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41.ラブロマンス


 王妹とダンガロ男爵との子が。。。ダンディル君だと?

 王の落とし胤と俺が予想したのも、かなりぶっ飛んでたと思ったのだが、まさかその想像の上をいくとは。。めちゃくちゃ実直で人のよさそうなオッサン(ダンガロ男爵)だが、中々の事をやってるな。。人は見かけによらないとはこのことだ。そりゃ、王族も出席する社交界にダンディル君をデビューはさせられんか。


 そうしてダンガロ男爵の告白を聞くこととなった。


-----オルティース公爵家領地、海の街モルディートで生まれ育ったダンガロは領地お抱えの護衛官として働いていた。

 

 そして領地の護衛騎士として昇進して間もなくの頃だった。

 王陛下がモルディート領地へ視察にくるというのだ。

 いくら四大公爵家の領地といえど、王が視察に来ることは少ない。ダンガロも護衛官となってから初めてのことだった。


 しかし、流石は王族。領地の護衛騎士や護衛官は総動員されはするが、陛下の周辺は当然王宮の近衛騎士が務める。そのため、領地の護衛官たちは、領地内の警戒と治安維持が主な任務となった。

 町の中に落ちているゴミ一つでも、ごみに似せた攻撃用魔道具の可能性がある。普段の任務とは比べ物にならない緊張感があった。

 街の中のちょっとしたいざこざとて捨て置けない。夫婦喧嘩が思わぬ方向に向かうとも限らない。などと、過剰とも思える程ピリピリと張り詰め、街の治安維持を担っていた。


 街の巡回中には、王陛下の従者たちとすれ違う事もしばしばだ。

 従者たちは通称”陽光の稜線”と呼ばれる胸章を付けており判別は容易い。

 しかも魔法石が入っており偽造は不可能。町を歩くだけなら騙すことも可能かもしれないが、胸章を付けている場合は、街の関所を超えるとき、店に入るとき、何かを購入する時など、それを光らせ身分が正しいことを示さなければならないのだ。そのため、仕事以外でそれを身に着ける王宮関係者はほぼいない。かえって面倒であるからというのと、偽造した場合理由の如何を問わず拷問付きの処刑が待っている。ただの処刑でなく、最大限の苦しみを与えられてからの処刑というのが恐怖心を煽る。


 胸章は丸く一周する輪の中に横一文字の線。そして真ん中に小さな魔石が填め込まれている。

 言葉的には稜線に陽光が当たるはずなので、逆だと感じるが、太陽が王を表わし、臣下の立場を稜線と表わす為に、”陽光の稜線”となるそうだ。

 そして稜線という割に横一文字のデザインであるのは、正しい行いであれば陽光の届く明るい上の道を進め、そして道を踏み外せば奈落の底に落ちるのだと表現してあるからだ。胸章一つに天国と地獄を現した意味を考えるとゾッとする。


 そんな胸章を付けた者たちが正面から歩いてきた。

 彼らと出会えば、たとえそれが下位のメイドであろうと道を開け頭を下げる。これは領地民全員の責務として通達がなされていた。


「今すれ違ったメイド、桁違いの美人だったな。」

「王宮はメイドすらあんな美人ばかりかぁ。羨ましいもんだ。」

 王宮メイドとすれ違い、顔を上げた瞬間、同僚たちが騒ぎ出す。

 けれどダンガロは未だ顔も上げられずにいた。。一瞬で彼女に心を奪われてしまったからだ。どれほど危険な任務にあたった時よりも心臓は鼓動を早めるのに呼吸が乱れて苦しいのに。。それが心を躍らせる不思議な感覚だった。


「おい、大丈夫か?もう行ったぞ。顔を上げろ。」

 ダンガロは同僚に肩を叩かれてようやく顔を上げたが。。

「おいおい。顔が真っ赤だぞ。まさかあの美人に一目惚れとか言うなよ?」

「・・・そっ。そんなこと。」

 もごもごとそう言うのが精いっぱいだった。だって本当のことだから。


「王宮の女官たちは下女であっても爵位持ち家門の令嬢だからな?俺らみたいな地方の平民騎士なんぞ相手にされん。夢も持つなよ?虚しいだけだ。」

「そんなことは。。分かってる。」

 先輩騎士のニヤニヤしながら揶揄う言葉は重々承知だ。だいたい、今回の滞在中にもう一度姿を見れるかどうかも分からない。

 だが、あの美しさが目から離れなかった。女神すらも霞みそうなほど美しかった。


 そうして翌朝。24時間勤務が終わり、少々引継ぎに手間取って昼を目前として家路を急ぐ。

「何か食べてから帰るかな。」

 朝食をとることもできず、このまま家に帰ったとしても昼食の時間。疲れ切った身体では適当に作る自炊飯すら億劫だ。

 この領地では護衛官は家から制服を着て出勤するため、当然今も制服姿だが、疲れ切った様子で歩いていれば今が勤務外というのは街の皆は分かっている。それに単独行動というのも時間外の護衛官の証だしな。


「少し教えて欲しいのですけれど。」

 気が緩んで少し注意力が散漫としていたところで後ろから声がかかった。

「・・あぁ。どうしました?」

 勤務中なら絶対に気付いていた。街では聞かないその言葉遣いの違和感に。けれど睡魔と空腹で少しばかり思考力が落ちていたダンガロが気付くことなく振り返ると。。


「・・・っっ!!!!しっ失礼しましたっ!!!」

 振り返った瞬間目に入った胸章。一瞬にして覚醒して壁際まで飛び退き頭を目いっぱい下げれるだけ下げた。不敬罪で訴える事だけはしないでくれと願いながら。

 少し俯いて歩いていたので、目に入ったのは胸章とメイドの制服だけ。顔は見ていない。高貴な家門の令嬢であるかどうかは髪を縛るリボンの色の濃さで決まると聞いている。仕事別に色分けされているが、濃ければ濃いほど上流階級のはずだ。。そこまでは見ることができなかった。不安が募る。


 だが足音はこちらに向かい。地面を見続けている俺の視界に彼女のつま先が入った。とても綺麗に磨かれて傷一つない靴。日々の職務で傷をつけずにこなすのは大変なのではなかろうか。などと緊張のあまり思考がずれる。


「あの。。急に声をかけてしまってごめんなさい。。道を教えていただきたかっただけで、困らせるつもりはなかったのです。顔を上げてくださらないかしら?」

 そう言う彼女の声は、自分よりも困っているように感じて、ダンガロは深呼吸を一つして覚悟を決めて顔を上げた。


「不敬を。。。失礼します。」

「不敬だなんて。わたくしは王陛下じゃありませんわ。ただの()()()ですからお気遣いなく。」

 なんだかメイドという言葉を強調された気がしたが、緊張中のダンガロは気付かなかった。だって、目の前にいたのは、あの一目ぼれしたメイドだったのだから。


「えっと。。道、というのは?」

 目の前に一目ぼれした彼女がおり、バクバクと心臓が鳴る中で何とか答える。

「わたくし、本日はお休みですの。ですから街を散策してみようと思いまして。お昼も近いですからどこかおススメのお店などご存じないかと思いまして。」

 そう言われ、ようやく気付く。彼女が一人きりであることに。


 周囲に素早く視線を這わせ、不審者がいないことを確認する。いくら胸章を付けているとはいえ、メイド一人で街を散策は危険な気がする。店の前までは警護するか。

「この街には貴族のご令嬢が満足できそうな店がほとんどありませんで。。領主様が良く立ち寄られる店をいくつか。。。」

「・・・いえいえっ。そうじゃございませんわっ。たみ。。じゃなくて街の皆さまが普段食べていらっしゃるお店に行ってみたいのです。王都に戻れば庶民街には出られませんから。」

「ふむ。そういうものなのですか。」

 王都に疎いダンガロには彼女の話が真実かさえ判断付かない。


「そっそういうものなのですわ。ですから、ぜひ。ね?」

 提案が通ったことが余程嬉しかったのか、彼女はパッと顔を綻ばせて喜んだ。それはダンガロの心をさらに蕩けさせるのには十分で。。

「分かりました。しかし私は見ての通りの武骨な田舎騎士でして。お嬢様のお気に召す食堂は知りもしませんから、ちょっと知り合いの店に聞いてきましょう。」

 斜め向かいのパン屋を指さしながら歩き始めようとすると袖が引っ張られ、

「お待ちになって?気を遣って探していただくお店では意味がありませんわ。あなたが知っているお店でお願いしたいわ。」

 中々に彼女も強情で引いてくれない。だがダンガロの行きつけの店は。。。本当に庶民が行く食堂だ。田舎の庶民が行くとなれば王都の庶民街の食堂より治安が悪そうだ。


「分かりました。しかし、私がよく立ち寄る店は確かに庶民からすれば安くて美味いのですが、治安が、ね。。。ですから御一人で行かせるわけには参りません。現在職務時間外ですが制服着用中ですから、護衛の任は引き受けられます。私もご一緒しますが構いませんか?」

「まぁ。本当ですの?ご一緒してくださるなら心強いわ。」

 口に手を添えてほころぶ顔は、可憐な花よりも可憐だった。


 そうして行きつけの食堂に着けば、胸章を見て一騒動となるわけで。店内の全員が立ち上がり平伏す結果。もちろん店員も。

「皆様落ち着いてくださいませ。わたくし本日お休みをいただいております。王陛下からは視察期間中は胸章を外さないよう強く言われておりますので制服姿で失礼をいたしますが、畏まらないでくださいませ。わたくしも皆さまと同じく食事を楽しみたいだけですわ。」

 そしてダンガロの存在もあり、何とか食事を摂ることができた。


「ダンガロ卿のおかげでとても素敵な時間が過ごせましたわ。」

「私は平民出身の一介の騎士で、爵位もありませんから卿などと高貴な呼び名は。」

「ではダンガロ様。」

「様もちょっと。。」

「・・・?他にはなんとお呼びするの?呼び捨てでは失礼ですもの。他にどういう敬称があるのか、わたくし存じ上げませんわ?」

 なんとも浮世離れし過ぎてダンガロも困惑してしまった。貴族の学校では学友を何と呼び合っていたのだろうか。。。様か。。。高貴な人たちだものな。。


「えっと、この辺りだと、さん。ですかね。」

「ダンガロ、さん?」

「えぇ。そんな感じです。クララ様。」

「ふふっ。ダンガロさん。とてもいいわ。これで街の皆様と同じですわね。。ふふっ。ダンガロさん。ふふっ。ダンガロさん。」

 まるで言葉を覚えたての子供のように名前を連呼するのだが、絶賛一目惚れ中のダンガロとしては堪ったものではない。名前を呼ばれるたびに心臓を鷲掴みにされているかと思うほどに苦しいがそれが心地いいのだ。


「あっあの。クララ様?そんなに名前を呼ばずとも。」

「だって嬉しいんですもの。ダンガロさん。ふふっ。でもちゃんと節度は守っておりましてよ?本当はお名前を呼びたいところですけれど、まだお会いしたばかりですものね。お名前でお呼びするのはお友達になってからにいたしますわ。」

「・・・えっと。」

 まるでこの先に”お友達”になれる可能性がある様な言い方にダンガロの顔が真っ赤に染まっていく。


「ねぇ。ダンガロさん。あなたの次のお休みはいつですの?」

 そう聞かれて浮かれ切っていた頭が急に冷える。

「すみません。王陛下の視察中は休みはないのです。」

 夢の中から突然現実に引き戻されがっくり項垂れていると、目の前の彼女も肩を落としていた。


「そうでしたの。。また、街を案内していただけたらと思いましたのに。」

 その落ち込み方はダンガロよりも酷く、つい、

「時間外でしたらどうとでもなりますが。」

 と言ってしまったとき、彼女の宿へと到着してしまい、返事を聞くことなくその日は別れた。



 そして2日後。詰め所を出た瞬間。

「ダンガロさん。」

 弾むような声が聞こえてそちらに顔を向ければ、嬉しそうに小さく手を振るクララの姿。

「どうしました?」

「ふふっ。待ち伏せしておりましたの。」

「待ち伏せ。。。。」

 高貴な彼女から似つかわしくない言葉が出たことに唖然としていると、

「ふふっ。まちぶせ。ですわ。まるで隠密のようでカッコいいでしょう?それにほら。ダンガロさんの勤務表も手に入れましてよ。これで何度かお食事をご一緒していただいて、ダンガロ様に気に入っていただけたら、お友達にしていただけるかしら?」

 クララは嬉しそうに勤務表を空に掲げて見上げているが、ダンガロにとっては友達になりたいという言葉の方に衝撃を受けてしまう。


 だが、一応の確認を。護衛官の勤務は内容によって、明かされることは無いはずなのだが、普通にマル秘の文書を持っているように見えるのだ。

「えっと。クララ様。。。それはどちらで?」

「ふふっ。それをお教えしては、隠密として失格でございましょう?」

 そう言って悪戯な笑みで人差し指を唇に当てていた。


 のだが、バッグにそれをしまう時に「騎士団長様にお礼しませんと。」と呟いていた。

 うん。騎士団長が犯人だな。とダンガロが確信を持つが、最近やたらと見合いを勧めてきていたので、これも致し方ないと思ってしまった。


 そうして、1週間。3回の”待ち伏せ”により食事を一緒にした。2回目の食事の際、”お友達になって”と言われ、「この領地内だけですよ。」と限定したにもかかわらず綻ぶ笑顔で喜んでくれた。


 3回食事をしたが、内容など大したことないことばかり。

 けれど他愛ない話でも楽しかった。普段は口数が多くないダンガロだが、クララとは不思議と話が弾んだ。もっと一緒にいたい。そう思うのは当然のこと。だが、身分差というのはどうにもならない。


 滞在があと一日となった夜だった。

 いつものように”待ち伏せ”と言う名の待ち合わせでいつもの食堂へと向かう。

 いつもと同じように笑いながら食事をしてそろそろ解散というころ。

 これが最後の食事となることは二人も良く分かってる。これが最後の会話となることも。。


「・・・ダンガロさん。」

 急にシリアスな雰囲気になった。それはダンガロも十分に分かっていた。

「・・・うん。」

 そう返事をしたダンガロを待っていたのは瞳を潤ませたクララの顔だった。


「・・・ぁの。。。」

 もう声も出ないほど唇が震え、瞳からは大粒な涙が落ちた。

「えっと。。クララ様っ。」

 女性の泣き顔など見たことも無く対処も知らないダンガロはオロオロするばかり。

 それでもこんな食堂で大勢の客がいる前で、貴族の女性が泣き顔を晒すのがいけない事だと言うのは分かる。

「マスター。上借りる。」

「あぁ。気にするな。奥な。」

 クララの状況を見てパッと鍵を投げてくれた。ダンガロは気の利くマスターに感謝しつつ、自分のマントで彼女の顔を隠しながら手を引いて上の階へと連れて行った。

 こうした田舎の食堂は上階が宿になっていることが多いのだ。素泊まりだけだが下が食堂であるから朝食も夕食も摂れるしなにより正規の宿より料金が半額以下なので、冒険者たちも良く使う。


「クララ様。ここでしたら人目はありませんから。粗末な部屋ですが落ち着くまで。」

 彼女を小さくて粗末なベッドに腰かけさせてマントを取る。高貴な彼女には不釣り合いな粗末な部屋だ。彼女が高位貴族ならばその屋敷の馬小屋より粗末かもしれない。嫌悪はあるかもしれないが、泣き顔が落ち着くまでだ。


 すると彼女は首をフリフリと横に振る。

「・・・え?」

 気付いた時にはクララはダンガロに抱き着いていた。


「ダンガロさん。。わたくしっ。。。わたくしっ。。。」

 ダンガロの胸から顔を上げた彼女は声を潜め、頬には大粒の涙がとめどなく流れていく。

「大丈夫です。私しかいません。この部屋は一番奥ですし隣に客もいません。大きな声を出して泣いても大丈夫ですよ?」

 その言葉を皮切りに、堰を切ったようにクララが泣き始めた。

「ダンガロさん。。わたくし。。。」

 その二言の繰り返し。それしか言わない。けれど我慢していたものがぷっつりと切れたようだった。


 嗚咽交じりで苦しいのか顔は真っ赤。化粧も取れてしまった。

「ご、、めん。。なさい。みっ、ともない。。すがたで。」

 まだ呼吸も整わないが、少し落ち着いたようだ。

「そんなことはありませんよ。クララ様は今こうしているお顔とて美しい。それに、泣き顔を見せてくれるほど心を許してくれたのなら、”友”ではなく”親友”に格上げしてくれますかね?」

 彼女の心を少しでも和らげようと、得意でもない軽口を叩いてみる。


 が、彼女から返ってきたのは、

「親友じゃなくて。。。恋人にしてはくださらないの?」

 あまりにも真剣な面持ちだった。

「・・・それは。。。だって。。」

 土台無理な話なのだ。それはお互いに分かってる。それに。。ダンガロは一方的な片思いだと思っていた。


「騙しててごめんなさい。。わたくし。。。覚えていらっしゃらないかもしれないけれど。。初めてお声かけした前日にあなたをお見掛けしたのよ。。それで。。。あなたに一目惚れしてしまったの。。次の日もあなたと会いたい一心で、街でお見掛けしてそれで声をかけたのよ。。。今まで嘘をついてごめんなさい。。本当は最初からお友達じゃなくて。。あなたに好かれたかった。。」

 彼女の言葉にダンガロは絶句した。まるで自分の心を見ているかのようだったから。


「覚えてますよ。。あなた方が我々の前を通り過ぎたのを忘れるわけがないではありませんか。。私もあの時、あなたに一目惚れをしたのですから。」

 そう言ってダンガロが彼女の頬に手を添えると、信じられないかのように一瞬目を見開き驚いたクララだったが次には今まで見たことも無いほどの幸せそうな笑みを湛えた。


「本当に。。。わたくしのことを?」

「あなたに一目惚れしない男などいるわけもありません。それほどあなたの美しさは人を魅了する。けれど私は、あなたに会えば会うほど心を奪われましたよ。普段女性とは会話が続いたことも無かったのですけどね。クララ様とはずっと話していたかった。」

 自分の言葉が既に過去形になっていることは分かっている。こうして彼女に触れる事すら不敬であるのだ。それでも自分の心が止められない。


「わたくしもです。あなたという人を知れば知るほど。。別れたくないのです。。でも。。。身分が無ければ家を捨て駆け落ちを提案もできたでしょう。。けれどわたくしの家門はそれを許さない力があるのです。世界のどこに逃げたとしても決して逃がしてはくれない力が。。」

「分かっています。ですから私も自分の気持ちを最後まで打ち明ける気はありませんでしたよ。」

 二人は辛い現実を噛みしめるように言葉を綴った。


「でも。。。わたくしの結婚はまだだと思ってましたの。それが今朝。。。婚約を決めたと兄から。。」

「・・・そんな。。」

「いつかは嫁がねばならぬとは思っておりましわ。。それでも。。政略結婚とはいえ、異国の15も年の離れた方の元へと。。いくら正妻様がお亡くなりになったからとはいえ。。愛妾が何人もいる方ですのよ。。その国は閨では女性を虐げるとも聞いております。。せめて愛は無くとも静かに暮らせるところに嫁ぎたかった。。」

 クララの身体は恐怖に震えていた。けれどそれをどうにかしてやる妙案など、ただでさえ女性経験のないダンガロに思いつくはずもない。


「ねぇダンガロさん。。わたくしの純潔をもらってくださいませ。獣のような相手に捧げるくらいならば。。愛しい方に捧げたくございます。」

「しかし。。。貴族女性の純潔はそれ自体が価値でしょう?婚姻前に純潔が失われたと分かれば修道院送りか悪ければ幽閉もあり得る。」

「分かっております。それでも。。。それでもわたくしはあなたに抱いて欲しいのですっ。」

 あまりに必死な彼女の想い。ダンガロとて命に代えても構わないと思っていた。既に互いに冷静さは無かった。


「もしも、あなたの純潔が失われたとバレた時には、私に強引に奪われたのだと証言できますか?」

「それではあなたがっ。」

 クララはその先は言えなかった。平民が貴族令嬢を襲ったとなれば極刑が待っている。 

 それでも彼の優しさも理解できた。令嬢が事件に巻き込まれた場合は、それを承知の身分の低い者への婚姻も無くはないし、悪くて修道院送り程度に減刑される。


 しばらく沈黙が続く。

 クララの気持ち次第だ。しかしクララとて好いた相手に死んでくれと言っているようなもの。

 初夜が訪れれば、気付かれないなどあり得ないのだから。

 

「・・・わたくしの為に死んでくださるの?」

「君の為なら笑顔で死ねるさ。」

「・・・でしたら、あなたが死んだと知らせがあれば、わたくしも笑顔で自害しましょう。それでもよろしい?」

「君には生きていて欲しいけどな。」

「愛する方がいないのに生きてる意味などございませんもの。」

 そう言ってどちらともなく唇が重なった。


 二人には駆け落ちも心中も選択肢にはできなかった。外国が絡むならば外交問題になるからだ。

 そしてそれほどの家門のクララならば、確かに駆け落ちしたところで二人とも処刑されるのがオチだ。

 ここで二人で今日の思い出だけを心の糧に、最低限の責務を終えて死を迎える方が多少は良いか。

 冷静さを失っている二人には”死”しか選択肢が無かったのだ。


 安宿の粗末な部屋で二人では壊れそうなベッドで風呂もなく締め切った窓で喚起も悪い。

 二人で最初で最後となる契りには到底相応しくなどない夢の欠片もないそんな場所。

 でもだからこそ誰にも知られない二人だけの秘密の時間が二人の心を燃え上がらせた。



「クララ様。。さようなら。」

「ダンガロさん。。ありがとう。」

 日付が変わるころ。ようやく彼女を宿へと送り届けた。二人には夜明けまで過ごすことさえ許されなかった。二人の最後の別れは手を繋ぐこともできない。頬に触れる事さえ叶わない。ただいつものように別れの挨拶をするだけ。それでも二度と言葉を交わせない互いへ溢れる愛を込めて最後の別れの挨拶をした。



 それからダンガロとクララは互いの同僚に遅くなった理由を問いただされたが、クララが口にした酒が思いのほか強く、気分が悪くなってしまったので部屋で休ませてもらったのだと事前に用意しておいた言い訳をした。そしてマスターにも聴取がされることを想定してその間は部屋にウエイトレスがいてくれたのだと口裏を合わせてもらうように頼んであった。が、本当に裏を取りに来たという。

「ま、ダンガロの一生に一度だろう逢瀬だからな。」

「ありがとうマスター恩に着るよ。」

「ならこれからは朝晩食いに来いよ?感謝は落としてくれた金で誠意を見せてくれ。」

「ははっ。一生食べに来ても恩を返せそうもないな。」

「なら同僚にも宣伝しとけよ。」

「あぁ。もちろんだ。」

 マスターは宿部屋のベッドの片付けもする。当然何があったのかなど承知の上だろう。しかも王宮女官との逢瀬。許されざることであったことも理解しているだろう。そしてそれがバレた時には俺が処刑されることまでも。それでもこうしていつも通りに接してくれる。感謝してもしきれない。



 王陛下の一団は視察を終えてモルディートを去って行った-----



 そこまで一気に話してダンガロ男爵は冷めきった紅茶を一啜りした。


「ははっ。両親の馴れ初めを聞くのは。。恥ずかしいものですね。」

 そう言ってダンディル君も紅茶を啜る。確かに両親のそんな話を聞かされるのは恥ずかしいものだろうが、それでも世紀の大恋愛だ。それも正真正銘命がけの。

 だが、肝心のダンディル君誕生まで行かない。


「そうして何事もなく二月が過ぎた頃でしょうか。」

 ダンガロ男爵が語りだした。


「先代様から呼び出しがかかり、いよいよバレたのだと死を覚悟して領主様のお屋敷に行きました。」


-----ダンガロはあの日からいつ処刑されても良いように、部屋の全てを片付けていた。あるのは仕事で必要な最低限の装備のみ。あとは生活をしているのか不思議なほど何もない部屋となっていた。


「ダンガロ。呼び出しの用件は分かるか?」

「・・・死の覚悟はしております。」

 領主の前に跪き額を床に付ける。御前処刑で首を差し出す際の作法だ。


「そこまで分かっていてなぜ?」

「私の身勝手な想いからです。」

「死をもって償うと?」

「はい。死で足りぬなら、気の済むまで拷問してください。閣下の顔にも泥を塗ってしまいましたから。」

「そこまで分かっていて、なんでそんなことをするかな?」

 公爵は怒るでなく。。。いやどちらかと言うと呆れているようだ。


「全く。その通りよの。。だがその気概。嫌いではないぞ。」

 カツカツと靴音を立て、知らぬ声が近づいてきた。


「そなたに死の覚悟があるならば、クララの幸せを取ると言う選択肢はなかったのかのう?」

「・・・それは。。。」

「どうした?どうせ死ぬのであろう?言いたいことを言えばよいではないか。」

「・・・・。それが許されるのであればそうしました。」

「ならばその覚悟、これからはそちらに遣ってはくれまいか?」

 そう言うと声の主がしゃがみ込みダンガロの顎を掴み顔を上げさせた。


「・・・・っっ!!!」

 ダンガロは目を疑った。そこにいたのは。。。。王陛下その人だったのだから。


「そう驚くでない。。。」

 王はそう言うが、何故ここに王がいるのか把握できず、不敬とは知りつつ王と領主を交互に見る。


「ん?そなたはクララが誰か分かっておらぬのか?」

 王はきょとんと不思議顔で、

「全く。。知らぬとはいえ大それたことを。」

 領主は額に手を当ててあきれ返っている。


「クララ。入ってこい。」

 王がそう言うと、後ろの扉が開き。。。


「ダンガロ様ー。」

 愛しいクララが満面の笑みで走って来て。。。跪いたままのダンガロをなぎ倒すように抱き着いた。

 未だ理解が追い付かないダンガロをよそに。


「全く。身重の身体で走っては危ないではないか。」

「そうですよ。王女殿下。今が一番大切な時期ですよ。」

「ふふっ。この子だってダンガロ様にお会いしたかったのですわ。」

 目の前で繰り広げられる会話にさらにダンガロが混乱していく。。。

 聞いたことのある単語だが。。。今まで自分には無縁の言葉で。。。


「何を呆けておる。これから父親になるのだ。しっかりしてもらわねばクララも子も守れぬぞ。」

「・・・え?・・・まさか。。」

「ふふっ。お兄様が許してくださったの。一人増えてしまいましたけれど。。わたくしたちを幸せにしてくださいますか?」

 クララがお腹を愛おしそうに撫でながら幸せいっぱいの笑顔を零した。

「一人でも二人でも三人でも。。君がいてくれるならどれだけでも命を懸けて幸せにするよ。君がいつまでも笑っていてくれるように。」

「はいっっ。」

 王と領主の御前であると分かっていても、彼女を抱きしめながら唇を寄せるのを我慢できなかった。


「全く。。仲睦まじいのは良いが。。余の目の前でとなると。。。可愛い妹なのだ。。複雑な気分であるぞ。」

「まぁまぁ。あとは若い二人にしておきましょう。さ、陛下、とっておきの酒を用意してありますから。我々は飲み明かしましょうか。」

 妹想いの王は口を尖らせ兄の顔で。公爵はそんな王を慰めようと苦笑しながら連れ出した。


 残ったのは幸せを約束されたダンガロとクララだった。-----



「そうして王陛下の御心の広さで私とクララは夫婦となることができましたが。。もちろんその代償は、ありまして。」

 ダンガロ男爵が苦笑する。

「そなたの妻の経歴詐称、男爵位、領地。。。ほぼ全て、陛下と父の策謀か。」

「仰るとおりで。」

 国家機密どころじゃないレベルの隠蔽工作がなされたのだろうな。。我が父ながら呆れる。相当な手段を用いたと見える。

 ま、王の素性が元魔王と明らかになった現在では、あの人ならやりかねない。と言うのが俺の感想ではあるが。。。よくもまあ20年近くもバレなかったな。。


「母は僕が10歳の時に事故で無くなりました。王妹としては18年前に亡くなったことになってますし。。このことが今さら公になっても僕が王位継承権を持つことはありません。ですからどうぞ今まで通りにしてはくれませんか?」

 ダンディル君が頭を下げる。

「全く。。。王陛下には困ったものだな。。まぁ。貸しが一つ増えたと思えば良いか。この件に気付いたのは私だけのようだから、これからも胸の内にしまっておくことは約束しよう。だが、何か困ったことが起きたならば何なりと言ってくれ。力になれることは父も私も最大限になると誓う。」

 俺は俺のできることをしよう。世紀のラブロマンスに水を差すことも無い。

 そんな俺の言葉に、本当に宗教かと思うほど、ダンガロ男爵親子は拝み倒してきた。。


 それにしても、俺が公爵の身体に来てからというもの。。。

 問題事が頻発している気がする。。しかも国家レベルのものばかり。。。

 何か?昔読んだマンガであったな。。主人公がいると問題事を引き寄せるとかなんとか。。俺は戦闘民族ではないのだが?

 

 今さらながら、この旅行に波乱の予感が。。。いや。既に実際に起きているが。。

 無事に1か月を乗り切れるのだろうか。。。


 頭を抱えたくなる俺なのであった。


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