40.ダンディル君
男爵領に着き、歓待を受ける。
我々は従者も含め最上級のもてなしとなった。もちろん俺とマーガレットの部屋は別格なのだが。。。
「アルベルト様がオルティース公爵家当主となられて初めてのご滞在ですので、力を入れさせていただきました。」
と言っていたのだが、その言葉通りに、俺の滞在する部屋は2部屋をぶち抜いてフル改装したらしい。
調度品なども一新したとのことで。。。金額は聞かないでおこう。
マーガレットの事は話すことができない事。また道中、調子を崩したことを息子ダンディルから上手く伝えてもらい、あまり派手にもてなしをしないでほしい旨を言ってあったのだが。
「・・・これは。。。やり過ぎではなかろうか。」
晩餐の席で思わずため息を付いてしまった。
というのも。。。
俺とマーガレットの席なのだが。
国王夫妻がメインといっても構わないという配席なのだ。正面に設えた俺とマーガレットの為のテーブルは、二人にしては”これでもかっ!”と言うほど大きく、そしてあまりに豪華な装花。
結婚披露宴の数十倍は豪華で、王家主催の晩さん会と言われても問題ないほどの豪奢なメインテーブルがあった。
「いえいえいえ。滅相もございません。奥方様はお身体が弱く外に出ることもままならないとお聞きしております。ですがお花が好きという事も教えていただきましたから。この辺りで採れる花を領民一丸となってご用意させていただきました。ここはもちろん、屋敷中に飾りました花々の花粉や棘なども取り除いてございますから、触っていただいても大丈夫ですし、香りのいい花は湯殿にもご用意しましたから、花湯もお楽しみいただけます。」
ダンガロ男爵がとても楽しそうに嬉しそうに話すので、要らなかった。とはいえない。
とはいえ、領民まで巻き込んでしまったとは。。しかも男爵の話通り、どの花を見ても花粉が丁寧に取ってある。その上、棘なども取ったとなれば、どれほどの手間をかけさせてしまったのか。。
ここで不用意な発言をしてしまえば、彼らの努力を無駄にしてしまう。
それに、屋敷に入ってから、廊下や部屋に飾られる花にマーガレットが興味を示していたのは感じていた。隣を見れば、今もダンガロ男爵の話に驚いてはいるようだが、嬉しそうにもしていた。
「ふむ。マーガレットも喜んでいるようだし、心遣い感謝する。手間をかけさせた領民たちにもそう伝えてくれ。」
俺が感謝の言葉を口にすると、ダンガロ男爵は目を見開くほど驚きの表情を浮かべ、たかと思うとその場にひれ伏し、
「もったいなきお言葉にございますぅぅぅー。このダンガロ家、アルベルト様のお言葉を書に認め、末代までの家宝にいたしまするぅ。」
当主ダンガロの盲信っぷりは逆にこちらの度肝を抜くのだが、その後ろに控えていたダンディルもこれ以上ないほど腰を折り頭を下げ、執事やメイドにいたっては、職務中の為、大きな動作はできないのだろうが、皆が目を見交わし合いながら涙を流している。。。
いや。どんだけだよ。まるでオルティース公爵教などという新興宗教団体でもあるのか?俺は教主か?などとツッコミを入れたくなるほど。。俺をはじめとしてマーガレットも従者たちもドン引きしてしまった。
その後は恙なく晩餐は(過度なもてなしはあったがそこはもう諦めた)終了した。
が、湯殿は恙なくはなく、この辺りのちいきでは、夫婦は一緒に入るもの。という慣習があるらしく、もちろん俺たちにも適用されたようで、マーガレットにも聞いたが無下に断るのも悪いと彼女がいうものだから、俺にとっては苦行の時間となるのかと頭を抱えたが。
「ふむ。この花は王都では見たことが無いが、とても香りがいいな。」
(はい。とても。)
「気に入ったのか?」
(はい。)
「では王都に取り寄せられるか聞いてみよう。」
(ありがとうございます。)
湯舟に浮かぶ花びらを摘まみながらマーガレットと会話する。もちろんマーガレットは声が出せないので読唇術となるが。
そう、あの時、掠れているとはいえ僅かに出た声は、一瞬の事だったようで、また声は出なくなってしまった。
そして湯は濁り湯。湯舟には湯が見えぬほどふんだんな花びらが浮かべられ、互いに裸を見ることが無く、浴場で欲情することなく安心して湯浴みができた。
「お湯はいかがにございましたか?」
ダンガロ家の年かさの侍女長が湯上りのドリンクを持ち、不備が無かったか確認に来た。
本来ならば湯殿番を付けるのが貴族社会での当たり前だが、俺たちが断ったので不安になったらしい。
「ふむ。とても良い湯であった。濁り湯も良いし。花も香りが良くマーガレットも気に入った。可能ならば王都にも届けて欲しいのだ。」
「お気に召していただけたのでしたら何よりでございました。湯はここから10キロほど離れた場所に沸く湯でございまして、湯も柔らかく疲労回復や美肌、小さな傷や打ち身にも効くと言われております。フィアードの花にも美肌の効果と、保湿効果がございますので、本日のマーガレット様のお肌は吸い付くようにしっとりと柔らかく花の香りを纏っておられますからね。夜中でもいつでもお時間気にされることなく入れるようにご用意しておりますので、お疲れが残るようでしたら、お入りになってからご出立くださいませ~。おほほほほ。」
「・・・ぇ。あ。。」
最後に含みのある笑いを残して事情長は俺が止める間もなく去って行った。。
隣のマーガレットは冷たいドリンクのグラスを持ったまま固まっている。
「大丈夫。大丈夫だ。節度は持っているからな。旅の疲れがあるうちに何かをするようなことは無いから安心してくれ。」
俺がしどろもどろになりながら弁明すると、彼女は顔を真っ赤にしながら首を横に振り、
(私は。。大丈夫。。です。)
などと口が動く。。いや。俺の理性が大丈夫じゃないから。
「マーガレット。。。私の理性を試さないでくれ。。」
俺は眉間を摘まみながら思わず天を仰いでしまった。風呂の時間を無事に終了したのに、まさかここで伏兵が待っているとは。。一旦気を緩ませてからの追撃は理性を呼び起こすのを躊躇わせた。が、俺は大人。理性を持つ紳士。
というわけで、苦行はやはり訪れて。
何故か侍女長の言葉に気を遣ったマーガレットが擦り寄ってきたが、気付かないフリ&寝たふりで何とか無事に一晩を乗り切った。実際は一睡もできなかったがな。
明朝、夜が明ける前にダンガロの執務室を訪れれば、部屋の主と息子ダンディルが待っていた。
「朝から時間を取らせたな。」
「アルベルト様がお望みでしたらいついかなる時でも構いません。」
そう言ってダンガロ男爵は頭を深く下げる。
「まぁ。そう畏まらないでくれ。話がし難いだろう。」
「仰せのままに。」
そう言って、ようやくソファーに3人で腰かける。
「して、お話とは?密命にございますでしょうか?」
ダンガロ男爵は真剣な面持ちでそんなことを言う。せっかくの休暇中に密命などと穏やかでない事態に陥りたくないのだが?
「そのような話ではない。昨日の花湯だが。」
本当の目的はこれではないが、まずは軽い話題から触れておこう。
「あぁ。侍女長ハンナから聞いております。奥方様にお気に召していただけたようで、安心しております。しかしですな。あのフィアードという花。摘んでからすぐに色が変色してしまうのです。王都までは生花では運べませぬ。香りや効能が薄くはなりますが、乾燥させたものでございましたら用意は可能です。」
「そうか、ならば少し送ってくれると助かる。それと、湯も10キロも離れた場所から運んだと聞いた。私が訪れるからと無理はしないでくれ。我々は眠る場所を提供してもらえればそれでよかったのだ。」
やり過ぎるなと言うのは釘を刺しておかねばならない。
「何をおっしゃいますか。爵位と領地を頂きましたことだけでも私にとりましては過ぎた褒美でございました。今も私の主はオルティース公爵家にございます。領民たちも私の領地となってからも手厚く支援してくださるオルティース公爵家に感謝しておるのです。花の件も湯の件も、私の提案に、皆が自らの意思で手伝いを買って出てくれたのでございますよ。この領地にはオルティース公爵家に感謝する者はおれど、それを無理だとか面倒だとか思うものはおりませぬ。」
胸に手を当て、男爵は誇らしげに言った。
「感謝されるような何かをしたつもりもないのだがな。」
「何をおっしゃいます。この領地の作物はオルティース公爵家で市価よりも高値で買っていただいておりますし、冷害や長雨の被害が出れば、市価よりも安価に食料などを融通してくださいますし、災害のおりは人手を送ってくださいます。他の公爵家ではあり得ぬことです。ですから我らはオルティース公爵家に感謝してもしきれぬのです。」
と、本当に感謝をしてくれているというのは分かるが。。。
実際にそれをしているのは、俺の身体、アルベルトではなく、その両親。先代オルティース公爵であって、俺に感謝されてもな。と罪悪感がわく。まあ、この感謝の念は、アルベルトの両親に伝えておけばいいか。
そして本題に入ることにする。
「そこまで感謝されてしまっては、これからも手厚くダンガロ男爵家と繋がりを持たねばならんな。何か困ったことがあれば、いつでも言ってくれ。力になると約束しよう。。。それで、話は変わるのだが。」
「はい。何かございましょうか。」
「私はダンディルと会ったのは昨日が初めてであった。なぜ社交界に出さぬ?」
それは俺が感じていた違和感の一つだ。貴族の子息として、王都の社交界に一度は出さねばならぬ年を過ぎている。しかも俺とて一度も顔を合わせたことが無かったのだ。作為的に隠していたと言った方が納得がいく。マーガレットのような理由ではなさそうだから。
「それは。。昨日も失礼したように、こいつが自由奔放過ぎてですな。田舎では問題ありませんが、とても王都の社交界デビューは務まりますまい。」
「他に理由があるのだろう?私にも言えぬか?」
そこまで言うとダンガロ男爵は下を向いて黙ってしまった。
俺はこの身体で最大限、横柄な声色にならぬように気を遣いながら
「19年前、我が領地に王陛下が視察に参られた。当時、我が家で優秀であったメイド3名が身の回りの世話係として任命された。が、1名はその後しばらくして公爵家を辞め、その後行方が分からない。その半年後、そなたが実は4か月前に婚姻をしていたが届を忘れていたと申し出があったと記録にある。そしてすぐに子宝に恵まれたのだったな?」
静かに俺の話を聞きながら、拳を握り占めている男爵。俺の予想は正しいのかもしれない、と思ったのだが、すぐに男爵は首を横に振りながら、
「ダンディルは。。。公爵様の思っているお方の御子ではありませぬ。私の実の子にございます。」
「しかし。。髪色も瞳の色も。。。面差しも。」
そう、全てが王に似ているのだ。まるでその息子かと思うほどに。。
そして、俺の想像を遥かに超える答えが返ってきた。
「ダンディルは。。。視察に同行された、王妹殿下と私の子なのでございます。」
あまりのとんでも発言に、今度は俺が言葉を失う番だった。




