第七話 あの日の後悔
月明かりが微かに照らす望楼。
俺は一人、煙草を燻らせていた。
「やっぱりここにいたか。ザック」
背後から響いた声に振り向くと、そこにはアイクが立っていた。
哨戒基地の端にある見張り台。見晴らしもよく、気分が悪いときによく来る俺のお気に入りの場所だ。
そんな場所に、少し前からアイクが入り込んでくるようになった。
「なんだ、アイクかよ」
だが、別に追い出すようなことはしないしこちらから立ち去ることもしない。
アイクが、俺のことを心配して様子を見に来ているということはわかっている。
お気に入りの場所はいつの間にかアイクに愚痴をこぼすための定位置と化していた。
その対価として煙草を一本渡すのもいつものお決まりだ。
シガレットケースから煙草を一本取り出すと、アイクに手渡す。
「…高ぇんだぞ。それ」
酒と同じく煙草も嗜好品だ。しかも、酒を盗んでいたミナトとは違って俺は煙草を正規に購入して持ち込んでいる。命をかけて戦っていると言えど、一般兵の安い収入では何本も買えるようなものではない。
しかし、そんな俺のぼやきをアイクは半ば無視して煙草を咥えると、火をよこせとジェスチャーする。
自分勝手な様子に舌打ちをしながらライターを点火して差し出す。
アイクは軽く吸うと息を吐く。白んだ煙は夜空に霧散して消えていった。
「どうせカナタの事だろ」
こちらを見ることなく、どこか遠くを眺めながらアイクが指摘してくる。
「ああ……」
最初、カナタが入隊してきたときはなぜこんなガキのお守をしなきゃいけないのかなどと思ったりもした。だが、先の戦場で目にしたのは圧倒的な実力差だった。我を失った状態でも敵をなぎ倒し戦場を制圧していくカナタの活躍はまさに獅子奮迅の勢いだった。ただ一つ、敵を一切殺さなかったところを除いて。
「今日の昼にカナタに言った言葉は、お前自身が後悔してる事だろ」
「――ッ!」
アイクの言及に俺は思わず息を呑む。
かつて、カナタが入る前の哨戒任務。そこで餓狼隊の一員である兵士が逝去することとなった。
名をハルト・マルチネス。カナタほどとまではいかないがまだ若い新兵だった。
魔族の偵察隊であろう者たちとの闘いになったのだが、まだ幼さの残る敵兵と相対することになった俺は敵に故郷の弟を重ねてしまっていた。
今思い返しても面立ちはまったくと言っていいほど似ていない。だが、俺は気づけば敵兵に情けを掛けていた。
そんな油断した俺の隙を敵が見逃すはずもなく。決死の突撃をハルトに守られたことにより九死に一生を得る。
だが、俺の代わりにハルトが犠牲になってしまった。
俺があの時情けを駆けずに敵兵を殺しておけば、ハルトが死ぬこともなかっただろう。
あの日の後悔を俺は忘れることはない。
今の俺の考えが間違っているとは思わない。
大事な人が殺されるなら相手を殺さなければ生き残ることはできない。
「俺が間違ったことを言ってるわけじゃねぇだろ」
その言葉を聞いたアイクは、少し悩んだ表情をすると口を開く。
「なぁザック、間違ってるのはカナタかこの世界か。どっちなんだろうな」
禅問答のような問いかけに俺は呆気にとられる。
「そんなの、知るわけねぇだろ」
吐き捨てた言葉は、煙草の煙と共に夜空へと霧散していった。