第十一話 選ばれし者
国に帰ると、国民たちが帰郷した兵士たちを出迎えていた。
敵将を逃す結果になってしまったが、それでもトルメタン公国を取り返すことができたのは人類にとって大きな功績となったのだった。
浮足立つ民たちのようすとは裏腹に、俺は剣帝の言葉が耳から離れずにいた。
力を持つ者の義務。その言葉に俺は納得がいかなかった。
生きるために動物を喰らう。生きるために他者を殺す。
前者は生きるための行為として幼いころからしていた行為のため今更疑問を持つことはない。しかし、後者は違う。ましてや魔族は言葉も通じる。それなのにどうして手を取り合うことができないのか。
戦時だからと、悪とされた他者の殺害が正義という免罪符を得て執行される。それが気持ち悪くて仕方がない。
「おいおい、そんな怖い顔せずに少しは手でも振ってやれ」
横に並ぶアイクが俺の様子を見て声をかける。
「今回の立役者はカナタなんだからな」
そう、剣帝と共に戯剣を退けた英雄などともてはやされるが、実際は二人の打ち合いを見ていることしかできなかった。しかし、そんなこと国民が知るはずもなく、魔族の侵攻を阻んだ褒美として勲章を授与されることとなった。
「人気者っすね。いろんな意味で」
ミナトがちらりと周りを見やる。
事実を知る軍の連中が横目に俺を睨んでいた。気に入らないのもわかるが、吉報で国民を安心させるという理由も理解しているためか異議を唱える者はいない。
餓狼隊のメンツは不満を持つどころか面白半分にこちらを揶揄ってくる。ただ一人を除いて。
「お気楽なもんだな」
ザックが民衆には聞こえない声量でぼやく。
相変わらず俺のことが気に入らないらしく、事あるごとに突っかかってくる。最初はそんなザックの様子に気後れしていたのだが、それも面倒になり最近では無視するようにしている。
しかし、それがさらに彼を刺激したのか舌打ちをするとさらに続けた。
「敵を殺せない腰抜けが叙勲されることになるとは、この国もいよいよ終わりか?」
「いい加減にしろ。ザック」
敵意を剝き出しにして喚くザックをアイクが諌める。それ以上追及してくることはなかった。
餓狼隊にもどこか気まずい雰囲気が漂う。そんな中、口を開いたのはリオンだった。
「勲章を与えると決めたのは国なんだ。お前さんが気負う必要はない」
「…叙勲されれば餓狼隊にも箔が付く。隊長になる日も近いかも」
「おい、ふざけんな!」
続くレイの嘲りにアイクがツッコミを入れる。
どこまでもいつも通りな餓狼隊の様子に気づけば緊張の糸も解けていた。
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王宮の謁見の間。その壇上で片膝をついて首を垂れる。
戯剣と戦ったトルメタン公国のとは比べ物にならないくらい荘厳な部屋。
三大国家と呼ばれるだけあるから当然と言えば当然なのだが。
叙勲を終えると、従者が一振りの剣を王へと献上する。
「これより忠誠の誓いを行う」
王は剣を取るとそれを掲げると貴族たちがどよめく。
それもそのはず、王が今持っている剣は英雄の持っていた三宝剣のうちの一つ『カラドボルグ』なのだから。
王は鞘に入ったままの剣を俺の肩へと乗せる。その時、キィンと高い金切り音と共に剣が光り輝いた。
「なんだこれは!」
王は驚きのあまり剣を床へと落としてしまう。
御付きの護衛騎士たちが王を守るべく周りにわらわらと集まってくる。しかし、俺は剣から目を離すことができなかった。
――――私を手に取れ。そう言っているかのように剣は未だに光を放っている。
俺が剣を手にすると、やがて光は収まって消えていった。
「まさか、剣に選ばれたというのか!?」
先ほどとは別の意味でどよめく室内。驚愕した様子の王が続ける。
「カナタよ、本当に選ばれたというのならば剣を抜いて見せよ」
「……わかりました」
俺は王の命に従い、柄を握ると抜剣してみせる。
剣は何の抵抗もなく簡単に引き抜けた。
「なんと…………」
驚嘆のあまり絶句する王。しばらくの沈黙の後、再び口を開いた。
「英雄が誕生した。これにより三英雄が揃った。今こそ魔族たちを討ち滅ぼそうぞ!」
王が高らかに宣言すると場内が歓声で沸き立つ。
正直、俺は何が何だかわからないでいた。
憧れた英雄に自分が選ばれたという実感が未だに湧いてこない。それよりも、剣帝の言葉が再び脳裏によぎる。
『力を持つ者はそれ相応の義務が存在する』
英雄の誕生で盛り上がる場内。与えられた英雄という肩書きによってこれからは今まで以上に大きな義務を背負うことになるのだろう。だが、どうやら俺に断る権利はないらしい。




