第五十四話 苛立ち
「ベルさん、あれ!」
マロン君が指す方向を見ると、先程俺達が出てきた場所に虹色に光るポータルが出現していた。
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DAY【1090/1095】
Time【17:10】
DEATH【125/1000】
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俺とマロン君がワープポータルを抜けてから既に5分以上経過している。
神丸の後に続いて移動したはずの八鷹が俺達より遅くなる理由は分からないが、俺の記憶していた座標と同じ場所に他の誰かがワープポータルを開くとは考えにくい。
おそらく八鷹のはず――
光の中心を見ているとポリゴンが徐々に形を築きあげていく。
「あ、八鷹さん!」
マロン君の叫び声に安堵の色が見えた。
「あれ??
お二人が先に??」
「八鷹さん大丈夫ですか!?
何かトラブルがあったんですか!?」
「いや、俺の体感的には入ってすぐ出てきた感じなんだけど……」
「えぇ!?」
「……本当だ、10分近く経ってたとは」
「二人とも、落ち着いて状況を整理しようか。
まず、八鷹が無事で本当に良かった」
俺は八鷹に目配せして頷くと、神丸に連絡を入れる。
『八鷹だけど、今出てきたよ。
何で遅れたんだと思う?』
『無事で何より。おそらくだが、これもイメージの関係じゃないか?』
『またイメージ?
単純にステータスのINTに関係ある可能性は?』
『INTが関係するなら俺とウメは八鷹より遅くないとおかしい。だからイメージ説の方が有力になる。
俺とウメは場所を知っていたから処理速度が早く、座標や場所のイメージが曖昧な八鷹は遅いと考えるべきたろう。
ただ、マロン君が八鷹より早いのが気になるところだな。イメージが不確かな場合にステータスが関係する可能性は捨てられん』
『なるほどね。
マロン君についてなんだけど、俺と手を繋いで移動した事って関係あるかな?』
『関係ありそうではあるが……。
その……なんだ、手を繋いだのか?』
『なになに?
ロマン君が始まるんやないのそれ。
あおはる?あおはるなの?』
『いやいや、得体が知れないのにポンポン入っていく感覚の方が普通おかしいから。
これくらい大人として当然だよ』
『まぁそこは否定できんが……』
『なるほど?吊橋効果ってやつやね?!』
『いやいや、もっと真面目に?!』
『まぁなんだ、次回検証しよう。
方法としては八鷹が知ってる場所にワープポータルして時間を比較すれば良い』
『そうだね、わかった。
ところでどうする?
そっちに行こうか?』
『ふむ……』
『んん!?神丸!!
あの土煙、クロノスシフトと違う?!』
『ふむ……おそらくそうだろうな』
『ならちょっと先に行って挨拶してくるわ!』
『え、危険じゃない?』
『さすがにPKはしてこんやろ、助け合おうって事で集まってる人達なんやし』
『街の発見をかすめ取ったことを恨まれて無ければ良いがな』
『いうて賞金だけやん?
あまりしつこかったらあとであげるよって言うし、とにかく行ってくるわ』
『では俺はここでベル達を待つとしよう』
『了解、急ぐよ』
俺は【速度上昇】をマロン君と八鷹にかけると、神丸の元へ急いだ。
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『毎度!【通天閣商会】の梅梅ってもんやけど、皆さん【クロノスシフト】の人?
ギルマスさんいてる?』
俺達が神丸と合流するより早く、梅梅がクロノスシフトのメンバーと遭遇したらしくギルドチャットで梅梅の会話が流れてくる。
『【クロノスシフト7th】のギルマス、エリスさんね。ご丁寧にどうもやで。
私は【通天閣商会】ギルマスの梅梅、よろしゅう。
ところでさっきアナウンスされてたクロノスさんはどこやろ?
よかったら挨拶しときたいんやけど』
『え、それは厳しいな。
うちからハイクレリック派遣しよか?』
ふむ、断片的な情報だが梅梅は【クロノスシフト】のギルマスの一人に協力を打診したようだ。
梅梅の事なので純粋な人助けというよりも、恩を売っておくつもりなのだろう。
『ええよええよ、互いに協力していかんとデスゲームは攻略できんし』
相変わらず調子良い事を言ってるなと思いながら神丸と合流したところ、タイミング良く梅梅から指示が入った。
『ベルは私のとこ来て〜。
ゴッドは若い二人を連れて正門近辺のモンスター掃討よろ〜。
【クロノスシフト】の皆さん、まぁまぁ疲弊してるからスムーズに街に入れるようにしたって〜』
『任せろ』
『了解』
梅梅の指示を全員で共有し、八鷹達を神丸に預けるとそれぞれの無事を願う挨拶を交わす。
まともな八鷹とマロン君が居るだけでストレスがいくらか緩和される気がした。
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梅梅のいる方角へと俺は精一杯に走る。
途中すれ違うプレイヤー達の姿は満身創痍と言う言葉では足りない程で、使用後のボロ雑巾と例えてもおかしく無い酷い格好をしている。
良くここまで来れたなというのが率直な感想だった。集団行動をしているからこそ何とか耐える事ができたと言った感じなのだろうか。
【円卓】の様に装備品をしっかりと整えた感じも特に無い。やはりクレさんの情報通り、初心者の集まりでしかない感じがする。
背丈が子供の様なプレイヤーがボロボロになっている姿は見ていて辛いが、中の人は俺達のようにオッサンかもしれないので子供を優先して助ける事もかなわないのが何とももどかしい。
手を引かれながら歩くプレイヤーもいるし、背負われている者もいる。もしかするとこのあたりが子供達なのかもしれない。
眼前で死者が出る様な経験をしたんだ、無理もない反応だろう。そもそも通常ダメージを受けるだけで痛い世界だ。
すれ違った人の中に何人か集団を誘導しているプレイヤーがいたが、彼らはギルドのどれくらいの位置にある人達だったのだろうか。
考えれば考えるほど、こんな悲惨な状況を作り出したクロノスシフトの無謀なギルマス達に怒りを覚える。
何故こんな強行軍をする必要があったんだ?
準備が整うまで【アーク】で備えるという判断を普通ならするだろう?
すれ違い様に支援を行う辻支援で疲弊した人達を迅速に助けたい衝動にかられるが、あまりに人数が多すぎるためSPがすぐに枯渇するのが予想できる。
支援を行いたい衝動を歯を食いしばって抑え
ながら、魔法使いはいつだって冷静でなければいけないという何かのセリフを思い出し、今できる最善を考え続ける。
怨嗟にも似た疲れ切った虚ろな視線に対し、街が目前である事を伝え、励ますことしかできない。
梅梅はどこだ。かなりの数のプレイヤーとすれ違ったというのにまだ先なのか?
俺は心を殺しながらひたすらに梅梅を探して進んだ。
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いくつかの集団とすれ違い、梅梅と男女二人が何やら話している姿を確認する事が出来た。
遠目で梅梅とわかるオーバーリアクションを見てギルドチャットで梅梅が話していた事に今更気付き、ざっとログを確認する。
どうやらあれが【クロノス】と【エリス】らしい。
『おまたせしました』
神丸に伝わる様に俺もギルドチャットで話しておく。
俺の言葉に反応し、梅梅と2人がこちらを見たのでそれぞれ視線をあわせて会釈しておく。
『ハイクレリックのベルです。支援対象と作戦を教えて下さい』
ここに来るまでにかなりストレスを感じているようで初対面の二人への挨拶が少しキツイものになっていると感じる。
「支援感謝します。【クロノスシフト】ギルマスのクロノスです」
「はじめまして【7th】のギルマス、エリスです」
クロノスという黒髪の男は梅梅と同じ位の高身長で、全身を包みこめそうな真っ黒のマントを付けていて何だか既視感を感じる。
ウェーブがかった金髪のエリスの方は見た目が初心者装備のままのせいか、変に親近感が沸いた。
『ベル、その支援対象なんやけど』
『うん?』
『私や』
『ん?……え?』
嫌な予感はこれたったのか……。




