。
「あ! こんなところにいた……!」
背後から声をかけられて、はっとする。
「く、日下部さん……!?」
「もう帰っちゃったのかと思って、焦っちゃったよ。会えてよかった~!」
日下部さんは駆け足で来たのか、切れた息を整えながら、へにゃりと笑った。
その姿を見て、色んな意味でどぎまぎしてしまう。
「ど、どうしたの? 僕に何か用が……いや、それより体調は……!?」
「あはは、見ての通り、おかげ様で元気になりました! 助けてくれたって聞いたから、直接お礼を言いたくて探してたの。今日は本当にありがとね!」
「い、いえ。あの場面で助けるのは当然だし……」
「それでも、一番早く動いてくれたって、先生から聞いたから。ありがとう!」
「ど、どういたしまして……」
こんなに真っすぐに褒められるのはかなり久しぶりで、思わず照れてしまう。
それも好きな人からの言葉、なんて。
顔が熱くて、思わず顔をそらす。
それでもやっぱり相手の様子が気になって、ちらりと日下部さんの方に視線だけ戻せば、いつものように朗らかに笑っていた。
残念ながら、こんなに意識しているのは僕のほうだけみたいだ……。
「あ、せっかくだしさ、このまま一緒に帰らない?」
「い、いい、一緒にっ!?!?」
「うん。あれ、嫌だった……?」
「嫌、じゃ、ないです……おっ、お願いします……!」
「『お願いします』って、変なのー!」
なんて楽しそうに笑っているんだろう。
僕は一緒に帰れるのが嬉しくて、とても緊張して……。
この後のことを考えるだけでますます顔が赤くなってきている気がして、ここまでくるともう日下部さんのことを直視できなかった。
「じゃあ帰ろっか」
「あ、う、うん……!」
日下部さんの肩に鞄の紐が擦れる音がする。
それで僕がどうにか平常心を取り戻した時、腕に抱えていた一冊の本のことを思い出した。
ミズノくんも落ち込んで反省していたし、自分から読もうとすることはないだろう……多分。
僕はそれを元の棚に戻すと、日下部さんの隣を歩き出した。
気恥ずかしくて下ばかり見ているせいで、歩くスピードだけが完璧にあっている。
そんな僕の変な態度を気に留めず、日下部さんはいつも通り、にこやかに接してくれる。
そういう優しいところが、僕は好きなんだと思う。
「ねえ、さっき持ってた本って、なんていう本なの?」
思わずびくりと肩が揺れる。
僕を気遣って話題を振ってくれたのだろうけど……、僕からすれば、あの本については大変な出来事しか思い返せない。
「有名なやつ? それともよく読んでるお気に入りとか?」
「ううん、そうじゃないけど。これは、その、えっと……」
僕が中途半端に声を発してしまったせいで、日下部さんは次の言葉を待っているみたいだった。
僕はその視線に耐えながら、なんとか言葉をひねり出した。
「ミズノくんが、よんでた、から」
「……誰、それ? うちの学校にそんな人いたっけなあ……?」
日下部さんは、小さく眉を寄せて、考え込む仕草をした。
やっぱり、日下部さんもミズノくんについては何も知らなかったみたいだ。
……なんだか少しほっとした。
だって、ミズノくん、結構イケメンだったし。
「……いや、知らなくて正解だと思う」
「何それ!? そう言われるとますます気になるよ……!?」
「いや、適当言っただけだから。気にしないで」
「えー! そんなキャラじゃないでしょー? ねえ、“ミズノくん”って誰なの~!?」
あれかな、これかな、と指で選択肢を数える日下部さんは、まるで最初の僕みたいで、ちょっとだけ面白かった。
大変なことに巻き込まれはしたけど、みんな大事にはならなくてよかった。
どうしてあんなことになったのかの原因も突き止められたから、次に似たようなことが起きても、もう少し早く対処ができるはずだ。
それに、ミズノくんの正体が判明したことで、僕の恋路にはまだほんの少しの希望が残されていることも分かったし。
…………ん?
“ミズノくん”って、誰のことだろう。
……まあいいか。
とにかく、そんなふうにして、いつもとは違う不思議な一日が過ぎていったのだった。