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第六話 脳裏に焼き付いた光景

トレーに乗った食料に手を付けず、どれほどの時間が立ったのだろうか。

移動中の携帯糧食(レーション)も喉を通らず、空腹の度合いも等に限界を超えている。しかし、それでも尚なにかを食べる気になれない。


俺たちは先の戦いを勝利し哨戒基地へと戻って来ていた。

こちらから奇襲を仕掛けてそれが上手く嵌ったというのも大きく、人類側の被害は少なかった。戦果だけで見たら快勝と言えるだろう。

しかし、こちらの被害も零ではない。

帰途につく道中の記憶は一切ない。その代わり、地面に転がる魔族の死体の光景は鮮明に――。


「――――ウッ」


すでに胃液すら空っぽになっていた。それでも体は横隔膜を揺らし、ただ嗚咽(おえつ)だけが漏れる。


「それにしても、カナタがこんなに強かったとはな」


食卓の向かい側に腰掛けるアイクは、空になった食器を匙で突きながら言う。


「暴走しだしたときはさすがに焦ったがな」


リオンの指摘に、俺は口をつぐむ。

実際、周りが見えなくなった俺の隙を突こうとする魔族を餓狼隊の団員が切り捨てる場面が何度かあった。

その光景を見て、再び我を忘れて突撃する。その繰り返しだった。

早くこの戦いを終わらせなければならない。戦いの中でずっとそれだけを考えながら動いていた。


「……おい」


横から口をはさんできたのはザックだった。


「なんで魔族にトドメを刺さなかった」


ザックの言葉に俺は再び口をつぐむ。


俺は養成所で模擬戦をした相手にあれだけの台詞を吐いておきながら、いざ実践となったときに殺しを臆して逃げた臆病者だ。


黙して何も言わない俺の様子が気に入らないのか、ザックは俺の胸倉に掴みかかる。


「お前なら俺らが助けるまでもなく全員殺せただろ」


――わかってる。


「お前が情けを掛けたせいで、他の誰かが殺されるかもしれないんだぞ!」


――そんなの、俺が一番わかってる。


しかし、返す言葉が見つからない。


「――チッ」


結局何も言わない俺にしびれを切らしたザックは、舌打ちをして食堂を後にする。


ザックが言っていたことはもっともだ。けれど、殺すことが正しいとはとても思えない。思いたくもない。それを認めてしまったら、自分が人ではないなにかになってしまいそうな気がする。


「まぁ、お前さんの気持ちも少しはわかるぞ」


フォローを入れたのはリオンだった。


「俺も初出陣後の夜は野営の間ずっとゲロ吐いてたからな」

「そんなことあったな」


苦虫を噛んだような顔をするリオンの横でアイクがげらげらと笑う。

どれだけ年期を積んでも自分がこうなれるとは思えない光景に絶句していると。


「……これ、お湯に溶かして飲めば最低限の栄養が取れるから。食べないのは体に良くない」


レイはそう言って軍用とはまた別の携帯糧食を取り出すとこちらに手渡してくる。


「……まぁ、食べ過ぎもどうかと思うけど」


呆れ顔でレイが視線を飛ばす先には、頬をパンパンにしながら咀嚼を繰り返すミナトの姿があった。

先ほど自分の分を完食していたのだが、どうやら他の席で俺のように食欲のない者たちからかっぱらって来たようだ。


「んむ?ふぉんな顔で見てもあげないっふよ」

「……いらないよ。というか、飲み込んでから話したら?」


ここだけ切り取れば、どこまでも平和な日常だ。

なまじ戦場という非日常を知ってしまった分、この日常がいつか壊れてしまうのではないかという恐怖が頭を支配していく。


「――――オェ」


再び嗚咽が漏れる。平和な日常も恐怖も、脳裏に焼き付いた記憶を消してくれることはなかった。

あの日目が合った光を失った魔族の瞳を、俺はこれからもずっと忘れることはできないだろう。

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