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8.初出勤


 庭師たちの鍛錬に混ぜてもらう。

 田之上信二では身体を動かすことにあまり興味は無かったが、この公爵の身体は定期的に身体を動かさねばウズウズするようだ。鍛錬風景など見ればたまらなく動きたくなる。


 さて、この公爵邸の庭師たちは実のところ、隠密衆。。。そう、リアル”御庭番”なのだ。

 屋敷の防衛から諜報活動まで幅広く担っている。

 実際、庭師がその役目を担うのは理にかなってはいる。侵入者は外からやってくるのだから、そこで勤務する者が防衛ラインの最前線にいるべきだろう。とはいえ、他の貴族たちはそれを知らない。もちろんこの仕組みを採用している貴族邸もない。オルティース公爵家だけが持つ特殊組織なのだ。

 そしてもう一つ。もちろん侍女たちも庭師たちからの訓練を受け、最低限の体術や暗器の使用もできるようだ。

 俺が第2の人生を歩むのがこの屋敷で良かった。と思った事柄の一つだった。


「・・・くっ。。」

 目覚めてから時々感じる飛蚊症もどきの霞みで、思わず目を顰めたところを庭師長ゼペトが見逃すわけもなく、気付けば首に摸擬剣を当てられていた。

 

「・・・・ふぅう。やはり落ちた筋力を戻すのはなかなか容易にはいかぬか。。」

 庭師長ゼぺトと手合わせをしたのだが、全く敵わない。

「ひと月ですからね。ゆっくりと扱き直しますよ。」

 強面で筋肉隆々のゼぺトが片方の口角だけを上げて言うと。。洒落になっていない印象だ。。

「まぁ。追々だな。お前の扱きは遠慮しておこう。」

 いつも通り(公爵の記憶の中では)のやり取りで上手く躱して汗を拭いていると、足元にスミレによく似た花が咲いていた。


「ゼぺト。。この花だが。。。」

 屈みこんでその花に触れると、温かな気持ちが蘇る。

「申し訳ございません。鍛錬場でしたので、雑草をそのままにしておりまして。。」

 慌てたようにゼぺトが手を伸ばしたが。。。


「いや。咎めているのではない。私はこの花が好きでな。雑草と言ったが。。。育てることは可能か?」

「・・・え?えぇ。。まぁ。。鉢植えでも花壇でも。。強い野草ですので、問題はありません。」

 俺の発言がよほど不思議だったのか、目を丸くしながらも答えてくれる。

「では、そうだな。。裏庭に皆が休憩所として使っているガーデンテーブルのスペースがあっただろう?あのあたりに少し植えてくれないか?」

「それでしたら、裏口から小道になっておりますから、小道の両サイドに植えることも可能です。」

「あぁ。それはいいな。では頼んだぞ。」

「はっ。」

 俺は提案以上の結果に満足して屋敷へと戻る。


 スミレは母が大好きだった花だ。猫の額ほどの庭でガーデニングをしていた。道路から玄関まで数メートルしかないのに、両脇にスミレを植えて、春になるたびに小道に増えていく花株を楽しみにしていた。温かい家庭だった頃の思い出だ。。懐かしさと寂しさが混在する久方ぶりの気持ちを思い出した。図らずもそれと同じような提案をしてくれたゼぺトに感謝だな。。



 そんなのんびりした時間はそこまで。


 翌日には職場復帰となった。俺にとっては”初出勤”だ。。気を重くしながら、出発をするのだが。。

 流石は公爵家。。家紋の入った黒塗りの”馬車”に騎馬の護衛騎士がぴったりと前後左右を固めて。。。

 過保護すぎる出勤に目が丸くなる。何も馬車でなくとも。。。もちろん公爵としては当たり前なのだろう、普通に受け入れようとしている自分がいる反面、そもそも俺としては馬車に乗るのは初めてであるし、三半規管が弱く、乗り物酔いするタイプなのだ。。城まで持つだろうか。。。


 という不安は杞憂であった。公爵の身体は慣れたもので、一切疲れも感じずもちろん乗り物酔いもなく快適に城へと到着できた。


 快適ではあったが、ここから職場は宮廷内。。とんでもなく大きな入口扉の前に立ち一呼吸。

 さて一歩を。。。。

「オルティース公爵様、ご参内~~。」

「・・・・っ!!!!」

 何故、入場を知らせるのだ????ただの出勤だぞ???平静を装いすまして歩くのだが、公爵の身体でなかったら、ビクッと反応してしまっていただろう。毎朝”あれ”を言われるのだろうか。。。これは遅刻は厳禁だな。。あんな大声で遅刻を知らせてほしくはない。


 朝から王宮の訳の分らん洗礼を受け職場へ到着する。

 部屋は俺専用の個室のようで、バカでかい執務机にこれまたデカすぎる木彫りの”統合司令官”の立派なプレート、いやもはや置物。。

 王宮内の何もかもが一庶民の俺には恐ろしさを感じるほどスケールが違いすぎる。。

 

 とりあえず上着を脱ぐと、落ち着かない気持ちを鎮めるために、部屋を見て回る。

 机の中は、文具関係か。。便せんや封筒、カードに至るまでオルティース公爵家の家紋が透かし模様として入っているものと、軍用であろう無地のもの。っと思ったが、国旗が透かし模様として入っている。。この国は無駄遣いが好きなのだろうか。。

 封蝋印は2種。司令官用と、公爵個人用だ。その他雑多なものも整頓され、すべて軍用と個人用の2種が用意されていた。


 ここは書架か。。まぁ仕事の本だよな。。背表紙を見るが全く興味の沸かない軍事関連の書物が並ぶ。

 応接セット。。テーブルセンターには美しい花が飾られていた。毎日誰が取り換えるのだろうか?軍人の部屋にはいらなさそうなものだ。

 壁には作り付けの棚。。一つ一つ扉の付いた棚の中を検めていく。

 やはり職場だろうからか、空の棚も多くある。

 その中で職場には似つかわしくないものを見つけてしまった。。

 

 美しいカッティングの施されたビン。。が、これは”酒”だろう?

 同じデザインのグラスもある。

 そんな酒セットが5種類。それぞれ酒瓶とグラスが同じデザインでセットになっている。。


 職場で酒を飲むのか????


 と訝しんでその中の一つを持ち上げると、ふと公爵の記憶が流入だ。。。

 

 いろいろな官職や大臣が来たときに使っていたようだ。。もちろんヤケ酒もあったようだが。

 まぁ。接待やらの意味合いならば。。。容認するしかないか。。


 また違う扉は二重扉になっており、隠し金庫もあった。触れれば同じように記憶が流れ込むのかもしれないが、今のところ必要ないので、また後日にしよう。今開けてとんでもない記憶が呼び起こされれば、初出勤どころでは無くなってしまう。


「・・・・くっ。。」

 またも目の前が霞み、軽く頭を振ってから目頭を押さえる。

 いつも通りすぐに収まるが。。。


 嫌な予感が。。

 飛蚊症とは明らかに違う症状だ。。

 ひと月も意識不明になる流行病など思い当たらないが、もしかするとそこで、この身体の持ち主は一旦死んだのかも知れない。そして俺の魂が入った。。

 そして、一旦死んだ時に脳に障害が残ったのかも知れない。。その後遺症がこの靄なのかも。。と。

 転生や憑依したっぽい。と気付いてから、色々な可能性を考えてきたが。。今、気付いたこの仮説が一番しっくりくる。。


 だが、そうなると。。もしも脳に障害が残っているか、もしくは現在進行形で病が潜伏しているならば。。公爵の身体はそう長くはもたないのかもしれない。だからこそ、弱っているからこそ、俺の魂が乗り移るという奇想天外な事象を齎したのかもしれない。。


 残り時間に期限があるとするならば。。。

 そんなことを考えながら、俺は引き続き戸棚の確認をしようと思ったが、嫌な可能性に気付いてしまい、気乗りしなくなった戸棚探索をほどほどに切り上げようかとしていると、


 バチンッ。。。


 窓ガラスに何かが当たる音がし、そちらへと踵を返す。


「・・・ん?。。。これは。。」

 音のした窓を見れば、ガラスが汚れ、その下に。。。青い鳥が落ちていた。窓ガラスに激突して脳震盪を起こしたのだろう。


 拾い上げれば、手がべたっと濡れる。。羽色が濃かったので気づかなかったが、怪我をしているようだ。よく見ると片足が足首あたりから欠損し、血が出ている。羽も乱れている部分をかき分けると、出血していた。


 元来動物好きな俺にとって、これは見過ごせない。。

 

 執務机に戻り、封蝋用のキャンドルに火をつける。そしてペーパーナイフを熱して。。


「ごめんな。。ちょっと傷口を焼くからな?」

 初めて田之上信二としての言葉が出た。ケガを治そうという意識が公爵の身体の支配を上回ったのか?・・小鳥の目を隠しつつ、身体を押さえつけ、足首の出血個所に熱したペーパーナイフを押し付ける。


 ピギッ。。。


 小鳥の苦しそうな鳴き声を聞いたが、こればかりは仕方がない。放置すれば確実に死ぬだろう。せめてもの出血を抑える処置。

 チーフを取り出し、端を細く引き割き、足に巻き、結ぶほどの太さもないので、封蝋を僅かだけ溶かしそれを接着材代わりにして包帯を留めた。


「確か。。」

 戸棚へと行き、公爵の記憶の中にある扉を開けば、薬の入った箱。

 軟膏を取り出し、身体の傷に塗っていく。羽や体についている傷はいくつかあるものの、深い傷ではなさそうだ。


 残りのチーフを折りたたみ、その中にぐったりした小鳥を入れてやると、まるで布団だ。ちょこんと飛び出ている尻尾がまたいい味を出している。。

 くっ。かわいいなっ。。写真に撮りたい。。と思うものの、ここは異世界。。ケータイはない。。残念過ぎる。。。



 そんなことをしていると勤務時間となったようで、小鳥を急いで窓際に寝かせれば、ノックとともに部下たちが次々にやってくる。

 ひと月の間の引継ぎや苦労を掛けたことに対する部下への労いと未だ病床に伏せる者たちの病状確認に、死亡した2名には今後家族の元へ訪問する旨など書簡に認め。。。最低限の連絡事項だけでも時間がとられる。


 気づけは昼を過ぎ、直属では唯一の女性騎士であるケイトが食事を運んできた。


「閣下。お食事にございます。本日は復帰初日ですから、食堂に行かれるよりも、こちらならば移動時間がない分、休憩時間が少しでも取れるかと。。勝手な判断でお持ちしましたが。。」

 公爵の顔色を窺っているのだろう。少し怯えたようにこちらを見てくる。

「あぁ。ありがとう。。流石に今日は食堂は勘弁してほしいところだった。。君の機転に感謝する。」

 すると目の前のケイトはぎょっとした顔をした。すぐに笑顔になったが。。俺は見逃してはいない。。普通に礼を言っただけなのだが。。。それほど驚くことか?この公爵とやらは、どんだけ鬼畜だったのかと、頭が痛くなる。

 

 これは屋敷でも職場でも。。。公爵の鬼畜っぷりは俺の想像を軽く超えそうだ。。。

 親しみやすさで定評のあった田之上信二からすると。。。真逆すぎて。。

 どう対処するべきなのか。。。急に親しげに距離を詰めすぎてはひかれるだろうし。


 ここまでの”鬼畜”に人生で一度も出会ったことがないので、対策方法が分らない。。

 しかもそれが自分の身体。。

 こんなところで挫折を味わうとは。。。


 変な敗北感を味わいつつも、王宮のランチを味わえば、それはもう絶品。屋敷の料理も素晴らしいが、ここもまた美味い。。いうなれば社食であるはずなのだが、そんなレベルではないのだ。三ツ星レストラン並みだ。

 ふむふむ食の好みも合っている世界で良かった。。

 そんなことを思いながら初出勤の社食(?)を堪能する俺なのであった。


 

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