44.邸内散策(1)
両親とマーガレットの初顔合わせは上々だった。まぁアルベルトがこき下ろされたのは自業自得であるから仕方ない。
母フリージアのおっとりしているのにマシンガントークという謎の現象にマーガレットは驚きつつも、歓迎されたことは理解したようで安堵した様子でなによりだ。
「ねぇ。もう少しマーガレットちゃんとお話ししていたいの。いいかしら?」
引き上げようとしたところで母から延長希望が入った。マーガレットも嫌ではない様子。
「では、私は父上に報告事項がいくつかありますので。それと、軍務についての相談もありますので、しばらく人払いもしますが。。。あまりマーガレットに変なことを吹き込まないでいただけますか。」
母ではあるがかなり天然なところもある人。念のため釘を刺しつつ父の執務室へと向かう。
人払いがされた執務室。アルベルトの記憶の中にしかいない”父”。その印象はとても厳しく偉大な父であった。が、先ほどのやり取りで、それはあくまでも対外用であると理解した。実のところは愛妻家の優しい性格なのだろう。日本で医師をしていた時には、患者として幾人もの代議士たちも見てきたが、テレビで見る顔と入院生活などを送る素の顔はギャップが大きい人もよくいたものだ。彼もまた”軍務大臣”としての顔があったのだろう。
しかし二人きりになれば、先ほどの母やマーガレットへ向けていた優しい瞳は一転し、氷のような冷たい仕事の目に変わっていた。
「道中は色々あったようだな?」
声色も一段低くなり威圧される感覚。
「はい。すでに軍部へ手配した件もありますので。」
とこちらも統合司令官の顔になったのだが。。。
「仕事の話はまあいい。それよりもだな。」
「・・・?」
執務机に両肘を置き組んだ手に顎をのせる。まるでどこかの紫色した人型決戦兵器に中学生の息子を乗せようとしている総司令のようなシチュエーションについ(サングラスかけさせてセバスを横に立たせたい。)などと思考が逸れる。
だが、仕事の話に来たのに、それより重大な件などあるのだろうかと思うから余計に思考がずれたのだ。
目の前の父は真剣な面持ちを崩さず、
「マーガレットとの婚姻生活はどうなのだ?」
「・・・・は?」
想像だにしていなかった質問につい貴族にあるまじき聞き返し方をしてしまった。
「ごほん。失礼しました。婚姻生活がどうとは、どういう部分で、でしょうか?」
意図が全く分からない以上聞き返すしかない。
「はっはっはっは。冗談だ。まぁ座れ。久しぶりに会ったゆえ、からかっただけだ。」
そう言って執務机から立ち上がると応接を示しながらゆったりと腰かけ、長い足を組んだ。
「それで、本題だが。」
勿体付ける父の姿に、公爵もよくそういうことをやる。そういった部分は父譲りなのか、それとも仕事柄なのか。。にしてもマーガレットの件を話題にされると返答に困ることばかりなのだがな。どこまで知られているのだろうか。そう思いながらいつもの鉄面皮でなんら表情も変えることなく、こちらも優雅に足を組んでおく。
「王都では一目惚れしたお前が毎日彼女の元へと通い続けてついに落としたと、随分脚色されたシンデレラストーリーとして語られているようだが?」
「まぁ、一目惚れして通い続けたところは事実ですね。」
ここまでは想定内だ。当初から婚姻の報告書に書いた内容である。まぁ後半の噂話の辺りは話していなかったが、これくらいは耳に入るだろう。
「軍の統合司令官では戦略に関して、突拍子もないかと思われる立案も度々しながらも、勝利を取ってきたお前だが。今回の婚姻に関してだな。貴族の婚姻期間として1年が最初の離縁の目安とされている慣習に倣い、この期間は私も目を瞑るつもりでいたが。。。少々やりすぎだ!!マーガレットは人形ではないのだぞ!!心通う人間だっ!!反省しろっ!!」
ドンっっっ!!と机に拳を振り下ろして父が声を荒げた。仕事上でも厳しく発言する場面は多々あれど、ここまで声を荒げることは少なかった気がする。
これは。。。マーガレットに対する公爵がやらかした件が全て筒抜けとみて間違いないだろう。だが、やったのはアルベルトであって俺じゃないんだがなぁ。しかしその理由が通用するわけもない。
「・・・・はい。流行り病で死の淵を彷徨い、自分の犯した罪に気づき猛省しました。遅いとはわかっておりますが、挽回は難しくとも、今後マーガレットが何不自由なく暮らし、少しでも心の傷を癒せてもらえるよう努力しております。まずは声を取り戻すことができたら、と思っております。ですから先ほどの”子”に関する件につきましては。。。申し訳ありませんがご期待に沿えない可能性が高いとお伝えしておきます。彼女が望んでくれるまで、手を出すつもりもありませんし、まして跡継ぎの為に妾を囲うこともありませんので。」
ここは真摯に話をするしかない。アルベルトとしては無理強いしてでも跡継ぎをもうけるつもりだったかもしれないが、俺としては、それはもう無理な話だ。ここが異世界で一夫多妻が認められている立場であっても、そこは日本の一夫一妻制で生まれ育った身としては刷り込みがあるし、何と言っても愛しのマーガレットが目の前にいるのに、他の女にかまっている暇などないのだ。日本ではちょっと遊び人ではあったものの、本命を押しのけてまで浮気する男ではないのだ。
「そこまでわかっておるのなら良い。本邸からの報告ではマーガレットが怯えて暮らしていると聞いていたのでな。今回、もしそれが見えたのなら、こちらで保護し王都には帰さぬつもりでいたのだ。しかし、先ほどの様子では必要ないかもしれぬな。。だが念を押すぞ。お前がまた彼女に酷い扱いをしたならば、お前から取り上げる。実家での扱いも酷かったと聞くゆえ、離縁はさせぬが会うことは禁ずるからな?肝に銘じておけ!」
腕を組み、ふんっと鼻息荒く父が言う。
「はい。同じようなことを、先日彼女に伝えたところでした。1年以内に子ができなければ、離縁するという慣習を気にして、怯えながら私の寝所に来ることもありましたので。そういう扱いはもうしないと何度も話をしています。」
「ですが、実家での虐待も酷かったようです。背にはいくつもその時の消えぬ傷跡がありますし、あちらでは食事や風呂もままならなかったとのことです。公爵家に来てからは私からの手酷い扱いはありましたが、衣食住に関しては本来の妻が受けるであろう質で対応するように使用人たちに申し伝えてありました。ですから、生きていくためには、公爵家に残る方がまだましだと判断したのでしょう。植え付けてしまったトラウマは根深いために、何度もどれほど私が大切にすると伝えても、一歩引くどころか、100歩いや1000歩引き下がってしまう状態です。それと人間らしく令嬢らしく大切に扱われたことが無いでしょうから、その戸惑いもあるとは思います。優しくされることを知らないのですから。」
そこまで言うと、父は得ていた情報よりもマーガレットの処遇が酷かったのだろう、しばし黙り込み、そして彼女のことを聞き始めた。俺としても半分はアルベルトがやらかした他人事だ。ここは腹を割って話すことにした。洗いざらい知っていることを話してしまえと全部ぶちまけることにした。
もしもアルベルトがまたこの身体に戻ってきたときには、きちんと叱られればいいのだ。
そうして、これまでのことを話していれば、俺になってからのあれやこれやの事件も話すわけで。。
「ふむ。。。情報量が多いな。。まずはマーガレットの件は任せて大丈夫なのだな?とにかく、今まで不遇に過ごしてきたのであれば、これからはとことん甘やかして幸せというものを教えるのだぞ。」
「はい。生涯をかけて。」
「で?”従魔”やら”医師”やら。。果ては伝説の大魔導士様か?心を入れ替えたのは喜ばしいのだが。。拾い癖でもあったのか?しかも大物ばかり。。しかも状況によってはエカチェリーナ姫も保護するのだろう?ダンディル様の件もこうも早くお前に知られるとは。。」
今度は呆れ顔で額に手を当て溜息をついてしまった。
だが俺としても同じ気持ちだ。説明と言いながら時系列で言葉にすると、短期間でよくもまぁこれだけのことが起こったな。と思う。俺の方こそ溜息をつきたい気持ちだが、しかし相手がいること。皆の為には俺が立ち止まるわけにはいかないのだ。
そして、エカチェリーナ姫の今後やダンディル君の件など軍務機関の”顧問”として未だ発言力のある父の意見も聞き、予想される問題点や対策について詰めていけば、仕事人間の二人。セバスに夕食だと呼ばれるまで、時間を忘れてしまうほどだった。
「それで?せっかくのお休みなのに、お仕事お仕事って。呆れてしまいますわね。せっかくバカンスに来たのに、マーガレットを置いて仕事漬けになるなんて言わないわよね?」
母にキッと睨まれてしまった。
「ははっ。まさか。私も彼女との時間を楽しみに来ましたので。道中でやむを得ない事態が発生しましたが、すでに軍に報告も上げましたし。まぁ実のところ1カ月もまとまった休暇をもらえたのは陛下からのちょっとした頼み事もありまして。。それに関しては少し時間を割きますが、それ以外はマーガレットと過ごすつもりでおります。」
母を宥めるつもりで話をしたが、しまったとも思った。陛下に調味料づくりを頼まれた件は、父に言っていなかったのだ。
「陛下が絡むとは?聞いてないぞ。」
「言っておりませんからね。」
しれっと流そうと試みたが。。当然そんなわけにはならず。。。
料理の件も話すことになるわけで。
「えぇ?アルったら、お料理を覚えたの?」
「異国料理とは。。食してみたいものだな。」
当たり前と言えば当たり前の反応が返ってきた。
「庶民の料理です。」
断り文句を入れたのだが、ほぼ同時にマーガレットがメモを両親に渡していた。
(とても美味しいお料理です。)と。。。
そうなれば作ってくれとなるわけで。。。
「まぁそのレパートリーを増やすために調味料を作ることになったのです。今ある食材と調味料で作れるものでしたら、この滞在中にいくつか作りますから。」
と妥協案を出した。そう言わなければ両親が引かなさそうだったから。だがその横で、マーガレットが嬉しそうに手を合わせて喜んでいたし、後ろに控えていた使用人たちも期待に満ちた目をしていたので、やらないわけにはいかなさそうだ。。使用人たち全員分となると。。。
ちょっとやそっとの量じゃ済ましてくれないんだろうな。。。と今から頭の痛くなる俺なのであった。
翌朝。。
「おはよう。」
うっすら目を開けたマーガレットに声をかければ、少し眠そうにしながらにこっと笑みを返してくれた。
そう、何を隠そう、一緒の寝室なのだ。事情を知っている両親もあらかじめ2部屋用意していてくれたのだが、彼女は当たり前のように俺の寝所に来たのだ。拒むことなどできない俺なので、理性を持って就寝したが、マーガレットの寝顔を見ているだけで幸せを感じられる。たまには何かあってくれてもいいが、今この時点では寝顔だけでも十分幸せだ。
「今日はどこへ行くの?」
朝食の席で母からの質問。
「今日は旅の疲れもあるでしょうから、邸内で過ごすつもりです。しばらく滞在するので、屋敷内についても案内しておかねばなりませんし、今後のスケジュールを相談するにもいいかと思いまして。」
そう言ってミニトマトを口に含んだ。
「そうかそうか。ならば屋敷のことであれば、私が案内しよう。そんな鉄面皮で愛想も面白味もない息子より、よほど楽しく案内してやれるぞ?」
ウっ。ミニトマトを吹き出しそうになった。いきなり厳格な父が猫撫で声でマーガレットに話しかけたんですけど?天変地異でも起こる前触れか?
「あなたったら。抜け駆けはいけませんわ。案内でしたら、女同士の視点で私が一緒の方がマーガレットちゃんも安心でしょう?」
ぐふっ。またもミニトマトが。。ごくん。。吹き出す前に丸呑みした。母までも彼女に猫撫で声で話すのだ。。
いや。この二人。。もしかすると彼女のことを子供扱い、良くて姫様扱いでもしていると思われる。
子供やペットに対して赤ちゃん言葉を使うタイプかもしれない。。
「こほん。父上、母上、ご提案は嬉しいのですが、マーガレットの体力は本当に少ないのです。本邸の時計塔に登るのも一苦労するほどです。医師としての判断も出来ますから、私に任せてはいただけませんか?」
理由付けしておけば断りづらいだろうと思ったのだが。。。あからさまに口を尖らせむすっとする二人。。社交界では笑顔を貼り付け決して本心を表に出さぬと有名な二人のはずが。。。
今回は親の違う一面を見る機会が多いようだ。
朝食を済ませ、まずは食後のお茶だが、せっかくなので庭に出ることにした。
「奥様。こちらは王都よりも日差しが強うございます。」
侍女が大きな日傘を手に付いてくる。
「肌が痛くなるようなら、すぐに言うんだぞ。」
色が白いからきっとすぐに赤くなるタイプだろう。コクンと返事を見たところで、休憩ポイントに到着だ。
公爵の子供の頃の記憶では、庭に大きなオレンジの木があり、その木陰は涼しかったので、今日はそこ下でお茶をするように指示を出しておいたのだ。
敷物が敷かれ、俺が手を差し出せば彼女もその手を取って座ってくれた。
吹き抜ける心地いい風を感じながら、食後のティータイムは無事に終了となった。
「では、マーガレット一通り案内するつもりだが、どこから見たいとか希望はあるか?」
邸内の見取り図を見せると、彼女は迷うことなく図書室を指さした。
「ふむ。そこならば、領内の地図もあるし、明日からの予定を立てるにももってこいの場所であろう。」
そうして俺たちは道すがらの部屋を案内しつつ、図書室へ向かうことにしたのだった。




