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52.試作の試食


 さて、あれから3日が経った。

 初日のように無理をしてはいけないと思い、まずは観光地観光地してる場所ではなく、町に慣れるところからだろうと、従魔たちも一緒に町を散策しつつ、公園を見つけては休憩をする。というのんびりな毎日を送っている。この世界に来てからこれほどゆったりとした時間を過ごしたのは初めてだが、とてもいい時間だ。


 と言うのは昼間の話。

 実際はマーガレットが熟睡している真夜中に、溜まっている執務をこなしている。

 国王が許しもぎ取られた休暇とはいえ、急な事であったし、軍でも重要なポジションでもある統合司令官。流石に病気でもないのに仕事がゼロになるはずもない。優秀な部下たちに全てを任せっぱなしにできない問題も起きるのだ。


 今日もマーガレットが眠るのを待っていたのだが。。

「・・・ぅん??だんな。。さま?」

 と袖を掴まれてしまった。

「どうした。マーガレット?私はここにいるぞ。」

「・・・ぅん。。」

 ちょっと甘い声を出されてドキッとしつつも、今のが彼女の寝言であったのだと安心もする。


(主よ。ねね殿が目覚めたら適当に誤魔化しておくゆえ、行って来るがよい。)

 そう思念を送ってくれたのは、天井にハンモック状の寝床を作っているヒスイだ。

(いいのか?)

(ふむ。我は夜行性であるからな。皆に合わせて静かにしてはおるが、眠ってはおらぬ。)

(・・・そうだったのか。)

(ねね殿が心配せぬよう、夜半の仕事は伏せておるのであろう?)

(知っていたのか。)

(その程度は承知だ。だが朝の目覚めにそなたがおらぬのをねね殿はさみしく思っておるようだ。たまには共に起きてやれ。)

(そうだったのか。分かった。今日は最低限をこなしたら戻って来よう。)

(ふむ。そうするがよい。)

(感謝する。)


 俺の従魔、というよりもヒスイは俺の指南役だな。いつも冷静だしアドバイスが的確だし。そして皆をよく見ている。正直なところ物凄く助かる。感謝しきりだ。



 そしてヒスイとの約束通り今日は3時間ほどでキリがついたのだが。。。

 そこで子飼いの諜報員が来た。

「分かったか?」

「はっ。」

 すぐ右隣に片膝をついた黒ずくめの男は気配すら察知するのは難しい。


-----

 彼はアルベルトが10歳の頃からの付き合いだ。元々は父の暗部員であったのだが、かなり無茶な任務により全身に深刻な傷を負ったことがあった。傷自体は治り後遺症も負ったケガからすれば軽いのかもしれないのだが、当時軍部トップであった父から与えられる任務は僅かなミスも許されないものばかり。

 軽くとも後遺症が残る彼は任を解かれた。


 公爵家の使用人ではあるが、裏の任務だけを請け負う彼には、”円満退職”などという言葉はない。

 一線を退く彼に与えられた選択肢は、公爵家で人目に付かない場所での使用人として生涯を過ごすか、その生涯を終えるか。という2択でしかなかった。


 この世界の暗部員のほとんどは任務が出来なくなった時点で口封じのため処刑されるのが常。

 であるからして、公爵家の使用人としてでも残るというのは破格ではあった。


「父上。その選択肢は納得できません。」

 10歳のアルベルトがどうしてその場に居合わせることができたのかは、謎だった。

 暗部員との接触は屋敷の者ですら気付かない。というか気付かれないようにするのも能力のうちだ。

 アルベルトの父スティーブンとその暗部員が、アルベルトの登場に固まったのは言うまでもない。


「お前がなぜここにいるかは跡継ぎであることに免じて今回に限り目をつむってやる。だが何が気に入らない?」

 その声は冷たく重く威圧的でとても我が子に対するものではなかった。

「この公爵家に仕える臣下の中で常に命を懸けの任務ばかりをしているのは彼らでしょう。であるのにも関わらず、任を解かれるにあたっても”命”が選択肢に入っていることが気に入りません。また、暗部の仕事を解かれるのです。表の仕事をしても良いのではありませんか?そして最後にもう一つ。適材適所。彼の情報を手に入れる技術は随一でしょう?ですから、最前線に立つことは難しくとも後進を育てるという選択肢もあっても良いのではありませんか?しかしながら、私が一番納得がいかないのは、こちらが用意した選択肢の中からしか選べないということです。アギトが選ぶという選択肢を入れていただきたい。」

 アルベルトは強い眼差しで強い口調で、父の威圧に負けることなく言い切った。


『・・・っ!!!』

 だが、その言葉に二人は目を見開いた。

「・・・どうして。。名を?」

 父スティーブンが短くそう言う。

「次期当主となるのであれば、情報戦も力とせねばならないでしょう?暗部員の本名くらい、把握できず何が後継者ですか。」

 当たり前のことであると言いたげにフンっとそっぽを向いたアルベルト。

 

 しかし、彼らは諜報員となったその日から本名を捨てるのだ。それは身バレを防ぐためでもあり、そして表の世界から去ることに執着を捨てるという意味もあった。

 

 だがこの件でスティーブンは息子アルベルトの聡明さを再認識し、暗部員アギトをアルベルトの初めての暗部員としたのであった。-----



 子飼いの暗部員アギトに探らせていたのは、旅の途中で世話になったエリカのこと。

 もちろん、軍本部にも彼女が隣国の姫、エカチェリーナであると報告は上げてある。

 だが、彼女の安全が保障されていない今、国が掴み切れない情報があった場合に備えることは必要だろう。


「エリカ様を追って我が国の国境を超えた兵士は5名。そのうち4名の死亡は確認できました。川下で遺体で発見されたとのことです。姫が落ちたという崖下の川ではなく、その支流でした。身体には明らかな刺し傷があり、単に川に転落した溺死では無かったようです。」

「確かか?」

「はい。4名もの遺体ですから、見つけた村人では対処しきれず、数人で処理にあたったようです。服装から隣国の者とも分かり、武器も所持していたことから、遺体を放置すれば彼らを殺した奴らに見つかり、村に危険が及ぶ可能性もあると心配し、知らぬ存ぜぬを通すため憲兵への報告もせず、遺体は崖にある深い縦穴の洞穴に放り捨てたとのことでした。言われた洞穴は深さ数十メートルあり、底には4体の白骨を確認しました。服や所持していた武器から村人の証言とも合致いたしました。」

 いつもながら抜かりない。


「して、残りの1名は?」

「残念ながら、それらしい者を見かけたり、近しい特徴の旅人も記憶にないようです。近隣の宿の名簿も確認しましたが、見つけることができませんでした。もう少しお時間を頂ければ、もう一段階調査の段階を上げますが。。」

「うーむ。どうしたものか。」

 思わず腕を組んで考え込んでしまう。こういう時アルベルトならどうしていたのだろう。


 面倒ごととして切り捨てていたのだろうか。それとも隣国の弱みとして彼女を人質にしたのだろうか。。


 それでも彼女が被害者であると思うし、今なお追手から隠れる生活を送っている。ただの後継者争いによって消されかけただけだ。


「年数からして、これ以上の情報は出てこないかもしれんな。隣国に向かわせた暗部員の追加の報告を待とう。」

「了解しました。では、ここからはエリカ様の護衛の任でよろしいですか?」

「そうだな。十年近く経っているとはいえ、兵士の死亡原因も分からぬし、残り1名の所在も分からぬ今、姫の警護が最優先だろうな。もしも最後の一人が未だ任務を遂行している可能性も否定しきれぬからな。」

 まずは保護を優先させておけばいい。国としての見解もあるだろうし、先走りもできない。

 アギトに秘密裏に護衛をさせておけば安心だろう。



「・・・ぅん。。」

 寝所に戻れば、潜り込んだ僅かな振動でマーガレットが寝返りを打ち口から僅かな息が漏れる。

 起きるにはまだ早い時間。暫くそっとしておけばまた夢の中に行くだろうと思っていたのだが。。


 彼女の瞼が微かに震え、目が開きそうになり、俺は逆に目をキュッと瞑って寝たふりだ。

「・・・ぁ。」

 小さく声を上げた彼女が「ぅふっ。」笑ったように思う。次の瞬間。

(・・・・っ!)

 寝たふりを決め込んでいた俺の唇に僅かに触れるものがあった。一瞬でほんのわずかではあったが、温かく柔らかくそしてふわっと吐息がある。彼女の唇に違いない。

「お疲れでしょう。もう少しおやすみなさいませ。」

 とても小さいがそんな声がした。


 そして、「いつもお寝坊してくださればいいのに。」と呟くと俺の髪にそっと触れる感触があった。

 頭を撫でられているのか。。これはこれで嬉しいものだ。

「もう少しだけ。」

 そんなことを言いつつ、マーガレットが胸元に顔を寄せて。。暫くするとまた寝息を立てていた。

 胸に感じる温かさに、狸寝入りを決め込んでいた俺も夢現に眠ってしまった。




 そしていつもより遅くセバスがお越しに来るまで眠ってしまったが、

「ゆっくりなさるのもよろしいことですよ。」

 と温かい?いや、生暖かい視線を送られたのは気にしないでおくべきだろうな。



 そうして今日は母の希望でマーガレットは終日屋敷で過ごすことになった。

 母が言うには、仕立て屋やら宝石商やらを呼んでいるらしいし、彼女の刺繍などにも興味があるようだ。

「嫁に構い過ぎては嫌われますよ。」

 と世間一般論を伝えておく。もちろんセバスや侍女たちにも、彼女の休息の時間を多めに取らせるように伝えたし、マーガレット本人には無理して付き合わずともいいとも言っておいた。逃げるなら図書室がおススメであることも。母はそこまで読書家ではないからな。


 少し時間に余裕ができた俺は、先日仕込んだ甕の様子を見に行くことにした。

 せっかくなら豆類の仕入れも今日の内に頼めたら幸いだ。



 カランコロン。

 今日も小気味いい軽やかなドアベルに迎えられ、食堂「海風」にやってきた。


「どうなったら出来上がりか、迷ってねぇ。」

 困り顔のパメラの前に並ぶのは、干物類だ。

「ふむ。。乾燥具合も良いし。。。匂いも。。。。まずまずだな。。。。煮干しは。。これもいけそうだな。」

 と出来上がりを確認して、せっかくなので試食会をすることにした。

 

「ベル殿。我らも良いのか?」

 護衛騎士を走らせダメもとで呼んだ漁港長とギルマスは普通にやって来た。。。えっと暇なのか?それとも無理して来てくれたのか。どちらにせよ来てくれたのは有り難い。


「せっかく仕込みを手伝っていただいたのですから、仕上がりも。。と言っても食べるだけですが、ご一緒に。」

 いつもの公爵のように横柄にならないように気遣いながら二人に言えば、二人の顔はパッと明るくなった。これは好意的に来てくれたものと判断していいのだろう。



 厨房に立ち、干物を焼きつつ、煮干しを煮出す。

「ハフハフ。。うん。美味い。。。こっちはフーフー。うん初めてにしては出汁が取れてる。」

 焼けた干物に箸を入れれば、ふわっと身がほぐれて口の中に香りと味が広がる。そして煮出しただけの煮干しも少し味が薄いが、量などを調整すれば十分に使えそうな出汁が出ていた。


「おう、にいちゃん。こっちにも。」

 ゴードンは俺の試食を見て待ちきれずに大きな身振りで催促してくる。

「ちょっと。。仕上げするのであと少し待ってくれ。」

 俺は片手を上げてゴードンに待て。をする。それを指を咥えて待ちそうなゴードンの姿はまるで大型犬だ。


 屋敷から持ってきた鶏がらスープ(前回、屋敷で取っておいた鳥ガラを煮出しておいた)、生姜、ネギ、ニンニク。これは日本からしたらもどきなのだが、味はほぼ一緒だからいいものとしよう。

 それらを入れて味を調えてれば、煮干しスープの完成だ。


「これは見ての通りの干物だが、こちらは”煮干”を使ったスープだ。好みで薬味を足してくれ。」

 そう言ってみじん切りにした生姜・ネギ・ニンニクも並べた。



「ふはーーーー。これは美味いな。」

「ホント、寒い日にはこのスープは喜ばれるわよ。」

「なんで、あの魚がここまで美味くなるのだろうか。」

「保存が効くのも魅力的だな。」

 ゴードンは単純に味わいつくし、パメラは食堂のお客を思い浮かべ。

 漁港長は魚の新たな一面を見つけ、ギルマスは。。商売でも考えそうだな。


「干物には、やはり白飯が合うのだが、ここには無いのでな。。もしも見つけたならば、また馳走しよう。」

 俺の言葉にゴードン夫妻が食いつくのは当たり前だったのだが。。

「このレシピはどうする?パメラに教えていたが、ここまで来ると商業ギルド案件にあたる可能性があるぞ。それだけこれは斬新だ。」

 煮干しと鳥ガラのスープと言うのはこちらの世界では無かったようだ。

「うーむ。。俺としては著作権は要りませんがね。。まぁ金はあるので。しかしですね。一応これは披露せねばならんお方がおりまして。。。一度その方に許可を取ってはみます。まぁごり押しするんで、この食堂の使用料として作り方はお譲りするつもりです。」

 という説明にギルマスと漁港長は青ざめつつ俺にアイコンタクト。彼らが思い浮かべた人が俺の雇い主かの確認だろう。俺もゆっくりと頷いて肯定すれば、漁港長は天を仰ぎギルマスは大きなため息を吐いていた。

 だが、ゴードン夫妻は期待に目をキラキラ。

「そうだったんだねぇ。雇い主様がいるなら、残念だけれど、もしもこれがうちでも出していいと言ってもらえたらねぇ。」

「あぁ。漁師のみんなが喜ぶだろうなぁ。」

 と二人は諦め半分期待半分と言った感じ。。いや諦めが6割ってところのようだ。


 だが、もちろん試作は必要なので、もう少し色々な魚で干物や煮干しを作ってくれることになった。

 

「で、さっき兄ちゃんが言ってた”しろめし”だが。。」

「あぁ。穀物の一種でな、ある地方で”米”と呼ばれている。これくらいの小さい粒で、脱穀して蒸しあげるとなんともほのかな甘みと食いごたえもあって腹持ちもいい。パンや麺に負けない主食になるんだ。」

 つい熱く語ってしまった。干物には米が一番だからな。


 稲のイラストを描き、脱穀の事も話してみると。。

「あぁ。時たま東の貿易船が持ってきてた家畜の飼料に似てるな。」

「・・・っ!!!本当かっ!!」

「あぁ。だが、船で持って来たりで運搬費がかさむからな。割高で、この辺りじゃ売れなかったから、最近は見かけないなぁ。」

 とゴードン。


 だがそれで引き下がる俺ではない。

 米があるなら入手は必須だからな。何としてでも欲しい。

「多少値が張っても買い付けたい。話は付けられそうか?」

「まぁな。丁度あと10日もすれば入港予定だから、聞いてみようか。」

「よろしく頼む。金は後で持ってこさせる。」

 と交渉を頼んでおく。


 そして、意外や意外に、ゴードンの顔の広さと魚介類や穀物の知識は深く、味噌にできそうな麦や豆類の発注もできたころ、ギルドに海藻類が入ったとの知らせ。


 試食会も終わっていたので、俺たちは漁師ギルドに向かった。


 そこには色とりどりの海藻類。


「これは海ぶどうだ。。。ワカメ、に似てるな。。。これは。。。」

 生で齧ったり湯でしゃぶしゃぶしたり煮出してみたり。

 流石はギルドへの依頼だった。食用にできそうな海藻類採取と依頼しただけだが、中々に豊富な種類が集まり、こちらも実験段階に入れそう。。。と思っていると。。

「海藻まで手を出してるのか?」

 とドアの隙間からゴードンが覗いていた。


 こうなりゃ、ゴードンに一任するのもありかもしれない。

「あぁ。こっちも美味くなる可能性が高いぞぉ。」

 ニヤリと黒い笑みを浮かべれば、ゴードンの目がきらりと光った。

「そっちも手伝えば、また小遣いになるんだろう?」

 と俺に負けず劣らずの黒い笑み。

 それをもうどうにでもすればいい。という諦めの表情になってる漁港長とギルマスの二人。


 海藻を持ってまた来た道を引き返し、食堂「海風」に戻れば、おばちゃんパメラも歓迎してくれて。。。

 今度は海藻の試作もやってみた。


「出来上がりが楽しみだな。」

 輝く太陽の光に照らされて、店の前には大量の魚や海藻が干されている。海風に乗る潮の香りがいつもより強いのは試作品たちの香りだろう。


「シャルルは喜ぶだろうが。。。マーガレットは喜んでくれるだろうか。」

 試作品の干物を吊り下げて、カッポカッポと馬で岐路に着く俺なのであった。

 

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