37.旅路
王都から戻ったブルーが持ち帰った書簡には国王の封蝋。
ほんわか旅行モードから一気に仕事モードに引き戻された。
「何が出るかなぁ。何が出るかなぁ。ごーはん、楽しみっぴよ~。」
今日の夕食に間に合ったブルーはご機嫌で、偶然にも日本で聞き慣れた音階となっている鼻歌を歌っている。普段ならクスリと笑うところだが、今はそれどころではない。
書簡の封蝋を確認した俺と護衛騎士団長の顔色が変わったことで、皆にも緊張が伝わり言葉なく宿場町までの道のりを。。。静かとはちょっと違った。
「・・・で、アナベルとデリーはー。」
「ふむふむ。それで?どうなったにゃ。」
空気を読まない二人は相変わずだった。。。重い空気もなんのその。俺の馬車内はブルーによるゴシップ談義が繰り広げられていた。
うん。ちょっと考え事したいんだけど。静かにしてくれる?とは流石に大人な俺は言えるわけもなく、「それでどうなった?」とどちらにも思ってしまう始末。国王の書簡も気になる、アナベルとデリーの恋模様も気になる。
ということで、気持ちも落ち着かず、公爵の身体の俺は、マーガレットの安全ベルトになりつつ、しかめっ面が続いた。
「ふはー。ようやくごはんっぴよぉー!!」
「肉を所望するにゃぁ。じゅるるるる。」
「・・・お前たち、分かってると思うが、町では人語禁止だからな。」
『・・・うっ。』
一応釘を差せば、バツが悪そうに口を閉じた。獣人族がほぼいないこの国では、人語を喋る動物は珍しすぎるのだ。迂闊にバレれば、攫われる危険もあるだろう。自由奔放な彼らにとっておしゃべりができないのは辛いだろうが、安全の為と思って割り切ってもらうしかない。
そして町一番の宿屋に到着した。
「遅うございましたねぇ。」
「ふむ。奥様の体調が優れぬでな。休憩を多めにとったのだ。この時間だが夕食は可能か?」
「それはそれは、大変でございましたなぁ。もちろんご予約いただいておりますから、夕食は可能でございますが。。。奥様の御体調が優れぬでしたら、大食堂で他のお客様とご一緒は辛うございますかな。丁度、団体様がキャンセルがありまして、大部屋が空いておりますれば、そちらの部屋を食堂として貸し切りにいたしましょうか?」
宿屋の主人の気の利いた提案にセバスがこちらを見る。
「ふむ。それは助かる。そうしてもらえるか。」
「はいっ!!皆さまが旅装をとかれます間にご準備しておきましょう!!」
喜色満面の主人。。。が去って、ようやく気付いた。日本ならばそれくらいはサービスの一環なのだが、この世界では金が発生しているという事に。。そりゃ喜び勇んで準備に取り掛かるわけだ。
金を払うならこちらも遠慮はいらんな。
この国ではコース料理が一般的。もちろん庶民もだ。まぁ庶民は本格的なコースではなく、ただ単にできた料理から運び食べているというのが実情のようだが。
そんな慣習があるが、静かに過ごしたいという言い訳をして、全ての料理を並べさせ人払いをしておいた。もちろん、ブルーとシャルルにより、実際に聞き耳を立てられていないか、魔法などにより会話が盗み出されていないかなどは確認してもらった。
「いっただきまーすにゃぁ。」
待ちきれないとばかりに張り上げたシャルルの掛け声で、夕飯が始まった。
俺と騎士団長とセバスは別テーブルで国王の書簡を開けることにした。
「・・・・ふむ。。」
俺は読み終わった便箋をテーブルに置けば、二人も覗き込みそれを読む。
「そうですか。」
「我々の帰着までは大丈夫そうですね。」
あからさまにホッと胸を撫で下ろした二人同様、実は俺も内心では力が抜けそうなほどホッとしていた。
という事で、皆にも説明か。
「エリカ殿の件だが、実は隣国と少々関係のある人物でな。秘密裏に情報を取るように言いつけたデリーだけでは判断しかねたようだ。ここまでは私としても想定内であったが、たまたま私の執務室に来た陛下に。。。言葉は悪いがバレたようでな。。。まぁ結果としては陛下が直々に指揮を執って下さるそうだ。エリカ殿の追手はもちろんの事、最終的な判断を下すまではエリカ殿の安全が保障された。」
彼女の素性として詳しい話をしていなかった従者たちも、体調の悪かったマーガレットを手厚く対応してくれていたエリカ殿に好意的な感情を持っていたようで、皆にっこりと頷いてくれて何よりだった。
だが、追伸として俺だけに見える魔術が。。。
”借りだぞ。妻と共にお前の帰りを楽しみにしているからな。”と。
いろんな意味で不穏だ。。。何せ元魔王なのだから。これはなんとしてでも、調味料を作らねばこの休みを正当化してくれなさそうだ。。。いきなりプレッシャーが大きくなった。
そんなこんなで、就寝なのだが。。
マーガレットの身を案じたアナベルにより、彼女の部屋は別のはずだったのだが。。。
「大丈夫か?無理してないか?」
何故か俺のベッドに来ており、つい気遣ってしまうが、当の本人としては顔を赤らめながら頷くばかり。
とりあえず体調を崩した彼女だし、旅程も始まったばかり。どれだけ誘惑があったとしても手を出すつもりもないが。。。だからこそ当初の予定通りに一人で寝かせて欲しい。。隣にマーガレットがいては、ただの苦行となってしまう。やせ我慢を見せるわけにはいかず、
「初めての旅程は辛かったろう。安心してゆっくり休め。まだ明日もあるからな?」
などと声をかけ、眠くもない瞳をさっさと瞑っておく。こちらが狸寝入りしてしまえば良からぬことを考えぬだろう。しばらくすると穏やかな寝息が聞こえ胸を撫で下ろした。
そうして翌朝、本日の旅程の確認を行う。
「少し出発時間を遅らせる。」
「何かございましたでしょうか。。」
俺の一言に護衛騎士団長の顔が曇った。
「ふむ。マーガレットの服がいるだろう。ポリーナの服を借りていては今度はポリーナの着るものがなくなる。であれば、購入するのが良かろう。宿場町であれば服屋もあるだろうからな。」
「・・・・・。」
当たり前の事を言っただけなのだが。。。皆が固まってしまった。そしていつも通り復旧が早いのはセバス。
「このような町の服屋では、奥様に見合う服などございません。」
「・・・・。」
今度はこちらが絶句する番だった。。
「何を言っている。到着までの数日だ。マーガレットが負担なく過ごせることの方が重要であろう。」
「そうは言いましても、肌触りの悪い布地を纏っている方がご負担になります。」
とセバスが食い下がれば、周りの侍女たちも賛同するように高速で頷いていた。
「ポリーナの服とて私服であろう?」
「ポリーナとて公爵家の使用人。筆頭公爵家に努める者として、最低限の身だしなみは整えております。田舎爵位の者よりも遥かに良い物を着用しておりまする。」
力説するセバスの勢いに負かされ、
「そ、そうか。」
思わず引き下がってしまった。
双方の妥協案として、洗濯は毎日すること。とした。
本来ならば、旅行中は干すこともできないことから、全て領地屋敷へ着いてから汚れ物を洗濯するつもりだったらしいのだが、それでは片道分しか持ってきていないポリーナの替えが無くなってしまう。
という事で宿に着いたら侍女たちにより洗濯がなされ、干すのは。。毎回馬車間にロープを張るわけにはいかないので、ブルーの風魔法で乾かしてもらうことにした。
だが、いくら従者たちとはいえ、時間外労働だろう。しかも一日の終わりに洗濯など重労働。
「ふむ。。業務が増えてしまうな。。。」
顎に手を添えて考えていると、当事者のポリーナが困り顔になり、
「私は着替えなどなくとも大丈夫ですが。。」
と消え入りそうな声で俺の顔を窺う。普段の彼女は俺やマーガレットの専属の侍女ではない為に、まだ俺が改心した(入れ替わった)ことに懐疑的なのだろう。擦り込まれた恐怖心というのは中々抜けきれないようだ。
「そうでなくてな。マーガレットに心地よく過ごして欲しいという私の我儘だ。それによりお前たちの仕事を増やす結果となったからな。臨時報酬を考えねばと。。」
『・・・え』
皆が一様に驚きの顔をしていたのだが、考え込んでいる俺が気付くはずもなく。。
「よし。ではこうしよう。向こうに着いてからになるが、1人当たり5万デリルを小遣いとして私のポケットマネーから出すから、休日に買い物でもするといい。洗濯をする羽目になった女性陣だけで出かけるには安全性や荷物の心配もあるだろう。男性陣については3万デリルをやるから、女性陣の護衛と荷物持ちをしてくれ。この金はあくまでも自分の為だけに使うように。もしもこちらに来られなかった屋敷の者たちに土産をと思うならば、別で支払うから遠慮なく言ってくれ。」
『・・・・。』
いい提案だと思ったのだが、またしても無言が返ってくる。
「えっと。坊ちゃま?」
最早セバスが体面を保てないところを見ると、また何か変なことを言ったのだろうか。
「どうした。」
「渡し過ぎでは?それに王都の屋敷の者たちにまで土産など不要にございます。これはあくまでも仕事にございますれば。」
全否定まではいかないまでも、ほぼ否定された。。普通臨時ボーナスとか小遣いをもらえたら喜ぶだろうに。。それに土産もいるだろ。。。。とそこまでいってようやく気付く。
この世界、そんなに毎回土産を買わないという事に。。
しまった。つい日本人としての癖が。。事あるごとに土産を買っていったし、なんなら請求もされていた。出張や遊びから帰って来てからの恒例行事だった。。やっちまったな。と気付くが後の祭り。もう口に出してしまったから、おかしいなどと認めるわけにもいかない。
平静を装って、
「たまにはいいだろう。気にするな。」
とそれだけを言った。
どうなることかと思ったが、もちろん反発意見など出るわけもなく、その後はしっかり「何買おう?」などと皆で話題にしていたのが、嬉しかった。この世界の人々は基本的に働きすぎだからな。
そして2日目3日目は何事もなく順調に来た。
今日の4日目はダンガロ男爵領に入る。ここは昔、我が領であった。なので、ここを抜ければ我が領地。
ダンガロ男爵、日本語で言うと舌を噛みそうな名だな。。と僅かに脱線しつつ、ダンガロ男爵について公爵の記憶を引っ張り出す。
元々ダンガロは我が公爵家の家臣であった。武術に秀でた家系で代々仕えていたのだが、30年ほど前、忍びでこの地を通った王女が獣に襲われ、それをダンガロが救ったことで爵位を賜り、そして我が領地の一部を与えたのだ。
とはいえ、今でもダンガロ男爵は我が公爵家に対して家臣であったというクセが抜けきらないのか、異常なほどに接待をしてくれる。
今回も通り道にあるため、ここを抜けないとならないのだが、どうしても一晩泊まって欲しいという事で、立ち寄ることになっているのだ。この旅程で一番時間にゆとりのある4日目だな。15時には男爵家に着く予定だ。
昼も近くなり、近くに集落も無いことから、この旅で初めて、外での昼食だ。
休憩はしばしばあったのだが、昼食となると適当には済ませられないと、ガーデンパーティーレベルの荷物を持って行きそうだったセバスを止めた時の事は言い思い出だ。
そして、昼食を詰めたバスケットを並べさせる。何と言っても、今日の弁当は俺が作ったのだ。
「皆の口に合うかは分からぬが、サンドイッチを作ってみた。軍では好評だったが、口に合わぬ者がいたら別の用意があるから言ってくれ。」
そう言って、侍女たちに蓋を開けさせれば。。。
「これは。。。肉を、揚げたのですか?」
皆キョトンとサンドイッチを覗き込む。
そう、この国にカツサンドはない。そして、脇に添えてあるポテトと唐揚げも不思議そうだ。
だが、初見のサンドイッチでは口に合わぬ者がいる可能性は十分にある。
そこで、デザートスイーツかわりにもなるフレンチトーストも用意した。
密閉容器があれば、宿屋から仕込んで来れたのだが、あいにくプラスチックなどあるわけもないこの世界。今から染み込ませるが、皆が食べ終わるころには全員分焼けるだろう。
侍女たちが手伝うと言うが、初めて見る調理のため、今回は丁重に断っておく。
バターを塗ったフライパンにジュワリと良い音がすると、熱を浴びたパンからは甘い香りが立ち上る。
「美味そうですね。」
護衛騎士が焼けたフレンチトーストに釘付けになっている。
「皆、サンドイッチは食べられたか?口に合わぬ者はいなかっただろうか。」
と先に確認をしておく。腹をすかせた騎士ではデザートも飯かと思うほどに遠慮なく平らげられてしまいそうだからな。
周りを見れば、皆笑顔でサンドイッチにかぶりついてくれており、苦手だったものはいなかった。
「よし。では食事を終えた者から、これを食べて良いぞ。」
となれば、やはりというかなんというか。。。体力勝負の騎士たちがまるで餌を待つ子犬のように俺の前に並び始めた。
「うわー。想像以上の美味さだ。」
「甘味苦手だったけど、これは別腹~。」
男性陣のうっとり感に、女性陣は慌て始め、
「ちょっと、全部食べないでよ?」
「待って待って。私も食べる~。」
侍女たちが必死にカツサンドを頬張るが。。。肉の咀嚼には時間がかかるし、何より無理に速度を速めて食べれば消化にも良くない。
「全員分あるから慌てずともよい。それに今回は簡易的に作ったものだ。屋敷に戻ればきちんと仕込んで作れる。そちらの方が美味いぞ。」
そんなことを言っていると、横にはマーガレット。
(てつだいます。)
口パクだが良く伝わった。前にも料理をしたいと言っていたのを思い出し、あとは女性陣の分だけだ。手伝ってもらうことにしよう。
「バターが焦げぬように。。上手いぞ。。火加減は。。そうだ、ここを間違えるとふんわり感が無くなったり焦げるからな。」
流石、実家でやっていただけあって、手際がいい。もちろん俺が焼いていたのを見て覚えたのもあるだろう。
そんな俺たちを微笑ましく従者たちが見ているとも思わずに。
マーガレットと楽しく料理を終えれば、お腹が膨れた皆も満足気。俺の料理で満足してもらえたというので、俺も満足だ。
予定よりも皆が早く食べ終えてしまったため、まだサンドイッチを食べていなかった俺はそこで食べることにした。馬車で食べるよりもいいだろう。
皆は少し食べ過ぎたと、辺りを散歩してくるらしい。
護衛騎士たちも一緒なので大丈夫だろう。
その判断が間違いだと分かったのはすぐ後だった。
「旦那様っ!!崖がっ!!!奥様が。。。」
真っ青な顔をして侍女が戻ってきた。既にその瞳には涙が溢れている。
「落ち着け!!何があった。」
侍女の両肩を揺すり、パニックに陥りかけている彼女に呼びかける。
俺と共に残っていた者たちも固唾をのむ。
「奥様がいた場所が崩れて・・・・そのまま、崖下に。。」
唇が震えながらようやく答えたその意味が俺の中に素直に入ってこない。。
何かを言う余裕もなく、散歩に行った皆の方向へと俺は駆け出していた。
そしてさして離れていないその場所に着いた俺は愕然とした。
目の前に広がっていたのは、あり得ないほどぱっくりと割れてしまった崖があったのだ。




