第五十六話 シンガリ戦
梅梅は姿が見えないモンスター【サンドワン】が巻き起こす砂埃に向かってゆっくりと進んでいく。
梅梅から一定の距離を取りながら追いかけているため詳しい事は分からないが、アイテムボックスから何かを取り出し戦闘の準備をしているようだ。
腕や首などの肌が露出していた場所が緑色に覆われていくと、何故か左腕だけが倍程の太さになっていた。
何だろうこの格好…………あぁ!
警察犬の訓練で泥棒役が確かこんな格好だったな。
……これ、タイマン勝負じゃないと無理ゲーだよね?
何か本人なりの策があるのだろうと思っていたが、梅梅のこれまでの行動から考えると痛みに耐えながらゴリ押しという『頭がおかしい』戦法を今回も取る可能性が高い気がしてきたぞ。
というか、梅梅のステータスとスキルから考えるとサンドワンを倒せる手段が無いんじゃないか?
数値的に考えれば通常のゲームなら100%負ける戦闘だ。超リアリティシステムによる変更点の穴を突いて攻略するつもりなのか?
攻撃力に乏しいのは本人も分かっているはずだ。梅梅の作戦が持久戦である以上、おそらく何か目星をつけてあるのだろう。
とにかく、梅梅が俺に持久戦をオーダーするのだ。そのつもりで支援体制に入ろう。
20年前だってこういう無茶は良くやってたはずだ、俺達ならたぶんできる……はず。
俺は『速度上昇』をそれぞれにかけ、梅梅が死んだ場合に備えて蘇生できる距離感やタイミングをイメージしてみた。
足の速いサンドワンとHPが少ない俺では即死する未来しか見えない。
いやまじか?
もしかしてここ最近で一番やばいのか?
……今のうちにワープポータルで逃げるのが最善なんじゃないの?
考えているうちにサンドワンの砂埃が更に近づき、砂地に足跡が着くのが見える距離になる。
1.2―――5 頭程の足跡を確認できた段階で、恐ろしく大きな唸り声が一斉に放たれた。
サンドワンの一方的な攻撃が開始された事を梅梅の雄叫びで理解する。
『あーーー!!クソッ!!
これだから俺は犬が嫌いなんだよ!!』
梅梅から関西弁が消え、男らしい声が響く。
梅梅は悪態をつきながら膝を着いた状態で左手をブルンブルン振っている。
いや、あれは振ってると言うか、噛みつかれて引っ張られているのか?
左腕だけじゃなくて頭もデスメタルみたいに振っているし、赤色に染まっていく姿を見て疑問が確信に変わる。
背筋に冷たいものを感じながらHPの減少と【ヒーリング】のタイミングをはかり、とにかく冷静に観察する。
時折クリティカルが入っているのか一瞬で20程減る事もあるが、基本的には梅梅の最大HP293から1秒ごとに5〜8減少している感じか?
さすが【VIT】に全振りしてる梅梅だ、割と耐えるじゃないか。
幸い俺も【INT】に全振りしているので梅梅のHPでもヒーリング一回で全回復できる。
これなら最低でもHP30になる前にヒーリングをかければなんとかなるな。
仮にクリティカルが無い場合は33秒の感覚でヒーリングをかけ続ければ良いし、クリティカルが連続して出れば13秒……いやいやいや?!
冷静に考え過ぎて現実逃避してたけど、このペースだと俺のSPでは5分と持たないぞ?!
サンドワンの数を減らせていけるならなんとかなるかもしれないけど、サンドワンの特性からして逆に増えていくんじゃないか?
そもそも【デスワーム】を倒したクロノスが、サンドワンを倒しきれない事が怪しいよな?
『ヒーリング!』
俺は一度目のヒーリングを梅梅にかけ、撤退について進言しようか悩んでいると梅梅が身体を丸くしながら叫んだ。
『今から防御力をあげるために一時的にダメージが増えるぞ!!
冷静に判断してヒーリングのタイミングをできるだけ遅らせてくれ!?』
俺が返事をするより早く、梅梅は行動に移したのか一気にHPが35減る。
『ちょ?!』
更に20、30と立て続けに減るので、俺は慌てて2度目の『ヒーリング』をかけた。
『ちょ?!おまッッッ!!
なにしてんねんッッ!?』
『俺の本気を出すんだよッッッ!!!!』
梅梅は叫びながら左腕を上げ、右手でアイテムボックスから何かを取り出す。
怪しく光る細長い物を左腕に接触させると、まるで石になったかの様に動きを止めた。
何だあの構え?あんなスキルあったか?
疑問に思った瞬間、梅梅の咆哮が響き渡る。
『うがああああああッッッ?!』
梅梅の咆哮にあわせてサンドワンと思われる犬型のモンスターが勢い良く砂地に2頭転がった。
『え?どうやって?!』
あまりの快挙に梅梅のドヤ顔が頭をよぎる。
説明を求めようと横たわるサンドワンから梅梅に視線を移そうとすると、更にドサッという音が2度続いて砂地に響く。
俺はソレを確認すると、あまりの事に思考が一瞬停止する。
砂地に落ちていたのは怪しく光る刀と、梅梅の左腕たったのだ。
恐る恐るソレから梅梅に視線を移すと、梅梅 はドス黒いオーラに包みこまれていた。
なんだか泡立つ音でも聞こえそうな粘着質なオーラにサンドワンが攻撃を停止したのか一瞬の静寂がよぎる。
これはまさか……。
『の!?呪い?!』
『まさか、本当にやったのか……』
神丸が会話に参加してきた。
『神丸ッ?!何か知ってるのッ?!』
『あぁ【妖刀村正】を持っていきたいと言うんで渡していたんだ』
『いや、剣士じゃないと装備できないよね?』
『装備できなくても持つことはできるだろ?
スライムの粘液で炎を消化するリアリティがあるんだ、攻撃モーションに入れずともその切れ味は利用できるとふんだらしい』
『そんな無茶苦茶な』
『ユニークスキルの【彷徨う者】を使うんだそうだ』
確か【彷徨う者】はHPが減少する程、デバフが多い程に物理防御力があがるんだったか。
あまりの出来事に理解が追いつかないが、サンドワンの唸り声が新たに戦闘が開始を告げていた。
HPを回復していなかった事に気付き、あわてて梅梅のHPを確認する。
HP21!?
『ヒー!』
『待ってくれ!!』
梅梅の静止にあわててヒーリングを止める。
『今がベストの状態や……』
切断した左腕を草か紐で止血しているらしく、酷く荒い呼吸で梅梅は話す。
『ベストって?!』
『噛まれててもダメージ入らんからな』
『い、痛みは?!』
『さっき一瞬気を失ってたわ』
狂ったように笑いながら梅梅はアイテムボックスから初心者用ナイフを取り出し無造作に振りおろした。
何も無い空間から鮮血が舞い、サンドワンが梅梅に噛みついている姿があらわになる。
骨を切らせて命を絶つとか、ハイリスクすぎるだろ……。
サンドワンからのダメージがゼロになったが安心はできない。
止血しているとはいえ、切断面からの出血によるデバフでダメージが入るかもしれない。
俺は胃を痛めながら梅梅の戦闘が一刻も早く終わる事を願った。




