第一話 戦いの鐘の音
―――九百五十一、九百五十二……。
朝露の張りつめる仲、静寂を切り裂く風切り音のみが耳に響く。
規則的なリズムを刻みながら木剣を振り下ろす。
ここ数年ずっと繰り返している鍛錬。はじめは数十回で息切れしていたのが、今では多少様になっている。
―――九百八十八、九百八十九……。
「相変わらず、カナタは起きるのが早すぎんだろ」
「アキラが遅すぎるだけだ」
背後から現れた幼馴染に、振り返ることなく返事をする。
その間も腕は止めない。
―――九百九十九、千。
「疲れたって言い訳はなしだからな」
大きなあくびをしながら、アキラは木剣を構える。
「そっちこそ、寝起きとか言い訳するなよ」
こちらも木剣を構えた。
数秒のにらみ合いの後、木剣の打ち合う音が国境沿いの丘で響き始めた。
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「はぁ…はぁ…。クソッ、また勝てなかった」
俺は湿った芝生の上に背中から倒れながらボヤく。
「まぁ、これが才能の差ってやつだな」
アキラがにやけ面で隣に腰を下ろす。
大の字に倒れ浅い呼吸を繰り返す俺とは対照的に、汗一つ書いていない
「毎日毎日木剣を振って、カナタは何になりたいんだ?」
少しおちょくるような様子だが、本心から聞いているのであろうアキラはこちらを見ながら首を傾げている。
俺は呼吸を整えると答えた。
「俺は、世界で一番強い剣士になりたい」
それを聞いたアキラは、知ってましたと言わんばかりの呆れ顔で首をすくめていた。
「じゃあ、僕に勝たないとな」
「うるせー。そういうお前の夢はなんだよ」
「僕の夢?んー……」
顎に手を当て、思考するアキラ。
やがて思い至ったかのように目を見開く。
「死ぬときに、悪くなかった。そう思えるのが僕の夢かな」
想定外の答えに拍子抜けする。
だが、いつも飄々としていて自由人のアキラらしいと言えばらしい答えになぜか納得してしまう。
「それなら先に夢をかなえるのは俺になりそうだな」
国境の丘の上で少年二人が夢を語り合う。
「それはどうかな……」
ぽつりとつぶやいたアキラの声は、湿った朝の空気に溶けて消えた。
「……ん?なんだ、あれ」
南の空から、彗星の如き瞬きを放つ物体が北へ北へと伸びてゆく。
美麗な光の一筋は、やがて俺とアキラの頭上も通り過ぎさらに北上していく。
直後、地平線の彼方が閃光で瞬いた。遅れて聞こえる轟音。
後の人類と魔人の戦争。人魔大戦と呼ばれる戦いの引き金になる代物だとは露とも知らず。
これは、俺とアキラが十歳の時の出来事だった。