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第3話:野盗の襲撃

第3話:野盗の襲撃

微かに鼻孔をくすぐる煙の匂いを頼りに、莉央は森の奥へと、一歩一歩、木の幹から幹へと渡るように慎重に進んでいった。疲労は既に限界を超えていたが、人里が近いかもしれないという一縷の望みが、彼女の足を前へと運ばせる。木々の間隔が少しずつ広くなり、やがて獣道とは明らかに違う、人の手によって踏み固められたような細い道が姿を現した。

しかし、その道すがら、莉央の目に飛び込んできたのは、風雨に晒された獣の白骨や、無造作に捨てられた生活ゴミ、そして、まだ新しい粗末な焚火の跡だった。穏やかな村里へ続く道とは到底思えない、どこか荒涼とした、そして不穏な気配が漂っている。

(やはり…普通の村ではないのかもしれない…もし危険な連中だったら、下手に接触しない方が…でも、情報を得るには…)希望と裏腹に、胸騒ぎが大きくなる。それでも、後戻りする選択肢はなかった。足音を極限まで殺し、息を潜め、道の脇の茂みに身を隠しながら、煙の源泉と思われる場所へと近づいていく。右手には、サバイバルキットから抜き放った多機能ナイフが、鈍い銀色の光を放っていた。

やがて、木々の切れ間から、数軒の粗末な掘っ立て小屋と、その中央で燻る焚火の赤い炎が見えた。周囲には、錆びついた農具や、手斧、穂先が欠けた槍といった武器らしきものが乱雑に立てかけられている。そして、小屋の陰からは、男たちの野太い笑い声や、何かを言い争うような騒がしい声が、風に乗って断続的に聞こえてきた。身なりは皆一様にみすぼらしく、破れた着物を無造作に纏い、髪は伸び放題だ。しかし、その目つきだけは、獲物を狙う獣のように鋭く、油断なく周囲を窺っている。

(間違いない…野盗か、山賊の類だわ…!関わったら最後、何をされるか…)直感が警鐘を鳴らす。莉央は、見つかる前にこの場を離れようと、そっと後退りを始めた。しかし、その瞬間、風下にいた一匹の痩せた犬が、莉央のわずかな物音と人いきれに気づき、けたたましく吠え立てた。

「おい、誰かいるぞ!」男たちの一人が、鋭い声で叫んだ。

その声に呼応するように、他の男たちも一斉に立ち上がり、武器を手に、莉央が潜んでいた茂みへと殺到する。

「くっ…!」見つかった!

莉央は咄嗟に身を翻し、森の奥へと逃げ込もうとする。だが、男たちの動きは予想以上に速く、あっという間に退路を断たれ、狭い林道で数人の男たちに取り囲まれてしまった。数は五、六人。いずれも屈強とは言えないが、その目には飢えた獣のような凶暴な光が宿っている。

(逃げ場がない…!でも、ここで捕まるわけにはいかない!)恐怖で全身が凍り付きそうになるのを、莉央は意志の力でねじ伏せる。生き残るためには、戦うしかない。

「私はただの通りすがりの者だ!金目の物は何も持っていない!」震える声を必死に抑え、莉央は叫んだ。しかし、男たちは嘲るように笑うだけで、聞く耳を持たない。

「女一人でこんな山奥にいるとは、運の良いことだぜ!」

「金が無くても、楽しませてもらうさ!」男たちの一人が、錆びた刀を抜き放ち、じりじりと迫ってくる。

莉央は咄嗟にサバイバルキットからマグネシウムの着火具を取り出し、足元の枯れ葉にナイフの背で強く擦り付けた。バチバチと火花が散り、乾いた葉が勢いよく燃え上がり、白い煙がもうもうと立ち込める。

「うおっ!?」男たちが一瞬怯んだ隙に、莉央は背後の急斜面を駆け上がろうとする。しかし、木の根に足を取られて体勢を崩したところを、別の男に先回りされてしまった。

多機能ナイフを構え、振り下ろされてきた錆びた刀を、莉央は渾身の力で受け止める。キィン、と甲高い金属音が響き、腕が衝撃で痺れた。力の差は歴然で、ナイフを握る手が震え、落としそうになる。

その時、横合いから別の男が太い棍棒を振りかぶってきた。避けきれず、左肩に鈍い衝撃と共に激痛が走る。

「ぐっ…ぁ…!」地面に叩きつけられ、息が詰まる。左肩が燃えるように熱く、力が入らない。

(痛い…!でも、まだ…まだ諦めるわけには…!こんなところで死んでたまるか!)霞む視界の中、男たちの一人が、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、莉央に馬乗りになろうと手を伸ばしてくるのが見えた。そして、別の男が、とどめを刺そうと、太陽の光を反射して鈍く光る刀を、ゆっくりと振り上げた。死が、すぐそこまで迫っている。莉央は、迫りくる刃先を、血走った目で見据えた。

「(こんなところで…終わってたまるか…!)」その瞬間だった。

鋭い蹄の音と、数人の男たちの力強い鬨の声が、森の静寂を破った。

「そこまでだ、悪党ども!」刀が振り下ろされる寸前、黒い影が風のように莉央と野盗の間に割って入った。馬上から鋭い眼光を放つ若武者――結い上げた髪、怜悧な顔立ち、そして何よりも印象的な、射るような双眸。彼が率いる数名の供回りも、馬上で槍や刀を構え、野盗たちを威圧する。(近くで野盗の出没情報があり、見回りを強化していたのだろうか…あるいは、討伐の任に当たっていたのかもしれない…)莉央は朦朧とする意識の中でそう思った。

突然の騎馬武者の出現に、野盗たちは完全に虚を突かれ、狼狽し、動きが止まった。

「な、何だ貴様ら!」彼らは野盗の言葉を無視し、馬を巧みに操りながら、鋭く指示を飛ばす。供回りの者たちも、訓練された的確な動きで野盗たちを次々と斬り伏せ、あるいは馬蹄で蹴散らし、瞬く間に制圧していく。その太刀筋は鋭く、一切の無駄がない。

助かった――その安堵感と同時に、この圧倒的な力を持つ武士たちが一体何者なのか、そして自分はこれからどうなるのかという、新たな緊張感が莉央の心を襲う。

やがて、全ての野盗が討ち取られるか、捕縛されると、彼は馬上から静かに莉央を見下ろした。その怜悧な瞳は、泥と血に汚れた莉央の異様な姿と、彼女が倒れている周囲の状況を、まるで検分するかのように冷静に分析している。

森の静寂の中、風が血の匂いを運び、二人の視線が、初めて、そして強烈に交錯した。

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