60.事後処理
----- 第一報が上がっていた村のミリタリーボアも何とか倒した。残念ながら、村は壊滅状態であり、近隣の村々にも被害が及んではいたが、迷宮より溢れ出ていたミリタリーボアは一掃できた。
途中に広がる農地は食い荒らされ、通り道となった畑も踏み荒らされ、かなり広範囲の農作物に被害が及んでしまっていたが、私にそれを対処するほどの余裕は残っていなかった。
そして意識はずっと朦朧としている。致命傷ではないとはいえ、いくつもの村を移動しながら戦闘をしたのは少々無理があったか。。だが、このままこの身体を信二に返すわけにはいかない。大した怪我もしたことのないヤツでは、相当苦しさを覚えるだろう。。
しかもこの状態ではモルディート領まで戻る体力は残っていない。何とかこの場を凌がねばなるまい。
「エスペランサ領主邸に行き。。。報告をせねばな。。」
「はっ。」
すでに自らの力でフェンリルにしがみ付くことも難しくなってきた。
呼び寄せた騎馬隊長に、領主に危険が去った旨を報告するとともに、モルディート領から回復薬を持ってこさせるまで、休息を取らせてもらえるように指示を出す。
(信二にこの身体を再び預けるまで。。。苦痛は全て私が請け負わねば。。)
その気力だけを頼りに、到着してからも、部下に支えてもらい動き続けているが、もはや限界も近いらしく、部下たちやエスペランサ領主との会話すら遠い世界の事のように聞こえていた。
意識は飛び飛びで、夢か現かもわからないほどになってきた。怪我の影響なのか熱も出てきたようで、自分の吐き出す息さえ熱い。
(数日だ。。数日堪えれば、自領からの回復薬も届く。そうなれば信二にこの身体を。。預けられる。信二よ。マーガレットを頼む。。今の私では彼女の涙を拭う資格すらないのだ。。)
(マーガレット、すまない。今の私がしてやれるのは、信二に無事に身体を受け渡す程度の事しかできないのだ。。贖罪にもならぬが。。それでも。。許してくれとも言えぬが。。だがそれでも。。それでも。。すまなかった。)
夢の中で何度も何度も信二に懇願し、何度も何度もマーガレットに謝り続けた。
(ふむ。薬が効いたようだぞ。そろそろお前も休むがいい。)
大仰な声がした気がした。だがなぜだか安心して。。気力が限界だった私が気を緩めると、意識は深い闇の中に吸いこまれていったのだった。-----
「・・・ぅっ。。。」
窓から差し込む陽光に目が覚めた。見知らぬ天井だ。
(ここは。。病院じゃないのか?)
(・・・あぁ。今は異世界でアルベルトだった。)
ぼぅっとして混濁している頭と重い身体。それでも少し動こうと指先に力を入れると握られている感触。
頭だけを動かしその指先に視線を移せば、ベッドに突っ伏すようにして眠るマーガレットの手だった。
少し冷えてしまったその指先。使用人がかけたのか、薄いブランケットがかけられてはいるが。。
「マーガレット?・・・大丈夫か?」
握られている手を握り返しクイックイッと少し引っ張っれば。。。
「・・・ぅん。。。。っっっ!!!っだんなさまっ!!!」
慌てて起き上がった彼女の声は掠れ、目の下にはクマが見て取れる。どれほど気苦労をかけてしまったのか。。
「すぐに、お医者様を呼んでまいりますっ!!」
立ち上がろうとする彼女の手を掴みこちらに引き寄せれば、バランスを崩したマーガレットが俺の上に倒れ込んだ。
「私は大丈夫だから。まずは冷えた君の身体を温めよう。」
「私の方こそ大丈夫ですっ。旦那様のお目覚めを皆さまが待っておられますっ。」
逃げようとする彼女を抱き込めば、やはり背中も冷たいし頬も冷えている。
「君の身体が温まるまでの5分や10分遅くなったところで問題ない。」
そう言ってしまえば彼女も諦めたようで大人しくなった。
二人でベッドに入り、彼女の冷えた背中を摩っていると、自分の記憶も戻ってくる。俺の記憶の最後はダンジョンで槍を胸に受けたところで終わっていた。
「なぁマーガレット。途中から記憶が無いんだが、何か聞いているか?」
俺からの質問にマーガレットは少し考えこみながら、
「えっと。。こちらで眠られてから5日ほど経っております。」
「・・・5日、だと?」
その答えに絶句した。
感覚的にはダンジョンで気を失ってすぐだが、ベッドに寝ているのだから、どこかの建物内に運ばれ手当てをしてくれたのだろうし、マーガレットもいるし、そもそも怪我も酷かったことを考えれば1~2日程度は経ってしまったとしても想定内と思ってはいたが。。
「私も一昨日、いえ昨日の未明に到着してまだ一昼夜しか経っておりませんが。。。」
「構わない。聞いた話でも。」
「・・・はい。戦いの話はよく分からない部分もございましたので、間違っているかもしれませんが。。」
そう言って彼女が教えてくれたところによると。
俺がケガを負ってすぐ、回復薬・治癒薬の手持ちの在庫が確認された。騎士団の持ち合わせもほぼ無くなっており、治癒薬に至っては俺が持っている物だけだったために、モルディート領へ早馬が送られたらしい。
一方、俺が大怪我を負ったと思われる頃、モルディート邸に残ったシャルル・ブルーが騒ぎ出したのだという。
シャルルは慌てた様子で、”長靴をはいた猫”風に腰に剣を携え「主様を助けるにゃーー!!」と。。。ブルーは「薬を持ってくっぴーーー!!」と叫んでいたそうだ。
そして戸惑う両親を横目に僅かばかりの回復薬とマーガレットを連れて小さな馬車で見切り出発。そのため、早馬とは会わなかったらしい。
ちなみにシンは「まぁ。死なないって。」とのんびり留守番しているそうだ。
その後、モルディート邸には早馬が到着し、事の次第を聞いて、マーガレット達を追うようにして、追加の薬を携えた早馬がエスペランサ領邸を目指し出発すると同時に、王都本邸に向けての早馬も出した。モルディート邸の備蓄の治癒薬は2本しかなかったためで、本邸のヨランダ様が作り終えた治癒薬があれば持ってこさせるためだった。
「途中で早馬の騎士様と合流いたしまして。エスペランサ伯爵様のお屋敷も目前でしたので、一緒に参りました。」
そこで一息ついて俺を見上げ、少し震える声で、
「騎士様のお話を聞いて。。。生きた心地がしませんでした。。」
と大粒の涙がポロリと零れさせながら、「お話を続けませんとね。」と深呼吸をした。
そうして、途切れ途切れになりながらも、俺が目を覚ますまでの出来事を話してくれた。
意識もないのにミリタリーボアと戦っていたというのは信じられなかった。
のだが。。。
「眠っておられる間、ずっと魘され続けておいでで。。」
そう話した彼女に、
「何か聞き取れることを言っていたか?」
と聞いた。とんでもないことを話していては不味いだろう。
「・・・はい。わたくしにずっと謝って。。。すまなかった。許してくれ。。と。。わたくしは今の幸せを頂きました。。もう過去のことは。。。」
そう言ってフルフルと首を振る。俺は、
「そうか。」
とだけしか言えなかった。が、そのあとの彼女の一言に凍り付いた。
「それから。。”シンジ、頼む。。”とそう何度も仰っておいででした。”シンジ”というのが何を指していたのか分かりませんでしたので、聞き間違いかもしれませんが。。」
聞いたことのない単語で、それが人の名なのか、物の名なのかさえも分からず、マーガレットは聞き間違いかもと申し訳なさそうにしていた。
だが、俺としては、俺の名を呼びながら懇願する寝言となれば。。。
(やはり、本当のアルベルトはこの身体にいるのか。)
そう確信をした。。。してしまった。それならば俺が意識を失ってからもボアと戦いを続けられたことに合点がいくのだが。。
そうなれば、二つの人格なり魂なりが一つの器を使っているのはかなり無理があるのだと思う。突然この世界に来てしまったのだから、突然戻ることもやはりあるだろう。それにあちらに残っているだろう俺の身体がどうなったかもわからない。あちらの肉体が死んでしまっているのだとしたら、俺が戻る場所はないのだ。
俺の戻る場所については自分ではどうすることもできない問題だ。そこは諦めることにした。
だがしかし、突然俺がいなくなった場合の事は。。全く別人格のアルベルトにマーガレットを託さねばならない。贖罪の言葉を魘されながら呟くのならば、多少の更生はしたのだろうと思いたいが。。
「マーガレット。少し思うところがあるのだ。今夜就寝前に少し時間をもらえるか?」
今すぐに俺とアルベルトの関係を話したい気持ちもあるが、自分自身の心に折り合いもつけたくもあり、僅かばかりの時間の猶予が欲しかった。
彼女は戸惑いながらも了承してくれた。
さて目覚めた俺を待っていたのは・・・
「・・・・おい。意識を戻したばかりの怪我人に対してだな。。。いきなりこの量の仕事をさせるのは。。。」
「回復薬により怪我は全快だと医師様のお墨付きをいただきました。」
ため息交じりの俺に対して、いつも通り冷静なセバス。
そう、俺の大怪我の一報を受け、セバスも駆け付けたのだ。
目覚めてマーガレットと少しばかりの話をしたあと、医師の診察を受け、怪我も問題なく回復したとの判断が下された途端に、今回のスタンピードに対する仕事が山にされていたのだ。
そして国軍からもスタンピードの終息の為に、部下たちが寄越される始末。。有り難いのか、有り難くないのか。。
スタンピードの後片付けには国軍を動かすのは当たり前で、この日数で派遣してくれたのは有り難い。
だが、俺を巻き込むんじゃない。休暇中なのだぞ?いくら統合司令官といえ。。緊急の際はもちろん対応するのだが。。今回はもう終わった。終わったのだからあとは部下達で何とかなるだろうがっ。それなのに、ご丁寧に俺の直轄の部隊を寄越されたが為に、俺が逃げられない。。
「閣下。こちらのご報告は。。」
「閣下。先発隊からの早馬が。。」
と、書類とともに騎士たちがひっきりなしに部屋に押しかけてくる。
そして、エスペランサ伯爵も利かせなくてもいい気を遣ってくれて、客間の一つを俺の臨時の執務室に充ててくれたのだ。。
「・・・俺は休暇中なのだが?」
頬杖をつき、部下たちを睨みつけると。。。
「王陛下からは閣下の判断が間違いないからと。。」
「状況によっては、休暇の延長を考えても良いと仰っておられましたよ。」
気心知れた部下達。。いい笑顔だな。。陛下も陛下だ。多少の餌をちらつかせて俺に仕事を押し付けてくるな。。。
(はぁ~。。まぁ、仕方ないか。乗り掛かった舟であるし、今回の休暇も陛下の特別なはからいだからな。。)
大きなため息を付いて俺は諦め半分で対応することに決めた。
「壊滅した村の生き残りは?」
「いち早く逃げ延びた者がいないか確認中です。」
「村人の数と遺体数を確認すればおおよその検討はつくだろう?」
「・・・村人の数。。ですか?」
まずは人命と復興が気になるところだったのだが。。なんと、日本の住民票のようなものが一切ないのだという。王都はセキュリティの関係から、ある程度の住民数を把握しているようだが、それも絶対ではないのだという。
環境の違いがこういった場面で大きく出てくるのだと改めて感じる。持ち帰って住民票のような制度改革をしたいところだが、そう言った概念がない国にどうアプローチすべきなのかすら分からない。
この件もとりあえず今すぐどうこうできる問題でもない。今後の課題にするとしよう。
村は壊滅しており現場に生存者は無く、家屋も全壊している。生き残った村人がいた場合は帰る場所を失っていることから、移住先を探すなどできる限り手を差し伸べることを指示しておいた。
「農地の被害範囲と、農作物につきましては。。」
そして今度は農作物被害についても頭が痛くなる報告だった。
芋の一大産地であるエスペランサ領の中でも、特に収穫量が多い土地が今回の被害にあった場所だったのだ。そのため、今回の被害量を差し引くと、今年度の収穫量は不作の年よりも、はるかに下回ることになる。この国では芋を主食としている民も多い。そうなれば、国全体としても深刻な食糧不足となることが決まったも同然なのだ。
「各領地の食料備蓄を確認せねばな。。近隣諸国からの輸入となると。。」
アルベルトの記憶を引っ張り出しながら、この国の食糧事情と当てはめて考え込んでいると、
「しかしながら、目下の問題としましては、被害に遭った芋畑とミリタリーボアの処分についてとなります。埋めるにしても焼却するにしましても、膨大な量となり、我が領地だけでは対応しかねるのです。」
共に事後処理にあたっていたエスペランサ伯爵が困ったように俺を見る。
「・・・処分か。。」
またも悩ましい問題だ。。とそう思った瞬間、ふと思った。
「処分しないもののリストが無いが?」
処分品リストには被災を免れた品の項目がないのだ。
「残すようなものはありませんが。。。」
文官が不思議そうに言う。が、その返答に俺が不思議になる。全て処分なのか?と。
そう思って、話を詰めて行けば、被害地域の芋畑は全部処分するのだというのだ。。大丈夫な芋が残っていないかどうかと判別すらしないのだという。
この世界の考え方の違いにまたも戸惑ってしまった。
「エスペランサ殿。ならば、芋の選別を行いましょう。僅かでも残せるものがあるでしょう。」
「オルティース公爵っ。あの広さを全ては無理にございますっ!!」
「我が領からも人員を派遣してもいい。国の食糧難にも繋がることだ。必要あらば陛下に直接陳情もしよう。」
「しかし、魔物が触れたかも知れぬものなど。。。」
前例もなくこの国の固定概念からも外れる対応の為に、エスペランサ伯爵は戸惑いを隠しきれない。
「あとはミリタリーボアか。」
困惑中のエスペランサ伯爵を放置し、ミリタリーボアの処分について先に進めることにした。
(確かフェルが美味いと言っていたが。。)
アルベルトの記憶ではミリタリーボアを食べる習慣は乏しかった。まず戦闘力が強いため、日常的に狩れる魔物ではないし、この世界のイノシシは硬くて臭いので、その上位種っぽい魔物を食べるとは思わなかったようだ。それでも、冒険者や軍の遠征など、出先で食わねばならぬ時には食料とするが、何といってもレストランでは無いので、下処理もそこそこにただ焼くだけが一般的。そうなれば美味いはずがないのは容易に想像がつく。
しかし処分には時間がかかるため腐敗などが進行するとさらに厄介。それを防ぐようボアは圧縮魔法がかけられた貯蔵倉庫に押し込んでいるらしい。貯蔵倉庫は本来肉なども貯蔵できる場所だ。
ならば。。。
「ミリタリーボアは食おうか。」
「・・・・。」
俺の一言に執務室にいた全員が固まった。まぁ。意味は分かっている。不味い魔物肉を食うのかと言いたいのだろう。
「ただでさえ食糧難になることが分かっているのだ。ならば目の前にある食える肉を加工する。これが一番確実な方法だろう?」
俺の言葉に執務室(仮)にいた全員が絶句したのだった。




