34.出発
「さてと。本当に良いのだな?」
「はい。」
神妙な面持ちのマーガレット付侍女の一人を前に腕を組む。
机の上には薬品が並び、研究室の中は独特の匂いが立ち込めている。
そして部屋には、ヨランダ様、助手としてミミ。マーガレットと侍女アナベル。そして俺だ。
そう、マーガレットの髪を染めるのに、まずは実験体が必要だろうと、ヨランダ様が幾人かの侍女に声をかけ、立候補してくれたのが、目の前にいるメルディだ。
マーガレットとの髪質、肌質など、ヨランダ様のお眼鏡にかなった候補だ。
もちろん、メルディと、マーガレットにはパッチテストも済ませている。
そして1時間後。。。
「わぁぁぁぁあぁ。。素敵ですぅ。」
染め上がり、セットが終わって鏡を見た侍女メルディから歓喜の声が上がった。色素の薄い髪色がコンプレックスだったらしく、何度も染め上がった髪を撫でてうっとりとしている。
「成功じゃな。」
「えぇ。」
もちろんヨランダ様と俺も仕上がりに大満足だ。
「すごく髪もしっとりしていますねぇ。」
同僚の髪をセットしたアナベルは、艶やかになった髪を羨ましそうに撫でている。
「マーガレットの知識も大したものだな。」
そう、これは彼女のアイデアも盛り込んだのだ。
使う薬草の組み合わせを聞いたマーガレットが髪に良い成分の植物は入れる事は出来ないのかと、別の薬草を提案してくれたのだ。
それはヨランダ様が気になっていた点で、髪が痛む可能性を確かに当初から指摘していたのだが、マーガレットが示した薬草を聞いて、配合してくれたのだ。
「これならば問題ないであろう。染が続く時間までは検証できぬのが少々怖いが、もしもの時は向こうでもできるでな。」
「えぇ。調合は問題ありません。」
俺も手順はバッチリ覚えた。薬草の組み合わせと量、そして配合の順番で成否が決まるだけだ。調合方法に技術が必要なわけでは無いのがありがたい。
「では、明朝に本番としよう。」
俺がそう言って切り上げようとすると、ちょんちょんと袖口が引かれた。
手元を見ればもの言いたげなマーガレットが俺を見上げている。
「どうした?」
その言葉にマーガレットが
(皆様のご負担だとは思うのですが。。。)
そこでペンが止まり、フルフルと首を横に振ると、
(なんでもありません。)
と手を膝に戻してしまった。
「マーガレット、どうした?言いたいことがあるのならば、言えば良いではないか。君の我儘であれば、私は叶えたいと思うぞ。」
どうしてこうもこの公爵の身体は高圧的なのだろうか。。自らが今まさに言った言葉であるのだが、本当に辟易としてしまう。元の身体であればなぁと思考がずれる。
マーガレットはかなり迷っているようだが、そこで後押ししたのはアナベルだった。
「奥様。せっかく旦那様もこう言ってくださってますから。」
と言って、置いてしまったペンをマーガレットに握らせた。
迷った末、といった感じでマーガレットが再び紙を持つ。
(こんな時間ですが。。。今からでは。。。ダメでしょうか?)
『・・・・っ!!!」』
マーガレットの手元を覗き込んでいた俺とヨランダ様は、その文字を見てぱっと顔を見合わせ大きく頷く。
「君がいいのであれば、時間など関係ない。」
「そうじゃ。明日にしようと言ったのは、そなたが不安かと思って一晩考える時間を取った方が良いかと思ったからなのじゃ。」
俺とヨランダ様の言葉に、マーガレットは安心したように顔を綻ばせた。相変わらず可愛い。。
そうと決まれば行動はすぐに起こすのが公爵さ。
「アナベル。私用の湯殿へ行くぞ。侍女を何人か呼んで来い。」
「はいっ!」
俺が指示を出すと脱兎かと間違うほどの速さでアナベルが走って行った。
染めた髪は薬液を落とさねばならないため、計画段階から、マーガレットの染色は風呂場でとは思っていたが、部屋の浴室では狭いだろう。染色までの待ち時間も少々ある。手持ち無沙汰は勿体ない。公爵当主専用の湯殿ならば広いし休憩用のベッドなどもあるからな。
俺とマーガレット、そしてヨランダ様が到着すると。。。
「お待ちしておりました。旦那様。」
アナベルを筆頭に5人の侍女が控えていた。
「うむ。流石は私の見込んだアナベルだな。」
「お褒めにあずかり光栄です。」
満面の笑みで彼女と、その後ろの侍女たちが頭を下げる。
そう、この侍女たちは、マーガレットの身体を磨き上げる担当なのだ。日本風で言うならば、エステティシャンだろう。今までは公爵の趣味を満たすためだけにマーガレットを磨き上げていたのが、彼女たちには不満だったようだ。アナベルを同士として認定してから、”マーガレットをマーガレットの為だけに美しく仕立てて良い。”となったことで、プロ根性に火が付いたそうだ。
今もまだかまだかと。。。あまりに意気込み過ぎて、「手ぐすねを引く」勢いになってしまっているが、まぁ大丈夫だろう。
「良いか。これが成功したならば、マーガレットの行動範囲は格段に広がる。街へ出ることもできるようになる。そうなれば、付き人としてお前たちも共に買い物などもできるだろう?・・・仕上がり、期待しているぞ。」
『はいっ!お任せくださいっ!!』
一糸乱れぬとはこれか。と言うほど、見事にハモッた上のお辞儀が帰ってきた。
俺もいるため、マーガレットはバスローブを纏ったまま湯舟に浸かる。
公爵専用の湯殿は当主だけが使うには勿体ないほど広く、そして設備が整っている。
普通に座って湯に浸かることももちろんだが、立湯や打たせ湯、寝湯まであり、スーパー銭湯さながらなのだ。
初めて足を踏み入れるマーガレットの戸惑いは大きく、何をどうしたらいいのかすら分からぬ様子で、目を彷徨わせながら身体を固くしていた。
「奥様、緊張はいけませんよー。リラックスしましょうねぇ。」
年かさのエステ部員がマーガレットの手を引き、寝湯に案内する。
「では、始めるかの。」
寝湯に浸かった彼女を労わるように、ヨランダ様が優しく髪を梳き始めると、エステ隊が手際よくそっと目元にタオルを乗せた。これならば周囲の視線も感じないだろう。
俺とヨランダ様とミミで薬液を塗り、その間にエステ隊によりマーガレットの身体が洗われていく。
どうしてだろうか。。俺とマーガレットは夫婦であるのに。。。
エステ隊は俺の事を横目でチラチラ見ながら、マーガレットのバスローブの隙間を上手く使って身体を洗うのだ。少しでもバスローブが乱れないように気を遣っているのが分かる。
”見ないぞ!”
”見せません”
俺とアナベルが口パクでそんなやり取りをしているのを、ヨランダ様が横で苦笑しており、ミミはこれまでの関係性を知らないので不思議そうに首を傾げていた。
薬液を塗り終えると、30分から1時間は染色までの時間が必要となる。先ほどの侍女メルディは40分弱で染まったが、こればっかりは個人個人、違うだろう。
待ち時間となると、流石にぬるくしたとはいえ、湯舟に浸かりっぱなしという訳にもいかない。
風呂用のベッドに移動すると、しっかりとカーテンが閉められてしまった。
ここからは、バスローブを外して、エステの時間が始まる。
「申し訳ありませんが、男子禁制ですので。」
カーテンを閉める際のアナベルの視線が怖かった。。
「知ってる。」
ちょっと強めにカーテンを閉められて、俺は一言返すだけで精いっぱい。
ちなみにヨランダ様は中に入った。もちろん染色の具合を確かめねばならないからなのだが。。
「ふむ。。これは気持ちが良いものじゃな。」
「私もわたしも~。」
何故かヨランダ様とミミの声が。。。もしや一緒にエステを受けているのか?
一人入れず悶々としながら待つ時間は、いつもより進みが遅く感じた。
そして。。。
「うわ~。奥様、綺麗ですぅ。」
アナベルのうっとりするような声が合図になったのか、カーテンが開けられた。
「・・・・きれいだ。。。」
俺は思わず見とれてしまった。
バスローブを身に纏い、軽く髪を乾かしただけのマーガレットが少し恥ずかしそうにはにかんでこちらを見ていたのだ。
未だ湯殿の中であるために、湯気の影響で少し紗がかかり、エステの効果か肌は瑞々しくそれでいてピンク色に上気し。。染め上がった髪はアーモンド色に艶めいていた。
(旦那様のおかげです。感謝いたします。)
アナベルが俺にマーガレットからのメッセージを持ってきた。
「あ、あぁ。」
俺の口から出たのは、気の利かない相槌だった。。”気にいったか?”とか”どこか異変は無いか?”とか、感想やら身体の異常とか、色々聞こうかと思っていたことは、目の前のマーガレットの幸せそうな顔を見て、全て吹き飛んでしまった。。彼女の笑みが答えでいいじゃないか。と。
さて。翌日になれば、マーガレットと侍女メルディの髪色は話題になるわけで。。
髪に染色ができると言うのは当然この世界でのトップシークレット問題だが、箝口令は必要ない。何せこの公爵家の使用人たちはできる人間しかいないし、公爵家の全てにおいてが秘匿事項であるからだ。
そして、俺の株が物凄く。。いやそんな言葉では足りぬほどに株が上がった。
これまでのマーガレットに対する非道な行いを償いたいという俺の気持ちが、少しずつ使用人たちにも浸透してはいたが、やはり疑心暗鬼ではあったようだ。
それを今回の件、徹夜で情報を掴み取って来て、そしてその技術を成功させた。目に見える功績はやはり分かりやすいのだろう。何より、マーガレットの幸せそうな顔が決め手となったようだ。
今までは髪色の問題で、髪を纏め隠すように部屋の中でもボンネットを被っていた。
それを染色が成功した翌朝。艶やかな髪は耳元にピンを付けただけで、ふわりと下ろしていたのだ。
そして鏡を見ればうっとりとして、ガラスに映れば微笑して、髪がさらりと胸元に零れれば愛おしそうに撫でるのだ。
いつも人目を避けるように目線を下に向けていた彼女とは思えないほど、顔を上げている時間が多いのだと、セバスが嬉しそうに。それはそれは嬉しそうに報告してくれた。
だが一応、情報をくれたのは副官であるデリーだし、ヨランダ様の調合の腕、そしてマーガレットの知識の集合体が噛みあってこその今回の功績なのだ。
使用人たちには、俺は願望を言っただけで、功績の全ては、皆の者だと伝えたのも、さらに株を上げた要因だったらしい。当たり前の事を言ったまでに過ぎない、人の手柄を横取りする趣味はないのだ、なのに褒められてしまうと。。なんだかこそばゆい気持ちになるが、人望がマイナススタートの公爵にとっては、良い結果であっただろう。
そうこうしているうちに、日にちというのはあっという間に過ぎていくもので。
マーガレットと旅行できる日が来るとは。。感慨深い気持ちで馬車に乗り込む。
海側の領地モルディートまでは片道5日。軍での早馬を飛ばせば半分で行けるのだが、今回はマーガレットがいるのでそうもいかない。馬車ではどうしても時間がかかるし、マーガレットにとっては初めての遠出だ。移動や休憩に余裕を持たせる必要がある。道中何事もなく、休憩時間などが短縮できれば、1日は早まる計算ではあった。
馬車は長旅用の一回り大きなものとなる。万が一、野営となることも想定されるからだ。
その際、当主は護衛の問題もあり、馬車内で寝ることになるため、横幅は俺が足を延ばして横になることができるよう、2メートル近くある。だが、その割に座面の奥行きは普通より少しある程度。まぁ。奥行きを広く取り過ぎては、背もたれに寄りかかれなくなる問題が発生するからな。
しかし、それでは、もしも寝ることになると。。寝返りを打った瞬間に床に落ちる。という現実が待っている。貴族というのは、寝相にも気を遣うのだな。。と変なところが気になってしまった。
一行は、当主の馬車と、付き人用の馬車が1台に6名の使用人、荷物用の馬車が1台と雑務係が2名同車、そして護衛騎士8名が馬で周りを固め、御者は1台に付き2名ずつで、総勢16名の大所帯となった。
いや。正確には俺の馬車に1羽と1匹が乗っている。。そう、ブルーとシャルルもついてきたのだ。アラクネノームのヒスイもついてきたのだが、流石はクモ。きれいな馬車より荷馬車の方が落ち着くと言ってそちらに乗ったようだ。
「なぁなぁ。主様~。向こうに着いたら、魚買って欲しいにゃ。お魚食べたいにゃ~。」
じゅるりと涎を啜るシャルル。。。まだあと5日も先の話を、乗車してまだ5分も経たずに言っている。
「買わずとも、屋敷に行けば、食べきれないほど用意があるだろう。話はつけてやるから好きなだけ食べればいい。」
「本当かにゃ!!!嘘はなしにゃ!!」
「魚ごときで嘘をついてどうする。保存用に干した魚ならば、持ち帰ることもできるぞ。気に入った魚があれば土産用に作るよう言ってやるから、安心しろ。」
「ふぁぁぁっぁ。主様が神様に見えるにゃぁ。。」
そう言うとシャルルは俺に両手を合わせて拝み始め、それを見ていたマーガレットはクスリと笑う。
「僕はオレンジが食べたいっぴ。向こうは色々種類があるって、アナベルに聞いたっぴ。」
「そうだな。確かにモルディートの特産のひとつだが。。美味い果物は他にもあるからな。ブルーの要望も伝えておこう。」
「神様っぴよ~。」
ブルーもシャルルの真似をして、羽根を器用に合わせて拝んできた。
言葉を話せないマーガレットでも退屈しないおしゃべりなペットたちが同乗してくれて、ある意味良かったのかもしれない。
1時間ほど走らせると、川辺に着く。少々早いが、初回の休憩場所だ。初めての乗車によるマーガレットの状態を診たいし、ここから先に水辺もなく、夕刻到着予定の宿場まで、森の中になってしまうからだ。
「さ、マーガレット。おいで。」
先に降りてエスコート。こういったところは、流石公爵。染みついたクセに感謝できる少ないポイントだ。
「・・・ん?」
マーガレットの差し出した手を掴み違和感。異様に冷たい。顔を見れば強張りそして青い気がする。
ゆっくりと降ろして、川辺の木陰に作られた敷物に腰かけさせる。
使用人たちにより用意された厚い敷物とクッションにより、硬い地面は感じずにゆっくりとできそうだ。
「マーガレット。。顔色が良くない気がするが。。大丈夫か?」
そう聞いてみると、力ない頷きが返ってくる。
「そんな弱々しい返事が大丈夫なわけないだろう。少し触れるから我慢してくれ。」
そう言った俺の言葉にやはり力ない頷きを確認し、額や頬を触れれば、こちらも冷えている。
「頭が重いとか痛いであるとか、鳩尾の辺りが気持ちが悪かったり吐き気がするか?」
少し考えてコクリと頷くマーガレット。
「そうか。。。」
言葉が話せないから、細かい事が聞けないのがもどかしいが、まぁ乗り物酔いだな。と少し考えていると、不安そうに顔を曇らせていく彼女。
「あ、あぁ。説明不足で悪かった。君の症状は”乗り物酔い”だろう。」
そう聞いて、彼女ははっとした顔をした。初めての事で、すぐに思いつかなかったのだろうが知識はきっと持ち合わせていたのだ。
「症状が進めば嘔吐するが、今もすぐに吐いてしまいたいくらいか?」
少し考えて彼女はフルフルと顔を振ると、苦しそうに顔を歪めた。
「そうやって頭を動かすと辛いだろう?瞬きで返事をしようか。”はい”なら1回。”いいえ”なら2回。できそうか?」
彼女は頭を僅かにピクリと反応しかけて、瞼を1回閉じた。
「どうだ?瞬きは辛いか?」
ぱちぱち。どうやらこの方法は問題ないようだ。
さてと。三半規管が弱かった田之上信二の旅行の際の常備薬といえば。もちろん酔い止めだ。
これが無いと不安で御守り代わりに持ち歩いていた。
というわけで、乗り物酔いとは縁のない公爵の身体とはなったが、不安と習慣はすぐには抜けきらないもので。。ヨランダ様に作ってもらっていた。
「ふっふっふ。。やはり御守りは持っておくべきだな。」
俺が自分の功績に酔って満足気に笑みを浮かべて懐から銀色の薬ケースを取り出すと。。
「ダメにゃーーーーー。」
「早まっちゃだめぴよ~~~。」
目をひん剥いたすごい形相のシャルルとブルーに薬ケースが奪われた。
「おい。何をするんだ。返すんだ。すぐにでもマーガレットに飲ませねばっ!!」
俺がそれを取り返そうと立ち上がると、二人も慌てて飛びのく。
「ダメっぴよ。」
「殺させないにゃ。」
「・・・・は?」
シャルルの一言に思わず固まる。
そして話を聞いた。
「・・・で?私の顔が怖すぎて、マーガレットを毒殺かと勘違いしたと。」
「すまないにゃ。」
「ごめんなさいぴよぉ。」
とまぁ、久しぶりに公爵の微笑が恐れられるという事件がありつつも、無事にマーガレットに薬を飲ませた。
「薬が効くまで少し眠ると良い。」
遠慮するマーガレットに膝枕をしたが、やはりやせ我慢をしていたようで、すぐに彼女は眠りに落ちた。
ヨランダ様の薬は丸薬。一粒で半日から一日ほどは効果が続くとのこと。他の使用人たちの事も考え三〇粒ほどをもらってきた。帰路も安心だ。
ちなみに通常はドリンクとして飲むらしい。俺がこちらに来たばかりの頃にセバスに飲まされたあのどろりとしたジュース的な感じでだ。
当然、旅行が決まった際にヨランダ様に酔い止め薬の話をした際に作ってもらったのだが。。。
「乗り物酔いする前に、これで吐くんだが?」
と苦言を呈してしまったのは仕方ないだろう。それくらいマズかった。
そしてそんなもの絶対に飲みたくない俺は、ヨランダ様にせめて丸薬か粉薬にするように脅迫。。じゃない。懇願をして、今日にいたる。
いや~。流石はヨランダ様だ。目の下に物凄く黒いクマができていたが、気付かないフリをしておいた。
だがしかし、マーガレットが乗り物酔いし、そしてそれに役立った。となれば、何か高級品か珍品を土産として買って帰らねばな。。ま、効果があれば、の話ではあるがな。
「薬が効かなかった場合には、今回のマーガレットの同行は諦めようか。」
「左様でございますね。一時間でこの状態では。。五日の行程は酷でございましょう。」
マーガレットが眠っている時間に、今後想定される事柄とその対処法を護衛騎士達と話し合っておいた。
少し時間が余ったので、持ち込んだ書類仕事でも済まそうかとも思ったが。。。膝の上では彼女が眠っている。
たまにはいいか。と俺は本を読むことにしたのだが。。。
侍女の一人が持ってきていた、今、王都で人気だと言う恋愛小説を貸してもらった。
というか、マーガレットや女性使用人たちも好きなタイトルで、よく読んでいるらしい。と聞いたのだ。となれば、彼女の恋愛の好みも割り出せるかと思ったのだ。
「ふむ。。で?・・・女性としてはどのあたりに。。”きゅんきゅん”というのをするのだ?」
一通り読んだのだが、日本でのドラマとかとは少々趣向が違うと言うか。。
何というか古風というか。。戦前か?明治時代か?という感じで、田之上信二としてはイマイチ抑えられていない守備範囲だった。
「え~。もちろん、戦死してしまったと思っていた将校様との再会の~~~。」
と全く萌えないポイントを熱く語ってくれる侍女。だが、少しも共感できず、能面みたいないつもの公爵の顔で聞いていると、
「そういうところですよ。」
と護衛騎士隊長に笑われてしまった。興味ないのが丸分かりだったそうだ。自分から話を振ったのだからもう少し嘘でも興味ある素振りをみせるとか。。。恋愛以前にもう少し感情の持つべきではなかろうかとか。ちょっと辛辣気味だった。
けれど、皆が公爵に対して仕事以外の会話をしてくれるようになったのが素直に嬉しい。彼らも仕事以外の話をするようになった公爵を好ましく思ってくれているようだ。
これからも、少しずつこうして距離を縮めていければな。と思った。
そんなことがありつつ、一時間ほどでマーガレットが目を覚ますと、幾分か顔色も戻った。
薬が効いたためか。休憩が功を奏したのかは分からないが。。。
「どうする?薬の効果でなかった場合は、来た道を戻る時間、同じように苦しまねばならぬぞ?」
こればかりはマーガレットの意見を尊重しなければならない。
そう思っていたのだが、彼女は間髪入れずにペンを持った。
(気分が悪くても。。。海が見たいのです。。。皆様にご迷惑をおかけするかもしれませんが。。。どうしても行きたいです。。。何も飲食しなければ、嘔吐などでご迷惑もかけませんし。。汚ければ荷馬車でも構いませんので。。連れて行っていただけませんか?)
必死にペンを走らせる彼女を見て、俺は不思議に思った。
「どうしてそこまで拘る?」
(海というものを見ることができる機会など、次に私に巡ってくるかもわかりません。一生に一度かもしれない機会を逃したくないのです。。五日くらいなら食事を摂らなくても大丈夫です。)
いい考えだとばかりに、食事を抜く提案をしてくる。
というか。。
「マーガレット。君は私の妻だ。そして今から行くのは私の領地だ。髪の染色の問題が上手くいかなくても、また帽子を被れば済む。君が行きたいと言えばいつでも行けるのだ。一生に一度などという事はないのだぞ。」
未だ自分を過小評価しているマーガレットはいつになれば、公爵家の正妻という事を理解するのだろうか。。いや。公爵の虐待から始まった婚姻だ。そう簡単にトラウマは消せないか。。。
「それと、飲食は大切だ。例え乗り物酔いで吐き出してしまうとしても、飲み物だけでも摂らねばならないぞ。君が嫌がっても私がついているからな。あと、君がどれだけ車内を汚そうとも気にならない。だから、マーガレットの席は私の隣だ。」
(・・・良いの。。。ですか?)
「聞くまでもないだろう。古い言い方だが。。私が君にぞっこんなのだ。君に甘えられるのが私の喜びなのだ。」
マーガレットの返答を聞くことなく、その身体をお姫様だっこと呼ぶ体勢に抱え上げ、馬車へと向かう。
御者により開かれた扉の向こうには。。。
床である場所には寝具が敷き詰められている。目を丸くしたマーガレットに。
「座っているのは辛い。乗り物酔いの時は眠ってしまうのが一番なのだ。。だが、私も隣にいることは許してくれ。君が下で眠っているのに、私が椅子に座るわけにはいくまい。」
そう言い訳をして、靴をさっさと脱いで馬車に上がる。彼女をそーっと寝具に横たわらせ、ブランケットをかけた。
さすがに同じブランケットに潜り込むわけにはいかない。そこは俺とて紳士だ。それに、馬車だし昼間だし。理性は働いているからな。
「少し狭いが私は背中を向けておくから、安心して休むと良い。」
ポンと彼女の頭を撫で、背中を向けようとすると、ツンツンと服を引かれて、マーガレットを見ると、
(ありがとうございます。)
と口が動いた。それが嬉しくて。。。
「おやすみ。」
にこりと笑えばマーガレットは目を瞑った。
今の笑みは。。。怖がられて無いといいのだが。。。変なところを心配してしまう俺なのであった。




