36.小さな伝令
エリカとのやり取りをしながら、思う。
(まだまだ高圧的な物言いだが。。少しずつ軟化してきたような気がするな。)
だが、まだまだ。つい先ほどとて、顔が怖すぎて毒を盛ろうかと勘違いされた。油断は禁物だな。
さて、エカチェリーナ姫の件に関しては、旅行中に並行して調査をしておこう。時間を無駄にするわけにはいかない。ということで、騎士団長を呼ぶ。
「これをデリーに。」
「今からですと、モルディートのお屋敷到着までに戻れぬかもしれませんから、護衛者が1名減ります。あちらに到着してからでは?」
「いや。この計画で問題ない。いざとなれば魔法が使えるブルーとシャルルも戦闘に加われる。野盗ごときであれば対処できるだろう。」
「はっ。では、伝令はルートルにしましょうか。腕は中堅ですが、持久力は群を抜いております。不利な状況に陥ったとしても逃げ足はピカイチですからね。」
「くっくっく。初任務で逃げ出したことをまだ言ってるのか?そろそろ忘れてやれ。」
「では、ルートルで問題ないということで。」
「あぁ。」
そういって、騎士の選定が終わり書簡を渡そうとすると、
(ちょっと待つぴよ。)
脳内にブルーの声が響く。
「・・・どうした?」
エリカがいる部屋のため、ブルーは直接の会話をためらったものと思われる。
(デリーってお屋敷に良く来るあいつっぴよ?)
「あぁ。そうだ。」
(なら、僕が飛べばすぐぴよ。夕ご飯には戻って来れるぴよよ?)
「・・・・は?」
俺は目を丸くする。確かに馬で数時間走ってきた。だが、こちらとしても目的地へ向けて出発をする。
となれば、距離が開くわけで。。しかもデリーからの返信ももらうつもりなのだ。向こうでの滞在時間も加味しての話だったのだが。。
(お屋敷までは15分もかからないぴよ?デリーが王宮の主様のお部屋だとしても、お屋敷から王宮まで2,3分ぴよ。お手紙を渡して、お返事もらうまでおやつ食べても~。夕ご飯は食べられるっぴよ。)
飯の話じゃないんだが。。。
「どうしてそんな早く行けるんだ?」
(僕は鳳凰とフェニックスのグリフォンだって忘れたぴよ?風魔法を使えば、スピードぐんぐん!ぴよ。)
「あぁ。その手があったか。だが、書簡は君の身体より大きい。持てるか?」
(体に括りつけてくれれば大丈夫ぴよ。シャルルくらい重いとちょっとスピード出せないけど、紙くらいなら持ってないのと同じぴよ。)
ふふんとドヤ顔のブルー。だが、かなりありがたい話だ。空域ならば、敵に遭遇もなさそうだ。
「ならば、お願いしようか。」
(夕ご飯にはご褒美でフルーツ多めにしてほしいぴよ。)
「了解だ。」
そうして書簡を筒状にして、飛びやすいようにブルーの腹側に括りつけようとするのだが。。。
(キツイっぴよ。。。。。今度は緩すぎぴよ。)
紐ではうまく括り付けられないという問題が発生してしまった。
どうしたものかとエリカも交えてあの手この手で結ぶが、なかなか安定しない。
すると、ちょんちょんと後ろから袖がひかれた。
「・・・ん?マーガレット、目が覚めたか?」
コクンと彼女が答えると、いつものように筆談用の筆記具を持つ。
(ブルーが伝書鳩の代わりをするのですか?)
「あぁ。一つ仕事ができてしまってな。」
(そうでしたか。。その紐ではブルーが苦しそうですが、糸があれば、私が編めますが。。。)
そんな提案がされたのだが。。。編み物に造詣など持ち合わせていない俺には、完成形がピンとこない。
「そっかそっか。編み物かぁ。確かに良い考えね。編むなら伸縮性も出せるから、小鳥ちゃんにいいかもだわ。」
流石エリカは淑女教育がなされている。淑女の嗜みである手芸にも精通していた。
だが、問題点が一つだ。
「その提案は嬉しいが、体調が良くない。手元を見るような細かい作業は辛いだろう?」
つい先ほどまで、嘔吐するほどの乗り物酔いがあったのだ。しばらくはめまいなどが続きそうだ。
するとマーガレットはにっこりと笑って
(それが、先ほどまでの苦しさが嘘のように無くなりました。すごくスッキリとしていて、いつもより元気かもしれません。)
胸元で小さくてかわいらしいガッツポーズを作る姿には確かに先ほどまでの不調は見られない。
ヨランダ様に言われたとおりに、1錠で効かないとか、強い症状が出てしまった際には、栄養剤も一緒に。と渡されていた、なにに効く栄養なのかは知らない栄養剤も飲ませたのが功を奏したようだ。
そして、糸は。。。
「ちょっと。。。クモじゃないっ!!!」
初見で、エリカが驚いて飛び上がったが、仕方ない。アラクネノームの糸の方が、きっとブルーにはしっくりくるはずだ。従魔であり、害のないどころか類まれなる有能なクモであると説明をし、何とか部屋での編み物を許してもらった。
(これはいいっぴよぉ。つけてないみたいっぴ。)
(そうであろう?ねね殿の技術も素晴らしいが、糸自体にも伸縮性を持たせた。しかも強化も加えてある。下手な鎧よりも防御力は優れておるでな。)
ふふんとヒスイがどや顔をする。うちの従魔たちは謙遜することなくひけらかすこともなく、素直に自分の力を評価するのは素晴らしい。しかもブルーもシャルルもヒスイも、小さくて可愛らしい見た目なので、ドヤ顔などしてもさらに可愛さを増しているだけだ。
(じゃ、行ってくるぴよ。)とブルー。
(デリーとアナベルがイチャイチャできたかも観察してくるにゃ。)とシャルル。
(疲れたときはその糸玉を舐めると良いぞ。)とヒスイ。
「では、頼んだぞ。」
俺の号令で、ブルーがふわりと浮くと。。。次の瞬間には、残像を残して。。。羽ばたいたのかどうかも見えなかった。
そして、一つヒスイに聞いておく。
「さっきブルーに渡していた”糸玉”だが、回復だけでなく、その他の能力玉にもできるのか?」
(無論だ。飴玉のようにするのは我の能力であるが、付与する魔力は主の能力であるからな。そなたが望む力を付与できるであろうな。)
「となると。。。」
と顎に手を添え、万能な飴玉作りを考え始めたのだが。。。
(摂取して効力が期待できるのは、そなたとそなたにテイムされた我ら従魔の間に限られるがな。)
やれやれと、両手を上げてヒスイが溜息をつけば。。。俺としても捕らぬ狸の皮算用すぎてがっくりと肩を落とす。
うまくいけば、部下たちに万が一用に持たせておけたかも。などと考えを広げてしまっていたから。
(妄想は所詮妄想か。。)
ふぅっと呼吸を吐き出しつつ、深呼吸をして心も呼吸も整えた。
そして。。。。
「わぁ。すごーい。」
侍女メルディが感嘆の声を上げた。その目の前に広がるのは。。。
馬車と馬車を繋げるよう張られたのは、ヒスイ製の洗濯ロープだ。3台の馬車の間に、洗濯物を干したのだが、そこは有能なヒスイ。洗濯物のある場所だけ粘着力のある糸となっており、洗濯バサミが無くても、干したものが飛ぶことはない。もちろん、外す際には粘着力が布に移ることもないそうだ。
そして何より、馬車と馬車の距離が一定を保てなくても、ある程度の距離ならばテンションを保ったまま伸縮できるという特性も持つ。マジックアイテムと同じようなものらしい。途轍もなく便利だ。
「お屋敷にも欲しいですぅ。」
そんなことを言うメルディの肩でヒスイが
「我がおらねば洗濯物を干すも外すも叶わなんが?」
とエリカに聞かれぬよう小さな声で耳打ちすると、
「やっぱりですかぁ。」
とケロッとしている。一応、俺の命令なくば従魔が動かない。というのは分かっているらしい。
「だが、何かの際には考えても良いな。応えるかは分らぬが、困りごとが発生した場合には言え。」
「・・え!!!ありがとうございますっ!!!」
メルディはよほどうれしかったのか満面の笑みを浮かべ、その後ろで他の従者たちも嬉しそうに期待に満ちた目をこちらに向けていた。好感度というものは上げておいて損はないからな。と俺自身も満足だ。
そしてエリカに見送られて出発する。
彼女は彼女なりに思うところがあるのだろうが、15年という月日は覚悟を決めるには十分だったようで、俺が思うよりも見送ってくれた彼女の笑みは清々しかった。
だが、見送りの言葉で。。
「今が一番大切な時期なんですから、大切になさってくださいね。」
「???あ、あぁ。」
何が大切なのか分からず、生返事をしてしまう。
「もうお会いする機会もないかもしれませんね。」
「状況によりけりだがな。」
「ですから、お別れの挨拶もしておきますね。皆さまお元気で。」
「あぁ。世話になった。」
そういうと、ゆっくりと馬車が進み始めた。
「おくさま~。元気な赤ちゃんを産んでくださいね~~~!!!」
「・・・・っ!!!」
エリカは両手をいっぱいに振って、大声で最後の言葉を言い放った。
俺は目を丸くするばかり。マーガレットは真っ赤に顔を染めて。。。
「・・・くっくっく。」
真横で並走している騎士団長は笑いをこらえている。
「まさか、乗り物酔いをつわりと勘違いされていたとはな。」
確かに乗り物酔いだと言っていなかった。。額に手を当て思わず苦笑してしまうが、先ほどまでの恥ずかしそうな彼女が今度はスカートを握りしめていた。
「なぁマーガレット。実は先日、君の生家の執事ベンと偶然会う機会があってな。」
そう告げると明らかに彼女は動揺した。だが、伝えておかねばならないと思っていたことだったので、ちょうどいい。
「いつ、どのタイミングで君に聞くべきか迷っていたんだがな。。君への酷い仕打ちをした私に対して、無理に迫ってきた理由は。。。貴族間の慣習である1年以内に子供ができねば離縁の対象になる。ということからだろう?私もそこのところの記憶をベンと会うまで忘れていてな。君を連れ出す際に、君の父に強く念を押していたのを聞いていたのだろう?」
そっと彼女の握りしめている手を包み込むように握る。
マーガレットは俯いてずいぶん悩んでからコクンと小さく頷くと、そのわずかな振動で、俺の手の甲にぽつりと雫が一粒落ちた。
「流行り病から目覚めて、君への仕打ちがどれほど酷いものだったのか思い知らされた。私の愛情は歪みすぎていたよな。だが、訪れた伯爵邸の窓から君を初めて見たときから目を離せなかった。あの時のそれは、きっと一目惚れというやつだったのだろうな。私の歪な性格のせいで、君やベンには申し訳ないことをした。。」
またぽたりと雫が落ちる。
「あれが悪魔の所業であったと自覚したというのは前にも言ったとおりだ。だから君と一生を添い遂げたいと本気で思っている。君への溺愛も本心からなんだ。子というのは授かりものであって、決められた期間でどうこうできるものではないし。。それに互いの愛情の証として授かりたいと思っている。もちろん、体質的に子ができぬこともあるだろう。そんなことを理由に、私は君と離縁するつもりはない。もしも私との子を望んでくれるのであれば、これほどうれしいことはないが、貴族の義務として考えることだけはしないでくれないか?あくまで私たちが愛し合った結果、授かるものだと考えてほしいんだ。両親の愛情を注いで育ててやりたいだろう?」
ぽたりぽたりと涙が落ちる。
「まぁ、今のは私の願望だな。。やはり欲を言うのはなかなか直せないな。。すまなかった。。だが、これは押し付けではないからな?あくまでも君の気持が最優先だ。君に許してもらい、あまつさえ君から好意を持ってもらえればうれしいが。。それがなくとも致し方ないことをやってしまった自覚はあるよ。君は君の気持のままにこの先も過ごしてくれ。」
ぽたりぽたりぽたり。瞬きのたびに落ちるようになってしまった涙は何を意味するのだろう。
俺の手甲が濡れていく。
しばらくして、涙が落ちなくなったのを見て、チーフを取り出す。
空いた手を頬に当てれば、涙に濡れた顔を彼女が上げ、そっとそれを拭った。
「さてと。」
そういって、隣に座っていたマーガレットをひょいっと抱えて彼女を俺の膝に乗せた。しんみりとした雰囲気を一掃するために、あえて軽い声色を使う。
「・・・・?」
そして、きょとんと不思議顔で俺を見上げるマーガレット。
「薬が効いたとはいえ、この先も大丈夫かは分からぬ。乗り物酔いを防ぐコツを教えてやる。」
彼女を抱きしめる口実。。。。ではなく、本当に教えるつもりだ。下心は。。。ないわけではないが、乗り物酔いに長年苦しんだコツくらいは伝授したっていいだろう。
馬車の窓は少し開け、座席に座る俺の膝の上にマーガレットを抱え、シートベルトよりも強力に、ジェットコースターの安全装置バリにがっしりとホールド。密着度はマックスだが、もちろん理由はある。
彼女の身体の無駄な揺れを抑えるという正当な理由が。。だが、密着により、俺の心は幸せでありつつも理性を抑えるのに少々苦心もしている。
「窓を開けて換気をするのが良いのだが、寒いようなら言ってくれ。」
「頭が揺れるのは良くない。私のことは椅子だと思ってしっかり頭を預けておいてくれ。」
「近くを見てはだめだ。遠くの景色を見ていると良い。」
「楽な服装が良いから、ポリーナの服を借りたのだが。。よく考えると私がこうしてホールドしているのは腹部を圧迫しているかもしれぬな。。。マーガレットよ。窮屈であればすぐに言ってくれ。悪化してはならんからな。」
次から次へと思いつくままに伝えそれに頷いていくマーガレットだったが、最後の一言で筆記具を出そうとした。
「だめだ。手元の作業が一番良くない。読唇術は少しはできる。何が言いたい?」
(苦しくないです。安心です。)
俺を見上げて、読み取りやすいようにか、ゆっくりと口を大きく使って答えてくれるマーガレット。しかも彼女の手が俺の腕に重ねられ、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。
うちの嫁。女神かっ。あまりの可愛さにさらにぎゅっと抱きしめてしまい。
「何をしても可愛いのだが。そんなに可愛らしい顔を向けられると。。。煽るのもほどほどにしてくれないと、理性が保てんのだが。。」
彼女の頭に顔を埋め、冗談ぽく軽口に留めておいたのに。。なぜか彼女はコクンと頷きを返したのだ。。
えーと?どういう意味だ?これは。。。今晩OKということか?
などとつい無粋な考えにたどり着きそうになったところで、
「R200の右カーブです。」
御者から情報が入る。
「よし。」
一呼吸整えて、気持ちを切り替える。
先ほど、道のカーブについて、御者たちに簡単な交通工学の考え方を講義しておいたのだ。
高速道路のようにRを使った曲線半径を使ってくれると、馴染みがあって俺にとってわかりやすいからだ。
「右にカーブするときは身体も右に傾けるといいんだ。」
マーガレットにそう伝え、ホールドした身体を遠心力とは逆に少し傾ける。
「御者が言う数字が小さいほどカーブがキツイ。身構えておくと良いぞ。」
コクンと頷きが返る。
それから先は適度に休憩を挟みつつも、マーガレットに乗り物酔いの症状が出ることもなく、夕暮れが迫る。
「はぁー。パリッと乾きましたねぇ。」
宿場の手前で洗濯物を取り込む。マーガレットも実家で手伝っていたのか、服を畳むのが上手い。
「そもそも、ブルーがいれば、風魔法で干さなくても大丈夫だったにゃ。」
『・・・・え?』
思わず全員でハモって、シャルルを見てしまった。
「まったくぅ。主様ときたら、なんでブルーを先に飛ばすかにゃ。」
ぶつぶつ言いながら腰に手を当て、洗濯物をきれいに片づけている皆を見下ろしている。
「・・・たしかに。」
思い返せば、風呂上りにブルーの羽ばたきで髪も身体も瞬時に乾かしてもらった記憶があった。。
「そうにゃ?」
「いやしかしだな。風呂上がりと今回の洗濯物が結びつかなかったというかだな。。」
「ポンコツにゃ。」
「くっ。。。返す言葉が。。ない。」
言い訳してみたものの、明らかに俺の見落としで。。そんなやり取りを見て、マーガレットがクスリと笑ってくれたから、まぁ良しとしよう。
「ふわーっ!!!間に合ったっぴ~~~~~。」
頭上から聞こえた声に空を見上げると、小さなシルエットがこちらに向かって舞い降りてくるところだった。
「主様、ただいまっぴ。」
「あぁ。お帰りブルー。ご苦労だった。」
腕にとまったブルーの頭を撫でてやれば、嬉しそうに俺の指にフワフワの毛並みを押し付けてくる。
いつも思うが、甘えてくる仕草がかわいいな。
ブルーの身体に括り付けられていた新しい書簡を受け取り、すぐさま封を開けようとしたのだが、
「ふむ。。。まずは宿屋へ向かおう。」
ブルーが持ち帰った書簡の封蝋が、国王の物であったことで、瞬間的に仕事モードに戻った。
エリカの存在。。。そして国王からの書簡。
これが意味するものが吉と出るのか凶と出るのか。。。
楽しいはずの旅行気分が一気に現実に引き戻されるのだった。




