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49.甘いフランベ


 ポニーにマーガレットを乗せてモルディートの屋敷に帰れば、先触れを出していた通り大袈裟な出迎えは無く、部屋までスムーズに戻ることができた。。。ならば良かったのだが、上り坂で少々手間取り、時間が取られてしまった。

 これでは部屋に戻った時には、間に合わない。。


「マーガレット、本来ならば部屋に戻ってから見せてやりたかったのだが。。なにぶん時間が間に合いそうもないんだ。少し藪を通り抜けたいのだが、構わないだろうか?」

 そう言って、道から外れた藪を指さすと不思議そうに俺の顔を見つつも頷いてくれた。


「ありがとう。だが。。。この穴を通り抜けるためには膝をついて潜り抜けるのだ。大丈夫そうか?」

 やっぱり意味の分からない顔をしている彼女だが、

(狭い場所のお掃除は得意なんです。もっと狭くても入れますよ。)

 とメモが帰ってきた。


「掃除はしないんだがな。。。」

 実家での虐げられていただろう生活の様子を聞いてしまったが、彼女的には普通の事であったようで、既にポニーを降りる気で俺に向かって手を広げて待っていた。もちろんそんな暗い話を広げる気も無いので、彼女をそっと抱えて藪の前に降ろし、護衛達には目配せで付いてこないよう指示を出しておく。


「俺についておいで。」

(はい。)

 二人とも膝をついた状態で、藪に開いた獣道に入って行く。

 子供の頃のアルベルトの記憶では余裕であったが、もちろん大人になった俺にはかなり狭く、枝が引っかかりながら進むことになる。小柄なマーガレットは思いのほか楽に進んでいるようだ。


 2メートルほどの距離だが、四つん這いで進むには長く感じた。

 そこを抜け切り、出てくるマーガレットに手を添えて立ち上がらせれば。


 サぁっと吹き抜けた海風に髪を押さえて少し顔を俯かせた彼女だったが、

 顔を上げると、

「ふわぁぁぁぁー。」

 目の前に広がる景色に感嘆の声が出た。


「子供の時に見つけた私の秘密の場所だ。」

 ジャケットを脱ぎ、敷物代わりにしてマーガレットを座らせ、その後ろに俺は座り、馬車の時のように後ろからホールドしておく。


 遮るものはなく、目の前には真っ赤に染まり沈みゆく大きな太陽を中心に、オレンジにグラデーションを作る空と、穏やかな泡を創り出しながらとオレンジから藤色、青と色を変えて打ち寄せる波。

 何とかサンセットの時間に間に合ったようだ。


「本当はバルコニーから見るつもりだったんだが、少々時間を見誤った。だが、せっかく海に来たのだから、この美しい景色を見せたくてな。。。怖くないか?」

(大丈夫です。とっても綺麗です。)

 ダンガロ男爵領での崖崩落から何日も経っていない為に、怖がらせてしまったかとも思ったが、彼女は景色にうっとりと見入っており、一安心だ。


「子供とはいえ、一人になりたい時もあってな。そんな時にここに来ていた。撒いたと思っていた護衛達にもしばらく後にバレたんだが。。ここの崖から飛び降りても、下は海。しかも海流の関係で不思議だが波が緩衝となって衝撃を和らげるし、どうやっても岸に流れるようになっているんだ。だから危険は少ないと判断されて、護衛達はそっと見守っていたらしい。」

 幼いアルベルトの記憶を話す。


(不思議な海流があるのですね。。でも。。どうしてそれが安全だと判明したのですか?ここは旦那様が見つけるまで知られていない場所だったのですよね?)

 マーガレットのメモを見ながらつい笑ってしまった。


「ははっ。そこは父は私の父であるというしかないな。私ほど性格は悪くないだろうが、やはり軍人だ。部下を何人も突き落として安全性を実験したらしい。」

「・・・・えっ???」

 思わずマーガレットの声が出た。


「驚くとそんな声が出るのだな。すごく可愛らしい声だ。」

「・・・ぁっ。」

 耳元で言えば恥ずかしそうにまた声を出した。

「微かでも。。短くても。。それでも君の声が聞こえるのは。。嬉しいよ。」

 本当に自分でも思っている以上に感極まっているのだろう。安全ベルト代わりに回している腕に思わず力が入って、嬉しさと愛おしさにぎゅうっと抱きしめてしまうと、彼女は首だけを動かして俺を振りかえって、

(私も嬉しいです。)

 と掠れつつそう唇を動かしてはにかんだ。


 茜色の空と穏やかな海の音と海風に揺れる髪。そして美しすぎる愛する人の唇は柔らかに弧を描いていて。。。

 その艶やかな唇に引き寄せられていく。。


 アルベルトとの時間では味わう事の無かった穏やかな時間。それはまるで神聖な儀式かのように、唇を触れ合わせているだけの時間。それでも離れたくないほど心が幸せで満たされていく。田之上信二としても感じたことのない幸福がそこにあった。


 唇を寄せているだけにしては、永い時間だったと思う。

 アルベルトに輿入れしてからそれ以上の事も数えきれないほど経験してきているのに、濃厚なキスをしようとも思わなかったし、したくもなかった。


 どちらともなく唇が離れると、

「・・・夕日。。」

「沈んでしまったな。」

 何故だかいい大人の二人で口づけをしただけなのに、互いに少し気恥ずかしく照れながら、視界の隅ではいつの間にかブルーアワーが始まっていた。ほんのりと赤みを残した空はしばらくすれば静寂を齎すのだろう。

 

「・・・さて、街灯もない道だから、暗くなりきる前に帰らねばな。」

「はい。」

 そう言いつつ四つん這いでまた来た道を戻るのだ。

「なんだか。。せっかく色気のある時間を過ごしたのに。。締まらないな。」

 つい苦笑すれば、マーガレットも同じように笑っていた。


 道に戻れば、護衛達はランタンを手に待機しており、屋敷までは問題なく戻ることができた。


 

 夕食は、外出で疲れているだろうと両親が気を遣ってくれたようで、二人きりで部屋でゆっくりと摂りそのまま過ごすことができた。


 そしてまた苦行の時間となった。

 そう、風呂の時間。


 別々に入るつもりだったのに。。。

 彼女の靴擦れをしたかかとを確認し、回復ポーションを使おうとしたのだが、町の薬草店でもらった軟膏の効果を見たいのだとマーガレットに断られた。

 だが、随分と足は怠そうにしている。風呂では足元が滑りやすく、疲れている足では心配だ。

 そして、タイミング良く、ダンガロ男爵領からあの”温泉”が届いていたのだ。

 疲れたマーガレットにはちょうど良いだろうと風呂はその温泉の湯が張られていた。


(・・・旦那様。。私を抱えてお疲れでしょう?身体。。お揉みいたしますから。)

 と一緒に入る提案をしてくる彼女。

「えっと。。だな。。私も男であってだな。。心を入れ替えたとはいえ。。理性にも限界があると言うか。。」

 一応の断りを入れるのだが、もちろん本心は一緒に入りたい!!であるが、やはり本能に勝てなさそうなのも事実。踏ん切りがつかないでいると、


 彼女はやっぱり恥ずかしいのだろう、顔を真っ赤にしながらも俺の手を引いて浴室へと歩くのだ。

 そうまでされて断るのもできない。互いの裸も知っているのだから断る理由もないのだ。


 だが、有り難いことに温泉は濁り湯。そして浴衣を着用している。それだけが救いだ。


 中に入れば、そっと彼女が俺の腕を取り、言っていたようにマッサージをしようとしてきたので、それは阻止することにした。

「気持ちは嬉しいが、疲れたのは君の方だろう?私はまだ動き足りないくらいだ。だから私が君をマッサージすることにする。」

 そう言って、足先を取る。


「・・・きゃっ。」

 この世界では足裏のマッサージは無いようで、つま先を触られたことに驚いたようだ。


「まぁまぁ。イヤらしいことはしないから。騙されたと思って、身を委ねてくれ。だが、痛いとか湯にのぼせたとかあれば早めに言ってくれ。」

 と話しながらマッサージを始めてしまう。遠慮していたが、くすぐったさと痛さで身体をくねらせることになり、断れなくなってしまったマーガレットだ。


「身体にはツボというのがあって、そこを刺激したりほぐしたりすることにより、体調を整えるという概念があるんだ。あとは、リンパという液体が身体に流れていてな。この流れが滞るとむくみや不調が出る。こうやって、足先からツボやリンパ腺を意識しながらマッサージをすると、効果的なのだ。」

 と日本の知識を入れてもみほぐしていく。


 リンパドレナージはホスピスの研修時代に教えてもらった。リンパ節転移している患者にはできないのだが、死を間近に控えた患者は代謝が悪く浮腫を起こしやすいので、リンパドレナージをすると辛さを和らげることができる患者もいるのだ。

 ツボに関してはキヌタの病院にいた漢方医のばあちゃん先生に教えてもらった。と言うかやってもらう側だったのだが。彼女は鍼灸の資格も持っており、俺を孫のように可愛がってくれていたので、長時間のオペの後などに、良くマッサージをしてくれたものだ。


 それを思い出しながら彼女の足を中心にマッサージを行えば、髪や身体も洗わせてくれた。が、当然お礼にと俺の身体も洗おうとしてくれたが、そこは

「せっかくマッサージをして疲れを癒したのに、私を洗う事でまた疲れさせてしまうのはダメだ。」

 と断って、そしてさっとローブを纏って、彼女はバスタオルで包む。


 マーガレットを抱えて浴室を出れば、外で待機していた侍女がいるわけで。。。


「下がっていいぞ。」

 侍女を下がらせるにはこの一言で十分だった。最低限の身体を隠しただけの姿で妻を抱きかかえる夫。となれば、邪魔になる。とすぐにわかるわけで、部屋付きの使用人たちはそっといなくなった。


 ポンとベッドにマーガレットを寝かせれば、彼女もまた侍女たちと同じようなことを想像していたのだろう。顔を赤らめて目を伏せた。


 そんな彼女をコロッと転がしてうつぶせにすると、

「・・・・え?」

 パッと目を開いて首を傾げるマーガレット。


「今日はイヤらしいことはしないと言っただろう?マッサージの続きだ。」

 風呂では足と腕を中心にほぐしたので、あとは腰や背中もほぐさねば、と、ぎゅっぎゅっとマッサージを始めてしまえば、先ほどと同様に戸惑うマーガレットも大人しく施術を受け始め。。


 すぅっぅ。すっぅぅ。

 しばらくすると寝息となっていた。

 俺のマッサージで眠ってくれた。というのはかなり嬉しかった。それだけ心を開いてくれているのだろうし、マッサージに癒されてくれた証拠だからだ。


 彼女に夜着を着せるとまだ濡れる髪を丁寧に拭いていく。

 二色だった髪は今は栗色に染まる。まだ根本もしっかりと栗色のままで一安心だ。


 マーガレットの寝顔を見れば、至福のひと時で。。。俺も横になれば、いつもよりも早い時間であるのに心地いい睡魔に誘われて、眠りに落ちていった。



 夜明け前に目覚め、いつもの鍛錬に出ようかと着替えていると、彼女も目を覚ました。


「いつもより早い。もう少し休むといい。」

 彼女の少し乱れた髪を撫でつけながら、冷たい水のグラスを渡す。

 コクリと一口飲むと、

「・・・私。。」

 少しずつ機能の記憶がよみがえってきたようだ。夜着に視線を落として気付いたようで恥ずかしさと申し訳なさを合わせたような困った顔をした。


「昨日の外出は随分と無理をさせてしまったようだ。だがぐっすりと眠っていたから少しは回復できただろうか?・・・町を歩く距離と時間をもう少し考え直さねばな。君も疲れたとか足が痛いとか。遠慮なくすぐに言ってくれ。私では気付けぬこともあるからな。」

「・・・はい。」

 申し訳なさそうにそう一言だけ。


「声が出るようになってきたな。良かった。」

 少しずつ掠れ掠れではあるが、昨日よりもはっきりと短い単語が声に乗るようになってきていた。

 そのことにマーガレットも嬉しそうだ。

 

 まだベッドでゆっくりとしていて欲しかったが、しっかりと目が覚めてしまった様子の彼女。

「鍛錬に行く前に足の具合を診ておこうか。」

「はい。」

 頷く声はまだ掠れてはいるし、単語ばかりではあるが、聞こえるというのは嬉しいものだ。


 足首のガーゼを取れば、すでに薄皮が張っている。この世界の人々の回復力が高いのもあるだろうし、薬草屋の軟膏の効き目が良かったのかもしれない。比較する対象が無いだけにどちらとも判断しかねるが、この状態で今日も散策は難しいというのは分かる。


「マーガレット。治ってきているが完全ではない。軟膏を塗るならば、今日の外出は控えよう。出かけるならば回復ポーションを使う。どちらがいい?」

 丁寧に診察しながら顔を見上げれば、少し迷っている様子。ペンを取りながらペン先が空中で揺れる。


(軟膏がとっても早く効いているみたいなので、あと一日。。様子を見たいのですが。。。旦那様のご予定を違えるわけにはいきません。)

 まだペンを走らせようとしていたが、それを止める。


 まさか自分の気持ちより、俺のどうでもいい散歩の予定を優先させようと悩んでいるとは。。


「君は軟膏に興味があるのだな?ならば屋敷で過ごそう。この調子ならば明日には回復しているだろうしな。何度も言うが、君の気持を優先させたいんだ。まずは私のことを考えず、自らのことを考える癖をつけてみようか。」

 虐げられ常に人の顔色を窺っていた彼女には難しいことだとは思うが、リハビリだと思って気長に慣れてもらうしか方法が思いつかない。


(それでは。。。旦那様が。。。)

「休暇中なのだ。ダラダラ過ごすのも悪くないだろう。」

(・・・?だらだら?・・・どういう過ごし方なのでしょうか?)

「えーとだな。また庶民の言葉だから覚えなくても良い。が、まぁ何もせず怠けて過ごす。という感じが近いだろうな。」

(ぐだぐだ。。だらだら。。)

「いや。改めて書かなくても良いから。昨日に引き続き、忘れても良い単語だ。」

(そんなことはありません。どんな事柄でも覚えておけば役に立つ日が来るかもしれませんし。それに旦那様がお使いになっているのですもの。それを知れたことだけでも私には嬉しいことです。)

 と何とも嬉しい返事が書かれていく。そこでふと彼女との会話を思い出した。


「そうやって学ぶことは苦にならないのか?」

(はい。幼いころはおばあさまが教えてくださって。。新しいことを知るのはとても楽しかったです。おばあさまが亡くなってからは、本を読むばかりで。。それでも楽しかったのですが、実際に使う機会が無かったので、変なところがありましたら教えてください。)

「ふむ。。そうであったか。その”おばあさま”からは、どんなことを教えてもらったのだ?」

(読み書きはもちろんですが、外国語も。おばあさまがおっしゃるには、古い言葉ではあるそうなので、使えるかはわかりませんが。それから商いに必要だからと計算と。。領地の経営に必要だからと農業や漁業も。。あ、これは私の髪色で外に出られなかったので本の中だけですが。。後は。。命を守るには傭兵やギルドの皆様のことも知らなければと、武具などのお話も。。)

 とどまることを知らない彼女のメモはまだ続いていく。。いや。すでにメモの量ははるかに超えた気がするが。。

 

 彼女が5歳になるころに亡くなったという祖母。だが、幼女に教える内容をはるかに超えている。

 マーガレットの博識は祖母由来なのだな。しかし多方面にわたる才女となれば、アルベルトがその存在を知らないのが腑に落ちない。少々調べる必要があるかもしれない。


 そしてマーガレットの要望を聞けば、図書室で本を読みたいが一番らしいのだが、途中で買ってきた石のビーズで、本邸の使用人たちへの土産も作りたかったらしい。

 となると、俺の存在は必要ないわけで。。陛下に頼まれていた調味料探しにまずは漁港に行きたいが、午前中は船が戻ってこないらしい。


「なぁ。マーガレット。私は午後から陛下からの頼まれごとで、漁港に話をしに行こうと思う。まずは下調べだから、正式にアポイントが取れたら一緒に行こう。」

「はい。」

「そうなると、午前中が空くわけで。。せっかく半日空くならば料理をしようかと思う。屋敷の皆の分も今からなら十分に作れるからな。別々の行動になるが。。どうだろうか?」

 そんな提案をするとマーガレットの顔がぱっと華やぎ、今度はスラスラと楽しくペン先が躍る。


(リクエストはできますか?)

「もちろんだ。」

(では。またあの”ふれんちとーすと”が頂きたいのです。とってもおいしかったです。)

「それは嬉しいな。あれは旅用の硬いパンでしかも仕込みもできなかったからな。きちんと手順をふむともっと美味くなるんだ。。だがまぁ。私は素人だからな。きちんとした料理人が作れば本来はもっともっと美味いはずだが。。それでもいいか?」

「嬉しいですっ!!」

 よほどうれしかったらしく、飛び跳ねて満面の笑みで俺の胸に飛び込んできた。


「甘いものが好きか?」

「はい。とっても。」

 胸元から顔を上げれば上目遣いになるわけで。。可愛らしさが増しに増して。。。思わずおでこにチュッとリップ音を立ててしまった。



 ということで、日本の調味料が無いのと俺のレパートリーが少ないのが玉に瑕ではあるが、どんなものが食べたいかと本邸から連れてきた皆に聞けば、まずは唐揚げなのだと一択となってしまった。

 よほど気に入ったらしい。

 両親にも庶民料理となるがと問えば、本邸の使用人たちの騒ぎように、

「私もそれが食べてみたいわ。」

「そうだな。新たな味よりも、皆のお墨付きがあるものの方がまずはいいだろう。」

 ということになった。


 だが、問題が発生した。

 俺が料理をふるまうという噂があっという間にモルディート邸に広まり、休日の使用人たちも参加したいと言ってきたのだ。

 そうなると、その家族たちをないがしろにするわけにもいかない。


 総勢100名をゆうに超えるの量を作ることになったのだ。


 となると、精肉よりも一羽分を用意か?

 こちらの世界では鶏肉の内臓を食すのは貧しい者たちと決まっている。

 市場でも二束三文の価格となっているようだ。しかしせっかくならばハツや砂肝の美味しさも伝えたい。


「鳥は丸鶏で仕入れられるか?30~50羽あればいいだろう。」

「丸焼きにでもするのですか?」

 料理長は不思議顔だ。

「いや。内臓も含めて仕入れてほしい。」

「・・・・え?」

「いいから。とりあえず頼んだぞ。」

 ということで、仕入れ担当に丸投げしておいた。その間にフレンチトーストの仕込みだ。


 普段は朝にパン担当が一日分のパンを焼き上げているが、今日のところは昼ですべて使い切ることになる。夜は。。まぁ後で考えてもらうとしよう。とこちらも問題は丸投げだ。


 俺は俺のやることだけだ。後は知らん。プロにお任せした方が上手くいくはずだからな。

「私が昼を好き勝手に作ってしまうから、材料などが切れたら申し訳ないが、有能な君たちなら何とかしてくれると信じているぞ。」

 などと言ってみると、冷酷非情な俺が”有能な・・”などといったので、調理場の皆が泣きそうなほど感激していた。。いつも思うが、アルベルトはいざ知らず。。俺は優しいほうなのだがな。


 ということで、有能なプロの料理人を俺の下働きとして使い、とんでもない量のフレンチトーストが仕込まれた。

 ちょうど終わるころに鶏が到着だ。


 ムネ・モモ。はこちらでも普通に食事に出る。

 ささみはパサつくので使用人たちが主に食べる。

 そして内臓や手羽はそもそも仕入れない。というのが一般的らしい。

 もったいないことこの上ない。


「この、心臓ハツ肝臓レバー、砂肝は、部位ごとにこちらに。あっとこれは。。。ボンジリか?これもうまい。これも内臓と共にこちらに。。あと手羽はこちらで。。おっと、骨は後からまだ使うから捨てるなよ。」

 さばいていく料理人に指示を出すと、皆不思議そうに首を傾げてはいるが従ってくれる。


 さて。子供たちもいるからな。。

 ムネやモモなど定番の場所を整えるように指示をした俺は、手羽を前にする。

 ちびっこたちが食べる唐揚げなら、やはりチューリップがいいだろう。もちろん骨の先にはあの定番の紙飾りも付けたいところだ。時間があれば挑戦だな。


「これは食べにくいですし、庶民街の料理屋でも人気が薄いですが。。」

「とにかく、騙されたと思って、まずは見ていてくれ。」

 渋る料理長の隣で、チューリップの下ごしらえをしていく。骨から身を外し、先端に寄せて形を整えるだけ。面倒ではあるが、食べやすくなるし、見た目も可愛く子供たちにも食べやすくちょうどいい大きさとなるのだ。


「ほぅ。そんな下処理は。。」

「面白いだろう?」

 そんな会話をしながら、超一流のシェフたちが、庶民料理を覚えていく。。。本来ならば良くない。。よな。。。まぁ今の俺は傍若無人な公爵であるのだから良しとしよう。


 そして捌ききったチームに合流すれば、内臓を前に困り顔。なので、こちらも一本焼き鳥を作る要領を教えて、ハツや砂肝などを串刺ししていってもらう。



 そうして下ごしらえを始めて3時間。 

 調理台に積まれた肉の山は圧巻だ。すでに下味用の液にも浸し終わっている。


「よーし。ここからはひたすら揚げる。焼く。の繰り返しだ。」

 まず初めは俺が手本を見せる。2度揚げの調理方法もなかったらしく、調理人たちが目を丸くしながら見入ってくる。


「まずは味見だ。一度だけのものと、二度揚げしたものだ。」

 料理人たちにまずは試食させる。ここが一番重要だ。自分の舌で覚えるのが一番いい。と勝手に思っている俺。


「なんだこれ。。」

「サクサクしてるのに、ジューシーだ。」

「ささみがぱさぱさしてないぞ。」

 思い思いに口にしている皆に、今度は

「こっちの串も食べてみてくれ。」

 と出せば、初めて内臓部分を食す料理人もいたようで顔を顰めながら思い切って!と言った様相で口に運び。。。そして次の瞬間には笑顔があふれる。

「これはうまい。」

「栄養価も高いらしい。」

「塩だけでもこの美味さだ。アレンジもできそうだな。」

 流石はプロ。すでにアイデアが湧き出ている様子でなにより。


 今のところはこちらの世界で俺が作れるのはマヨネーズを使ってタルタルソースくらいだが、いくつか中に入れるものを変えて作ってみた。

 ついでにポテトサラダも作った。野菜を使ったサラダはあるのだが、ポテサラが無いのでな。

 そしてせっかく揚げ油もあるので、もちろんフライドポテトも作るに決まっている。これが嫌いな子供はいないだろう。


 というわけで。。。

 ダンスホールに立食形式でできたものを並べていく。もちろんシェフたちがいつも通りに作ったオードブルも並んでいるが。。

 俺の料理だけファミレス感が満載過ぎて恥ずかしくなる。

 プロと並べるには庶民すぎるラインナップだ。。


 だが、それを知らない皆と言えば。。


「すっごい良い匂いがするね。」

「あの紙飾りがついたお肉、かわいいね。」

 と子供たちには見た目は大好評だ。うん。日本でも子供に大人気の料理だからな。

 少し面倒だったが、チューリップ用の紙飾りを作って正解だった。



 そしてホールは、いつもの煌びやかな夜会パーティとは打って変わり、子供たちが無邪気にいるだけで、まるで神社のお祭りのように賑やかになりすごくいい。俺はこっちの方が好きだな。


 そんなことを思って皆を見ているとふと露店を思いつき、厨房へ駆け込んだ。

「おい料理長!!」

「なっ。何か粗相がありましたでしょうかっ!!」

 俺の血相を変えた顔を見て、料理長が青ざめた。


「いや。好評だっ。君たちが作ってくれた料理も、皆が喜んでいる。ありがとう。。ではなくてな。生クリームと果物はすぐに用意できるか?」

「え?えぇ。まぁ。すぐにご用意できますよ。」

「では。これとあれと。。それと。。。」

 必要なものを手配し、ホールに戻る。


 ちょいちょい。とマーガレットを招き。

「少し手伝ってくれるか?」

「はい。」

 料理長が来るまでの間に今からやる手順をマーガレットに教えていく。


「分かりました。」

「君の分は後で私が心を込めて作るから。」

「はい。」

 やはり微かでも掠れていても会話できる喜びは何物にも代えがたい。とせっかく浸っているのに、仕事ができる料理長が頼んでいたものをワゴンに乗せてやってきた。



 そこにはクレープ生地に、程よい大きさに整えられたフルーツ。そしてこれでもかっ!と存在感をアピールするものすごい量の生クリーム&カスタードクリームだ。


 ワゴンを両親のテーブルの前に持っていく。


「父上。母上。まだデザートは食べられそうですか?」

『もちろん。』

 その言葉を聞いて、ゲリドンサービス風に楽しんでもらうこととする。


 俺がフライパンで砂糖を溶かしキャラメルを作っている間に、マーガレットが横でオレンジの皮をスパイラルに切っていく。

 キャラメルが色づいてきたところでたっぷりのバターを加え、さらにオレンジジュースを流し入れる。

 俺がリキュールの封を切って温めている間に、マーガレットがクレープを折りたたみながら並べて。。


「さてと。。。初めてなので上手くいくかわかりませんが。。」

 と手を上げて合図すると、明かりがふっと小さくなった。


 マーガレットが切ってくれたオレンジを目線まで上げて、そして温めたリキュールを流せば。。


 フワァッーーーーーー。


 青い炎がオレンジの皮を伝っていく。。良し。フランベ成功だ!!


 パチパチパチっ。

 目の前で見ていた両親は満面の笑みで拍手をくれた。

「素晴らしいじゃないか。」

「とっても幻想的だわぁ。」

 それを合図にホールの明かりが戻され、シャンデリアが輝く。


「どうぞ。」

 小さいけれどちゃんと声に出たマーガレットが、両親に盛り付けたクレープシュゼットを出した。

「まぁ!!」

 母はマーガレットの声が出たことと、目の前のクレープを取り分けてくれたことに感激一塩の様子。

「マーガレットは包丁さばきもいいし、盛り付けも上手じゃないか。」

 父は彼女が実家で家事をやらされていたことを知らないのだろうか、手際よくこなしてくれた姿に喜んでくれたようだ。


 そんなショータイムを見れば、子供たちも飛びつくわけで。。

 フランベは危ないのでやらないが、クレープをせっせと作ることとなった。(もちろん指導済みの料理人たちが。だがな。)


 俺はと言えば、マーガレットの為だけにクレープシュゼットを作ることにする。

 この地方特産のオレンジはマーガレットが楽しみにしていたものの一つだ。

 一人だけの特別席に俺が心を込めて。。。のつもりだったのだが、彼女ほど美味くオレンジの皮をスパイラルに切れない。。。というところで躓いた。


「うーむ。。」

 すごく悔しい。それにこれがきれいじゃないとフランベの炎の形も美しくない。

 オレンジを前に少し考えこむ俺をマーガレットは心配そうに見つめるが。。。


「ふむ。包丁が良くないのだ。私には私の得意技でいこう。」

 そうして開き直り、ふっと天井高くオレンジを放り上げると、カシャンと金属音をさせて剣を抜き。。

 シュンシュン。と空を切る音をさせて、プツンと刺す音がなれば。。。


「ほら見ろ。うまく切れた。」

 と美しくスパイラルに切れた皮にどや顔を決めておく。

 視界の端のテーブルで両親が呆れ顔をして、反対側の壁際では騎士団長が頭を抱えて、遠くの配膳場ではセバスが少々怒っているようだが、問題はない。何せマーガレットが喜んでくれればいいのだから。


 そしてフランベも成功し、

「さ、奥様。クレープシュゼットでございます。」

 配膳はもちろん執事風に決めてみた。

 彼女は終始驚き顔だったが、

「ご一緒に。」

 と向かいの席を勧めてくれた。


「どうかな?」

「とってもおいしいです。」

本来はここにアイスクリームという氷菓をそえるのだ。いつか氷魔法が使えるようになったら作ってみよう。」

「ふふっ。」

 マーガレットは小さく笑うとペンを取る。

(お菓子の為に氷魔法を覚えるのですか?)

「あぁ。魔法など、戦いにために使うべきじゃない。皆の笑顔のために使うほうが有効だとは思わないか?まぁ私の魔法は君の為だけでいいんだがな。」

 そう言って甘ーくマーガレットを口説いていると。。。


「あーーーーーっ!!!なんで呼んでくれないにゃぁぁぁぁ!!」

「お菓子パーティーっぴよぉぉぉぉぉぉ!!」

 と一匹と一羽が血相を変えてホールに乱入してきた。


 モゾっ。

 膝の上にはいつの間にかヒスイ。

「二人が昼寝から起きたのでな。ホールに皆が集まっていると教えたら”マジギレだにゃ”とか良く分らんことを言って走り出してしまってな。我は一応、止めたからな。効果はないとしても。」

 ヒスイの声は苦笑しているように聞こえる。


「ふふっ。」

「ははっ。それでは仕方ないな。」

 マジギレなどと、どこで覚えてきたのだろう。だが二人の機嫌は損ねると大変だ。

「あの子たちのご機嫌をとってくるよ。ヒスイも食べられるものがあれば楽しんでくれ。」

 呆れながら椅子を立つ。

「いってらっしゃいませ。」


「おーい。待ってたぞ。お前たちの為だけのフランベショーの準備は万端だぞぉ。」

 マーガレットに見送られて、興味を持ってくれそうなセリフを言いながら、怒り心頭の一匹と一羽の元へ走る俺なのであった。



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