39.男爵領都へ
ダンガロ男爵家へ向かうため馬車を走らせる。
崖崩れが起きた際の状況を聞くため、俺の向かいには青年とマーガレットと共に落ちた騎士タイラーを乗せた。俺の腿には膝枕で寝かせたマーガレット、未だ意識は戻っていない。
騎士タイラーの話によると、なんだかんだ俺が作った料理は足らずがあるといけないと思い多く作った自覚はあるのだが、騎士達でも食べ過ぎた感があったようで、腹ごなしにそこらを一周してくるだけのつもりだった。
散歩し始めれば、初めての森歩きにマーガレットはとても嬉しそうで。
あちこちと視線を巡らせては、薬草を見つけて観察したり、食べれる野草を見つけては匂いを嗅いだりしていたそう。けれど彼女は皆の列を大きく逸脱することは無く、離れても2、3メートル程度で、すぐに列に戻っていたため、皆も微笑ましく彼女の好きにさせていた。
そんな中、マーガレットが隣を歩くタイラーに合図を送ってきた。
あの先に行きたいと指さした先は5メートルほど脇に逸れた場所。特に危険も見当たらない。
「皆、少し待ってくれ。奥様がこの先を見たいそうだ。すぐそこだからちょっと行って来る。」
タイラーの言葉に皆も周辺を確認し、異論はなく、彼女と二人でその先に進んだ。
特に拓けている場所でもなく、森の中。
彼女が指し示した通り、5メートル程行ったところで、マーガレットが何かを拾う仕草をして、満足気に笑顔で終わったことを知らせるように顔を上げタイラーに頷きを返した瞬間だった。
本当になんの前触れもなく、ドンっという衝撃を感じたと同時にフワリとした浮遊感。
「・・・・っ!!」
警戒態勢も取れないまま、落ちたと気づいた。崩れゆく地を蹴ってタイラーはマーガレットに手を伸ばし。。。彼女を抱きかかえることに成功した。
だが、何故かマーガレットが抵抗するのだ。
「奥様っ!!命に代えても御守りしますからっ!!」
そう叫び終わるころには地面は近づき衝撃に備え力を込めたところで、今度は魔獣が向かってきた。
喰われるっ。と身構え、何とかマーガレットを隠すように体勢を変えたのだが、その背にぶつかり弾かれ地面に落ち、全身を強打してそこで意識が途絶えたそうだ。
「私の力が足りないばかりに。。奥様にお怪我を。。。申し訳ございませんでしたっ。」
怪我は治癒したというのに、タイラーはまだ自分の力不足と嘆く。
「良い。お前がいなければ、間違いなくマーガレットは助からなかったのだ。今は二人が助かった。それでいい。」
俺の言葉にタイラーは静かに息を詰めて涙を流した。
「じゃ、ここからは僕の番だね。」
気を失ったタイラーに代わり青年が話し始めた。
「彼が言ったのとは違ってさ、僕はお姉さんたちを助けようと近づいたんだけどぉ。あの子の姿を見て、あっあの子って言うのは僕と一緒にいた狼の魔獣の名前はフェルって言うんだけどね。それでフェルを見て騎士さんが驚いたみたいでね。体勢を変えるもんだから。。フェルの背で受け止めようと思ってた軌道が変わっちゃって。それでも地面に落ちる前にまた体勢を変えてお姉さんを守るみたいに背中から落ちたんだよ。騎士道の精神力ってすごいですねぇ。それにすごく有能だ。」
青年はタイラーを褒めちぎる。それでもタイラーは浮かない顔。やはりマーガレットに傷を負わせたことを引き摺っている。
「あっそうだ。それよりも。」
そう言うと青年は顔を引き締め真面目なトーンに代わる。
「地面に落ちた直後はお姉さんの意識はまだあってね。僕とフェルが近づくと怖かったんだろうね、逃げようとするんだけど、騎士さんががっちり抱きしめてるから抜け出せなくて。もちろん僕だってフェルの事が怖いんだって分かるから後ろに下がらせたんだけど。。。僕が傷を診ようと近づくのも凄ーく怖がっちゃって、泣いちゃうくらいでさ。。それでここからが本題。彼女がパニック気味になったところで、魔力というか。。ちょっと嫌な感じの力が集まるのを感じたんだ。この辺りは魔素が多いから、お姉さんの恐怖心に集まってきたんだと思うんだけど。。魔力に耐性の無い人が浴びると体調を崩すことがあるから、しばらく様子を見てあげて欲しいんだ。」
「ふむ。。確かにな。。」
納得の話だ。そもそも公爵の虐待によって男性に対しての恐怖心は人一倍だろうし、魔獣など見たことも無い。もちろん崖から落ちるなど、普通の人間でも味わうことが無い。そんなことが立て続けに起きればパニックにもなる。ヒスイたちが言っていた”瘴気の渦”というのが魔素だまりという事なのだろう。
日本とて気圧が変わると”天気痛”というものがある。天候が不安定になると古傷が痛むとか偏頭痛が出るだとかだ。それが魔力だの瘴気だの、気圧よりも強力そうな力を浴びせられれば健康な人間でも病気になりそうだ。この青年が言うようにマーガレットに不調が出ないか注視せねば。
「それにしても、銀色の毛並みの大型狼の魔獣で名前をフェルか。。まるでフェンリルのようだな。」
ふとそんなことを口にすれば、
「だっ旦那様っ。流石にフェンリルではないでしょう。あの魔獣が本当にフェンリルだとしたならば、S級、災禍の魔物になりますよっ!!国が滅びかねませんっ!!」
「ははっ。独り言だ。真に受けるな。」
と冗談めかし焦る騎士を宥めたが。。。青年がびくりと反応したのは見逃してはいない。
だがしかし。。
(まさかな。)
とりあえず二度と会うことは無い魔獣だし、青年が飼い馴らしてるようだから。。マンガに出て来そうなフェンリルでは無いことを祈ろう。もしそんなヤバい奴なら、ヒスイ・ブルー・シャルルの3匹が騒ぎ立てているはずだ。
さて、妄想より現実。
「そういえば君の名だが。。。」
そう青年に聞こうとした時だった。
「・・・・ぅん。。」
膝の上で僅かに身じろぎながらマーガレットから息が漏れる。
「マーガレットが目覚めそうだ。静かに馬車を止めよ。」
「はっ。」
徐々に馬車が速度を緩め、静かに止まったころ、マーガレットの瞼がゆっくりと動いた。
薄らと目を開きまだ夢現な感じだ。
「マーガレット。大丈夫か?」
彼女の額にそっと手を置いて驚かせぬよう潜めた声をかけると、マーガレットの視線がゆっくりと俺に焦点を合わせてきた。
「・・・はっ。。。ぁ。。。」
俺を見るなり記憶が繋がったようで、周りを確認し見る見る瞳に涙が溜まり恐怖に唇が震え始めた。
彼女を引き上げ俺の腕の中に閉じ込めると強めに背中をさすり、
「大丈夫。大丈夫だ。ケガもないが。。どこか痛むか?」
「・・・はっ。。ぁ。」
泣きながら身じろぐと俺の顔を見上げた。
「・・はっんな。。さ。。まっ。」
息が漏れて上手く言葉にできていないが。。
「今っ。私の事を呼んでくれたのかっ!!マーガレット。。声が出せたのかっ!!」
片手で抱きしめながら、右手で彼女の頬に手を当てた。
「・・・はっぃ。」
息ばかりで聞き漏らしそうではあるが間違いなく声を発することができている。
「良かった。。。本当に。。。良かった。」
思わず俺も涙ぐんでしまう。無事であったと言うだけでも俺にとっては僥倖であったが、まさか声が出るようになるとは。。。
しっかりと彼女を抱きしめれば、マーガレットも抱きしめ返してくれる。ただそれだけなのだが、それが何よりも嬉しい。
そんな俺たちの関係性を知っている騎士タイラーは「良かったぁ。」と感激の眼差しで、何も知らない青年はきょとんと不思議顔。
「すまない。。マーガレットは私の元へ輿入れしてから声が出なくてな。僅かでもこうして声が出せたことが。。。」
あまりの感動に言葉に詰まってしまう。
「えっと。。お輿入れしてからって。。どのくらい?」
「じきに一年になる。」
「・・・そんなにか。。」
青年も俺の説明で、この感激一塩の場面の意味を理解した様子。そっとしてくれた。
そしてマーガレットも落ち着き、馬車を動かそうと御者に合図していると、居心地悪そうにマーガレットがそわそわしていた。
「どうかしたか?」
声をかけるが、俯き加減で視線を彷徨わせるばかり。もしかしてと思い、
「乗り物酔いが怖いならば、こちらに来るか?」
勘違いだったならば、自分の膝に呼ぶのは少々気恥ずかしいが、その言葉を聞いてマーガレットはコクコクと恥ずかしそうに頷いた。
遠慮がちに俺の膝の上に来ると腕を少し上げ、俺の腕が彼女をホールドするのを待っている。。
その姿が堪らなく愛らしい。やはりうちの嫁は天使だろうか。。。いや、これほどまでに可愛らしいのだ。天使でも女神でも敵わないかもしれない。などと心の中でマーガレットを絶賛しつつも、実際の俺はすました顔でデレなど一切感じさせず彼女をホールドする。すると彼女も待っていましたとばかりに俺の腕に手を重ねていた。心の中ではキュン死できるほどの可愛らしさを感じつつ、
「初めての旅で乗り物酔いが酷くてな。少しでも症状が出ぬよう、こうして身体を固定しているのだ。」
「・・そっ。そうなんだぁ。」
「・・・・・。」
青年は引きつった笑いを浮かべ、タイラーに至っては見てはいけないものを見たように目線を逸らして窓の外を見ている。
まぁ、気にすることはない。何といってもマーガレットから俺の膝に乗りたいなどという事態がこれから先、発生するかも分からないのだ。例え変人だと部下に思われようとも、この機会を逃すわけにはいかない。
「では、話を元に戻そう。君の名を聞いてなかったな。」
「あっ。あぁ。そうでした名乗ってませんでしたね。」
「私は、ベルという。」
「僕はディルです。冒険者やってます。」
遅ればせながらの自己紹介をする。
「今日の泊まる宿は決まってますか?」
「あぁ。予約している。」
「そうでしたか。もしまだでしたらおススメの宿とか紹介しようかと思いましたが、大丈夫そうですね。町の中で何か問題がありましたら、ギルドに言って、僕の名を言ってください。力になるよう伝えておきますから。」
ディルは相当顔が利くのか、そんなことを言った。
「そうか、君は相当ランクが高い冒険者なのだろうか。魔獣も馴らしていたしな。。町まで一緒に来てもらったからには護衛料を支払わなければならないな。」
そう言うと、ディルは慌てて首を振る。
「たまたまっ。たまたま知り合いが多いだけなんで。ランクだってBですしっ。大したことは無いんですって。。でも。。でも、何か困りごとがあれば力になれますっていうか。。」
何故しどろもどろになっているのかは分からないが、冒険者ともなれば、人に言えない何かを抱えていても不思議ではないだろう。
「では、土産にいい店があれば教えてくれると助かる。屋敷の使用人たちに何か見繕ってやりたいのだが。」
「そういう事なら、いくつか紹介しますよっ!!今は地図の手持ちがないんですけど、商業ギルドに町の見取り図があるので、それをお渡ししますっ!!」
話題を変えると彼の顔が晴れた。やはり何かを抱えて冒険者になったのかもしれないな。深入りはしない方がきっと彼の為だな。
「せっかくなので、町を散策してくださいね。今日か明日なら、あのっ。あのっ、戦場では負け知らず、高潔で気高く神も平伏すと名高い、オルティース公爵さまがこの町に立ち寄る予定なのですっ!!もしかするとそのご尊顔を拝謁できるかもですよっ!!そのお姿はまるで・・・・・」
急に饒舌に語りだした。。俺の事を。。しかも目をキラキラさせて。。こいつは”黒闇の公爵”とかいう二つ名を知らんのか?傍若無人冷酷非情だと言われ、作戦遂行の為なら敵味方なく容赦なく打ち払うと陰口を叩かれつつそれを誉だと言ってのけた上に、敵には笑顔で拷問をする男だぞ。。
それを全く排除して手柄だけを連ね、ここが素晴らしい、あの戦いは神がかっていた。などとまだ続く。昔の手柄に関しては、ほんっと、俺の事じゃないから。最近の事も、それほど讃えられることじゃないから、とこっ恥ずかしくなってくる。
だがまぁ、悪評を連ねられるよりはまだましか。などと思っていた。が、無事に街に到着して、彼への度々感じていた違和感が別の問題であったことに流石に気づいた。
「ちょっと待っててください。地図を取ってきますからっ!!」
そう言って町の入り口で馬車を降りると、門衛に何かを言いながら走っていく。
「御客人、ダンガロ男爵領へようこそ。このまま真っ直ぐ行くと、町の中心の広場に着きます。そこでお待ちください。ディル様が戻られますので。」
と門衛が御者に説明している。
が、おかしいだろ。門衛がただのBランク冒険者に”様”を付けるなど。
それは護衛騎士団長も気づき、
「旦那様。影を付けますか?」と。
「必要ないだろう。まぁ今のやり取りであの子が誰かは薄々分かった。」
まさかこんなところで会う訳も無いし、ましてあの魔素が多い瘴気の渦の森で魔獣を飼い馴らして射るとも思えない人物。存在はもちろん知っていたが、実際に会う事が無かったためにピンと来なかった。
俺が気付いたと言ったが、皆はまだディルの正体にいきついていない。違う可能性も含め何も言わずに広場で待つこと数分。
「お待たせしましたぁ。」
と笑顔でディルが戻ってきた。馬車に乗り込み、地図におススメを書き込んでくれる姿を見ながらカマをかけることにした。
「へぇ。そこは食堂なのだな。」
「そうなんです。食事ももちろん美味しいんですけど、裏メニューの”花茶”が絶品なんですよぉ。店主が個人的に栽培してまして、数が少ないのでメニューには載せられないんですけどね。」
「あと女性へのお土産はこの店で。この辺りは宝石では無いんですが、綺麗な石が採れるんですよ。それを使った雑貨が安価で可愛いとお土産に人気です。」
「ほうほう。で、宿屋は?」
「町一番は、やはりここですかね。王都のホテルで修業したオーナーで、スイートルームは町の皆が憧れる王都のホテルに引けを取らない豪華なお部屋ですっ!!」
「そうか、ならディルも来ればいいじゃないか。ベッド数は足りるだろうし、君も一晩一緒に泊まっていけばいい。今日の礼だ。」
「・・・え?もしかしてスイートルームを予約してるんですか?一泊が町の人の年収くらいあるのに。。」
「あぁ。それくらいなら問題ない額だからな。」
「・・・えっと。。。でも僕は家に帰らないと。」
「そうだな。出会って間もない我々と一緒では気が休まらないな。ならばスイートルームは君一人で使ってくれ。」
「・・・えっと、そういうわけじゃなくて。。約束があるというか。。。お客様が来ると言うか。。」
ディルがしどろもどろになってきた。
「ふむ。冒険者の君に客人とは。。どんな人なのかな?ダンディル君。」
「ちょっと偉い人なので。。すっぽかせなくて。。」
言い難そうに言葉を選んでいたが、かかった。。
「ふむ。やはり君はダンディル君なのだな?」
「・・・・え?」
もう一度名を呼び掛けて、ようやくディルは気付いたようだ。
「私が予約している宿は、ここじゃなくてね。古い知り合いの屋敷なのだ。そこには今年18歳になる息子がいると聞いているのだが、不思議なことに一度も会ったことが無くてね。今回は是非会いたいと手紙を書いていたのだ。高貴な身分のご子息なのだが。。。君は知らないかな?ダンディル君?」
「・・・え。。まさか。。。いや。。えっと。。」
彼もまた俺の事に確信を持ったのだろう。顔がどんどん青ざめていく。
「私も忍びの際は面倒にならぬよう、名を簡略化している。少し前まではアルと言っていたのだが、すぐにバレるのでな。最近はベルと変えようと思っていたところだったのだ。正式にはアルベルト・フォン・オルティースと言う。以後、見知りおきしてもらえると助かる。」
にやりと口角を上げれば、がーん。と音が聞こえそうなほどに項垂れるディル。
「知らないとはいえ。。すみませんでした。。見知りおきなどと公爵様にへりくだられましては。。父に首を落とされますから、ご冗談でもそのような。。」
もう泣き顔だ。
「本当に冗談だから問題ない。それよりも感謝していることは本当であるし、ダンガロ家は爵位があるのだ。もっと堂々としていればいい。我が家の臣下であったのはもうずいぶんと昔なのだ。もっと自分の家名に自信を持て。」
「有り難きお言葉ぁ。。ですが今の我が家がありますのも、オルティース公爵家あってこそにございますから。」
何故か馬車の床に土下座状態の彼。少し可哀想だ。
「なぁダンディル。そう畏まらないでくれ。私もマーガレットも君に助けてもらった側だ。そんなにへりくだられるより、先ほどまでの屈託ない君の姿の方が嬉しいのだ。なぁマーガレットもそう思うだろう?」
俺が言えばマーガレットも微笑んでこくんと頷いてくれた。
「しかしながら。。」
「しかしも何もないのだ。私の前では冒険者ディルでいい。ダンガロ男爵にもそう伝えておく。だから、気軽に。良いな?」
「流石に。。。難しいですよぉ。」
ダンディルは困り顔であったが、徐々に慣れてくれればいい。筆頭貴族である公爵にとって、気軽に話せる人物はそうはいないのだから。貴重な人材だ。
本当の身分を明かし合い、町の散策はあとにするとして、馬車を走らせ。。。
田舎領主の堅実そうな屋敷の前には、まだかまだかと窺う使用人たちの姿。先触れは出したし、救援要請も出し、それは必要なかったと使者も送り、到着予想時刻も伝え、迎えは必要ないとしてあったはずなのだが。。。一体いつから待っていたのだろうか。。
馬車が到着すると、
「ようこそおいで下さいました。」
ズザっと見事に衣擦れの音をさせながら、使用人たちが一斉に頭を下げ、予想外の出迎えをもらってしまった。
とはいえ、何だかんだあったが、やっとダンガロ男爵の屋敷へと到着でき、ホッとする俺なのであった。




