47.初日のデート
モルディートでの心地よい朝を迎えた。内陸の王都とは違い、海沿いの領地は温度も湿度もカラリとしてさわやかだ。
マーガレットの穏やかな寝顔も可愛らしい。実家では使用人以下の待遇であったため、今でも当時のクセで日の出とともに目覚めることも多いようだが、この旅では心身の疲れが出ているためか、朝寝坊気味だ。だがそれでいい。少しでも安らいで欲しいからな。
だが、俺はといえば。。公爵の身体に染み付いた習慣が抜けるわけでもないし、無駄に体力が有り余っているし、なんなら軍の遠征にも慣れているので、プライベートな旅ごときでは疲れない。日本じゃ万年運動不足の俺であったが、この公爵の身体ではキツイくらいに身体を動かさないとうずうずしてくる。
そして日課の鍛錬を行うことにした。
通常の剣の2倍以上の重さに拵えた摸擬剣を携え、ランニング&要所要所に設置された的を撃破しつつ裏庭を走りこむ。当然日々の日課を知っている騎士たちも俺の鍛錬に付き合いつつ自らの鍛錬の意味も込め、途中に隠れ潜みながら適度に敵役となり手合いする。
1時間ほどして汗が流れ始めるころに終了となる。今は軍でも管理職なので、あくまでも能力維持程度に身体を鍛えるだけだ。
騎士たちの宿舎に鍛錬場が併設されているので、そこでシャワーを済ませ、部屋へと向かう。
ドレッシングルームは寝室側からでも廊下からでも入れる造りになっており、朝の鍛錬帰りには廊下から入る。私室扉前には警備兼ドアマンの使用人が控えているが、ドレッシングルームの扉も開けてくれるという公爵家となるとどこにでも使用人が配置されている素晴らしさ。。日本では考えられない手厚さだ。
庶民の俺は当初は戸惑ったが、この世界の貴族の常識らしいので受け入れるほかない。が、手厚すぎるサービスは今でも慣れない。公爵が傲慢なのではとふと考えることもしばしばだし、24時間公爵夫妻の為だけに行き届いたサービスをする使用人たちに申し訳なくなることも度々で、根っからの庶民なのだと痛感する。
ドレッシングルームの扉が開かれれば、当然、公爵付きの侍女が中で待機しており、着替えが始まる。その後パーティーなどが控えているなど状況によっては、もう一度風呂に入りなおす場合もあるが、今日のところは無しでいい。
「本日のお召し物ですが・・・」
公爵の予定に合わせ、いくつかの候補がテーブルに用意され、脇のテーブルには小物類が並ぶ。
本邸の侍女ではないとはいえ、昨夜に言っておいた通りに用意された服を見て、流石は公爵家の使用人だなと心の中で称賛。
「ふむ。。今日は、これとこれか。。いや、待てよ。。マーガレットの服に合わせたいからな。。」
シャツとスラックス。小物類を選びかけて、可愛い妻を引き立たせつつ、少しくらいペア感を出したいな、と欲をかく。
「旦那様。町人風に装うのですから少々無理がございますよ。」
と寝室側に控えていたセバスに呆れられてしまった。
「...確かにな。」
妙に納得。町人っぽく、シャツは庶民定番の白。スラックスが、カーキか、紺か、茶。あとは革靴。茶の濃淡が違うだけだ。チーフも胸に飾るなどはもってのほか。そんな町人はいないので、ポケットに入れるだけ。カフスも無しだし。。アイテムが無さすぎる。
「奥様には、こちらの靴を合わせる予定ですから、旦那様の靴のお色目を揃えましょうか。それから、奥様のワンピースは淡いブルーをお勧めしようかと思っておりますので、旦那様のスラックスを紺にいたしましょう。こちらの地域の男性は淡い色のズボンは着用しませんので。」
と年かさの侍女がささっと組み合わせていき、マーガレット付の侍女が彼女のワンピースを持って横に並べてくれた。
「ふむ。良いな。これにしよう。」
「かしこまりました。」
そう言って着替えをしつつ、
「そなたの組み合わせは中々気に入った。こちらに滞在中は、私とマーガレットの衣装選びはそなたに一任しようか。」
「旦那様にご指名いただけるとは嬉しい限りでございますが。。。」
少し含みを持たせられた。
「・・・何かあったか?」
「えぇえぇ。奥様のお衣装にございますが、行きの道中は大変であったとお聞きしました。帰路もございますし、そちらのご用意も私にお任せ下さいませんか?」
公爵が生まれる前からこの領館で働いてくれている。当然信頼もしているので任せることに異論などない。
「そうしてくれるならば有難い。途中の町で着替えを購入しようとしたら、セバスたちに叱られたのでな。生地だの仕立てだのは、良く分らぬ。」
「ふふっ。では一からお仕立ていたしましょうねぇ。腕がなりますわー。」
ちょっとふくよかな体で腕まくりし始め、やる気十分なようでなにより。
「娘も”さんきゅう”とやらで暇を持て余しておりましたもの。喜びますわー。」
と言ったところでようやく気付いた。
「あっ。アーニャの事か。」
「左様にございます。お休みのこともお給金のことも。。感謝してもしきれません。」
深々と頭を下げた。こちらに来た当初に話題に上がった侍女の母だったとは。。公爵の記憶が繋がれば納得なのだが、すぐに思い出せず結びついていなかった。
「様子はどうだ?順調か?初孫であろう?大切にせねばな。」
「有難いお言葉でございます。ですが元々お転婆な子。急なお休みで何をしたら良いか分からないようで。。針子の仕事は特に得意でしたから、奥様のワンピースを縫えるとなれば、喜びましょう。」
嬉しそうに語るが、
「だが、細かい仕事は身体に負担がかかるであろう。」
とつい心配になってしまう。
「体力など使いませんよ。それにドレスじゃございませんからね。縫いやすいですよ。」
「そういうものか。。だが縫物であれば、かえって動かなすぎるのでは?途中途中で、普段よりも休憩を多めに入れ、その際には立ち上がったり少し歩いたりするよう伝えてくれ。座りっぱなしの姿勢は腹部が大きくなった妊婦には負担だ。足が痺れたり腹部が張るようなことがあればすぐに手を止めてだな・・・・」
まだまだ注意点を言おうかと思っていると、笑い声で遮られてしまった。
「ふっふっふっふ。旦那様ったら。使用人の妊婦でその心配様でしたら、奥様がご懐妊された暁には、どうなってしまうのでしょうねぇ。あまり過保護にしてはいくら妊婦と言えど身体が鈍ってしまいますよぉ。」
手をひらひらさせながら笑われ、奥にいる若手の侍女もセバスも小さく笑っている。
「そっ。そうだな。。もしもマーガレットが妊娠でもしたら。。日々の運動量や栄養摂取量。それから6カ月にもなれば胎教の問題も出てくるな。。いやそれよりも、妊娠する前には身体を作る栄養素を摂らねば。。。」
ふと訪れたらいいなという未来を考えると次から次へと必要と思われる事項が出てきてしまう。
「・・・いや。こういうところか。。マーガレットに置き換えると、まさかこれほど心配になるとはな。。。だが知っていることはしてやりたいし、考えられる危険は排除せねば。。。」
思わず自分に苦笑してしまう。そこではなくて、まずもってマーガレットに好意を持ってもらうことからのスタートであったことすら失念してしまっていたからだ。だが、最近のマーガレットならば。。と淡い期待も捨てきれなかった。
そのころ、当のマーガレットと言えば。。。
ベッドの中で顔を真っ赤にさせていた。。アルベルトと使用人たちのやり取りが聞こえてしまっていたのだ。目が覚めたと伝えるタイミングを逃してどうしたらいいか分からなくなってしまった彼女なのであった。
朝食も済ませ、いよいよ出発。となれば俺は剣を手に取る。
もちろん身分を隠して町人として行くので、シンプルなどこにでもありそうな剣を選ぶ。
だが、普段の装備通り、隠しナイフやら。。なんだかんだも装備。これはもはや軍人としてのクセだな。一式身に着けていないと物足りない。
そんな俺を見ているマーガレットに。
「さ、君もこれを付けよう。」
腰のあたりに小さなナイフを入れると、彼女は少し驚いた顔。
「今日は愛らしい町娘となっていても、本来は公爵夫人だ。何もないのが当たり前だが、何かあった時の備えは常日頃からしておかねばならん。だから君が着る服には、こうして隠し武器を入れられるように仕立ててあるんだ。」
今入れたナイフをすっと取り出して見せれば、恐々それを見ていた。
「もちろん、私が一緒にいるし、護衛達もいる。それでも。。これは私が安心するためにも我慢してくれるか?」
(はい。)
そう言って彼女は何度かナイフを出し入れをしてみる。料理で使うには慣れているが、こうして”武器”となると戸惑いもあるようだ。それでもナイフを仕舞うと(だいじょうぶです。)と口パクが返ってきた。
準備もできたので、今度こそ出発だ。
彼女の体力を考えれば馬車なのだが、町人がハイヤーのように貸し切り馬車を使うことはほぼ無い。そのため、目立たないように馬にした。これならば”旅の夫婦”という設定にできる。
目線の高さもあり初めての乗馬は恐怖する女性も多い。
彼女も乗り始めたときは身体が震えていたが、俺の腕を馬車の時のようにぎゅっと前に回すと、少し落ち着いた。あの時の安全ベルトホールドが役に立つとは。。
人が歩く程度のゆっくりとした歩調にし、海風を感じながら坂を下りていく。
「街に着けば、海の男たちは荒っぽいし、女たちは威勢がいい。この地方の方言もあるから、王都民からすると少々物言いがキツく感じるかもしれぬが、怖がらなくても良いからな。」
「昼は海に面したテラスのある、町一番の人気のカフェで食事を摂ろうと思うが、庶民たちの店だ。晩餐のようなマナーも無い。雰囲気が苦手であれば、レストランもあるから遠慮なく言えば良いからな。」
王都でも街に出たことのないマーガレットに、深窓の令嬢が戸惑いそうなことを伝えておく。
「これは今日の小遣いだ。私が一緒だから君が支払いをすることはないだろうが、念のため渡しておく。この町では金貨で支払いをするような町民がほぼいないからな。小銭ばかりで重いだろうが目立たぬためだ。それからこれでは足りぬことも出てくるかもしれぬが、私や護衛者が近くにいるから、好きなものを好きなだけ買えばいい。この町で買えぬものはないからな。遠慮だけはするなよ。」
小さな袋をマーガレットのポシェットに入れておく。
彼女のポシェットのフラップには”声が出ません。筆談できます”と刺繍がしてあった。
昨晩、彼女なりに街の散策を想像して困らないようにと考えた結果だそうだ。ものの1時間で美しい文字が仕上がった時には驚いた。
とはいえ実のところ、この町の識字率はそう高くない。字を読み書きできない町民もいる。それは彼女も分っていたが、毎度毎度、店員に話しかけられて俺が説明する手間を省きたかったようだ。彼女がそれで安心するならそれでいい。
馬を走らせれば10分もかからない道のりを、のんびり30分以上かけてようやく町に到着した。
海風を浴びながらゆっくりと進んだので、馬の揺れも少なく、マーガレットも酔わずに済んだ。
馬屋に馬を預け、「はぐれてはいけないからな。」と伝えて手を繋いだ。
だが。。。
俺が普通に握ろうとしたのに。。。彼女は無意識なのだろうか。。すっと握り返してきたのは、指を絡めた所謂”恋人つなぎ”だった。嬉しいやら戸惑うやらで、ちらりと彼女を見下ろすが、その顔はもう町の商店に興味が移っている様子。無意識に指を絡めてくれたという事実が何よりうれしかった。
町を歩けばその町特有の匂いがある。
陽の光を存分に感じるカラリと爽やかな空気。風邪に乗る潮の香り。店先で焼かれる魚の香ばしい匂い。軒先いっぱいに積まれた豊富な種類の柑橘類の甘酸っぱい芳香。
一歩進むごとに、息を吸い込むごとに。。変化していく香りと町の喧騒が旅行気分をさらに高めてくれる。
「ちょっとそこのお兄さん!!イカ焼きどうだい!!焼きたてだよ!!」
「今日のパインは甘いよー!!試食もできるよー!!」
さらに歩くたびに勧誘もされる。呼びかけられるごとに世間を知らないマーガレットは立ち止まって店主一人一人にに丁寧に頭を下げて断りを入れている。
「マーガレット。呼び込みは誰でも彼でもにするものだ。そういちいち反応しなくていいんだぞ?」
(そうなのですか?)
「あぁ。買ってくれれば儲けもん程度で声をかけてくるのだ。・・・ほら、旅行者たちも笑っていなしているだろう?」
と周りの旅行者たちを指せば、なるほどと言った様子で頷いていた。
「あと、身分を隠すために私も庶民の言葉遣いをするからな。」
(はい。)
と耳元で囁き彼女の了解を得たところで、
「今からマーサのカフェに行くんだ、腹に余裕があったらまた買いに来るよ。」
と今さっき通り過ぎた呼び込みにヒラヒラと手を振る。
「おう。うちのカキは絶品だ!!精もつくから、宿に戻る前に食っていけよー!!うちの牡蠣なら明日の朝も疲れ知らずさ!!」
なんて、少々露骨な言葉が返ってきて苦笑するが。。。マーガレットはきょとんと首を傾げた。まぁ意味が分からん方が幸せだな。
あれやこれやとゆっくりと町を見るが、
「なぁマーガレット。気になる店があれば入っていいんだぞ?」
(見ているだけで楽しいです。)
何度もそんなやり取りをするが、確かに彼女は楽しそうに終始口角が上がっているので、初日的には良しとしよう。
広場に着いたが、昼にはまだ早いし、マーガレットには休憩も必要だと思い、道の脇の植え込みに向かう。町の人々は思い思いにその植え込みのレンガに腰掛けていた。
「こういった場所に腰掛けるのは大丈夫そうか?」
(もちろんです。)
貴族令嬢にはあるまじき場所なので、断られる前提だったが、彼女は意外にも平気そう。
ポケットのチーフを取り出し、
「さ、ここへ。」
と手を添えてゆっくりと腰掛けさせた。
「そこのワゴンでサングリアを買ってくるよ。アルコール無しでいいかな?」
(はい。)
この領地特産のフルーツを使ったサングリアは旅行者に大人気だ。「ちょっと待っててくれ。」と座っているマーガレットの頭をポンポンと撫でてから10メートルほど先のワゴンへ。
数人が並んでおり人気店のようだ。
こうして待っているのも悪くない。日本じゃ良くある光景だからな。チラリとマーガレットを見れば、彼女もこちらを見ており、軽く手を挙げると恥ずかしそうに小さく振かえしてくれた。
ドリンクのワゴンなので並んでいるとはいえ、そう待たずして購入でき、二人分のカップを手に彼女の元へと帰ろうとした時だった。
「キャーっっ!!!」
突然の女性の叫び声が上がったのはマーガレットの奥に腰かけていた女性だ。マーガレットとその女性の間には小さな男の子。男性がその前に仁王立ちし、手を振りかざしていた。
少し離れているとはいえ、気の立った男がマーガレットを手を挙げるかもしれない。
そう思い、走りかけた時だった。
「・・・マーガレットっ!!」
叫んだ時にはカップを捨てて走り出していた。視界のスミでは護衛達も同じように飛び出した。
男に殴られそうになっていた子供をマーガレットが庇って覆いかぶさったのだ。
「・・・・っっ!!!」
マーガレットと男の子を一緒に抱えた時には俺の背中に衝撃があった。
もちろん男の拳が当たることは想定内であったので、拳をあえて背中に受けつつ衝撃を流すように二人を抱えたまま、くるりと体勢を変えながら自分の背中から落ちるように受け身を取った。
その頃には護衛達が男を取り押さえるのが見えた。
「大丈夫か?・・・・なわけないよな。」
二人を抱えたまま、そっと上体を起こし声をかけたが、殴られると思っていた二人は、まだ状況がつかめていない様子で恐怖に震えが止まっていない。
「ありがとうございましたっ!!」
母親が来て頭を下げながら、俺の手から男の子を抱きかかえれば、ようやく子供も安心したように泣き出した。
「マーガレット。もう大丈夫だ。」
俺は優しくそう言うと、震えの止まらない彼女はようやく顔を上げて俺を見上げると、一気に涙が溢れ出した。
「大丈夫だから。」
そう言ってそっと後頭部に手を添えて、もう片方の手で背中をさすれば、
「・・・ぁっ。。。ぅぁっ。。。」
彼女も身体を震わせながら泣き始めてしまった。咄嗟に男の子を庇ったが、余程怖かったのだろう。大丈夫だと声をかけながら彼女を落ち着かせている間に、護衛達から事の次第を聞く。
「そうか。。」
報告を終えた護衛達はまた町に溶け込んでいった。
あの母子と男は、元夫婦だそうだ。男の暴力に耐えかねて、隣の領地からモルディートへと母子は逃げてきたのだそう。職も見つかりようやく暮らし始めた矢先に、あの男が現れ、今回の騒動となったそうだ。
「君がこんなにも勇敢だとは知らなかったな。だが、無茶はダメだ。心臓が止まるかと思ったぞ。」
恐怖の為か泣いた為か俺の腕の中が暑かったのかは分からないが、涙を止めて顔を上げたマーガレットの額は汗をかいていた。そっと張り付いた前髪を手でわけてやりながら、植え込みのレンガに座り直す。
(怖かったです。)
「そうだな。だが、君の咄嗟の助けに、母親は大変感謝して帰って行ったぞ。」
(私は。。何も。。)
「ほら。そうやって自分を低く見るな。君の行動はとても立派だった。誰でも真似ができる事じゃなかったんだ。もっと胸を張ればいい。」
まだ残る額の汗を指の背で拭えば、いつか図書室でケガをした額の傷痕がまだうっすらと残っているのが見えた。
「あぁ。傷が残ってしまったな。。あの時、記憶がすぐ戻っていれば、治癒薬で傷を残さなかったものを。不甲斐なくてすまんな。」
そう言って傷痕をそっと撫でると。。
(旦那様もです。)
と彼女の唇が動く。
「ん?何がだ?」
それを聞くと、彼女はもぞもぞと体勢を変えてポシェットから紙とペンを取り出した。
(旦那様も、いつも私に謝ってばかりです。病気からお目覚めになってからの旦那様は。。すごく大切にしてくださって。怖くなんてないです。。。でも。。。)
丁寧に書き綴る文字を追えば、嬉しい文字が連なっていくのだが、少し躊躇した”でも”で手が止まった。
「・・・でも。。とは?」
そんな俺の問いかけに少し迷っていたマーガレットだったが、
(・・・でも。。少しだけ怖いのです。)
「怖い?」
(はい。旦那様に優しくして頂けばいただくほど、私なんかがこんなに幸せを感じても良いのかと。。今の旦那様でしたら、もっと素敵な方が奥方様に来ていただけますでしょう?)
そんな文字に。。。驚きつつも”幸せ”だと言ってもらえて嬉しいやら、だが他の奥方などという事を考えていたかと思うとまだまだ俺の気持ちが伝わり切っていなかったと悔しくも寂しい気持ちにもなる。
「今まで辛い思いをしてきたんだ。だからその分ももっと欲張っていいんだ。今の生活で幸せを感じてくれているならば俺も幸せだが、これくらいでは足りないぞ。もっともっと大切にしていくから。もっともっと幸せを感じてくれると嬉しい。それに私の妻は君だけだ。君だから変われたんだ。君じゃなきゃダメなんだ。君しか愛せない。」
彼女の頬を両手で宝物のように包み込む。
(私でいいのですか?)
手元を塞がれた彼女はそんな風に唇を動かした。
「君だけを愛している。」
(私も。。。好きになっても。。。いいのですか?)
いつも願っていた言葉が彼女の唇に乗る。。まるでスローモーションで、そしてどこか現実味が無くて。自分のいいように読唇してしまったかと錯覚もした。
逡巡して出した答えは
「心から愛してる。。だから、君も少しでも俺の事を、す」
「すきです。」
俺の言葉を遮る様に聞こえた言葉。彼女の口から出た言葉だった。
「あ。。。。あぁ。。。」
俺の口からは頷く言葉だけしか出なかった。彼女が俺を受け入れてくれたことと、そして何より声が出たことが嬉しすぎて。。。アルベルトとして泣いたこともなく、心の奥から涙の代わりに嗚咽のような感覚が出てきてしまった。もちろんそれもしない。感情に身体が追い付かないこの身体が恨めしい。
ようやくできたのは、彼女の額にこつんと自分の額を当てて、
「ありがとう。」
と絞り出した言葉だった。




