳ございません、ご老公。しかしまだ30そこそこの方をご老公と呼ぶのは違和感がございまして・・・・・・。」

「理由は2つ。一つは老公と呼ばれることによって、老獪な年寄りをイメージさせる事。そうすればライバル会社も若いと侮って迂闊に手を出して来たりしなくなる為。もう一つは“社長”だとグループ会社の他の社長と混同するし、“老公”という唯一無二な敬称で呼ばせることによって、唯一無二の絶対権力者であることを印象づける為だ。」

「なるほど、分かりましたご老公。」


 翌日の夕方、三ツ葉エレクトロニクスの企画部。

「お疲れさまでした!」

「お先に失礼します!」

「よう!水戸!まだ帰らないのか?」

「高木さん、平岩さん、お疲れ様です。プロジェクトチームに選ばれましたので、足を引っ張らない様に頑張らないと。」

「1年前に会社をクビになって路頭に迷っていたところをお情けで拾ってもらった無能の平社員がプロジェクトチームに選ばれただけでも奇跡だ。」

「本当にな。わが社のマドンナ、水野愛子課長の昇進が掛かってるんだ。精々足を引っ張らない様にしろよ。」

笑いながら二人は帰っていく。

入れ違いで一人の女性が近づいてくる。

「水戸君、まだ帰らないの?」

「水野課長。もう少ししたら帰りますよ。」

「そう、あまり無理しないようにね。」

と言いながら机の上にそっとメモを置いて去る。

メモには“今夜、いつものところで”と書いてある。


 仕事を終えた水戸邦光は行きつけのバーへ急ぐ。

バーへ入ると水野が一人で飲んでいた。

「愛子、お待たせ!」

「邦光、さ、座って。今夜は二人そろってプロジェクトチームに選ばれたお祝いをしましょ!」

「いいね!」

「お祝いだし、ワイン頼んでおいたから乾杯しましょ!」

「ああ!」

と言って水戸は水野の横に座る。

「乾杯!」

「でも、一緒にプロジェクトチームに選ばれて良かったね!」

「お互いに昇進のチャンスだし、頑張ろう!」

「そうね。このプロジェクトが成功すれば、私は次長に、邦光は主任は間違いないわね。」

「前の会社をクビになって路頭に迷ってたところを拾ってもらって、約1年、社内一の美人と言われた愛子と付き合って半年・・・・・・。そろそろ愛子に相応しい男にならないとね。」

「頑張ってね!」

と言って愛子は笑いながら邦光の背中を叩く。

「うん!頑張るよ!」

「プロジェクトがうまくいったら、結婚しましょう!」

「ああ!そうしよう!」

と言って手を握る二人。


 翌日、三ツ葉エレクトロニクスの会議室ではゲーム・ステーション開発チームの企画会議が行われていた。

チームリーダーの水野愛子課長が主導して会議を進める。

「価格とスペックは資料にある通り。でも、そのままじゃ競合他社には勝てないわ。原価を下げつつ出来る限るスペックを上げる様にして下さい。デザインに関しては青山主任が専門なので一任します。洗練されつつ、使い易さを追及して下さい。」

「分かりました。」

「工場の生産ラインは本部長が9ヶ月後から確保して下さってるそうなので、それまでには生産を始められるようにしていきます。それを踏まえてデザインと部品の確保をお願いします。すでに確定している部品の確保は出来そうですか?久松主任?」

「大丈夫です。水野課長。問題ありません。」

「そうですか。分かりました。」

「あのう・・・・・・。」

「どうしたの?水戸君。」

「久松主任の計画書だと確かに問題無い様に見えますが、半導体の数・・・・・・これ自社生産分の全部ですよね?」

「そうだが?俺の計画書に文句があるのか!?」

「PC部門や家電部門で使う分を考えると、うちで使えるのは半分くらいになり、自社生産分だけでは足りなくなると思うんですが・・・・・・?」

「確かにそうね・・・・・・。」

「ぐ・・・・・・だったら、水戸!お前が何とかしてみろ!!」

「そんな理不尽な・・・・・・。」

と水野は擁護しようとするが、水戸は言う。

「分かりました。僕が何とかしてみます。」

「水戸君、無理しなくていいわよ。」

「大丈夫です、任せてください!」

「じゃあ、1ヶ月あげるから半導体の確保を宜しく。」

「分かりました!」


 天野電子。半導体を中心にした電子部品メーカー。その応接室に水戸邦光が訪問していた。

「三ツ葉エレクトロニクスの企画部、水戸邦光と申します。」

と言って名刺を差し出す。

天野電子の渉外部長、安倍は名刺を受け取ろうともせずソファに腰を掛け

「で、何の用です?」

と聞く。

「来年、わが社から発売されるゲーム機に使う半導体を供給して頂きたいんです。」

「半導体ですか・・・・・・。まぁ、価格と、あんたの心がけ次第かな・・・・・・。私はね、堅苦しいのは苦手なんでね。今夜、銀座のクラブででもお話しませんか?」

(今時、こんな露骨な接待・・・・・・。)

と思いながらも

「分かりました。店はお任せします。夕方、連絡致しますので宜しくお願い致します。」

と言って天野電子を後にする。

 夕方、水戸邦光に電話がかかってくる。

「邦光、何処にいるの?これからご飯食べに行かない?」

「ごめん、これから天野電子の渉外部長を接待しなきゃいけないんだ。」

「そう・・・・・・。じゃあ仕方ないわね。また今度ね。」


 銀座の某高級クラブ。

「あけみちゃん、可愛いねぇ。」

「いやん、安倍ちゃん。お触りはだめよ♡」

「じゃあ、えりちゃんにしようかな~。」

「ダーメ♡」

「あ、安倍さん!先に仕事の話を終わらせませんか?」

「仕事の話?この状況でなんて無粋な・・・・・・。そんなのは後回しだ。後でゆっくりしてやるよ。」


-数時間後-

「いやあ、飲んだ飲んだ。」

「安倍ちゃん、大丈夫?もうフラフラじゃない。」

「ああ、タクシーで帰るから大丈夫だよ。君、チケット。」

と言って水戸に手を差し出す。

「はい?」

「タクシーチケットだよ!タクシーチケット!」

「い、いえ持ってません・・・・・・。」

「何!?俺に金出せってのか!?」

「じゃ、じゃあ現金でお渡ししますので、ご自宅はどちらですか?」

「一万円。」

と言って手を出す安倍。

「ご自宅は・・・・・・。」

「一万円。一万円あれば足りるから。」

「わ、分かりました・・・・・・。」

と言って水戸邦光は一万円札を渡す。

一万円札を受け取った安倍はタクシーに乗りながら

「大島まで!」

(深夜料金だとしても五千もかからない場所じゃないか!結局仕事の話もできなかったし・・・・・・!)

邦光も仕方なく帰路に付く。


 3週間ほどたった後、水野愛子は水戸邦光に電話をかける。

「邦光、今日ご飯食べに行かない?」

「ごめん!また接待なんだ。」

「そう・・・・・・。」

電話を切った水野愛子に通りすがりの社員たちの噂話が聞こえてくる。

「水戸のやつ、このところ、接待とか言って、連日銀座の高級クラブで飲み歩いてるらしいぜ。」

「会社の経費で遊んでるんじゃねえの?」

「羨ましい~。」

「邦光・・・・・・。」

と言って唇をかむ水野愛子。


 4週間後、天野電子の応接室。

「わざわざ、何の用だね?」

「クラブではお話が出来ませんので、半導体の供給についてのお話を詰めたいと思いまして。」

「半導体ねぇ・・・・・・。無理だね。半導体はうちの主力製品。供給先は幾つもあって、お宅に回せる分なんか無いんだよ。お宅のPC事業部からも部長が何度も来ているがお断りしてるんだ。さっさと帰れ。」

「分かりました。ではお宅の社長と直接話をします。」

と言って電話をかける水戸。

(こんな平社員の小物がうちの社長の電話番号を知ってるわけがない。ブラフだな。そんなことで騙されないぞ。)

「天野社長、今、お宅の応接にいます。直ぐ来てください。」

一方、安倍はドアを開けて部屋の外に向かって

「警備員を呼べ!」

少しして警備員が2名入ってくる。

「警備員、この男を摘まみ出せ!」

警備員が水戸邦光を取り押さえる。

そこへ、ドアを開けて一人の男が入ってくる。

「何をしている!?」

「社長!?」

(まさか!?本当に社長が来た!)

「放せ!」

と天野電子の社長の天野が言うと警備員は水戸を放し部屋を出る。

「安倍!説明しろ。」

「この三ツ葉の平社員の男が半導体を供給しろと言うので断ったら暴れ出したんです!」

天野は水戸の方を見て

「本当ですか?」

と聞く。

「いいえ。私は1ヶ月ほど前から半導体の供給のお願いをしておりましたが、銀座のクラブでの接待を要求され1ヶ月ほどで数百万の接待をしましたが、半導体は供給できないとの事なので、社長に直接お話をしようと来て頂きました。」

「安倍!水戸邦光という担当者が来たら便宜を図れと言っておいたのにもかかわらず、便宜を図るどころか、散々接待を要求した上に半導体の供給を断り、あまつさえ、警備員を呼ぶとはどういうことだ!?」

「しかし社長!そもそも平社員を担当者としてよこすなんて失礼極まりないじゃないですか!だからちょっと懲らしめようと・・・・・・。」

「バカ者!このお方をどなたと心得る!?恐れ多くも三ツ葉グループのご老公、徳川光圀様だぞ!」

「ご老公・・・・・・ご老公様!?国内有数の大企業、三ツ葉グループのトップ・・・・・・?この若者が・・・・・・!?」

「控えおろう!」

「ははーっ。」

と言って土下座しながら

「大変申し訳ございませんでした!」

と謝る安倍。

「このお方はな、天野電子が資金繰りに困って倒産しかけた時に助けてくれた恩人だ!その恩人に無礼を働きおって・・・・・・。お前は課長へ降格、もちろん給料も減給だ!」

「そ、そんな・・・・・・社長!お許しください・・・・・・。」

「ご老公様、接待費の請求書はこちらへ回してください。この、安倍の給料から月々天引きして処理しますので。」

絶望的な顔でうなだれる安倍。

「分かった。それで半導体の供給の件だが・・・・・・。」

「承知いたしました。必要な数量を書面で下さい。最優先で回しますので。」

「ありがとう。それじゃ今日はこれで帰りますのでよろしくお願いします。」

「はい、分かりました。お気をつけて。」


 帰る途中、水野愛子に電話で報告する水戸邦光。

「もしもし、愛子?詳しい話は会議で報告するけど 半導体、供給してもらえることになったよ!」

「そう、それは良かった。でも高級クラブで連日接待してたらしいけど、接待費とかどうすんの?会社も認めないと思うけど、私の評価に響くから私も認めないわよ?」

「大丈夫!接待費は向こう持ちだから!」

「・・・・・・?それって接待なの?」

「まあ、向こうが負担してくれるって言うんだから良いじゃん。」

「それはそうだけど・・・・・・。」


 三ツ葉エレクトロニクスの会議室。

「半導体については水戸君が天野電子に供給をお願いして承諾を頂きました。」

水野の発言を聞いた久松は立ち上がって水戸に喰ってかかる。

「何っ!?貴様!どんな手を使ったんだ!?天野電子の半導体の供給先は1年先まで決まっていて、ウチに回す余裕なんて無いはずだ!一体どうやって供給を取り付けたんだ!?」

「特に何もしてませんよ。」

「そんな筈あるか!・・・・・・そういや、天野電子の担当者と連日銀座のクラブに通ってたらしいじゃないか。多額の接待費を使って接待したんだろ!?今時、そんな接待費が経費で落ちると思うなよ!」

と久松が勝ち誇ったような表情で言う。

「確かに接待はしましたが、接待費は全部向こう持ちですよ。」

「そんなバカな話があるか!」

「じゃあ、経理に確認してみて下さいよ。なんなら、天野電子の経理にも確認してみたら良いですよ。向こうで払ってますから。」

「ぐ・・・・・・。」

(いったい、どんな方法を使ったんだ・・・・・・?)

「久松主任、会議を続けます、座って下さい。」

と水野に言われ、久松は訝しげな表情のまま椅子に座る。

「デザインに関しては、この案でいきたいと思います。モックアップを作成してブラッシュアップしていくので、そのつもりで。皆さんの方からは何かありますか?」

「水野課長、このままいくと広告費が全然足りなくなります。広告費を増額してもらうか、広告を大幅に削減する必要がありますね。」

「どうします?課長。」

(広告費の増額をすれば私の評価が下がる・・・・・・。それに経理部に一度相談に行ったけど増額はできないと言われている・・・・・・。)

「広告を減らしましょう。」

「待ってください!課長!」

「何?水戸君。」

「水戸!お前、課長に意見するのか?」

「久松主任、黙ってて。水戸君、意見があるなら聞かせて。」

「はい。広告の内容は本部からの指示、広告費は努力目標です。広告の内容を減らせば本部からの指示を無視することになります。広告費は努力目標なので増額しても本部に逆らう事にはなりません。それに広告費を増額しても売り上げが上がれば問題ありませんが、本部の指示に逆らって広告を減らして売れなかったら責任を負う事になります。広告費を増額してもしなくても売れれば成功です。広告費を減らして売り上げを上げるより広告費を増やして売り上げを上げる方が容易です。広告費の増額については僕が責任を負いますので増額する方向でお願いします!」

「分かったわ。そこまで言うなら水戸君に任せます。ただし、貴方が自分で経理部を説得して下さい。」

「分かりました。ありがとうございます。」


 会議終了後。

「よう!水戸!」

「久松主任、蜂屋主任。どうしました?」

「お前みたいな無能の平社員が水野課長に意見しやがって。広告費なんて掛けないに越したことないだろ。」

「でも、それで売れなきゃプロジェクトは失敗です。それに本社からの広告の指示は広告費の予算の努力目標を遥かに超えてます。本社も広告費の増額は想定の範囲内だと思いますよ。」

「生意気な!水野課長もそう思って経理部に一度行ってんだよ!水野課長が出来なかった広告費の増額をお前なんかができるわけないだろ!」

「そうだ!お前みたいな無能がしつこく経理部に行ったら水野課長の評価が下がるだろ!大人しくしてろよ!」

「そういう訳にはいきませんよ。プロジェクトが失敗したらそれこそ評価が下がります。だからプロジェクト成功の為に全力を尽くします!」

「無能が!足引っ張るなよ!」

と言って、久松と蜂屋は去って行く。


 経理部長室。

「ゲーム・ステーション開発プロジェクトチームの水戸邦光です。プロジェクトの広告費の増額をお願いに上がりました。」

「水戸?役職は?」

「あ、ありません。」

「なんだ、平社員か・・・・・・。広告費の増額?ダメだな。」

「中根経理部長。榊原社長から聞いてませんか?」

(確か、誰だったかが、直々に申し出てくるまでは出すなって話だったよな。こいつ、その件を知ってるのか?でも“直々に”って事だし、こんな平社員の小物の訳ないか・・・・・・。)

「さあ?知らんね。」

(榊原のヤツ、ちゃんと伝えてないのか・・・・・・?)

「私は忙しいんだ。増額なんかできないからさっさと出て行け!」

無理やり部長室の外に出される水戸。

それを遠くから見て笑っている久松と蜂屋。

「それ見た事か!」

「部屋から追い出されて無様な・・・・・・。」

と言いながら笑う二人。

経理部長室の前で電話をかける水戸。

社長の榊原の電話が鳴る。

「ご老公からだ。何かあったのか?」

「お疲れ様です。ご老公。」

「おい!広告費の件、経理部長に話してないのか!?」

(ご老公様が怒っていらっしゃる!?)

「い、いえ、ちゃんと話してあります!」

「今、経理部長の所へ行ったら断られたぞ!」

「も、申し訳ありません!今すぐ電話して広告費を増額させます!経理部長室の前で少々お待ちください!」

榊原は電話を切って、直ぐに中根にかける。

中根の電話が鳴る。

「社長からだ。忙しいのに何の用だ?」

「はい、中根です。」

「中根経理部長!水戸邦光という者が広告費の増額を願い出でたら5億円の増額をしろって言ってあるだろ!何故断った!?」

「え?でも平社員の若造でしたよ?」

「そんな事は関係ない!!まだ部屋の前でお待ちの筈だ!平身低頭、謝って直ぐに増額しろ!そうじゃなきゃ、俺でも守り切れんぞ!」

「わ、分かりました!」

中根は電話を切ると直ぐに部屋から出て水戸に頭を下げ、部屋に引き戻す。

それを見て驚く久松と蜂屋。

「な、何だ!?何があった!?」

「経理部長が慌てて謝ってるように見えたぞ!?」

 水戸が経理部長に入ると中根は謝りながら書類を作成する。

「申し訳ございませんでした。こちらが広告費増額の承認の書類です。」

と言って書類を渡す。

「上からの簡単な指示も遂行できないようでは部長失格だな。降格の辞令があると思うから覚悟しておくんだな。」

「お、お前ごとき平社員が偉そうに!そんな権限があるのか!?」

「この期に及んでまだそんな事を・・・・・・。」

水戸は榊原にTV電話をつなぐと、

「榊原社長、こいつに俺が誰だか教えてやれ。」

と言ってスマホの画面を中根に向けて前に突き出す。

「榊原社長!」

「中根!このお方をどなたと心得る!恐れ多くもご老公様、すなわち三ツ葉グループの絶対的最高権力者で三ツ葉ホールディングスの代表取締役社長、徳川光圀様なるぞ!控えおろう!」

中根は驚きながら

「ははーっ!」

と言って土下座する。

水戸は

「中根。この件は内密にな。もし漏らせば降格どころでは済まないぞ。」

と言って部屋を出る。

 出てきた水戸に久松と蜂屋が声をかける。

「どうだったんだ?」

「広告費増額してくれましたよ。」

と言って水戸が書類を見せる。

「5億!?」

「そんなにか!?」

「ええ。その代わり必ずプロジェクトを成功させろって事なんで、頑張りましょう!」

と言って水戸はその場を後にする。


 三ツ葉エレクトロニクスの会議室。

「なんだ、今日も水戸はいないのか?」

と久松が言うと

「水戸君は今日も外回りよ。サードパーティーを増やす為にゲームメーカーを回ってるわ。」

と水野が答える。

「外回りとか上手い事言ってサボってんじゃないですか?」

と久松が悪態をつくと水野は

「そんな事ないわよ!良い返事を頂いているメーカーも数社あるんだから。」

と反論する。

「そうですか。」

(水戸のやつ、無能の平社員のクセに!)


 その頃、水戸はゲームメーカーを回って、ゲーム・ステーションを売り込み、サードパーティー参入を促していた。大手のゲームメーカーはもちろん、同人ソフトのサークルやアダルトゲームのメーカーまで回り、開発技術が無い所には技術供与までしていた。その効果もあり、今まで家庭用ゲーム機にはゲームを出していなかったメーカーからのソフトも多数の発売が決まり、3ケ月後のゲーム・ステーション本体の発売日には200万台が完売となり家庭用ゲーム機としては大成功を収めた。

 それから一ヶ月。

ゲーム・ステーションは360万台を売り上げ、プロジェクトの成功祝賀会が開かれることになった。

 水戸が水野に声をかける。

「水野課長!今日は祝賀パーティーですね!」

「そうね。」

そっけない返事に水戸は

「どうしたんですか?嬉しくないんですか?」

と聞くと

「嬉しいに決まってるじゃない。それじゃ、パーティー会場で。」

と言って水野は去って行く。

(どうしたんだろう?外回りが多くて全然デートできなかったから怒ってるのかな?)

 水戸は帰ってブリオーニ(イタリアの高級ブランド)のスーツに着替えるとパーティー会場である三ツ葉グランドホテルに向かう。

 水戸が会場に着くと電話が鳴る。

「榊原、どうした?」

「ご老公。一年前から調査していた横領の件ですが、かなり巧妙な手口でしたがようやく尻尾を掴みました。」

「そうか、よくやった。」

「せっかく掴んだ証拠ですので隠滅される前に抑えて、犯人を特定したいので、会場入りが少し遅れてしまいます。申し訳ございません。」

「いや、そちらの方が優先だ。構わない。頼んだぞ。」

「はい。かしこまりました。パーティーの方は先に進めておく様に指示を出しておきますので、宜しくお願い致します。」

「分かった。それじゃ。」

電話を切って水野を探していると、久松と蜂屋が声をかけてくる。

「よう!平社員!」

「なんだ?高そうなスーツじゃないか。親戚から借りてきたのか?」

「いえ、何年か前に作ったもので・・・・・・。」

「オーダーメイドか?平社員が奮発したな!」

「はぁ・・・・・・まぁ・・・・・・。それより水野課長見ませんでした?」

「水野課長ならあそこにいるよ。」

久松の指さした方を見ると水野が男と親しそうに話している。

「あそこにいたのか。一緒にいるのは・・・・・・PC事業部の今川部長・・・・・・。」

 その時、パーティーの司会者の声が会場に響き渡る。

「先ほど、榊原社長から連絡があり、所用で少々到着が遅れるとの事でした。会場の時間の都合もございますので先に始める様にとの事ですので、ゲーム・ステーション成功祝賀会を始めたいと思います。先ずは渡辺本部長より辞令の交付をしていただきます。名前を呼ばれた方は壇上へお願いいたします。水野愛子課長、青山美樹主任、久松健司主任・・・・・・。」

 プロジェクトメンバーの名前が全員呼ばれ壇上に並ぶ。

「渡辺本部長、お願いします。」

渡辺が壇上に上がる。

「水野愛子。」

「はい。」

水野が渡辺の前に出る。

「企画部、課長、水野愛子。本日付けをもって新設のコンシューマ事業部、次長を命ずる。」

「ありがとうございます。」

水野は両手を伸ばして辞令書を受け取ると頭を下げ、元の位置に戻る。

 順番に辞令を渡され、最後の水戸の番が終わる。

「渡辺本部長、ありがとうございました。それでは代表してプロジェクトリーダーである水野愛子次長、一言お願いします。」

「はい。」

と返事をすると水野はステージの真ん中のマイクの前に立つ。

「本日は私たちのプロジェクトの成功祝賀会にお集まりいただき有難う御座います。このプロジェクトの成功はプロジェクトメンバーをはじめ、三ツ葉エレクトロニクスの社員の皆様の協力があっての事です。この場を借りてお礼申し上げます。それから、私事で恐縮では御座いますが、この度、私はプロジェクトを支え、成功に導いてくれた功労者と結婚することになりました。」

おお!と会場から歓声が上がる。

「その相手は・・・・・・この方です!」

水戸は驚きながらも前に出ようとすると、更に驚くことになる。

壇上に上がって水野の隣に歩み寄ったのはPC事業部の部長、今川だ。

「え!?何で・・・・・・!?」

水戸は思考が停止する。

「私の結婚相手はPC事業部の今川部長です!今川部長はこのプロジェクトの功労者で、今川部長の協力無くしてはプロジェクトの成功はあり得ませんでした。これからはコンシューマ事業部とPC事業部は連携して三ツ葉エレクトロニクスを今まで以上に発展させていきたいと思います!」

「ちょっと待って!愛子!これはどういうことだ!?俺と結婚するんじゃなかったのか!?」

水戸が叫ぶ。

「あんたと?何言ってんの?あんたみたいな役立たずの無能と結婚するわけないでしょ。明日にでも私の権限で平社員に戻してあげるわ。」

と蔑んだような表情で水野が言う。

「何言ってるんだ!?約束したじゃないか!それに半導体の不足分の調達や、広告費の増額、サードパーティーの参入と充分な功績が有っただろ!それなのに降格なんて理不尽じゃないか!」

「理不尽?半導体の件も広告費の件も今川部長が根回ししてくれたお陰、サードパーティーの参入だって、あんたが外回りを口実にさぼってる間に今川部長が各メーカーの担当者に話をしてくれたんだから。今川部長が話してくれなかったら、あんたに騙されるところだったわ。」

それを聞いて久松は

「やっぱり、そういう事だったのか。無能の平社員が、あんな功績を上げられるなんておかしいと思ったぜ。」

と納得する。

「そんなの嘘だ!愛子!俺の言う事を信じてくれないのか!?」

必死に訴える水戸に対し愛子は

「無能のクズの言う事なんて信じられるわけないでしょ。」

と切り捨てる。

「今川部長!あんた何でそんな嘘をつくんだ!?」

今川を問いただす水戸に今川は

「嘘をついてるのはお前だろ。お前ごとき無能の平社員が部長の私に楯突くのか?無礼者が!」

と言って手に持っていたワインを水戸の服にかける。

「何するんだ!」

水戸が怒りを顕わにすると、そばで見ていた久松が笑いながら

「はははっ!大事な一張羅が台無しだな!」

今川は

「すまんすまん。ついイラッとしてな。弁償してやるよ。1万か?2万か?」

と嫌らしい笑みを浮かべる。

水戸は

「これはお前ごときが弁償できるようなしろもんじゃない!」

と今川をにらみつけると今川は

「何だと!」

と言ってスーツの襟をつかむ。

水戸は

「このスーツはブリオーニのオーダーメイドで値段は150万円だ!」

と凄む。

「150万円!?」

周りの人間が一斉に怯む。

「嘘つけ!」

今川が苦し紛れに言うと水戸は

「だったら、タグを見てみろよ。」

と言ってスーツの裏のタグを見せる。

「た、確かにブリオーニ・・・・・・ん?名前が違うぞ。」

水戸はタグに“for Tokugawa”と書いてあるのを思い出し咄嗟に隠す。

今川は笑いながら

「なんだ。やっぱり借り物なんじゃないか。それとも盗んだか?」

と言って水戸を突き飛ばす。

周囲に笑い声が湧き上がる。

「これは俺が買ったんだ。家に帰れば領収書もある。」

と水戸は言うが水野は

「見苦しいわね。口先と見栄だけの嘘つき。やっぱりあんたなんかと結婚しなくて正解だったわ。」

と水戸を蔑む。

「何で信じてくれないんだ!?」

「信じられるわけないでしょ。今回のプロジェクトの成功は私と今川部長のお陰。勿論、他のメンバーも頑張ってくれたわ。あなた以外はね。」

「半導体も広告費もサードパーティーも俺の功績だ!そもそも愛子をプロジェクトリーダーに選んだのは俺だ!俺がいなければプロジェクトチームに入れたかどうかも分からないんだぞ!」

「あんたに何の権限があってそんな事が出来るっていうの?私をプロジェクトリーダーに指名したのはご老公様よ!嘘もたいがいにして!あんたみたいな無能の平社員の言う事と部長の言う事なら部長の言う事を信じるのが普通でしょ!」

(榊原は横領犯の尻尾を掴んだって言ってたな・・・・・・。当初の目的は果たしたし、もう身分を明かしても良いか・・・・・・。)

「愛子・・・・・・。俺がお前の言う“ご老公”徳川光圀だ!」

一瞬の静寂の後、周囲からどっと笑いが起こる。

「あははは、邦光、無能の上に頭までおかしくなったの?そんな見え見えの嘘までついて。笑わせないで。」

と軽蔑の視線を送る愛子。

「言うに事欠いて、ご老公様の名を騙るとは・・・・・・。」

と今川が言うと、久松は

「水戸!嘘をつくならもっと上手い嘘をつけよ!」

と言って笑う。

「あんたみたいな無能のクズで嘘つきはもう降格じゃ足りないわ。クビね。」

と水野が言うと今川も

「そうだな。幸い、渡辺本部長も牧野人事部長も来ている。2人にお願いしてクビにしてもらおう。」

と促す。その言葉を聞いて水野はステージ脇で事の成り行きを見守っていた渡辺と牧野に向かって大声で言う。

「渡辺本部長、牧野人事部長、この水戸邦光はご老公様の名を騙り騒ぎを起こしてます!今すぐクビにして追い出して下さい!」

それを聞いた渡辺は

「そうだな。ご老公様の名を騙るのは不敬だ。牧野君、いいな?」

と言うが牧野は

「い、いえ、それが水戸君に関しては榊原社長の許可が無ければ決められないんです。今、電話してみますので・・・・・・。」

と言って榊原に電話をかける。

榊原が電話に出ると

「榊原社長、実はプロジェクトチームの水戸がご老公様の名を騙って騒ぎを起こしております。クビにすべきという意見も出ており、事態の収拾の為に解雇して追い出したいと思いますが、よろしいでしょうか?」

と聞く牧野。

「バカモン!そんなことしてみろ!お前たち、ただじゃ済まないぞ!もう少ししたら俺も行くから、下手な真似するなよ!」

牧野が電話を切った後、

「本部長、今の電話聞こえましたか?」

「ああ、聞こえた。もしかして本物のご老公様・・・・・・いや、そんな訳ないか・・・・・・。どちらにしても下手に首を突っ込まない方が身の為だな。」

「そうですね・・・・・・。」

渡辺は水野に

「悪いが水戸君の進退に関しては、我々では決められない。もう少ししたら榊原社長がいらっしゃるから直接お願いしてみるんだな。」

と言って突き放し、火の粉が降りかからない様にする。

今川は

「本部長も人事部長もクビにできなんて、まさか・・・・・・?」

と言うと水野は

「いえ、そんな筈はないわ!」

と否定する。

久松も

「そうだ!どうせ榊原社長の遠い親戚とかその程度だ!」

と言う。

今川は

「そうだな・・・・・・。ご老公と呼ばれている方がこんな若造の訳ないな。」

と納得する。

そこへ会場の入り口から声が響く。

「天野電子渉外部長、安倍様がいらっしゃいました!」

安倍は水戸の前まで行くと頭を下げて

「この度はお招き有難う御座います。今後もゲーム・ステーションの半導体に関してはウチにお任せ下さい。」

水戸は

「有難う御座います。今後もよろしくお願いします。」

と言って頭を下げる。

(まさか、天野電子の安倍部長が呼ばれているとは・・・・・・。)

今川の表情が曇る。

水戸と安倍のやり取りを見た周囲から声上がる。

「あれ?半導体は今川部長が根回ししたんじゃないの?」

「だったら、水戸にだけ挨拶して今川部長に見向きもしないのっておかしくない?」

「まさか、水戸の言ってたことが本当で今川部長の言ってたことが嘘?」

周囲の声を聴いていた水野が

「そんは筈ない!安倍部長!半導体の供給に関しては、ウチの今川部長の根回しがあったからですよね!?」

と聞くが安倍は

「今川部長?いえ、今回の件には何も絡んでいませんよ。」

と答える。

水野や久松を始め、周囲の人間が「え?」という表情をする中、今川は「まずい」という表情をして顔をそむける。

水野が

「今川部長、どういうことですか?」

と聞くと今川は

「外部の人間まで巻き込むとは随分大掛かりな嘘だな!そこまで計画済みとは、無能かと思ったが嘘をつく能力と演技力だけは大したもんだ!嘘をつくための計画性を仕事にも活かせれば良かったのになぁ!」

と水戸に向かって叫ぶ。

水野は

「そういう事ね。わざわざ見栄を張るために部外者まで巻き込んで。本当にみっともない。その上自分がご老公様だなんて嘘までついて、そこまでして自分を大きく見せたいの?」

(え?自分がご老公様だなんて嘘までついて・・・・・・?どういう事だ?とにかく巻き込まれない方が良さそうだ・・・・・・。)

そう考えた安倍は

「私はご挨拶に来ただけで、この後、用事あるのでこれにて失礼いたします。」

と言って、そそくさと帰っていく。

それを見た久松が

「たった一人の味方も帰って行ったぞ!もう観念して謝れよ!」

と言うと水野も

「そうよ!土下座して謝りなさい!そうすれば、許さない事も無いわよ。ご老公様はそれでも許さないと思うけど。」

と水戸に謝らせようとする。

「俺がお前らに土下座して謝る?お前ら如きじゃ100年早いよ!」

すると今川が

「この2人で足りないなら俺を加えればどうだ?」

と聞くと

「足元にも及ばない。」

「じゃあ、渡辺本部長と牧野人事部長も加えればどうだ?」

「全然足りない。」

と答える水戸に水野は

「いい加減にしなさい!あんたはここにいる全員よりも高みにいるとでも言いたいわけ!?」

と怒鳴りつける。

水戸は静かに

「そうだ。ここにいる全員の進退は俺の一言で決まる。」

と答える。

「バカにつける薬は無いって言うけど、あんたの事ね。無能な上に嘘つき。もう手の施しようが無いわね。」

と呆れる水野。

「ここで今、謝らなければ俺たちも庇い様がない。グループの重役やご老公様本人が許さないだろう。」

と今川が言うと水戸は

「じゃあ、お前らにもチャンスをやろう。今、謝れば数々の不敬を軽罰で許してやろう。でも謝らないならクビだけじゃ済まないかもしれないぞ!」

と言って全員を見渡す。

「まだ言うの!?」

と水野が言う。続けて今川が

「もうどうしようもないな。俺の知り合いに三ツ葉ホールディングスの課長がいる。そいつですらご老公様にはお目にかかったことが無いそうだが、ご老公様の右腕である本多専務には面識があるそうだ。そいつを通じて本多専務に事の経緯をお話して処分してもらうしかないな。」

と告げる。

水戸はそれを聞くと

「じゃあ、本多がどういう処分をするか見てやろうじゃないか。」

久松が

「本多専務を呼び捨てにするなんて失礼だぞ!本当に自分がご老公様のつもりか!?」

水戸は黙ってスマートフォンを取り出すと電話をかける。

「本多。今から10分以内に三ツ葉グランドホテルのパーティー会場に来い。」

電話を切るとスマートフォンをしまう。

「本多専務を呼び捨てにして電話をかける振りなんて手が込んでるな。いつまでその演技続けるつもりだ?」

と意地悪そうに聞く今川。

「そうまでして何がしたいの?最終的には結局噓がばれて恥をかくのは自分なのに。やっぱり無能ね。」

と蔑む水野。

久松が

「おい!お前の一言で俺たち全員の進退を決められるって言ったよな?それなら俺をクビにでもして証明してみろよ!」

と挑発する。

水戸はそれに対して

「いいだろう。」

と言って再びスマートフォンを出して電話をかける。

「榊原、本日付でコンシューマ事業部の課長になった久松健司をクビにしろ。5分以内にだ。」

「分かりました。ところでご老公、横領犯が分かりました。犯人は・・・・・・。」

「・・・・・・分かった。」

と言って電話を切る。

「電話をかける振りが上手いな、水戸!」

と言って煽る久松。

「半年付き合って、あんたがこんなしょうもない男だって気付かなかったなんて私は見る目が無かったわ。」

と言う水野に対し水戸は

「いや、見る目が無かったのは君じゃない。俺の方だ。君がつまらん男に騙されて、俺の功績も全て無かったことにして半年間尽くした男を裏切るような女だったなんて。」

と返す。

「今川部長はつまらない男なんかじゃないわ。あんたなんかよりよっぽど頼りになる人よ!あんたに今川部長を侮辱する権利は無いわ!」

「そうだ。お前みたいな小物が俺を侮辱しようなんて、1000年早い。それに愛子はお前を裏切ったんじゃない。無能でクズなお前を見限っただけだ。全て悪いのはお前自身なんだよ。お前に愛子を悪く言う資格はない!」

とお互いを擁護する水野と今川。

「俺の言う事は信じないのに、この男の言う事は信じて疑わない・・・・・・。この男がそんなに信用できるのか?」

と言う水戸に水野は

「ええ。あんたみたいな無能なクズより余ほど信用できるわ。色々と力になってくれて、高価なプレゼントも沢山してくれたわ。あんたなんかより遥かに男としての魅力があるし頼りがいのある人よ。」

と返す。

水戸は

「そういう事か・・・・・・。」

と呟くと、水野に向かって

「やはり見る目が無かったのは君の方だな。役職やプレゼントに釣られて物事の本質を見極められないとは。」

と言い放つ。

「嘘つきのあんたに言われたくないわよ!」

と反論する水野。

水戸は静かに言う。

「俺の言ってることが嘘だとどうして確信が持てる?」

「今川の言ってることが本当で俺の言ってることが嘘だという確信があるのか?」

「俺が老公じゃないという・・・・・・確信があるのか!!」

一瞬、場が静まり返る。

「まぁ、何が真実か、今に分かる。その時に後悔しても遅い。」

と言う水戸の言葉に水野は

「後悔なんてするはずないわ!あんたこそ嘘がばれて後悔することになるわよ!」

と強気に返す。

久松は

「そろそろ5分経つんじゃないか?俺はクビになってないぞ!お前の嘘もここまでだな!」

と意気揚々と言うが、その時、牧野の電話が鳴る。

「はい、牧野です。はい・・・・・・はい・・・・・・分かりました。では。」

電話を切った牧野が久松に言う。

「久松健司!お前は本日付で解雇だ!」

「はぁ!?」

久松は驚いて聞く。

「解雇ってどういうことですか!?」

牧野は答える。

「解雇は解雇だ。今日でクビって事だ。」

久松は腰が抜けて座り込む。

「何で・・・・・・?まさか・・・・・・?」

水戸は久松に

「何で?お前の望み通りにしてやったんじゃないか。」

と言うと久松は水戸を指さし、震えながら

「まさか・・・・・・お前、本当に・・・・・・?」

「だからさっきから言ってるだろ。」

と返す水戸。

今川は慌てながらも

「いや、俺は信じないぞ!牧野部長も水戸に弱みを握られてるか何かで話を合わせてるんだ!こんな事ある筈がない!」

と言うと水野も

「そうだわ!こんな事までして、本物のご老公様に知れたらただじゃ済まないわよ!」

と息巻く。

久松の隣にいた蜂屋が

「こんな不当な人事、許されないぞ!今川部長!早く三ツ葉ホールディングスの知り合いの方に連絡して水戸をクビにして下さい!」

と言うと今川は

「分かった!今電話してやる!」

と言ってスマートフォンを取り出し電話をかける。

「もしもし、青山か?実はな、今三ツ葉エレクトロニクスのパーティー会場でご老公様の名を騙る不届き物が騒ぎを起こしていてな。本多専務に言って直ぐにクビにしてもらえないか?・・・・・・よし、頼むぞ!」

電話を切った今川が言う。

「丁度、今、本多専務がここに向かっているから青山から話をしてお前をクビにする様に言ってくれるそうだ!お前もこれまでだな!」

「そうよ!覚悟しておきなさい!」

と水野も強気に言う。

水戸は落ち着き払って

「お前ら、まだ分かってないのか?本多がここに向かってるって言ったよな。それは俺がさっき呼んだからだ。」

と言うと今川と水野は

「そんなの偶然に決まってる!」

「そうよ!偶然よ!」

と反論する。

「本多専務を何度も呼び捨てにして、ご老公様はもちろん、本多専務もお前を許さないだろう!クビだけじゃ済まないかもな!」

「まぁ、でもどんな処罰を受けようと自業自得だわ。あんたみたいな能無しのクズがご老公様の名を騙って騒ぎを起こしたんだから。」

今川と水野の言う事に意を介さない水戸は

「本多が来れば全てわかる。覚悟しておくのはお前らの方だ。」

と落ち着き払って言う。

そこへ入口から声が響く。

「三ツ葉ホールディングスの専務取締役、本多様がいらっしゃいました!」

入口から高級なスーツを身にまとう一人の男が闊歩して入ってくる。

今川は真っ先に前にまかり出て

「お初にお目にかかります!三ツ葉エレクトロニクスのPC事業部、部長の今川と申します!実は今、ご老公様の名を騙るクズが騒ぎを起こしておりまして、即刻クビにして追い出して頂ければと・・・・・・。」

と言うと本多は

「お前が今川か。青山から話は聞いている。で、そのご老公様の名を騙るクズとは誰だ?」

と問う。

今川は水戸を指さして

「あいつです!」

と言う。

本多は

「なるほど、そういうことか・・・・・・。」

と呟く。

水野も本多の前に出て

「三ツ葉エレクトロニクスのコンシューマ事業部の次長、水野です!あの男は今川部長の功績を全部自分の功績だと言い張った上に、本多専務の事も呼び捨てにしていました!厳正な処罰をお願い致します!」

「分かった。」

と言うと本多は水戸の前々歩いて行く。

本多は水戸に一礼をすると

「ご老公様。専務取締役、本多忠信、お呼びにより参上仕りました。」

と言う。

その光景を見た一同は言葉を失う。

ステージ脇で見ていた渡辺と牧野は

「あの若者が本物のご老公様・・・・・・!?」

「やはり深入りしなくて正解でしたね、本部長。」

「ああ。」

と安堵する。

今川と水野は

「これは何かの間違いだ!こんな奴がご老公様の筈がない!」

「そうよ!この本多専務は偽物だわ!」

と信じる事が出来ず騒ぎ立てる。

渡辺は

「私は一度、専務にお会いしたことがあるが、あれはまぎれもなく本物だ。」

と言い牧野は

「今川部長と水野は終わりましたね。」

と憐れみながら言う。

「一体何の冗談だ!?寄ってたかって俺たちを騙して!!」

「こんな無能のクズがご老公様の筈が無いわ!何を企んでるの!?」

と今川と水野が騒いでいると本多が二人をにらみつけ

「お前たち、まさかご老公様に無礼を働いてないだろうな!?」

と凄む。

二人は一瞬怯むが

「お前たち、2人とも偽物だろう!俺たちを騙して何がしたいんだ!?」

「邦光!私の事を恨んでこんなことをしてるんでしょ!?本物のご老公様に知れたらただじゃ済まないよ!」

とまた騒ぎ始める。

水戸が

「2人とも、もう是非の判断が出来ないところまで行ったか?今川。お前さっき青山に電話してたよな?本多が来た時に『青山に聞いている』と言ったよな。この本多が本物じゃなかったら“青山から聞いてる”訳ないだろ。そしてこの本物の本多が俺の事をご老公と呼んでいるという事は俺がそのご老公、徳川光圀だということだ。理解したか?」

と冷静に諭す。

今川は放心状態になりへたり込む。

「そ、そんなバカな・・・・・・。」

水野は

「どうして・・・・・・どうして最初に言ってくれなかったの!?私を騙してたの!?」

と水戸に縋りつく。

水戸が

「言ったじゃないか。俺が老公、徳川光圀だと言った。信じてくれたか?半導体も広告費もサードパーティーの参入も俺の功績だと言った。信じてくれたか?君は俺の言う事は全く信じず、今川の言う事を鵜呑みにしていた。元々は横領犯を突き止める為に潜入したんだし、君に言ったら潜入が漏れる可能性もあったから言えなかった。それに君に最初に言ったら本当の君を見れなかった。幸い、結婚する前に本当の君を見れて良かったよ。」

と言うと水野は

「私は・・・・・・国内トップクラスの大企業の社長夫人の座を自らふいにしてしまった・・・・・・。」

と泣き崩れる。

そこへまた入口から声が会場に響き渡る。

「三ツ葉エレクトロニクス榊原社長、中根経理部長がいらっしゃいました!」

榊原が水戸のところまで進み、水戸を中心に本多と榊原が左右に立つと榊原が

「こちらにおわす方をどなたと心得る!恐れ多くもご老公、徳川光圀様にあらせられるぞ!図が高い!控えおろう!」

と叫ぶ。

すると会場の全員が平伏する。

本多が

「皆の者、面を上げよ。」

と言うと、皆、顔をあげる。

水戸が中根に

「中根経理部長。ゲーム・ステーションのプロジェクトの広告費の増額、誰にどのような指示を受けて、どういう経緯で増額した?」

と聞く。

中根は

「榊原社長からの指示で水戸邦光という社員が直々に増額を頼みに来たら承諾しろと言う事で、水戸邦光が来ましたので増額いたしました。」

と答える。続けて水戸は

「この件にPC事業部の今川部長は絡んでいるか?」

と聞くと中根は

「一切絡んでおりません。」

と答える。

水戸は次に水野に

「水野愛子。サードパーティーの社名を一社、挙げてみろ。」

と言うと水野は

「ゲ、ゲーム・ファクトリー・・・・・・。」

と答える。

水戸は電話をかけ、皆に聞こえる様にスピーカーに切り替える。

「ゲーム・ファクトリーの斎藤さんですか?三ツ葉ホールディングスの水戸です。」

「ああ、水戸さん、先日はありがとうございました。開発の技術提供までしてくれたおかげで念願の家庭用ゲーム業界に参入できました。ゲーム・ステーションも順調の売れているようで、おめでとうございます。」

「ありがとうございます。ところで、ウチのPC事業部の今川と言う人物をご存じですか?」

「いえ、存じ上げませんが、何かありましたか?」

「いえいえ。知らなければいいんです。これからも宜しくお願い致します。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

「お忙しいのにすみませんでした。では失礼いたします。」

水戸は電話を切ると

「全部のサードパーティーに同じ電話をかけてもいいが時間の無駄だ。半導体の件については先ほど天野電子の安倍部長が話した通りだ。これで今川が嘘をついていた事が分かっただろ。」

続けて榊原が

「PC事業部、部長、今川孝元、お前の横領、既に証拠を掴んだ。もう言い逃れはできんぞ!」

と言うと皆が驚き今川を見る。

今川は慌てて

「な、何の事ですか!?」

ととぼける。

榊原が

「中根経理部長。」

と言うと中根が書類の束を差し出す。

「これがお前が1年半ほどで横領した5000万円の証拠の書類だ。随分巧妙に横領してくれたな。証拠を掴んで犯人を特定するのに1年かかったぞ。だが、最近になって横領額が増えた事によってボロが出たな。」

と榊原が言うと水戸が

「これは水野愛子へのプレゼントの為だろ。水野愛子の気を引こうと高額のプレゼントするために横領額を増やしたことが失敗だったな。」

と言う。

今川は水野に掴みかかり

「そうだ!これはお前のせいだ!お前に高額のプレゼントなんてしなければ横領はバレなかったんだ!」

と叫ぶと水野は

「逆恨みしないで!あんたこそ!あんたが嘘をついて騙したせいで私は社長夫人の座を逃したのよ!どう責任取ってくれんのよ!」

本多が

「ご老公の御前である!控えろ!」

と言うと2人は慌てて平伏する。

そこで水戸は

「正式に伝令する!部長・今川孝元は業務上横領により解雇の上、警察に通報し被害届と証拠を提出、刑事罰を受けてもらう。次長・水野愛子、功績はあったものの、役職者に相応しくない言動が目立つ為、平社員に降格、課長・久松健司については本人の希望により解雇、コンシューマ事業部は当面は青山課長が指揮を執る様に。近いうちに部長職を異動させるがその後は青山課長は部長補佐に昇進させる。水戸邦光は本日付で退職、但し、水戸邦光の身分については極秘事項である為、他言したものは解雇の上、家族全員、三ツ葉グループの関連会社及び取引先には就職できなくなると思え。以上!」

一同、

「ははー」

と頭を下げる。


 数日後、水戸邦光こと徳川光圀は本社ビルの屋上にいた。

本多が近寄ってくる。

「ご老公様、こちらでしたか。もうすぐ月例会議が始まります。」

「もうそんな時間か・・・・・・。」

「何か悩み事ですか?ご老公にしては珍しいですね。」

「俺さぁ・・・・・・学生時代から言われてたんだ。『お前は他の事は全て完璧なのに女を見る目だけは絶望的だな』って。俺、一生独身なのかなぁ・・・・・・。」

「そのうち、きっと良い縁がありますよ。」

「でも、金や地位を目当てによって来る女は嫌なんだよ。」

「またどこかのグループ会社に平社員として潜入してみてはどうですか?」

「それも良いかもな!悩んでてもしょうがない。よし、会議に行くぞ!」

「はい!」



三ツ葉エレクトロニクス編 完

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