42.町デート
ダンガロ男爵と王妹の世紀のラブロマンスと言える馴れ初めを聞くことになったが、既に20年近く前の話であり、王自らが隠ぺい工作を行っている。当事者であるダンガロ男爵はそう言った経緯から発覚のリスクを承知で隠し通してくれているオルティース公爵家に感謝しそれが”崇拝”レベルに達しているようだ。
ダンディル君は両親の愛情を一心に受け好青年に育ち、身分の事も理解し王位継承権は欲することも無く、しかし万が一、公になった場合に王家に迷惑をかけぬよう、王族としての教育も秘密裏に受けたそうだ。
「しかし妻はいつでも申しておりました。幸せと言うのは身分で決まるものではない。裕福さで決まることでもない。心豊かに過ごすことが幸せなのだと。ですからダンディルにも伸びやかに育って欲しいと自ら子育てもやっておりました。」
ダンガロ男爵はまるで今もそこにクララがいるかのように幸せを語る。
公爵家ももちろんだが、王族であれば子育てに関してはほぼしない。経験のない子育てを一般家庭のように行うのは王妹クララにとっては想像を遥かに超えた難しさがあったと推測されるが、初めは死を覚悟の上での恋だ。子を自らの手で育てるという苦労はきっと彼女にとっては幸せの苦労だったのだろう。
「冒険者登録は10歳からできるという制度を知って、僕が10歳の誕生日プレゼントにそれを許可してして欲しいと無理を承知でねだった時も、笑って許してくれた母です。貴族としても一般の家庭としてもその年での冒険者登録に難色を示す家族が多いと思うんですが。心の広い温かい人でした。」
ダンディル君も同じように母を思いながらも、照れたように頬を掻く。
「だが、冒険者としては危険はつきものだ。クララ様はよく承知したな。」
「僕もあっさりと許可してくれた母に少々驚きましたが。。。もちろん裏がありまして。冒険者として死ぬことは許さないというのと。。。ランクアップに通常の10倍のノルマにするようにギルドに通達がされてました。」
苦笑するダンディル君と、「当然だ。」と腕組みしながら何度も頷くダンガロ男爵。
「くっくっく。心が広いのか狭いのか。過保護であるのは間違いないな。」
「そうなんですよね。勉強や学校もありますし、死んではならないという縛りがありましたから、森までの探索許可も下りず、Fランクの採取系依頼を町の外周で行うのは骨が折れました。しかも人の10倍の依頼をこなさなければならないですからね。Fランクから抜け出すのに2年かかりました。」
苦笑とため息の混じるダンディル君。
「町の外周では薬草など生えていないだろう?他の素材などもっとなさそうだ。2年でランクアップできたのは素晴らしいと思うがな。」
公爵の記憶からギルドや冒険者の情報を垣間見てもかなりの努力が必要だと思われる。
「ははっ。そうですね。本当にほとんど何も見つからないですよ。なのでしまいには町はずれに畑を借りて薬草栽培しました。もちろん野草ですから収穫は安定しませんでしたが、ランクアップ分は何とか確保できました。」
今度は少し自慢げに話す。やはり彼は心根が純真であり王族の血を持つのだろう。コロコロと変わる表情に惹きつけられた。
しばらくはそんな雑談もしていると、一人の従者を紹介された。
「お初にお目にかかります。リートと申します。陛下からダンディル殿下の護衛の密命の任を受けております。所属は闇鴉です。」
さらっと問題発言をかましてくるリートを見つめてしまう。
”闇鴉”と言うのは、国王の直轄隠密だ。軍の上層部にいる俺であってもその存在は知っていてもメンバーは見たことがない。
「身分を晒しても良いのか?」
思わず聞いてしまう。
「はい。陛下からダンディル殿下について閣下がお気づきになられた場合、身分を明かすよう命を受けましてございます。」
「そうか。」
リートが言うには、俺の今回の休暇も、陛下からの密命を隠すための隠れ蓑なのだと説明を受けたらしい。国王夫妻の我儘で日本の料理を作るための調味料探しの旅だとは言い辛いほど、リートもダンガロ男爵もダンディル君も。。”王からの密命が何かは聞かないが素晴らしい仕事を任されているのだな。”というキラキラした目を向けられるから、真実は俺の心の中にしまっておく。
そして今後の支援方法を考えるためにも、男爵領の現状も直に見ておく必要があると判断し、出発時間を少々遅らせ町に出ることにした。コレもマーガレットとのデートをしながらこなすことにしたのだが。。。
「閣下は全ての行動において人に知られぬようになさるのですね。武人としての技量も聞きしに勝る素晴らしいお方だ。」
などとリートの中の俺の評価が跳ね上がっていく。。。いや。俺としてはただ町の様子も知りたいしマーガレットも一緒にいたいし。という公私混同、私情入りまくりの武人とはかけ離れた所業なんですがね。と心で頭を掻いておく。
予定通りに街の中心部で馬車を止める。
一応お忍びなので、俺はラフなシャツとスラックスに、マーガレットはクララ様が若い頃にお忍びの際に来ていたという町娘風の服を借りた。
「では行こうか?」
馬車を降りるマーガレットに手を差し出せば俺の手を取りゆっくりと降りてくる彼女。
今日も可愛い。
さて、町の地図を見ながらダンディル君の書いてくれたおススメ店を見るのも良いだろう。
「マーガレット。気になる店があれば遠慮なく行ってくれ。」
コクンと頷く彼女だが視線が俯き加減ですれ違う人との距離が近くなると動きがぎこちなくなる。
やはりまだ人の多い場所は慣れないのだろう。
「マーガレット。はぐれてはならぬから手を繋いではくれないか?」
俺の都合だと伝えつつそっと手を差し出せば、飛びつくようにその手を取った。やはり少し不安だったのかもしれない。
キュッと握ろうとすると。。。「・・・っ!!」思わず俺が怯んでしまった。普通に握るつもりだったのに、彼女が指を絡めて所謂”恋人繋ぎ”をしてきたから。男としては純粋に嬉しいし、公爵としても彼女が少しでも今までの行いを許してくれたのかもと嬉しい気持ちが湧く。
ダンガロ男爵家の今後の・・・・など早くもうっちゃって、もはやデートを楽しむことにした。
公爵家としての責務など知ったことか。そもそも父である先代公爵と王が勝手にやったことだ。最悪二人に面倒ごとは押し付けてしまおう。
「さて。。朝食を済ませたところだからな。。ケーキ屋はまだ早いだろう。花屋か。。ここは最後だな。君に送る花束が萎れてはならぬからな。。あとは。。服屋でワンピース。。は勝手に購入しては、侍女たちにまた品位がどうとか叱られるか?ならば雑貨屋くらいしか残らぬぞ。。参ったな。。」
既に頭に入れた町の配置図を思い返しながら独り言を呟いていると、地図を見ていたマーガレットが「ふふっ。」と笑った。
「何かおかしかったか?」
俺が首を傾げるが、マーガレットは微笑みながら首を振るだけ。
まぁ。楽しそうだからいいか。そんな風に町を歩いていく。穏やかなデートだ。
町も田舎とはいえ活気があって町人たちの笑顔もいい。さして貧しさも感じられず、ダンガロ男爵の領地経営がうまくいっているようで何よりだ。
教えてもらった雑貨屋まではまだあるが、ふとマーガレットが小さな店に視線を向けたのに気付いた。
「気になるか?」
声をかけると、はっとした顔で一瞬戸惑いつつ首を横に振る。遠慮しているのだろうか?
「特に目指す場所があるわけでもないだろう?目に留まった店を見るだけでも楽しいものだぞ?入ったからには購入せねばならぬということでもないし、逆に思わぬ掘り出し物に出会えるかもしれぬ。欲しいものが見つかれば遠慮せずに言えば良いぞ。いくらでも大丈夫だ。この町の全てを購入できるくらいは金はあるぞ。何せ俺はこの国一番の公爵であるからな。」
彼女が少しでも遠慮せずに買い物ができるように軽口を叩いてみれば、目を丸くしてから目を細めて笑い始め(そこまでは。。)と口を押えた。ツボにハマったのかクスクスと笑う姿を初めて見た。屈託なく笑ってくれたことがこれほどまで胸を熱くさせてくれるとは。。
一通り笑い終えると(すみません。)と口を動かした。
「君が笑ってくれたのに謝ることはないだろう?では覗いて見ようか?」
(はい。)
「お邪魔しますね。」
公爵とはかけ離れた言葉遣いにマーガレットが目を丸くしているが、軍の任務でも潜入捜査はあるし、そもそも日本人であった頃の俺を出せばいいだけだ。
「いらっしゃい。おや。観光の方かい?大したものはないけどゆっくりしっていってくれ。」
ぽっこりと腹の出た人の好さそうな店主が老眼鏡を下げてこちらを見て、また手元の本に視線を落としていく。気兼ねなく店内を見ることができそうだ。
店内は雑多に色々な小物が所狭しと置かれている。小さな店舗としてはこうなってしまうのは仕方がないのだろうが。。。
「これだけの品があれば、君が気にいる商品があるかもしれないな。しかしこういう店は楽しいな。宝探しをしている気分だ。」
何に使うのか分からない石のようなものが入っている籠の中身を奥まで探っているとまたもマーガレットが不思議なものを見るように俺を見る。
「俺とて自分で買い物くらいするぞ?というか、こういうのは割と好きだ。君も遠慮なく好きに見るといい。」
そう言うと奥から店主が、
「そうそう。旦那の言う通りだが。。。それは俺が言うセリフだよ。」
「はっはっは。確かにな。しかし悪くない提案だったろう?」
「そりゃそうだ。商品漁ってくれなきゃ、買ってももらえないからな。」
はっはっはー。と店主と笑い合いながら、俺も商品漁りを続けるが。。。
「なぁ。マーガレット。。ああは言ったものの、これは何に使うのだろうか。。」
と小さな石を持ち上げる。
きょとんと首を傾げて。。”ふふふっ”と今日二度目のマーガレットの笑い。
(これはサボニ石です。石鹸みたいに使えます。)
さらさらとメモ帳に書いてくれる。
「この石が。。か?」
(はい。少しの泡立ちもありますよ。)
「ほう。不思議なものだな。。マーガレットは物知りだな。」
(この石は庶民では良く使うのです。私の家も裕福ではありませんでしたから、使っていました。)
「そうか。一度使ってみるか。」
そう言って比較的大きな石を取ったのだが、マーガレットに止められた。
(こちらの方が質が良いです。・・・でも。。泡立てるのにコツもいりますし。肌もかさつきますし、旦那様には。。)
「物は試しだろう?使い方も分からぬから一緒に使おうか?」
そんな冗談を言うと、
「ははっ。若いとはいいもんだねぇ。」
などと店主に茶化され、マーガレットの顔が真っ赤になってしまった。
とはいえ、やはり石が泡立つ石鹸になるというのは気になるので、マーガレットが選んでくれたサボニ石をキープし、もう少し彼女の商品選びに付き合う。
彼女は小さな石が入った瓶を眺めている。
「それは何だ?」
(石のビーズです。こんなにきれいな石ばかりが揃っているのはすごいと思います。)
「ほう。店主。この石はこの辺りで採れるのか?」
「あぁ。それはジャウハラ石と言ってな。領地境で採れるんだ。宝石のように高価じゃないが、その分、飾りにふんだんに使えるからな。人気商品だ。」
店主の説明に、マーガレットもうんうんと同意を示している。きっと知っていたのだろう。
「気に入ったのならば好きなだけ買っていくと良いが。。石だけではな。加工済みのものを扱う店を探そうか?」
何をどうやって飾りにするのかイメージも湧かず、この店では加工した商品の取り扱いが無いと言うので、マーガレットに促すと、
(これがいいです。)
と瓶を一つ差し出された。
「しかし。。」
(モルディートのお屋敷にいる間にこの石で飾ったポーチを作ればお土産になると思いますから。)
「・・・それは。。。君がポーチを作るのか?」
(はい。自分で作れば、送る侍女たちそれぞれに違うデザインで作れますから。)
そんなことをさらりと言われて今度は俺が目を丸くする番だった。
ポーチの作り方もさっぱりだし、そもそも何人分を作ろうとしているのか分からないが、違うデザインで?しかも2週間ほどでできるものなのか?
俺の守備範囲外過ぎて良く分からない。
「ま、まぁ。君が良いと言うのであれば。。」
という事で、足りないと困るのではないかと、遠慮するマーガレットをよそに、ビーズの瓶をいくつか購入することにした。大きさもマチマチなので、店に並ぶ瓶を全て買おうとしたら止められた。
まぁ石だけ余っても困るのかもしれない。。
会計を済ませ商品を包んでもらっているところで、マーガレットから「・・・ぁ。」と小さな声がした。
「どうした?」
彼女の視線を追うと、うず高く積まれた反物の一番下を見ていた。値札を見れば、その一点だけ一桁多い。
「お嬢さん。お目が高いねぇ。」
そう言うと店主は天井まで積まれた反物をものともせず、一番下の反物をスッと取り出した。
「これは?」
俺が店主からの返事を待つ間もなく、
(マハール)
とマーガレットの口が動いた。
「マハール。。と言ったか?」
一応確認をすれば、彼女が頷いた。
「へぇ。お嬢さんは良く知っているなぁ。商人冥利に尽きるよ。」
店主は嬉しそうに笑う。
マハールとは、西の最果てにある今はほろんだ国の名だ。確かに織物に優れその交易で豊かだったと記憶にあるが。。国が滅んで200年。今はそれを伝承する者たちがいるかも聞いたことが無い。
だが、店主によれば、未だ現地には細々と織物をしている一族がいるそうだ。生産させるものは非常に数が少ないため、現地で消費されるだけとのこと。
店主は世界をあちこち放浪し、あまりに美しいこの織物に一目惚れし持ち帰ったのだそう。それでも一つ一つが特殊な織り方のため、大変高価で、この一点しか買えなかったそうだ。
「いつか私が店を開くときの目玉になるだろうと持ち帰ったのはいいんですがね。。この国じゃ誰も知らんのですよ。で、日の目を見ることなく今日に至ったと。。でもまぁこれを知っている人に出会えただけ今日は儲けもんです。ワシが購入してから20年も経っておりますからね。品質がどうか保証もできないですからね。良かったらお嬢さん。御代はいらんから貰ってくれないか?」
そう言って嬉しそうにマーガレットに反物を差し出したが、マーガレットが驚いて店主にさし返している。
「良いと言うのだから貰ったらどうだ?興味があったから見ていたのだろう?」
俺が何の気なしに言ってみたところ、彼女は目を見開き驚愕!といった表情になった。これも初めて見る顔で可愛いな。と脱線していると、怒ったようにいつものメモ用紙に書付をした。
(いいですか。これはとても貴重なもので、100年でも200年でも変わらぬ品質を保つと言われる織物なのです。材料から作製まで織手一人がそれを行い、門外不出の織り方で作り上げるために数が少ないのです。)
と俺にメモを出すと今度は
(店主様。お値段はこれの10倍を付けても足りぬと思われます。当時のマハールでは王侯貴族でも入手困難と言われた織物なのです。それほど素晴らしいものです。このようにほかの商品に埋もれさせてはなりませんし、私のような者に与えて良いものでもありません。)
と店主にメモを出す。
俺と店主はマーガレットのあまりの熱量に目を見交わして驚いた後に、つい彼女のギャップに笑ってしまった。
(笑い事じゃありません。この織物を作る職人がまだいると言うのは、もしかしたら世紀の大発見になるかもしれないほどの事なのですよ!)
とぷくっと頬を膨らませてメモを書いていた。その顔も初めて見るな。と俺の心の中の彼女の表情コレクションが今日だけで随分埋まっていく。
「ではマーガレット。これはいくらが相場だと思う?」
(これくらいでしょうか。)
と書きつけた値に俺も店主も圧倒された。それくらい高額だった。王都の最高級店で取り扱う布地よりも遥かに高い値が付けられたのだ。
だが俺の心は一転して気を引き締めた。
「マーガレット。君を疑うわけでは無いが、本当にこの値が妥当だと思うか?そしてこれが本物だと言い切れるか?」
俺は真剣な面持ちで彼女を見る。
(はい。値段に関しては繁栄していたころのマハール国の資料から想像した値です。商品の価値を知る者が今もいるか分かりませんから需要と供給の関係で、買い手が無ければ二束三文でしょう。ですが、品質に関しては間違いなく本物と断言できます。私の家にマハール国でこの織物について書かれた本がありました。表紙はこの織物で製本がなされておりましたし、織物全般について書かれておりましたので、間違いありません。普通の織物の3分の一以下の細さの糸を使い、一段を編むのに三度織り込むのです。ですから強度も3倍以上になり。。。この端にその特徴がでるのです。模倣品ではこの特徴的なダマができません。)
彼女の知識は細かく具体的で、確かに言われた場所を見ると、見落としそうなほど小さな糸の球があった。嘘を言っているようには見えない。
「店主よ。。その一族はどこかが保護していたり、その布地が珍重されるようなことはあったか?」
「いやぁ。ワシが出会ったときは、たまたま道を間違えて泊めてもらっただけでなぁ。持っていた食料品やら日用品やらと物々交換して足りぬ分だけを支払ったんだ。それでも高額だったが。。けど、貧しそうな暮らしだった。これを作るのに2年かかったと言ってたが。。。もしかして、本当だった。。のか?」
店主の顔が引きつり始めた。
(2年なら短い方です!!何十年もかかる布地もあるそうです!!)
マーガレットは相変わらず熱い。
「ってことは。。。はぁ~そうと知っていたらもっと金を置いてくるんだった。。もしかしたらぼったくられてるかもとケチッちまった。悪いことした。」
あちゃーと額に手を置く店主。
「だが私も興味が湧いた。すぐにでも現地に遣いを送りたいが、店主よ。場所は覚えているだろうか?大体でも構わん。そのように文化的財産が粗末に扱われていては問題だ。保護せねばならんだろう。」
(本当ですか?)
「もちろんだ。伝承されるものと言うのは、時代によって粗末に扱われがちになり、復刻が叶わなくなることが多い。今回の織物もその一族がいなくなれば途絶えるだろう。国家が滅びて200年、未だ継承してくれていることがどれほど重要で貴重な事であるか。。文化も一つの財であることを理解する者は少ないかもしれんな。」
この世界に来て、”文化財”の概念はほぼ無いとは思っていた。マーガレットがこれほど熱を入れるものならばきっと残すべきものだろう。マハール国があった場所は砂漠で、最果てであるが故、現在はどこの国も要らぬと放置された土地であり、そこに住まう者もほとんどおらず保護もされない代わりに納税なども発生しないため、貧しいものが僅かに暮らすと聞いたことがある。
「現地に遣いを出すとは。。本気で?」
「もちろんだ。他国を通らねばならぬから片道数か月かかるだろうが、それくらいの人員ならばどうにかできるだろう。」
誰に頼むかは今後詰めればいい。妻帯者では往復1年ほどかかる旅程に出ることは難しいかもしれないが、公爵家の使用人は領地も含めればかなりの数がいる。希望者を募れば一団を構成できるだろう。
「それは。。それであれば。。。旅費を出しますから。。。。ワシも同行させてはもらえませんか?」
店主が懇願の目を向けてきた。
「それは構わぬし、旅費も要らぬし。。それに一族を知る店主が同行してくれるならば心強いが。。。店はどうするつもりだ?」
突然の申し出に有り難いが、店が気になるし、家族はどうするのかと心配になってしまう。
「店は畳む。両親が心配で国に戻ってきたが、5年前に看取ったから今は天涯孤独となった。ランクは低いが商人ギルド員の更新は一応まだ有効だから、国外に出るのも問題ない。出先で死んだとしても未練もない。あの一族に買い叩いた詫びもしたいし、何よりもう一度広い世界を見たい。」
今度は店主が熱く語る。
「分かった。一応私としても準備がいるのでな。それが出来次第迎えを寄越すとしよう。もしその時に気分が乗らねば断ってもらっても問題ない。それとこれは今日の品の代金だ。」
そう言ってじゃらりと金貨を並べる。
「・・・・っっ!!!」
「マーガレットの言う”妥当な価格”だ。私はこれに価値があると判断した。ならば妥当な金額を払うべきだろう?いくら旅費がいらぬとはいえ、旅に出れば何かと物入りになる。商品に対して高すぎると思うのならば、旅に同行してもらえる餞別とでも思ってくれ。」
放心状態の店主に、持ちきれない金貨の一部を握らせて、俺とマーガレットは店を後にした。
マーガレットは驚いていたようだが、俺の行動に喜んでもくれていた。
町を散策をもう少し続け、ポーチの布地もいくつか見繕った頃に時間となってしまった。
「では、世話になったな。」
「いいえ。アルベルト閣下には感謝しかございません。お帰りの際もお立ち寄りください。」
「そうだな。時間が取れるようであればまた立ち寄らせてもらおう。」
「お気をつけて。」
ダンガロ男爵家の皆に見送られて、馬車はゆっくりと動き出した。
俺の腕の中には、今日もしっかりとマーガレットがホールドされている。
馬車の旅の定番になったようで、嬉しい限りだ。
酔い止めの薬を飲んだ彼女がうつらうつらし始めて俺の腕の中で安心したように眠りに落ちる光景も俺にとっては大好きな時間となった。
モルディート領地へはあと少しだな。窓の外ののどかな風景を見ながら、「また今日も平穏じゃなかったな。」と思い返しながら苦笑する俺なのであった。
そして、この数年後、マーガレット功績は実績となった。
マハール国の織物を伝承していた一族の存在は、やはり世界遺産級であり、あの織物の価値はマーガレットの示した金額の5倍以上となっていった。
当然、かの一族を保護したオルティース公爵家の評判は他国でもさらに上昇した。
砂漠地帯を行き来するために今まで地図もなかったのだが、公爵家により地図が描かれ、オアシスなども公表されたため、砂漠地帯を安全に周回できるルートが確保された。もちろん、地図を公表する前に、公爵家がオアシスの土地占有権を抜かりなく取得していたので、実質、砂漠地帯はオルティース公爵家領と言っても過言ではなくなった。
と言う訳で、西の果ての果てではあるが、金脈レベルで儲けが出て、オルティース公爵家がさらに裕福になったのはまた別のお話。
旅行中の嫁のかわいい寝顔にホクホクしている俺に、数年後に別の意味でホクホクしている事など知る由もないのであった。




