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53.禍神


「まだかにゃ。まだかにゃ~。」

 目の前の猫の鼻歌が、またしても日本を思い出させるメロディーに酷似し、思わず続きの歌詞を口ずさみそうになって思いとどまる。

 この世界に学習教材を配達してくれるおばちゃんはいない。そんなサービスがないからな。


 ここはモルディート領主邸の裏庭。さらに使用人たちの休憩用の場所。

 そこを借りて持ち帰った干物を焼く為にシャルル達従魔とプチバーベキュー。とはいえ俺は日本人だ。魚焼きなら七輪!という雰囲気が欲しい。

 庭師の倉庫に行き素焼きの鉢を重ねて使えるよう大きさ違いで2つ貰って来た。丁度いいことにフラワースタンドもあった。少し鉢が大きめになってしまうが、ガーデンテーブル脇に置いてそのままチェアに座りながら焼けるのはラクでいい。

 重ねた鉢の中に炭を入れて上に金網を乗せれば即席七輪の出来上がりだ。少し大きすぎるかと思ったが、大き目の干物を2匹並べても余裕だ。シャルル用に1枚と、俺とブルー・ヒスイように1枚を焼くことにした。



 さて、なぜ裏庭なのかと言えば、俺が帰ったのが日暮れまであと少し。と言った時間帯。厨房は夕食の準備で今まさに戦場だろうと思われるのだ。そんな場所に公爵自ら邪魔に行くなどできようはずもなかったからだ。


 というわけでとりあえず、網の上に乗った干物に集中だ。皮目がパリッと焼け、ひっくり返せば、シャルルはじりじりと近づいてくる。


「まだだぞ。裏もこんがり焼けるまであともう少しだ。」

 脂がジュワリと音を立てれば、猫もじゅるりと涎の音を立てる。

「いい匂いっぴよ。」

「確かに香ばしい香りだな。」

 干物が焼ける匂いはブルーやヒスイも気になるようだ。


「さてと。。。そろそろかな?」

 と焦げ目を確認しようとした時だった。

「・・・これは。。。何をしているのだ?」

「・・・っ!!!」

 ここにいるはずのない人物の声で慌てて振り返れば、何故か父スティーブンが立っていた。

 というかこっちが聞きたい。

「・・・父上こそ。。何をしておいでで?」

 一応聞いてみたものの、思っていた通り返事はなく、父の目は俺の手元に向いていた。


「パパさん。横入りはダメにゃ。初めの一匹は僕がもらう約束にゃ。」

 シャルルは干物の前に立ちはだかり、父に一言物申している。

「はっはっはっはっは。これは君の魚だったか。いやこれは失礼したな。心配しなくても横取りはしないよ。」

「分かればいいにゃ。順番を待つなら、焼いてあげてもいいにゃ。まぁ焼くのは主様だけどにゃ。」

 と何故かドヤ顔なシャルル。つーか、主に魚を焼かせているんだが?しかも追加もする始末。”主様”って言っているけれど、全く敬う気配が無いのが、シャルルの可愛いところかもしれんな。



 何はともあれ、無事に試食会になった。

 シャルルには、一番時間がかかる肉厚なホッケ系の干物を焼いていたので、追加にはアジに近い干物を用意して。途中から一緒に網に乗せたが、焼き上がりは同じくらいに終わることになった。


 俺と父、シャルルにブルーにヒスイ。というメンバーで干物のプチ試食会となった。

 マーガレットは未だに母の買い物に付き合わされているのだろう。


「・・・っは。ハフハフ。。。ん。美味いな。。。フハぁ。」

 焼きたて熱々の干物に若干苦戦気味の父。王族では無いとはいえ、筆頭貴族の公爵家。もちろん信頼できる使用人たちしかいないにも関わらず、毒味というのは必須。王たちのように冷え切った料理ではないが、熱々の料理が出てくることはない。そのため慣れない熱さに四苦八苦している模様。でも味わうのも忘れてはいない。


「パパさん。その骨、要らないなら、僕にほしいにゃぁ。」

 シャルルがそう言うと、父スティーブンは首を傾げて意味が分からない様子。

「父上。その骨の部分についた薄皮のようになっている場所が、一番旨味が凝縮されて美味しいのですよ。こうして。。。こうやると剝がせるでしょう?取りにくいようであれば、庶民ならこうやって齧りつくものですよ。」

 胸ポケットに忍ばせておいた“箸”を取り出し、自分の干物の骨部分を器用に剥がしてみせた。だが。。。美味いものを美味く食べるためにマナーなど気にしなくたっていい。しかも家族の前ならなおさらだ。と”貴族”を捨てて行儀が悪いだろうが骨に齧りついて身を歯でこそぎ取ってみせた。


 その俺の姿に父は目を見開いて驚き、言葉を失っている。

「僕もやってみるっぴ。」

 とブルーも真似てくちばしでペローっと薄皮になった表面を美味く引き剥がして、ヒスイと半分こ。

「うわっ!!ここ。一番おいしーっぴよー。」

「ふむ。噛めば噛むほど旨味が広がるな。表面の焼き目の香ばしさがまた美味い。」

 ヒスイのコメントは中々のものだ。


 俺たちの綻ぶ表情を見て、父は般若のような顔。まるで今から死地に向かう兵士のように顔を強張らせつつ、目の前の干物の骨から目を離せないでいる。


「人払いもしておりますし、誰も見てはおりませんよ。」

 俺の一言は悪魔のささやきだったようで、父は息を深く吸い込むと覚悟を決めたように骨に手を伸ばして。。。


「・・・・ん。。。うまいっ!!」

「でしょう?」

 そうは言ったものの、違和感が半端ない。アルベルトの記憶の中であっても、手づかみで何かを食べているのを見たことがないのだ。クッキーやキャンディー、チョコレートやマカロンなどのスイーツも普段食べないからな。。なんならブドウもフォークとナイフで食べるのだ。


 だが本当に嬉しそうに味わい喜びに顔を綻ばせる姿は見ていて気持ちいいものだ。たまには貴族という窮屈な立場など忘れればいいのだ。


「だがしかし。これを陛下には。。。流石に献上できんだろうな。食べ方が難しい。」

 フィンガーボウルで指を洗いながら父が言う。

「これは調味料を作る際に余った魚で自分たち用に作ってみただけですから。陛下には予定通りの調味料の方を献上する予定です。ま、成功すればの話ですがね。」

「味はいいのだがな。」

「庶民料理ですからね。流石に手づかみで召し上がってもらう訳にはいきませんよ。」

 少し名残惜しそうな父の様子を見れば、国王陛下も喜ぶかもしれない。。。だがしかし。と言ったところ。調味料出来上がりが待てない!話が違う!などと言ってバツでも与えられそうになった時の為の保険に使うつもりなのだ。


「お前の言う”庶民”とはどのレベルなのだろうか。」

 ふと父の一言に今度は俺が首を傾げる番だった。

「何が。ですか?」

「ふむ。先日の”からあげ”というものも美味かった。ああやって大きく口を開けなければならない物は、貴族家の食卓ではマナー違反になるだろうが、そもそもあれだけの油を使用することは庶民には無理だろう。”クレープ”というのもだ。手に持って”食べ歩き”という部分は庶民っぽくあるが、クリームやらをあれだけふんだんに使う事は庶民には無理だ。」

 そこまで言われてようやくハッと気づいた。


 確かに父の言う通りだ。機械化されていないこの世界。搾油機はあれど、あくまで少量しか取らない。理由は明らか。油にするよりは食用に回す。それが鉄則だ。

 貴族たちは魔石により灯り・コンロ・風呂やトイレなどの上下水道など、現代日本に近い生活水準だが、それはあくまで金がいる。

 庶民は江戸時代辺りの生活水準で、灯りには油や蝋燭を使うし、各家庭に風呂など無いし、トイレも汲み上げだ。王都には共用の井戸とトイレがあり、そこだけは上下水道が整えられている。共用トイレには各家庭からの排泄物もそこに持ち込めば、町はずれにある浄化槽に流れる仕組みだ。


 だから油を食用に使うのは最低限。食用油は贅沢品なのだ。牛乳にいたっては飲料としては馴染があまりないようで、バターやクリームとして使うのは王侯貴族や、高級飲食店になる。ケーキなどももちろん贅沢品である。

 父の指摘はもっともだ。


「すみません。そのレシピを開発した地方では。というものです。」

「それほど豊かな国を聞いたことがないがな。」

「極東の小さな島国らしいです。」

「ほう。。島国か。。極東にはそのような地域があるのだな。」

 苦しい言い訳を納得してくれたようで、ほっと胸を撫で下ろす。極東は極東でも異世界だとは言い難い。


 何はともあれ、試食会は無事に終了し、シャルル・ブルー・ヒスイと飛び入り参加の父スティーブンも満足してくれた。


 夕食の席では、母が少しずつ話せるようになってきたマーガレットとの一日がどれほど楽しかったかをずっと話続けていた。



「母は無茶を言ってこなかったか?」

 部屋に戻りマーガレットと就寝前の茶をする。

「はい。。。。いえ。。。あの。。」

 にこりとしたかと思ったが急に顔が曇る。

「どうした?何かあったのか?」

「はい。お義母さまのご厚意が。。。」

「趣味に合わなかったか?」

「いえ。とても素晴らしいものばかりだったです。」

 そう言って顔を伏せた。


「気に入ったのであれば良かったではないか。」

「いえ。。その。。わたくしには。。あまりにも身分不相応な高価な物ばかり。。それなのにあれもこれもととても使い切れない量を。。。お断りしたのですが。。。とんでもない散財を。。。申し訳ございませんっっ。」

 ガタンと椅子から立ち上がり、床に座り込んで頭を下げた。日本で言う土下座までは無いが、この世界では地べたに座って頭を下げる行為は土下座と同じだ。


 俺は彼女と目線を合わせる為に同じように屈みこみ、彼女の肩に手を添える。

「前に言ったであろう?妻が着飾る為に散財したくらいではオルティース公爵家は揺るがない。それに母はそれほどに君を気に入ったのだ。喜ぶことであれど、気にすることではない。まぁ、気に入らぬ物があれば使わなければいいだけの話であるし、趣味が合わないのであれば、また仕立て直せばいい。」

「・・・でも。。多すぎます。」

「君は少なすぎるんだ。遠慮も時には必要だが、君はもっと公爵家の妻として堂々とすることも覚えればいい。気に病むならば、こう思ったらどうだ?ドレスや宝石を作るにも働く者たちがいる。私たちが買わねばその者たちは飢えるのだ。金は天下の回り物という言葉がある。使ってこそなのだ。贅沢ばかりが良いとは言わないが、使わなさすぎも経済が回らずに困るものなのだ。」

 そう言うと聡いマーガレットは少し考え込み小さく頷いた。


「そうだ。ならば明日はこの町の教会に行こうか。今の髪色であれば魔女の疑いは持たれないし、教会は町の図書館のような意味合いも持つ。それに併設された孤児院に寄付をすればいい。偽善だと思うかもしれないが、孤児院は常に厳しい経営状態だから、寄付は喜んでもらえる。」

「・・・お菓子。焼いてもいいですか?」

「あぁ。もちろん。」

「本も。。読んでもいいですか?」

「当たり前だろう。」

 少しずつマーガレットの表情が和らいでくれる。今はこれくらいでいいだろう。公爵家の妻としての自覚は徐々に慣れてくれればいい。



 そうして今日も寝静まった真夜中に仕事をしようと起きる。

「今夜は満月だったな。」

 窓から差し込む月明かりの明るさに、ふと窓から月を見上げた。

 するとふと影がよぎった。


「・・・・っ!!!」

 枕元まで飛び退き、剣を取る。柄に手をかけたまま臨戦態勢。息を殺して周囲の気配に集中していると。。。


(主殿。警戒の必要はない。)

 ヒスイの思念が入った。

(どういうことだ?)

 集中力を保ったまま聞き返す。


「そう殺気立つでない。聖騎士よ。」

 まるでスローモーションのように窓が音もなく開き、声と共に姿を現したのは。。。


「あの時の。。。」

 そう、ダンガロ男爵領でダンディル君が乗っていた魔獣がそこにいた。


 そして俺の足元には、シャルル・ブルー・ヒスイが控えていた。

「そなたに頼みがあり参ったのだ。少し話せぬか?」

 威圧つきの重低音ボイスだが、不思議なことにそこに忌避感は抱かない。俺の足元にいる従魔たちをみれば、みんなが頷いた。俺が断ること必要も警戒もいらないようだ。


「分かった。妻を起こすわけにはいかぬ。どこに行く?」

「我の背に。とりあえず、結界を張る。」

 その言葉に従い窓枠に立てば、その異様さに気付いた。魔獣は宙に浮いていたのだ。

 驚きつつも、当たり前のようにヒスイたちがその背に乗ったので俺もそれに従う。


 俺たちが乗ると僅かな光の膜が身体を覆った。これが結界なのだろう。そして魔獣が音もなく空をひと蹴りすると屋敷の屋根だった。


 相当見晴らしが良すぎる気もするが、それほど恐怖はない。日本人の頃ならガタガタ震えていたかもしれないが。。。


「急に押しかけすまない。我はダンディルの友、フェンリルのフェルである。」

 やはりあの時の魔獣で間違いなかったが。。。まさかのフェンリルだったか。。やっぱりとも思う反面、伝説級の魔獣の存在に驚きも半端ない。


「・・・それで、フェンリル様が何用で?」

 ダンディル君の身に何かあったのかもしれないと心配が募ってくる。

「ふむ。ダンディルは無事である。だが、あの土地の穢れが手に負えなくなってきた。このまま広がればダンディルも無事ではいられなくなるやもしれぬ。お主はダンディルの味方であると聞いた。聖騎士でもある。ならば穢れの浄化もできるやもと参った次第だ。」

 フェンリルの口ぶりから何か深刻な状況があるのだと理解した。


「フェンリル様。私が”聖騎士”であるという自覚は無いのです。ですからご期待に添えないかもしれませんが、何かできることがあるのであれば尽力は致します。」

 ダンガロ男爵家を守ると約束してきたところだ。しかも自然災害的な問題のようだし。。できることは何とかしなくてはいけないだろう。できることは少ないかもしれないがな。


「聖騎士よ。我の事はフェルと呼ぶがいい。ダンディルもそう呼んでおる。」

「ですが。伝説のフェンリル様。。」

「よいのだ。そなたとて聖騎士。能力に目覚めれば我よりも格上になるやも知れぬでな。」

「では、フェル殿も私の事はアルベルトと呼び捨てに。」

 とりあえずの自己紹介はこれでいいだろう。



 そして満月の明るい月明かりに照らされた見晴らしの良すぎる屋根の上で、伝説の魔獣フェンリルから話を聞いた。


------

 数年前に遡る。ある日何の変哲もないただの森だったあの場所に、突如、不浄な力が現れたのだという。

 フェンリルは気ままに過ごす性質。世界のどこでも気の向くままに好きに過ごしていたのだが、たまたま近くにいた。

 永い時を生きてきたフェンリルでさえ初めて感じる異質な力に、様子を見に行くことにした。


 そして見つけたのは一人の小さな男の子。人間の姿をしてはいるが、明らかに人間ではない。精霊でもなく亜人でもない。見た目は幼い姿であるが、存在感は自分と同じく永き時を歩む者に近い。とにかくその存在も初めて感じる異質さがあった。

 

「グルウルルルル。お前は誰だ?」

 威圧と警戒を最大限にその子供に問うた。

「・・・君は誰?ここはどこなの?」

 今にも泣きだしそうな幼い男児。だが見た目と違い異質で圧倒的な力が溢れている。何が起こるか分からない。


「・・・・何者だ?」

「僕だって聞いてるじゃないか。ここはどこなの?」

 平行線の問いに埒が明かない。


「お前の力は強大であり異質。状況によっては噛み殺す。」

「えっと。。あっと。。。慌て過ぎてて。。。ごめん。。。これでいいかな?敵対する気はないんだ。」

 男児はあたふたと自分の身体をキョロキョロと見てから、キュッと目を瞑ると溢れ出ていた異質な力はその身に隠れた。


「力を隠したとしても、お前が危険であることは既に承知しておる。警戒を解く気はない。」

「えっとさ。。僕は”神”だから。むやみに襲わないって。。それに変な力だって言うのはたぶんそれなんだ。。」

 そう言う男児はやっぱりあたふたと落ち着きがないが、嘘は言っていないようだ。


「我とて伝説の魔獣である。神のような神聖力が分からぬ無能ではない。お前の力は初めて感じるが、神のような神聖力ではないっ!」

 言い切ったフェンリルにやっぱり男児はあたふた。

「だって。。僕だって。。神だけど。。”禍神”だから。。ちょっとほかの神とは違ってて。。。」

 あたふたと身振り手振りで説明してきた男児。


 ”禍神”。。。その言葉にフェンリルの警戒が解かれることは無かった。-----



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