第五話 初出陣
餓狼隊に入って一週間後、魔族の軍勢が国境沿いを進軍しているという情報が入り、急遽出陣することとなった。
もともと、俺の故郷であるフェグダ王国は魔族領と隣り合っていることもあり、国境沿いは争いが絶えず人類側の最初の砦と言っても差し支えない役割を果たしている。
「総員、配置につけ」
魔人領へつながる渓谷の手前、軍隊長の号令で隊列が左右に展開されていく。
前日のうちに作られた塹壕で息を殺して身を顰める。
餓狼隊は、遊撃専門の部隊なため陣形に加わることなくやや離れた位置で待機していた。
待つこと数時間後、渓谷の間からうっすらと人影が覗く。魔人側の軍勢がこちらへと近づいてくる。
目測だが全体の半分程が渓谷の出口を抜けた丁度その時。
「魔術部隊。撃て!」
軍隊長の号令と共に、人の体より大きな岩石が渓谷の壁目掛けて飛翔する。
魔法、それは魔族が得意とする力だ。人魔大戦が始まった際に、人類はこの力に大いに苦しめられてきたのだが、研究の末に魔法の力を人為的に引き出す術、魔術を手に入れたのだった。(といっても、魔法に比べるとかなり威力も弱く、使える種類も多くないのだが)
隊列の先頭にいる魔族たちが、慌てた様子で戻ろうとするがもう遅い。横長に伸びた隊列で渓谷に戻ることはままならず陣形が崩れていく。
岩石が渓谷に当たると、その衝撃で崖が崩れ落ちていく。
魔族の軍勢は渓谷の出口を境に前後で分断される。真ん中にいた者たちは言うまでもない。
『死』
今までいた世界とは違うのだと痛感させられる。
俺は逆流しようとする胃液を無理やり飲み込む。
「全軍、突撃!!」
軍全体が、号令と共に塹壕から飛び出し敵へと猛進していく。
現実味のない光景に思考がまとまらない。
「俺らも行くぞ」
アイクの呼びかけに我に返る。呆けている場合ではないと頭を振る。
俺は剣を抜いた。初めて握る実戦での真剣はとても重く感じた。
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入り乱れる戦場を駆けまわる。
迫りくる剣戟を弾き、敵を戦闘不能へと追い込む。しかし、俺は未だ魔族を殺すことができないままでいた。
確かに、俺の夢は世界一の剣士になることだ。
けれど、憧れた絵本にもこんな残忍な景色は描かれていなかった。
鳴り響く剣戟や怒号、そして悲鳴。
「――セァッ!」
正面から振り下ろされる魔族の剣。反撃して首を切ることもできたが馬鹿正直に受け止める。
剣を受け止め動けなくなった俺の右斜め後方から接近する影。
魔法を使っているのか、炎をまとった拳が俺へと迫る。
「隙あリ」
――――クソ、避けられない!
身構えたその時。
「――ウラァ!」
ザックが俺の背後にいた魔族の首を刎ねる。
噴き出す鮮血。目前で広がる光景に吐き気が止まらない。
込み上げるものを必死で堪えながら、敵の剣を弾き飛ばすと太もも目掛けて剣を突き刺す。
相手は叫びながら地面を転げまわるが、致命傷ではないため死ぬことはないだろう。
振り向くと、首と胴が離れた魔族の死体が転がっていた。
生気の抜けた瞳と目が合う。
「うああああああぁぁぁ!!!!!!!」
ぐちゃぐちゃになった思考をかき消すようにわめきながら戦場を駆ける。
しかし、脳裏にこびりついた光景は消えてはくれない。
魔族の武器を破壊し、殴りつけ、蹴り飛ばし。
結局俺は最後まで魔族を殺すことができなかった。