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第23話:情報収集と潜入の試み

第23話:情報収集と潜入の試み

黒田家中の結束が、官兵衛救出という一点に向けて、まるで鍛え上げられた鋼のように再び固まると、莉央はすぐさま具体的な行動を開始した。一刻の猶予もない。官兵衛の幽閉が長引けば長引くほど、彼の生命の危険は刻一刻と増し、そして黒田家が織田信長から受けるであろう圧力もまた、想像を絶するほどに強まるに違いなかった。

莉央はまず、官兵衛の妻である光の全面的な、そして献身的な協力を得て、妻鹿城下だけでなく、播磨国内に張り巡らされた、黒田家のささやかな、しかし侮れない情報網を最大限に活用し始めた。城下の、顔の広い商人たちには、摂津方面へと頻繁に出入りする行商人仲間を通じて、有岡城周辺の物々しい噂話や、城へ運び込まれる兵糧や武具といった物資の動き、そして何よりも城内の人間の感情の機微を探らせた。近隣の村々に住む、山歩きに長け、土地の隅々まで知り尽くした猟師や、薬草採りを生業とする口の堅い老婆たちには、有岡城へと続く、武士たちが通常使わないような間道や、城の警備が手薄になりがちな裏山の地形、そして夜間の見張りの配置などを、細心の注意を払って調べさせた。

莉央がこれまでに開発した、領民たちの生活を少しでも豊かにするための新しい農具や、疫病から彼らの尊い命を守った薬の知識は、思わぬ形でこの危険な情報収集活動の、かけがえのない潤滑油となった。彼らは、莉央という異邦の女性への、損得勘定を超えた深い感謝と、その曇りのない人柄への揺るぎない信頼の念から、時には自らの身の危険をも顧みず、貴重な、そして生々しい情報を次々と妻鹿城へともたらしたのだ。

莉央は、もたらされた情報を、工房で改良を重ねた「情報集約・分析盤」に、一つ一つ丁寧に書き込み、関連性のありそうな情報を線で結びつけていった。それは、まさに現代の捜査本部で行われるような、地道で根気のいる作業だったが、少しずつ、有岡城の内部状況が、霧の中から輪郭を現し始めていた。

(城の北西、古い櫓の近くは、夜間の見張りが特に手薄になる時間帯がある…内堀の水位が、最近の長雨で上昇し、一部の石垣が脆くなっている可能性がある…城内の兵糧は、思ったよりも早く底をつき始めているかもしれない…荒木村重は、近頃特に疑心暗鬼になっており、側近同士でも不和が生じているという噂もある…これらは、半兵衛様の示唆とも一致する…)

しかし、それらの、いわば外堀を埋めるような情報だけでは、有岡城という、荒木村重が最後の牙城と恃む堅固な要塞の内部、ましてやその最も奥深くに囚われの身となっているであろう官兵衛の、正確な状況や安否までは、到底把握することができない。

(やはり…このままでは、埒が明かない…!より詳細な情報を得るためには、危険を冒してでも有岡の城下へ近づく必要があるかもしれない。もちろん、私一人で行くわけにはいかないけれど…殿をお救いするためなら、どんな危険も厭わない。それが、今の私ができること。帰ることは、その後に考えればいい。この金属片が、殿の居場所を示してくれるかもしれない…そして、その反応が、私に何かを教えてくれるかもしれない。)胸の金属片が、有岡城の方角を指して微かに、しかし持続的に熱を帯びているのを感じながら、莉央は決意を固めた。

莉央は、井上九郎右衛門や母里太兵衛をはじめとする家臣たちの、身を案じての必死の制止を振り切り、危険を承知の上で、自ら有岡城の城下町へ潜入することを、固く決意した。

「井上様、太兵衛様、お気持ちは痛いほど分かります。ですが、私には、どうしても確かめなければならないことがあるのです。殿が、本当にご無事なのか、そして、もし救い出せる可能性があるのなら、そのための確かな情報を、この目と耳で掴まなければなりません。私のこの金属片も、何かを伝えようとしている気がするのです。そして、内応してくれるかもしれない人物に、直接会う必要があるかもしれません。もちろん、私一人では何もできません。どうか、腕利きの足軽の方々を護衛につけてください。私は情報収集に専念し、決して無茶はいたしません。工房の技術を応用すれば、変装や情報伝達も、より安全に行えるはずです」

莉央の瞳には、恐怖を押し殺した、しかし揺るぎない決意の光が宿っていた。彼女は、工房の隅で、誰にも知られぬよう密やかに準備を進めた。まず、その異国風の、そしてどこか気品さえ感じさせる顔立ちが、人々の間で悪目立ちすることのないよう、侍女の一人に頼み、薬草を数種類混ぜて作った染料で、髪を黒に近い、くすんだ暗い茶色に染め上げた。そして、どこにでもいる貧しい農民の娘が着るような、何度も洗い晒されて色褪せ、所々に繕いの跡さえ見える粗末な木綿の小袖と、顔を深く、そして効果的に隠せるように、使い古された麻の頭巾を用意した。

さらに、サバイバルキットの中から、最低限の護身用となる多機能ナイフと、いざという時のためのマグネシウム着火具、そしてあの「帰還の金属片」だけを、肌身離さず持ち歩けるよう、小さな、しかし丈夫な革袋に入れて懐に深く忍ばせた。声色を一段低く変え、播磨の田舎訛りの言葉遣いを、光や侍女たちに手伝ってもらいながら必死に覚え、そして、磨り減った銅鏡の前で、何度も何度も、物陰に怯えるような、それでいてどこか逞しさを感じさせる百姓娘らしい立ち居振る舞いを、繰り返し練習した。それは、現代の防災科学研究所で培った、いかなる危機的状況下でも冷静さを失わない判断力と、極限状態を生き抜くためのサバイバル技術の、まさに応用編とも言うべきものだった。

数日後、莉央は、背負い籠にわずかばかりの薬草や山菜を入れ、日焼けで顔を汚し、手には泥を塗りたくった、どこからどう見ても貧しい行商の娘に完璧になりすまし、母里太兵衛が特別に手配した、数名の、忍び働きや諜報活動を得意とする、寡黙だが腕利きの足軽(彼らは以前、莉央と共に領内の測量や情報収集にあたった経験があり、莉央の能力と人柄を深く理解していた)と共に、月も隠れる漆黒の夜陰に紛れて妻鹿城を密かに出立した。

有岡城へと続く道は、荒木村重の突然の謀反によって、まるで戦時下のように厳しく閉ざされ、各所に関所が設けられ、旅人の往来は厳しく、そして執拗に制限されていた。しかし、莉央たちは、太兵衛が裏ルートで入手したという、精巧に偽造された通行手形と、莉央自身の、時には大胆に、時には臆病な娘を演じ分ける巧みな機転、そして何よりも、道中の地理や関所の抜け道に詳しい足軽たちの、冷静沈着な案内によって、幾度かの、肝を冷やすような危機を乗り越えながら、数日後、ついに、目的地である有岡城の、その喧騒と緊張が入り混じる城下町へと潜入することに成功した。

有岡の城下町は、謀反という一大事の中心地であるにもかかわらず、表面上は、まるで何も起きていないかのような、奇妙なほどの平穏を保っていた。市場には、品薄ながらも野菜や魚が並び、人々は、押し黙ってはいるものの、日々の営みを続けているように見えた。しかし、その空気はどこか張り詰め、家々の戸は昼間だというのに固く閉ざされ、辻々には、殺気にも似た鋭い目つきの番兵が、まるで獲物を狙う狼のように立ち、道行く人々を、疑念に満ちた眼差しで厳しく監視している。

莉央は、足軽たちに護衛されながら、背負った籠から色褪せた薬草を取り出し、軒先でそれを売り歩きながら、あるいは、人手が足りずに困っている様子の酒場や飯屋で、僅かな食事と引き換えに下働きを手伝いながら、城内の詳しい様子や、荒木村重の最近の動向、そして何よりも、幽閉されていると噂される官兵衛に関する、どんな些細な情報でもと、神経の全てを耳目に全集中させていた。足軽たちは、莉央の周囲に常に気を配り、不審な者や危険を察知すると、さりげなく莉央を安全な場所へ誘導した。

「黒田の殿様は、裏切り者として、城の最も奥深くにある、光も届かぬ土牢に繋がれておるらしいぞ…」

「いや、聞いた話では、もうとっくに信長様の命で首を刎ねられたというではないか…」

酒場の隅で、あるいは井戸端で、人々が声を潜めて交わす噂話は、どれもこれも絶望的な、そして残虐極まりないものばかりで、莉央の心を、まるで鋭い氷の刃で容赦なく抉り続けた。しかし、彼女は決してその表情を崩すことなく、ただ黙々と、唇を固く結び、情報を集め続けた。

そんなある夜、莉央が借りた安宿の、行灯の光も届かぬ薄暗い一室で、昼間に集めた情報を、忘れないうちに羊皮紙の切れ端に震える手で書き留めていると、懐に忍ばせていた、あの「帰還の金属片」が、不意に、しかし以前よりも明らかに強く、そして特定の、ある一点の方向を明確に指し示すかのように、熱と、胸騒ぎを覚えるような不気味な共鳴を、再び発し始めたのだ。

莉央は、はっと息を呑んだ。その金属片が、まるで生きているかのように微かに指し示す方向は、紛れもなく有岡城の、それも本丸のさらに奥深く、ちょうど人々が「光の届かぬ土牢がある」と噂する辺りだった。

(やはり…この金属片は、殿の居場所に、その生命の危機に反応している…! 以前、官兵衛様が出立された時と同じだ…そして、もしかすると、この有岡城の地下深くに、何か、私の知らないエネルギー源のようなものが…「龍の穴」の伝承とも、何か関係があるのかもしれない…この反応は、私に何かを伝えようとしている。危険を知らせるだけでなく、何か道を示そうとしているのかもしれない。)

莉央の胸は、言いようのない恐怖と、そしてありえないほどの、しかし抗いがたい興奮で、激しく、そして痛いほどに高鳴った。この金属片は、一体何なのだろうか。それは、自分を元の時代へ帰すための、希望の鍵なのか、それとも、この戦国の世で、自分に何か特別な、そして過酷な役割を果たすよう、静かに、しかし確実に導いているのか…。今は、殿…官兵衛様の救出が、何よりも最優先。しかし、この金属片が秘めた謎も、いつか必ず、この手で解き明かさなければならない。莉央は、改めて固く、そして強く心に誓った。

潜入開始から数日後、莉央の不屈の努力と、そして僅かな幸運が、ついに実を結んだ。彼女は、有岡城内で、官兵衛のその類稀なる知略と、公平無私な人柄を密かに敬い、その窮状を心から憂い、そして黒田家に密かに同情的な念を抱いている一人の、しかし影響力のある老いた足軽頭と、極秘裏に接触することに成功したのだ。その足軽頭は、かつて官兵衛に、戦場で九死に一生を得るほどの危機から命を救われたという、深い恩義があり、主君である荒木村重の今回の、あまりにも無謀で、そして大義名分に欠ける挙兵には、内心強く反対していたのだった。

莉央は、その足軽頭に、官兵衛からの(実際には、莉央が事前に工房で、官兵衛の筆跡を真似て書いた、黒田家の家紋と、官兵衛だけが知る古い和歌の一節を忍ばせた、偽造の密書)と、妻である光からの、血涙で綴られたかのようなふみを渡し、震える声で、しかしその瞳には揺るぎない決意を込めて、協力を懇願した。

足軽頭は、莉央の差し出した密書に記された和歌の一節を目にした途端、その顔色を変えた。それは、若い頃、官兵衛と二人きりで戦場を駆け巡った際に、互いの無事を祈って口ずさんだ、二人だけの思い出の歌だったからだ。

「…これは、まことに官兵衛様の…! まさか、このような形で再びこの歌を目にするとは…そして、奥方様のこのお文…胸が張り裂けそうだ…この老骨、どうすれば官兵衛様のお役に立てるというのか…」

老いた足軽頭は、しばし深く、そして苦悩に満ちた表情で葛藤した後、ついに、自らの命を賭してでも官兵衛を救い出すという、莉央の作戦への内応を、固く承諾してくれた。

「分かり申した…この老骨、官兵衛様へのご恩、今こそお返しする時でござろう。…して、若き知恵者殿、我らに何をさせればよいのか、具体的にお聞かせ願いたい。この城の内部構造ならば、ある程度は把握しております故、お力になれるやもしれませぬ。ただし、危険は覚悟の上でお願い申す」

それは、深い、深い暗闇の中に、ようやく差し込んだ、一条の、しかしあまりにも細く、そしてあまりにも頼りない、それでも確かに未来へと繋がる希望の光だった。

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