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5.黒闇の公爵とは


 屋敷に戻れば、公爵はすでに欲求不満に陥っていた。

 ただの味見のつもりが。。。彼女の身体を思い出す。

 数時間前に抱いた身体が忘れられないのだ。


 独身で爵位もない貴族令息の立場であれば、遊郭での遊びも良いのだろうが、公爵の地位を得た今では、そう頻繁にも通えないのが実情。妻もいないのに愛人ばかり置くわけにもいかない。

 そんな中に極上の身体と条件を兼ね備えた令嬢を見つけたのだ。。溢れ出した欲望が動き出した。。


 翌日には我慢ができずに、一度目の約束の金を持って訪問すれば、伯爵はその金払いの良さに興奮して、喜び勇んで娘を差し出す。


「・・・昨日だけじゃ。。。」

 恐怖に怯えたマーガレットの姿が興奮を煽ってくる。

「一度や二度でわかるものでもあるまい。」

「やめては。。もらえないのですね。」

 涙を流して震える彼女を見れば見る程、嗜虐的に興奮していく。

「無論だ。」

 それだけの会話を済ませ、昨日よりもさらに乱暴にそして堪能した。

 

 それはその翌日も。。その翌日も。。。

 気づけば借金分の肩代わりを終える10日を終えていた。

 その頃には生気を失い、マーガレットの声は閨で漏れる息とも声ともわからぬ音以外は、聞かぬようになっていた。


「では娘はもらっていく。このことは他言せぬように。」

 最終日には公爵家の馬車で堂々と乗り付け、人形のように感情を失わせたマーガレットを乗せて帰った。


 彼女には侍女もつかず荷物もなく使用人と間違われそうなほど簡素なワンピースを着て、身一つで送り出された。

 豪奢な貴族の結婚とはかけ離れた嫁入りだった。。



 書類上の手続きを済ませると、王への報告に上がる。

「婚姻したそうだが、どうなっている。」

 王は公爵家ともあろうものがと、書面だけで済ませた婚姻に不満を漏らした。

「妻が病弱なのはご報告申し上げた通りです。ともすれば日常生活もままならぬ日もありますゆえ、ご勘弁を。愛しい妻が寝込む姿はこの上なく辛いのです。」

 と悲しみを湛えるように顔を伏せれば、公爵の迫真の演技が功を奏したのか、王も納得するほかなかった。


 表向きの馴れ初めも用意した。

 出会いは伯爵家の前を通った時に見かけた彼女に一目惚れをし、10日に渡り通いつめ愛の言葉を囁き、公爵家に入るのは病弱な娘にはとても務まらないという娘思いの伯爵を説得し。。彼女を生涯に渡り守っていくと宣言をして。。。そうして彼女を娶ったのだと。。そういうことにした。


 世間一般の”公爵アルベルト”の評判といえば、冷徹非情。部下の命を捨てるような作戦も厭わず、敵は情け容赦なく嬲り殺し、捕虜を捕えれば、必要な情報を引き出すために、この世のものとは思えない拷問をする。”黒闇の公爵”だと呼ばれていたのだが。。


 嘘の馴れ初めではあったのだが、それを信じた市井の者たちは、コロッと手のひらを返したように、”愛妻家”やら”シンデレラストーリー”やらを作り上げていたようだ。


 まぁ。公爵にとってはどうでもいい話。というよりも、裏では”黒闇の公爵”の二つ名に箔をつけたようなものだ。内情はマーガレットは性処理の道具と言っても過言ではない生活を送っているのだから。



 公爵家へと嫁いだマーガレットの日常には制限をかけた。

 だがそこは腐っても”公爵家”。

 専属の侍女も付け、私室は本来の妻が使う部屋をあてがった。ドレスも多く用意してある。食事も自分と同じものを出させており、虐待による栄養失調だった頃が嘘のように、本来の髪艶も身体の丸みも肌のきめ細やかさも輝きだした。せっかく抱くのだ。肌も髪も身体も美しくせねば、楽しみが半減する。侍女たちには美しく磨き上げるように指示を出す。

 しかし屋敷から一歩たりとも出てはならないことは強く命じた。


 極力自室で生活をし、食事や風呂も部屋で済ませるように申し伝え、公爵がいつ訪れても良いように、待機をさせた。ただ、部屋での過ごし方については自由にさせた。それくらいは許容できる。雁字搦めに何も許可しないとなれば、発狂でもされかねない。そうなれば流石に性奴隷としての価値も皆無だ。

 書庫の利用も許可した。いちいち侍女に本を探させ持って行かせるのは面倒であろうから、使用をさせることにしたのだ。当然側仕えを離れさせることはなかったのだが。。


 公爵は気分次第で時間も場所も使用人の目も気にすることなくマーガレットに手を出した。

 自分の屋敷だ。どこで何をしようと勝手。まぁもちろんその時(・・・)は使用人を下げるが。

 公爵の要望は時に度を越え、人形のように感情を失いつつあるマーガレットでも、涙することも度々あったが、公爵の気に障ることとなれば、容赦なく頬をぶたれ、実家での虐待の恐怖が思い出され、我慢するほかなかったようだ。。


 マーガレットは恐怖に怯え、いつ癇癪を起すかわからない公爵の顔色を窺う日々。

 過度に怯えていると公爵の機嫌が悪くなる。心になくとも僅かばかり口角を上げて笑みを作る。

 性奴隷と言われてもいいほどの生活を送り、使用人たちからも気の毒そうな目を向けられた。

 公爵家の奥方にふさわしいドレスや毎日のように行われる身体の磨き上げも、普通に嫁いできた貴族令嬢なら歓喜することなのだろうが、それが公爵の性欲を満たすためだとわかっている状況では、マーガレットの感情を壊すことでしかなかった。

 彼女は毎日息をするのも苦痛で、死にたいと何度思ったことか。。だがそれをさせぬよう24時間風呂もトイレも監視がつく。。拷問のような毎日だった。。


 そんな生活が半年以上も続いていた中で、公爵が流行り病に倒れたのだった。-----




 公爵のマーガレットに対する記憶を見終わると、うっすら意識が浮上した。

 

 ・・・・信じられん奴だ。。


 とても同じ男とは思えない愚行に大きく息を吐いた。。

 だがそれは、これから先、自分の器となった男の蛮行。。

 マーガレットに一目惚れしたが、挽回などできぬほど、ひどい仕打ちを彼女にしていた。


 目覚めてから事あるごとに彼女が怯えているように見えたり、彼女の瞳に絶望の色を感じていたのは間違いではなかったのだ。。


 どうしたものか。。と今後の彼女の精神を保つ術を考える隙も無いほどに最低な男だ。。。

 ここまで壊れた彼女の精神を取り戻すことができるのか。。いや。実家でも虐待されていた。しかも彼女には何の落ち度もなく、ただ髪色が2色というのが原因で。。。生まれた時から”感情”を持つことすら許されなかったかもしれない。。

 精神科専攻でもない俺には医師としてその方面の知識が乏しく、無力感に襲われた。



 そして、記憶の中に出てきた”黒闇の公爵”と世間で言われている二つ名も気になる。。

 どんなことをすると接点のない市井の者たちから嫌われるのだろうか。。。



 田之上信二として公爵の記憶を覗こうとしても無理なのは理解した。

 ならば、公爵として仕事をすれば記憶が流れ込むか。。。


 そう思い、セバスチャンに仕事関係の書類を持ってこさせた。

「無理はなさいませぬように。」

 こんな最低な男にでもセバスチャンは変わらずに丁寧に対応してくれるのが、今はただ救いのように感じた。



 目覚めてから2日目の夕刻となっても、身体は思うように動かない。

 だが、マーガレットに対する最低最悪な事情を知り、身体を動かす気にもならない。

 合わせる顔もないので、絶対安静で部屋から出られぬことに正直胸を撫でおろした。

 明日のベルベルク医師の診察までは部屋に籠っていても違和感はないだろう。。



 部屋から出ることができない状態であるので、今日・明日は現状把握に努めることにした。

 セバスチャンが持ってきた資料を手に取る。


 本を読むことには慣れているつもりであったが、この身体はそれ以上だった。

 速読に自信があった前世だが、この公爵の身体は、ページを捲っただけで両面を認識できる。

 しかも速読にありがちな斜め読みではなく、瞬間に細部まで読破しているのだ。

 まるで”スキル”とかいうものを持っているかと思うほどであった。


 だが、公爵の記憶を読み取りたい俺にとっては都合がいい。


 山のように置かれた資料はどれも公爵がここ最近携わっていたものだけであったが、それでも執務机と応接机を埋め尽くす膨大な量。

 眠ることもせずにすべてに目を通し終わったのは、3日目の昼だった。


「旦那様。。まさか就寝もせずにお読みになったわけではございませんよね?」

 人払いをしていたため、ようやく昼になって呼び鈴を鳴らした俺に、セバスが開口一番指摘をしてきた。

 その通り過ぎて苦笑を返す。

 彼に隠し事はできないようだ。


「ついな。。昔からのクセだろう?許せ。」

「昼食を摂られましたら、少しお休みください。」

「あぁ。そうさせてもらう。」

 セバスとの何気ないやり取りだが、疲れた心には有り難かった。。。。

 身体の疲労も酷いのか、飛蚊症とは違う白い靄が目の前を動く。目が霞んでいるのかも知れないが、目薬があるわけでも無い。目頭を押さえて凌ぐだけだ。


 国王軍統合司令官アルベルト公爵の記憶を知った今の身体に、セバスチャンの優しさは有り難さを齎しながらも、公爵の傍若無人さが申し訳なくナイフで身を切られるほどの苦しみを俺に与えていく。。。



-----アルベルト司令官と言えば、軍部では”泣く子も黙る”といった感じだろうか。。。


 様々な資料に目を通せば、それまでの記憶が流れ込む。。

 その現象は俺の読み通りだった。。公爵の身体と接点をもつものがあると記憶が垣間見れるらしい。

 

 だが、その記憶を知らなかったほうが幸せだったかもしれない。とは記憶を読み取った後の俺の感想だ。。しかし、詳細が確認できたのはここ最近の部分だけ。。これより前は断片的だが、もっと口に出すのも憚られるようなことがあったのだろうと容易に想像ができるほどだった。



 アルベルトは公爵家嫡男として順風満帆に、いわゆるキラキラに育ってきたようだ。

 文武両道、見目も麗しい。家は王家にも連なる筆頭貴族。。誰からも羨望の眼差しが与えられてきた。

 だが、時としてチヤホヤしすぎると歪みを産むもの。

 彼もまた歪んだ性格を内に秘めていた。


 16歳になると武官を目指すものは士官学校へ入学するか軍へ所属する。

 オルティース家は代々軍部を任されてきた家系。アルベルトも必然的に士官学校へ入学した。


 しかし、当初より頭一つ抜きん出る実力を持っていたアルベルトは、同時に軍へも所属をした。

 しかもあろうことか文官である官吏試験も同時に受験・合格。


 士官学校・入隊試験・官吏試験。全てにおいてトップの成績を誇り、文句のつけようもなく、士官学校入学と軍への入隊を果たすこととなった。


 そしてその手腕はとどまることを知らず、とんとん拍子に出世をしていき、3年の学業期間を待たずして士官学校は1年を終えるころには飛び級で卒業。軍ではすでに3階級を駆け上がっていた。

 その辺りまでは、基本情報として難なく記憶を受け取った。



 本題であるセバスに用意させた資料は倒れる1年ほど前からの物が多かった。


「一ノ谷の作戦かよ。。」

「敵にとってはインパールだな。」

「逆ノルマンディーか。。この人数で良く海岸線を守り切ったものだ。」


 作戦内容をつい現代の史実になぞらえてしまう。

 

 敵味方に対して命を使い捨てにしても構わないとでもいう容赦のない作戦内容に辟易する。

 さらには”拷問”というものは現代日本ではありえないもの。


 流れ込む記憶には外科医としての俺でも目を覆いたくなるような残忍なものも多かった。

 事故や事件のひどい傷も数多く目の当たりにしてきたが、その外科医の俺でも吐き気を感じるほどの凄惨な記憶に、それをこの公爵が、自身で行ったり指示をしてきたのかと思うと、闇へと落とされていく感覚に囚われる。


 ”黒闇の公爵”。。。その二つ名は正しかった。。。-----



 

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