第九話 戯剣
突入した王城は静寂に包まれていた。
時折現れる魔族を、剣帝は一薙ぎで屠りながら先へと進んでいく。
長い廊下。敵将がどこにいるかは見当つかないが、それでも剣帝は足を緩めることなく走り続ける。
俺はそれについていくのでやっとだった。
フェグダ王国軍でもこれほどの強さの男は見たことがない。
突然、剣帝が足を止めた。
謁見の間なのか、他の部屋と比べると扉が豪華になっている。
扉の奥から、今まで相対してきた敵とは比べ物にならないほどの圧がひしひしと肌を撫でる。
剣帝がこちらを一瞥する。
今自分がどんな表情をしているのかわからない。おびえているだろうか。笑っているだろうか。
まともに戦える状態ではない。自分でもわかっている。
ついて来るな。ここは俺に任せろと止められる。そう思っていたが、剣帝は何も言わず扉を開くと再び足を進める。
中に入ると、小国と言われていた割には荘厳な室内。王座には一人の魔族が腰かけていた。
「ノックもなしに入ってくるとは~。客人は礼儀がなってないですね~」
おどけた様子の魔族はおもむろに王座から立ち上がると腰に差した湾刀を抜く。
「貴殿が敵将で相違ないか」
剣帝は魔族の様子を気にすることなく両手剣を構える。お互いに臨戦態勢だ。気迫がぶつかり合い、室内には緊迫感が漂う。
「いかにも~、戯剣エズマ・ルドルフ。一対二ではありますがいざ尋常に~」
戯剣。その言葉を聞いて俺は内心驚愕する。
人類の最大戦力。かつて古の龍を屠った宝剣に選ばれし三英雄。未だ一席が空白ではあるが、その英雄に届く牙を持った三人の魔族に着けられた異名の一つが戯剣だ。
驚き呆ける俺とは裏腹に、先に勝負を仕掛けたのは剣帝だった。
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戦闘が始まってからどれほどの時間が立ったのだろうか。
俺は二人の剣戟の中ただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。
剣帝と戯剣の打ち合い。剣帝は隙のなく、無駄もない模範のような一撃を淡々と打ち込み、戯剣はフェイントや変則的な動きを織り交ぜながら相手の隙を窺う。
まるで剣舞のような攻防に俺の入る隙はどこにもない。
先ほどから、戯剣を挟んで剣帝の反対側。戯剣の死角になる位置を取り続けているのだが。
「――ッ!?」
背後から仕掛けているにもかかわらずドンピシャで合わされそうになる反撃に俺は飛び退く。
一進一退に見える攻防。しかし、戯剣は二対一という不利を抱えている上に常に俺の行動を気にしている様子だ。剣帝側が若干不利であるといっても過言ではない。
「この実力に両手剣。もしやあなたが噂に聞く剣帝ですか~?」
戯剣は相変わらずおどけた様子で剣帝に声をかけた。
しかし、剣帝はこれに応じることなく袈裟斬りを仕掛ける。
「おっと、危ない~」
蛇のような身のこなしでひらりと躱す戯剣はこちらを見た。
「そちらの少年は役者不足な気がしますが~」
挑発だと頭ではわかっているが内心憤る。だが、自分の実力が足りていないのは否定できない。
「ふむ、無策に突っ込もうとしないところを見るにただの無能ではなさそうですが~」
直後、戯剣がにやりと笑う。
正面にいる剣帝に背を向けると俺のほう目掛けて一直線に跳躍する。
剣帝もあとに続くが、当然ながら戯剣が俺に到達するほうが早い。
湾刀が俺の喉元へと迫る。
あまりにも素早い一閃に、防御を捨て全力で回避する。だが、無理やり避けたため体制を崩してしまう。
そんな俺の様子を見て、戯剣は頬を歪める。
袖に隠していたナイフを素早く逆刃持ちすると俺の脳天目掛けて振り下ろす。
――――避けられない!!
死ぬ。そう思った直後、戯剣の姿が消える。
そのすぐ後に剣帝の振るった剣が戯剣のいた場所で空を切った。
起き上がり周りを見ると、少し離れたところで戯剣がこちらを見ていた。
「あと少しでしたね~」
相変わらず不敵な笑みを浮かべながら戯剣は湾刀を構える。その時、
「カナタ、どこにいる!」
遠くからアイクの声が聞こえてくる。
外の戦闘が終わりこちらに合流してきたのだろう。
その声を聴いた戯剣は、おもちゃに興味をなくした子供のようにつまらなそうな表情で湾刀を鞘へと戻した。
「さすがに三対一はご遠慮させてもらいます~」
「…易々と逃がすわけないだろう」
剣帝は尚もおどける戯剣を睨みつけながら今にも切りかかろうとする。
「これはあまり使いたくなかったんですけど~」
戯剣は先ほど取り出したナイフで指先を切ると、血を床へと垂らす。
床に血が触れたその時、溢れ出る光が魔方陣を描き出していた。
「それでは皆様、ごきげんよう~」
「――跳べ!」
剣帝がこちらに叫ぶと同時、後ろへ向かって全力で跳躍する。
直後、轟音と共に空間が爆発した。爆風に飛ばされ床を転がる。
起き上がり周りを見るが、そこに戯剣の姿はなかった。
「――クソ!」
二度目の出撃も、結局俺は敵を殺すことができないまま幕を閉じた。




