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54.小さな神


-----

 自らを過神と名乗るのは5歳ほどの人間の男児。しかし持てる雰囲気や力を見るに、紛れもなく人外である。そして”神”と言うには禍々しい力を持っていた。

 フェンリルは最大級の警戒をしながら男児を睨む。


「君が言う”神聖力”っていうのは、神それぞれなんだよ。いろんな神がいるんだよ。力だってさ、生き物たちが自分達に益になる力だと敬うんだろうけど、僕みたいな力だと、何に役立ってるのか分からないからって、嫌がられたりしてさ。。みんなの信仰心が僕たち神の力の源なのに。。僕は”過神”って烙印押されちゃって。。力が減少し始めたら神の中からも言われてね。。で、”追放である”とか言われてなんかの術が発動したら。。。ここにいたってわけ。」

 大きな身振り手振りの男児。言っていることが分からないフェンリルではないが、あまりに荒唐無稽。永き時を生きてきたが、神が降臨した話も聞いたことが無い。あるのは”神託が降りた”程度のことだ。


 しかも目の前の”神”を名乗るのは幼い見た目の男児。見たことも無い服装ではあるが。。高貴そうな雰囲気も特にない。


「お主の言い分は分かった。だがしかし俄かに信じられぬ。神だというのであれば、その力、示してみるがよい。」

 フェンリルは顎をクイっと上げて男児を見下ろす。


「・・・えっとさ。。一応さっき言ったと思うんだけどぉ。。」

 何故か男児は口ごもりながら、目線を外した。


 やはり適当な言い訳だったかとフェンリルは思った。子供にしては賢いのだろう。荒唐無稽な作り話も良くできていた。異質な力を持ち合わせたがゆえに、爪弾きされ、生き延びるための処世術なのかもしれない。高位の術を使えるものならば、見た目も自由に変えられるものがいる。ならば、化けの皮を剥せばよぼよぼのジジイが出てくるのかもな。そんなことを思った。


「えっとさ。。見せるのはいいんだけど。。。ドン引きはしないでくれる?」

 目の前の男児が人差し指と人差し指をちょいちょいと合わせながら、上目遣いにこちらを窺って来た。


 まさか本当に何かしらの術を持っているのだろうか。

「できるものならやってみるが良い。伝説と言われる我である。多少の事では揺さぶられぬぞ。」

 永く生きてきたからこそ、数々の魔法も見てきた。自分も多少の魔法は使える。目の前で魔法を使えば、詳細は分からずともその魔法の系統くらいは分かる自信がある。魔法など、多様な組み合わせと豊かな発想力があれば、無限の術式ができるのだろうが、根本の系統は同じだ。系統さえわかれば対処も出来なくはないのだ。


「じゃあ。使うけど。。。危ないから、ちょっとだけだよ?」

 そんな前振りをするのがじれったい。

「いいから早くやれ。」

「じゃあ。まあ。」

 やけに渋り勿体ぶるからには、相当の術を使ってもらわねばつまらぬな。などとこの時のフェンリルは軽く考えていた。


 それが想像を絶する力だと気づくには時間はかからなかった。-----



 フェンリルはふぅっと息を吐いた。

 それはため息なのか、永く話したための呼吸を整える意味なのかは分からなかったが。。



「それで?」

 俺はフェンリルにその先を促す。その子供が”神”であると確信を得た能力が何なのか、知りたい気持ちが先走る。


「・・・ふむ。それがなぁ。。”腐敗”の能力であったのだ。」

『腐敗????』

 俺と従魔の声が重なる。


「腐敗って、あの腐敗かにゃ?」

「腐るっていう意味っぴ?」

「そんな忌み嫌われる能力が”神”だと?」

 従魔たちの食いつきがすごい。


「ふむ。我もそのような能力の”神”を聞いたことが無いのでな。初めは信じられぬと思ったが。神でなければ何なのか。とも思ったのだ。それほどの能力であった。」

 初見で見せられた男児の力を思い出してフェンリルは首を横に振った。


 確かにフェンリルや従魔たちの反応は分かる。こちらの世界には負の力を持った神はいない。伝承されていないだけかもしれないが、アルベルトの記憶にもない。

 だが、日本人である俺には、大して抵抗感が無いのも事実。八百万の神がいるとされ、様々な変わり種も聞いてきた。貧乏神など、負の力を持った神としてはあまりにも有名。しかも男児は”追放”されたと言ったのだ。神ほどの力を持った者たちの術ならば、天界から地上。もしくは異世界くらいまで飛ばすことも可能かもしれない。


 そしてフェンリルの話の続きを聞いた。

 男児が見せたのは触れた物を腐らせる能力で、初めは目の前に咲いていた小さな花を枯らしたのだという。だが当然その程度でフェンリルが納得するわけもない。


 草を枯らし、木を枯らし。動物の死骸もなんのその。腐敗の程度は任意らしく、枯らす程度でも朽ち果てさせ風化させてしまうまでもできる。

 疑いの目を続けたフェンリルに嫌がらせとして魔獣の死骸を臭いMAXの辺りに腐敗させて放置されたときは、嗅覚が優れていたフェンリルは流石に参ったと言ったらしい。


「触れるというが発動条件は?」

「ただ、触れるだけだ。手が触れている時間だけ腐敗が進むらしい。」

 ふむ。と考える時間を取る。

 任意というがあくまで自動発動の能力のように感じる。となれば、触れられたら危なくてしょうがない。

 という俺の思考が読まれたのだろうか。


「行く当てもないし、あやつが言うには、ここは知らぬ世界なのだという。安易にこの世界に干渉するべきでは無いというのでな。あの森の洞穴深くに入り、誰に触れることもせずに過ごしてきたのだ。」

 フェルが二人で相談して決めたという取り決めを話してくれた。


 やはり自動発動のようで、手が触れれば腐敗が進む。そのため、男児はいつも腕を組み手のひらを外に出さないようにしているらしい。

 そしてこの世界の基軸が分からないので、ひっそりと隠れ住むことにしたそうだ。


「それがどうして私の所に来た?」

「ふむ。あやつが不憫でな。話し相手と言えば我だけよ。流石にダンディルにも会わせてはやれんしな。。ふとした時に意図せず触れてしまう事があるのでな。危険極まりないのだ。だがそれだけなら大したことは無かったのだが。。。今回は特殊だ。このまま症状が進んでしまえばあやつが消滅するか、森が消滅するか。。そのどちらかになるであろう。」

 フェルの言葉に動揺してしまった。突然重い話過ぎるだろうと。。。。



 そして現在、フェルの住むあの森へと向かっている。

 もちろん、馬を走らせていては時間がかかるので、フェンリルの背に乗って。

 ひと蹴りするだけで空を飛び、風を切り、そして空を翔けていく。


 

 夜が明けるころ、洞穴に到着した。

 危険度が分からないので、シャルルとブルーは外に待機させた。ヒスイは何だかんだ言いつつも小さな森であっても精霊王を名乗っていただけあり、不測の事態にもある程度は対応できるだろうと付いてきてくれる。


「はぁっ。はぁっ。」

 奥に進むと荒い息づかいが聞こえてきた。かなり苦しそうだ。

「ここを曲がるとあやつがいる。」

 曲がり角の手前でフェルが一度立ち止まり、俺たちに振り返ってそう言った。俺もヒスイも一つ頷きを返す。


 慎重に歩みを進めれば、洞穴の最奥に達した。

 そこには壁の小さな窪みをベッドのように使い、フェルの言った通りに小さな子供が熱に浮かされたように荒い息を吐きながら苦しそうに寝込んでいた。布団も何もない。着の身着のまま、ただ寝転がるだけだ。


 音もなく入ったつもりだったのだが、その子は薄く目を開け俺たちを認識した。

「・・・フェル?・・・どうして。。人は。。。入れたら。。。だ、めだ。。よ。。」

 その言葉をようやく吐き出した男児は、苦しそうに胸を掴み身体を丸める。


 俺はツカツカと男児に歩み寄る。それを見て男児は目を見開き、苦しいだろうに首を横に振る動きをする。

「近寄らないでっ。。あぶ。。ないん。。だ。。」

 ゴホゴホっと咳き込んでしまった。

 だが、医師であった俺からしたら、そんな状態の患者を目の前にして見て見ぬふりなどできようはずもない。

 そして不思議なのだが、その子を前にしても危険を感じないのだ。

 手を触れないようにすればいい。それだけの事だ。


「分かってる。手が危険なのだろう?そこは気を付けるよ。私は医者だ。多少の力にはなれるかもしれない。」

「ちが。。う。。病気。じゃ。。。ない。。」

「八百万の神であっても不調になるのだな。」

 ふと口をついた言葉にその子の目が見る見る大きく開きそして涙がつーっと頬を流れた。


 だがそれで確信した。

「日本から来たのか?」

 と。着ている物は”着物”。その容姿はまるで座敷童の絵そのものだったのだ。

「・・・うん。。」

 その子はそう頷くと、安心したかのように声を上げて子供らしく泣き始めた。嗚咽が出る身体を起こし、後ろから抱きしめる。彼の手が俺に触れないように、両手で拘束してしまうのが申し訳ない。本当なら撫でてやりたいがそれは叶わない。頬で彼の頭を撫でてやる。

「こうしていれば、君の手が触れることは無いだろう?」

「・・・うん。。。うん。」

 男児が泣き止み落ち着くまでただ身体を寄せて待つことしかできない。


 

「・・・ありがと。」

 どれくらいの時間だったか。落ち着いた彼が鼻をすすりながら俺を見上げた。

「鼻をかむか?」

「うん。」

 神なのに涙も鼻水も出ているのが不思議ではあるが、まぁそこにツッコむのは野暮か。


「えっと。人の子の身体を真似てるから。。。」

「・・・???」

 思わずドキッとしてしまった。まるで思考を読まれたかのようで。。。

「ある程度は読めるよ?」

「・・・っ!!!」

 その言葉に絶句した。やはり神と言うのは本当なのか。。。ここに来てまで半信半疑だったが、今ので神であることを認めざるを得ないと素直に思った。


「ねぇ。日本を知ってるの?」

 その子の言葉にやはり言葉を失う。ここにはフェルとヒスイしかいないが、俺の素性は話していないからだ。

 少し思案するが、ヒスイであれば問題ないだろう。フェルも。。。悪いヤツでないことは確かだ。

「私の状況はここにいる二人は知らないんだ。ヒスイ、フェル。今から言う事は、ここだけの話にしてくれ。今はまだ。という程度で良いから。」

 俺の言葉に二人は強く頷きを返してくれた。


「俺は日本で医師をしていた田之上信二と言う。何が起きたかは分からんが、手術中であったのだが、瞬きした記憶もないほどの瞬間に、気付いたらこの身体に入っていた。」

 俺の告白にヒスイとフェルは驚きを隠せないでいた。


「僕も神たちの光を浴びたらここだったんだ。やっぱりここ。。。異世界?」

「だろうな。今風で言うなら”剣と魔法のファンタジー世界”だな。」

「えっと。。ラノベとか。。無理なんだけど。。」

「神なのにラノベ、知ってるのか?」

「もちろん!!流行は押さえておかないと!!」

 ヘヘッとドヤる顔は見た目通り幼くてかわいい子供だ。頭を撫でてやれば嬉しそうにその感触を堪能している。


「というか、体調も少し良くなったな。」

「うん。僕ら神の力の根源は信仰心なんだ。誰も僕の事を知らない世界で、神だって思ってくれるのはフェルだけで。。それなのに、同じ日本出身の君が僕を認めてくれたから。。僕の存在感が少しだけ増したんだ。」

「ふむ。。。ならば。。。俺が君をもう少し理解出来たらもう少し体調を整えられそうか?」

「うーん。。どうだろう。」

 手を組み、手のひらはすっぽりと脇の下に隠すその姿は、今までもそうしてきたのだろうと思えるほど自然にやっていた。


「禍神とは聞いたことが無いんだが、貧乏神のような負の神か?その割に見た目は座敷童だが。」

「うんうん。そうなんだ。座敷童的な感じと、貧乏神みたいな嫌われ者を一緒にした感じ!!」

 身体を上下に揺らして、嬉しさを荒す。

「だが、そう言った負の力を持った神には、信仰心は集まりにくいだろう?存在値はどんどん減って行ってしまうと思うのだが。」

「そうなんだよ。貧乏神は有名でしょ?だからコアなファンがいるからいいんだけどさ。僕みたいな特殊な能力だとどんどん忘れられていっちゃうんだ。それで。。あまりにも存在感が薄れて。そうすると力も薄れて。。挙句には自分の神としての名前も分からなくなっちゃったんだ。そういう嫌われ者の神は通称名で”禍神”って呼ばれて。。それでいつか消滅するんだけど。。。僕が中々消滅しないから、”追放”されちゃったんだと思う。」

 しょんぼりと肩を落とす彼。


「そうか。。だが、君を呼ぶのに名前が無いと不便だな。。俺との時だけでもあだ名みたいでも良いから、名前を付けたらダメなのか?」

「えっ?いいの?」

「いいのって。。君が決める側だと思うのだが。」

「ううん。自分では付けられないんだよ。だから、カッコイイの付けてよ。」

 何か良く分からない神ルールがあるらしい。


「ならば。。。神だし。こっちの世界では新しい神だろう?そのまんまだが、”シン”はどう?」

 俺が何気なく言った候補。それが発しられた瞬間に、ブワリと男児を取り巻く光と風が現れた。


 光の中で男児の黒髪が風に靡き、紺色の絣の着物は美しい空色の着物に変わっていく。藁の草履は足袋と装飾された草履に変わり、光がおさまるころには、いいとこのお坊ちゃんが出来上がっていた。


「・・・・何が。。。起きたんだ?」

 戸惑いつつ問えば、目の前の本人も自分の身体を見て戸惑っていた。

「えっと。名前をくれたから。。僕を信じてくれたから。。だから。。」

 また涙が溢れる。光輝く笑顔。

 さっきまで苦しんでいた子供はやつれ顔色は酷く悪いのに熱の苦しさか変な赤みがあった。

 それが今ではその面影が無いほどふっくら艶のある頬に朱がさし、健康そのものの男児の姿だ。

 

 あまりの変貌にやはり神であると再認識させられた。

 日本では不遇であったが、俺のたったこれだけの心でここまで変われるならば、これからもこうして信じてみようと思った。


「なぁ、祠でも立てれば、もっと良くなるだろうか?」

「ううん。そう言うのは形だけだから。信仰心がある人がいっぱいいれば、祠も意味があるんだろうけど、誰かの心の片隅にいるだけの僕たち禍神に祠は意味ないよ。君が僕を信じてくれる。それで十分さ。」

 そう言われればそうなのかと納得する。手入れもされず誰も来ない祠では意味が無いのだろうな。


「ならば、うちに来ないか?貧乏神のように家にいるだけでうちが傾くのは勘弁してほしいのだが、君は触れる事さえしなければ普通に生活できるんだろう?」

「・・・でも。。間違えて触っちゃうことがあるんだ。こないだも寝ぼけて寝返り打った時に手が出てたみたいで。。崖を崩しちゃって、どこかの貴族のお姉さんと騎士さんを怪我させちゃったんだって。。」

 シンはそう言って申し訳なさそうに項垂れた。。


 だが、俺としては聞き逃せない。

「・・・その巻き込まれたのは。。。うちの嫁だ。」

「・・・っっ!!!」

 つい感情的になったのかアルベルトが出たようで冷たく低く重い黒闇の公爵的なモノ言いになってしまえば、シンが凍り付いた。


「なっなんか。。。ごめん。。。って言っても何もしてあげられないんだど。。。この通り。謝れるだけ謝るから。。」

 と何故か俺の前で神が土下座し始めた。。流石に神に土下座は不味い気がする。

「まぁ。過ぎたことだ。ついキツイ言い方になったが、この身体せいだ。俺としては。。。自然災害だと思っていたのでな。。自然災害だと、これからも。。。。思っておくことにする。」

 ジトりとした視線を送ってしまったのは許して欲しいところだ。



 そうしてフェルの許可も得て、シンを連れてモルディートの屋敷に戻ることにした。

 ちょっと厄介。。いや。ちょっとじゃないだろう。何しろ神だからな。それも負の。

 それでも見て見ぬふりはできない。気を付けるのは手だけ。だからこそ対処も出来なくはないだろう。

 そして何といっても、日本の神なのだっ!!これを捨て置けるわけがない。

 互いの正体をバラさないと協定を結んだ。これがバレて良いことは一つも無いからだ。



 森を出るのは。。。実は簡単じゃなかった。

 シンから出る負のオーラがあの森の瘴気の渦を作っていたらしく、魔物が集まり、洞穴はダンジョンになりかけて。。。スタンピードが起きる寸前だったのだ。

 フェルが森が消滅する。と言ったのはその予兆からだった。


 増えた魔物を一掃していると、俺の力はやはりどこか”聖”の力を持っていたようで、剣を振るうたびに瘴気が拡散され薄まっていったらしい。

 だがしかし、シンのオーラは悪い部分だけではなかった。彼のオーラに当てられた洞穴の一部が変質してミスリルに変異していたのだ。もちろん少し持ち帰ることにした。


 魔力を通しにくいというミスリルを加工して、指先まである篭手を作れば、シンの能力が軽減されるのではないかと思ったのだ。ただの思い付きだから、巧くわからないが、一縷の望み程度には考えてみてもいいのでは。と。


 

 そうしてやっと屋敷に着いたのは、昼食の時間もとっくに終わった昼下がり。

 フェルの背に乗って帰ってきた俺たちを見て、屋敷の皆が固まったのは。。想定内だ。

 もちろんフェルには地上を走ってきてもらったが、それでも伝説の魔獣。目立つのは仕方がないことだろう。


 伝説の魔獣に乗って、知らない男児を連れ帰った俺。。


 隠し子疑惑を解くまで屋敷に入れてもらえなかった。というオチがあったのはご愛敬かなと諦めた俺なのであった。



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