33.黒闇の中
アルベルト本人編なので、短いですが一話として区切ります
高熱で突然倒れてから、どれほどの時が経ったのだろう。
王都でも流行し始めた病の対応に追われ、部下たちが幾人か倒れ始めた。そして身体の異常な火照りを認識した直後、意識を失う感覚を味わいながら暗闇に包まれた。
朦朧とする意識の中、口元に冷たい水が注がれたり、温かいタオルで身体を拭かれる感覚も何となくだが覚えている。息をするのも苦しく、身体が熱くなったかと思えば凍えるような悪寒を感じ、身体を動かせぬほどの激痛が襲い。。
だがある時、比べ物にならぬほどの重圧を感じた。”闇に飲み込まれる”という表現がしっくりくるだろう。そして文字通り、まるで異界の暗闇に閉じ込められたようになってしまった。
私はアルベルト・フォン・オルティース。
オルティース公爵家嫡男として生まれ、傲岸不遜に生きてきた。
筆頭公爵家としてそうすることが当たり前であり、そうしなければならないとも思っていた。
王家に次ぐ地位であり、揺らぐことのない家門。王族を除けば以下は全て位が下の者たち。
自分が敬われる側であり誰かを敬うことは許されない。ゆえに全てにおいて常に完璧でなければならない。
甘えなど必要ではない。自分に厳しく、だが他人にも厳しく律せねばならない。人には立場・役割というものがある。公爵家に生まれた以上、自分はそれを全うするだけだ。
国の武門を代々背負ってきた公爵家であり、父は厳しかったが、母は常に柔らかく優しかった。
政略結婚であったが、両親は仲も良く、子である私の事も大切にしてくれていた。
弟妹は生まれなかった。妾を囲ってでも数人の跡継ぎを作らねばならぬのが貴族社会だというのに、父は母を慮ったようだった。まぁ、分家はいくらでもあるため、私に何かあれば養子をもらえば問題もない。
物心つく頃には剣を持ち、勉学を始める前にはすでに読み書きを覚えていた。
ガーデンと呼ばれる5歳から10歳まで通う貴族学校の勉学はすでに入学前に大半を終えていた為、人付き合いの社会勉強として行ってはみたが、退屈この上なく社交もそつなくこなしていたために、早々に行かなくなった。
感情というものが不要だと悟ったのはその頃だろう。
大したことでもないのにギャーギャーと泣きわめくガキどもに心底辟易した。
気の合いそうな者も幾人かはいたが、大半は我が公爵家と懇意にしたいと見え見えな取り巻き志望者ばかり。表面上の取り繕った貴族特有のアルカイックスマイルを貼り付けた少年時代。
それすらも馬鹿馬鹿しく、16歳になれば幹部候補生を養成する士官学校へ入学するのが男子貴族の習わしだが、軍への入隊や官吏試験の受験資格も与えられる年齢。
既に剣の腕は師範クラスであるし、士官学校で習うよりも教鞭を取れるだけの知識もある。何をしに行くのか謎だ。入学式の翌日に卒業試験を受けても受かる自信がある。どのみち飛び級で卒業できるのは1年後であるが、士官学校を卒業していないと、軍の上層部に昇進できなくなる。
物凄く理不尽な制度ではあるが、現行法上致し方ない。
だが、軍への入隊も同時にできる。実践や経験を同時進行で積んでおくのも良いだろう。
そして自らの勉学の進捗状況が一般的にどの程度なのか知るのに、官吏試験は分かりやすい。
となれば、士官学校入試・入隊試験・官吏試験。全て受けることにした。
結果は。。。
思った以上に生温かった。赤子でも受かってしまうのではないかと錯覚するほどだ。。
馬鹿なコネ入学者に一定の点数を取らせるためだとはしても、あまりにお粗末。せめて数問は難題を用意してもらいたかった。
と、思っていたのだが。。。後日明らかになった話では、その年は難しい問題であったそうだ。。
そんな状況で、何の手ごたえもない試験など、当然満点合格になる。三つの試験を同時に受験する者も初めてなら、そのすべてを満点合格する者も初めてだと言われた。
私としては当然の結果であったが、周囲の扱いはさらに恭しくなり、それを当たり前だと思う自分を不思議にも感じなかった。
この国の貴族社会において、貴族同士の結婚の際、女性が純潔であることは必須条件であるのだが。。
三試験満点合格が世に知られる所となると、遊びでも構わないからと純潔を捨てに来る女性が来るようになった。女性に対して恋愛感情等、何も起きないが、遊びで良いというのだから、それなりに問題が起きなさそうであると判断した女性は相手にしてきた。無論、貴族でなければ遊び放題と言っても良い状態ではあったが。。。庶民は吟味しないと病気を持っている可能性もあるため、やはりある程度の調べをしてから遊んだ。
軍に入隊すれば、新人時代は過酷な訓練の毎日。
だが、体力・技力は既に持ち合わせている。腕が上がらぬほどの訓練も日常茶飯事であったが、さほど苦痛には感じなかった。
それよりも、表情を作らなくてよい。無駄な社交辞令を吐かなくても良い。といったところが堪らなく楽であった。もちろん、上官への悪態はご法度だが、公爵家嫡男である私は、ゴマすりは必要無いので、必要最低限の会話で問題が起きることは無かったのだ。
元々感情表現も表情も乏しい私にとって、軍は最高の機関であり、戦場での戦いや捕虜の拷問にも顔色一つ変えない姿に、いつしか”黒闇公爵”という異名が付いていた。
中々いいネーミングセンスを持つ者がいたものだ。もう少しダサい呼び名であれば、誰であれ命名者を見つけて首を刎ねているところだが。。。初めて聞いた時から、しっくり来るようで、悪い気がしなかっ た。
普通、二つ名を付ける際には、そこに色々といい意味では無い方の意味合いを込められるはずだが。。。
怒ることも無く二つ名を悪く思う訳でもない私は変わり者かもしれない。
と、重苦しい暗闇の中で半生を顧みたのだが。。
目を開けているのかどうかすらも分からず、光など一切感じない真っ暗闇のこの場所は、”黒闇の公爵”の二つ名の通り過ぎる、私に相応しい場所なのだと、悪魔に嘲笑われているかのようだ。
だが、時折感じるのだ。まるで春の日のように温かな何かを。
これが意味することが、何かは今はまだ分からない。だがしかし、心地悪いわけでも無い。心地よいという感情を持ったことが無いので、分からないが。。。もしかすると、この感覚が”心地よい”というものかもしれない。
私は生きているのか死んでいるのかすら分からない。
だが、僅かに感ずるこの感覚をもう少し研究せねば。。
どうせ時間経過すら分からぬのだ。
そうして私は黒闇の中から、縋るように時折僅かに感ずる感覚が訪れるのを待つのだった。




