38.崖下へ
程なくして到着した現場は横幅にすると15メートル以上が不自然に途切れていた。
いまだ土ぼこりが舞う中、場は騒然としており、マーガレットに供していた侍女は泣き崩れ、騎士たちは慌ただしく叫ぶように走りまわっていた。
だが、まるで音が消えたように俺には聞こえてこない。いや。聞こえているが内容が入ってこないと言った方が正しい。
(あの先にマーガレットがいたということか?)
茫然自失で普段のポーカーフェイスなどでなく、表情が抜け落ちてしまった俺は崖の先に向かう。
「旦那様っ!!それ以上は危険ですっ!!」
まだ崩落した崖先まで10メートル近くあるというのに、騎士に羽交い締めにされた。
「離せっ!!マーガレットがっ。。。その先にいるのだろうっ!!」
「だめですっ!!どこから崩れるかわかりませんっ!!」
「離せと言っているだろうがっ!!これは命令だっっ!!」
歴戦の騎士である公爵の身体能力が高いために、それを押さえつけるように騎士が2人となっていた。
藻掻き暴れる俺の横で、騎士が大声で状況を伝え始めた。
「なんの予兆もなく、15メートル以上が崩落したのです。奥様の側には騎士が一人ついておりました。落ちる瞬間、手を伸ばしておりましたから、墜落前に抱き込めているかもしれませんっ!!」
「数メートルの転落でも死の危険だっ!!それが崖の崩落だぞっ。いくら騎士に抱き留められたとしてもっっ。」
最初こそ叫んでいたが、言葉にすればするほど現実が襲い掛かってくるようで、最後には言葉も続かず、暴れる力さえ抜けてしまった。そんな俺を騎士たちは苦しそうに悲しそうに見ていたが、それがさらにマーガレットの生存が絶望的なのだと物語っているようで、胸の奥が引きちぎられるように苦しくなった。
「下に降りる道を探させておりますから。」
そう言う騎士の言葉を無気力に聞きながら、それでも上からも確認がしたい。上空から見渡せば、下に降りたときにも地形の把握がしやすいだろう。。そんなことを思っているとふと日本の記憶が。上空からヘリやドローンがあれば姿の確認もできるのではと。
「ブルーを呼んでくれ。」
力なくそう言うと、
「あるじさまー。ずっと肩にいるぴよ?」
俺を気にしてか小さくて優しい声がした。
「あー。そうだったか。それにも気づけないほど。。。取り乱してしまったのだな。」
「気にすることないにゃ。俺たちも驚いてるにゃ。」
「そうであるな。下に降りるならば、我も多少手伝えるぞ。」
隣にはシャルル。その上にはヒスイがいた。
「そうか。いつでもお前たちは優しいな。では、上空から崩落した状況を確認したい。ブルーが見た景色を見ることはできないだろうか。」
「なんでブルーにゃ?自分で見に行けばいいにゃ。」
俺の言葉にシャルルたちは首を傾げた。だが、俺が崩落場所に近づこうとすれば、また先ほどのように騎士に止められるだろう。
本当は生存確認のためにマーガレットの姿を見てきて欲しいのだが、絶望的なこの状況ではブルーではなく自分が最初に確認したい気持ちが強い。
「下は池だったにゃ。いや。少し大きいから湖っていうのかにゃ?」
「それはどうでもいいだろう。先端は危険だから向かえぬという騎士を納得させるのが先決であろうが。」
「でもそれはヒスイの糸で解決っぴよ。なんで主様は騎士に止められるぴよ?」
3匹は俺の気持ちがわかるのか、”自分たちが見てくる。”という提案はせず、俺の意思を尊重して、”下に降りる”という選択をしてくれたようだ。
従者たちも先日のドラゴン急襲の記憶は新しく、ヒスイの糸がドラゴンたちを縛り上げた強度を覚えており、俺に括り付けて下に降りる、のは早計だが、崖先に行くことには渋々納得してくれた。
アラクネノームの糸は馬車に括り付け、崖とは反対側の街道まで下がらせた。
そこまで離れれば崩落の危険はないし、そのまま崖下に降りてマーガレットと騎士を引っ張り上げることになったとしても崖側に引きずられることもないだろう。
そして同時にダンガロ男爵家にも使者を送る。マーガレットたちの安否がわからない以上、生きているのだとして救助活動をおこなうのだから、医者などの救援者が欲しい。
「よし。行くぞ。」
「行ってくるにゃ。」
ヒスイの糸によって作られたハーネスベストを着用し、お腹には袋。そしてそこにシャルルが入っている。
ブルーとヒスイはそれぞれ両肩に乗っている。
心配そうに騎士たちに見守られながら、慎重に崖先に向かう。いくら命綱があるとはいえ、崩落の危険性が拭えない以上、急ぐ気持ちはあれど慎重に進む。焦るあまり大きな動きで崩落を促せば、その下にいるであろうマーガレット達をさらなる危険にさらすことになるからだ。
息をしたところで体重が変わるわけでもないのに、息を殺して慎重に歩き、崖先に。。。
「・・・・酷い。」
思わず口をついて出てしまった。
ブルーに聞いていた”池”は確かにある。あるのだが。。。崩落した岩や土砂により、3分の1以上が埋まってしまったように見える。
崖が崩落した衝撃で土と水が舞い上がり、うっすらと靄がかかり、大まかに把握はできるもののハッキリとは見えない。
「降りるしかないな。」
「うむ。では、ゆっくり糸を伸ばす。バランスを保つゆえ、動くなよ。」
「了解にゃ。」
「頼む。」
「下に行ってくるぴよー。」
ブルーが飛翔して従者たちに伝えると、降下を始めた。
崩落した現場に近づくほど、むせ返るほどの湿った土ぼこり。靄の中に入れば思ったよりは視界が効いていたのだが。。
「マーガレットの姿がないな。」
ゆっくりと降下しながら岩の残骸を舐めるように見るのだが、マーガレットも騎士の姿も見当たらない。
「そろそろであるな。しっかりと地に降りるまで動くでないぞ。」
ヒスイが地面に降り立つまで慎重に糸を操り、無事に降り立った。
「思いのほか、捜索範囲が広いが、どうする?」
「主と我は共に行動しよう。糸が使えれば、”医者”として能力が使えよう?」
「なら、俺は崖側いくにゃ。水は嫌いにゃ。」
「じゃ、僕はみんなが歩けなさそうなところを飛んで見てくるぴよ。」
ということで3方向に分かれ捜索することにした。俺たちには”念話”があるので離れていても連絡が取れる。と安易に考えていたが、当たり前だがトランシーバーのように有効範囲が狭いようだ。
だがそれは精霊王であるアラクネノームによって解決。ヒスイが俺の魔力を吸い、それを使って念話の有効範囲を広げてくれた。
(・・・どうだ?)
(まだ2分も経ってないにゃ?)
(魔力がもったいないっぴ。)
何度も確認を入れ過ぎてシャルルとブルーが呆れ始めた。だが気になるのだから仕方ない。
岩や土砂の隙間に服の切れ端や血痕など、小さな手がかりも見逃すまいと探すのは時間がかかる。
ブルーは飛翔の為、ある程度のスピードを保ちながら周回するので、俺やシャルルと違い、細かくは見れないが、広範囲を周回して見ることができる利点がある。
(主様、奥に狭いけど空洞があるみたいにゃ。俺が入れそうな隙間しかにゃいけど、入ってもいいかにゃ?)
(むやみに入ると危ない。外から声をかけて、少しでも気配があれば教えてくれ。無ければ、先に向かってくれ。)
(了解にゃ。)
捜索前に2次被害を避けるよう打ち合わせた通りに、シャルルは細かに指示を仰いでくれる。
「ねねさま~。」
「マーガレットー。」
3方向で彼女への呼びかけを行っているはずだが、互いにその声は聞こえない。
「なぁ、ヒスイ。俺の声もそこそこ大きいと思うのだが。。シャルルやブルーも大きく呼びかけてくれているはずなのに、声が聞こえぬと思わんか?」
「ふむ。主も気づいたか。この靄は土埃だけではなさそうだな。この規模の森や湖ならば精霊がいるかと思い、先ほどから念を送っているのであるが、一向に気配すらないのだ。これは瘴気の渦かもしれぬな。」
「瘴気の渦?」
「ふむ。地上は精霊たちにより空気が循環し浄化されるのであるが、稀に空気が淀む場所があっての。そこに浄化しきれぬ瘴気が溜まるのだ。そんな場所は精霊も近づかぬようになりさらに浄化は去れなくなる悪循環が始まると、瘴気の渦ができるのだ。そうなれば上級魔物の住みかとなりやすい。」
「・・・それは。。この場所がさらに危険ということだろう?しかも魔物がいれば、怪我を負っているはずのマーガレットたちの血の匂いで。。。」
さぁっと音がしそうなほどに一気に青ざめていく。
(マーガレットたちの姿が見えないのは。。まさか魔物に連れ去られたのか?)
嫌な想像が浮かび、剣を握る手に力が入る。
「そう焦るでない。瘴気の渦かもしれぬのだが、我とて小さな森で精霊王であったのだ。この辺りはそれほど悪気は感じられぬ。」
「悪気が多いとはどのようなところになるんだ?」
「瘴気の渦の最たるものは魔大陸であろうな。」
「魔王の居城?」
「ふむ。であるからして自然に魔物たちが集うのだ。」
また一つ勉強になった。だから人間たちには酷な場所であり、魔物にとって優位な場所であったのだと理解した。
(主様~。)
少し興奮した声で念話が入った。
(どうした?)
(ねね様って呼んでたら、知らない男の声が返ってきたっぴ。)
(・・・っ。本当か!)
(うん。こっちだーって言うぴよ。行ってもいいぴよ?それとも主様の場所から遠くないから一緒に行くぴよ?)
(そうか、ならば合流してくれ。危険度が分からないから皆で行こう。)
(なら俺はそっちに向かうから先に行ってるにゃ。)
シャルルは追いかけて来てくれる。ブルーは急いでくれたようですぐに合流できた。
「こっちぴよ。」
俺の肩にとまったブルーの指示で声が聞こえた方向に急ぐ。
「誰かいるのかー。返事をくれー。」
足場が悪いがそれでも急げるだけ急いで走りながら、声をかけ続けると、何度目かに、
「こっちだー。怪我人がいるー。」
反応があった。ブルーの情報通り男の声。それも若いとみえる。
互いに声をかけ続け互いの距離を縮めて、ようやくたどり着いた俺たちは目を疑った。
そこにいたのは大きな狼の魔獣と若者の姿だった。そしてそこにマーガレットと騎士がいたのだ。
少しの距離を保ったまま、近づけないでいると、
「驚かせてごめんよ。けど、この子は僕の友達でね。悪さはしないよ。それよりあなたたちが探していたのはこの人達だろう?ケガしてて、目を覚ましてくれないんだ。ポーションとか持ってないかい?」
マーガレットの腕に布をあて、止血しているような仕草をしながらも、とても落ち着いて穏やかに話す青年。育ちが良さそうに見えるが、魔物と友というのはどういうことなのだろうか。
「彼女は私の妻なのだ。手当ていただき痛み入るが。。。そちらに行っても?」
「もちろん。敵意を向けない限り、取って喰うような魔物じゃないから安心して。」
という彼の言葉。。いや。逆に敵意を向けたら取って喰われると言っている。安心という言葉の意味を分かっているのかとツッコミを。。いれている場合では無いので、信じてマーガレットに駆け寄った。
回復と治癒のポーションを取り出すが、まずはどちらを使うか怪我を診てから判断することにしたのだが、
「ポーションがあるならすぐに使いなよ。奥さんなんでしょ?」
青年は首を傾げている。
「私は医者なので、怪我の状態を把握してからポーションを使う。そうすれば最大限にポーションの効果を使えるからな。」
「へぇ。お医者様だったのか。。どこかの貴族かと思ったな。」
一瞬ぎくりとしたが、別にバレても構わないし、マーガレットたちを治療するのが先なので、彼の事は一旦放置することにした。
怪我の状態は思いのほか軽い。マーガレットの腕と、騎士の両足と肋骨の骨折。裂傷と擦傷。分からないのが脳内の出血であるが、頭部に外傷がないのを見ると、頭は打ってない可能性が高い。目を覚まさないのはかなりの高所からの落下により気絶したのだろう。
手早く診察を終え、外科処置よりも治癒薬を使い、一気に治すことにした。CTが無い現状では万が一にでも頭部や内臓に損傷があるかもしれないからだ。治癒薬ならば全てクリアできる。
ただ2本しかないヨランダ様が何とか間に合わせてくれた貴重な2本。慎重に量を調節しながら余分に使う事が無いようにしなくてはいけない。
「どう?」
「ふむ。あの高所から落ちたにしては怪我が軽い。このポーションで治せるだろう。」
「ごめんよ。二人が崩落に巻き込まれて落ちたのに気付いて急いだんだけど、衝撃を全部は吸収しきれなくて。」
何故かしょんぼりとする青年に、ポーションで治癒をしながら話を聞けば、魔物と散歩していたところ、崖の異常を察知し様子を見に行ったところで崩落。人影が落ちてくるのを確認して慌てて向かったのだが、魔獣の背に乗った青年の腕力では二人を繋ぎ止めておけず、背で衝撃を和らげたものの落下したのだそう。
「その魔獣をクッションにしてくれたという事か?」
「クッションなんて。そんな柔らかくないから、この人たちがケガしちゃったんだよ。ほんとごめん。」
「君が謝ることではないだろう?君たちがいなければ妻たちは間違いなく死していた。助けてくれたことに感謝する。」
「感謝だなんて大袈裟な。当たり前の事をしただけさ。」
そう笑う彼には人を惹きつける何かがある。たったこれだけのやり取りなのだが、信頼できると思った。
「・・・ぅぅうん。」
治癒薬が効いたようで、騎士は早々に目覚めた。
「大丈夫か?」
「・・・っ!!旦那様っ!!・・・・奥様はっ!!」
一瞬にして覚醒したのか騎士は目覚めた瞬間にガバっと起き上がって周囲を確認した。
「大丈夫だ。お前がマーガレットを抱きかかえてくれたそうだな。おかげで彼女の怪我は軽く、お前の怪我が酷かった。」
「マーガレット様はやはりお怪我を。。御守りできず申し訳ございません。・・・って私の怪我?」
項垂れた騎士は途中で自分の怪我が無いことに気付いたようで目を丸くする。
「二人に治癒薬を使った。もう大丈夫だ。」
「そんな。。。貴重な物を。」
騎士は任務上、持ってきた治癒薬の本数を知っている。そのため自分にそれが使われたのだという事を知り申し訳なさそうしたが、それを俺が止めた。とにかく怪我人も病人も貴賤はなく平等に扱うべきだからそうしたのだと俺の考えを説いておく。
そうして俺たちはヒスイのロープで元の場所に戻ることにした。
青年もダンガロ男爵領の街まで帰ると言うので、魔獣と別れ、俺たちと上に行くこととなった。
「すごいですね。ただのクモかと思ってましたが、まさかアラクネノームだったとは。しかも従魔とは。」
さすがにクモの糸を使っているだけに、ヒスイの事は紹介せざるを得なかった。ブルーとシャルルについてはペットと思っている様子なので、そのままにしておいた。
地上に戻れば従者たちがマーガレット達の無事を見るなり、今度は安堵の涙を流してくれた。
マーガレットはまだ目覚めないが、体力のない彼女の事を思えば、まだ目覚めなくても心配はいらないだろう。
そうしてようやくダンガロ男爵の屋敷へと向かうのだった。




