32.森の家
さて、特別休暇という名の食材確保の時間として1か月間、海側の領地へ行けることとなったのだが。。
少し問題ができた。
もちろん国王夫妻からの命が下りたので休むことには問題が無いのだが。。
「大旦那様も大奥様も大変お喜びでございますよ。」
セバスの一言に肩を落とす。
そう、すっかり失念していた。海に面した領地モルディートには隠居した両親がいたことを。。
昨晩、とても景観もいいモルディートに行けると少し浮足立ち、王城から帰ってすぐにマーガレットには一緒に海の街へ行こうと旅行を誘ってしまった。
今さら両親がいるから連れて行くのはやめるとは言えない。
だが、両親には「結婚した。」という報告書を送ったきり、何の連絡もしていないのだ。。もちろんその責は公爵自身にあるのだが。。。今の中身は俺なのだ。。どんな顔をして会えと言うのだ?しかも向こうにひと月も滞在するとなればマーガレットの髪色を隠し通すのにも限界があるだろう。。
「うーむ。。」
早朝の執務室で大量の書類を前に、モルディートの難問について頭を悩ませてしまう。
最早仕事どころではない。
「どうしたものか。。」
つい独り言をつぶやく。
「閣下。北部の派兵について問題がありましたでしょうか。」
「・・・ん?」
顔を上げれば副官デリーが心配そうにこちらを見ていた。いや。心配しているのは両手に抱え込んだ新たな書類の山の事の事だろうか。。。
「派兵の件は問題ないが。。その両手に抱えてるものはなんだ?」
冷たい目を返すが、長年の戦友は公爵のそんな態度は慣れたもの。
「ここ数日の陛下の御呼出しで閣下の決済待ちの書類が溜まりまして。それに加えて、西の国境での小競り合いの規模が大きくなり前線基地からの派兵と、軍部への応援要請などが重なりましたからね。」
「西は第3部隊の管轄だろう。応援要請ならば、第4からで十分だ。普段なら事後の報告書のみで済ましているくせに。。なぜ立て込んでいる今回に限って事前申請をしてくるんだ?」
目の前に並ぶ書類を指で突きながら、公爵にしては珍しく愚痴を吐く。なんせ中身が俺だからさ。
「閣下。1週間後からひと月もの特別休暇を国王陛下直々に賜ったとお聞きしましたよ。楽しい休暇の為に、この1週間で仕事を済ませておきましょう。」
まるで子供をなだめるような口調のデリーに恨みがましい目線を送ってしまう。
「・・・まぁ。マーガレットと旅行できるのは正直愉しみではあるのだが。。。」
「先代様ですか?」
「・・・あぁ。」
そこまで言うとすっかりと雑談モードだ。背もたれに身体を預け尽きないため息を付く。
「まさかご結婚の報告を怠っていたとかはありませんよね?」
「まさか。流石に婚姻したことは伝えてある。」
「まさか。その一通だけ、ということは。。。」
「だから頭を悩ませているんだろうが。。」
流石のデリーも呆れ顔だ。額に手を当て盛大な溜息をついて固まってしまった。
「ですが、まぁ。御婚姻後1年も経っておりませんし。流行病で命の危機もありましたし。南部の戦争もあったことですし。。今回はあちらへマーガレット様をお連れするのですから、先代公爵様もご納得。。。していただけるでしょう。」
まぁまぁの間ができる。
「お前、フォローしてるつもりだろうが、言い訳が苦しいと言っているようなものだぞ。」
「分かってしまいましたか。」
苦笑いで誤魔化そうとしているが、そんなものでは俺は誤魔化されない。
「しかもマーガレットが言葉が話せない。髪型にも問題があるしな。それについては追及が無いはずがないだろう?」
「確かに。。ですが、実際のところ、風邪の後遺症でしたら、そろそろお声が戻るのでは?額の傷も大きくなかったと聞きますし。」
真実を知らないデリーは軽い調子でそう言ったのだが。。
実際のところは声が出ないのは公爵による虐待による精神的なものだろうし。。
ボンネットを付けている髪型についてはそもそも額の傷など言い訳。二色の髪色を隠すものに他ならない。
どこまで話すか。。そう少し悩んだが、公爵の記憶でもデリーの忠誠心は強く、また俺としてこの数か月一緒に仕事をしてきた感覚からしても、この男が裏切ることはないし、もちろん口も堅く、信頼できる人物であると思っている。ならば。。。
「デリー。お前が私を裏切ることは?」
「閣下。何度も申し上げておりますが、私は閣下がいるから、今この立場にいるのです。本来であれば、公爵家で閣下専属の護衛として雇っていただきたいのですよ。ですが、閣下が王宮勤めである以上、公爵家お抱えよりも、今の立場の方が閣下と同じ時間を過ごせるという理由で、軍に所属しております。この身を八つ裂きにされようとも、閣下への忠誠心が揺らぐことなどあり得ません。」
きっぱりと迷いなく言い切ったデリーだが。。
「ちょっと。。。重いな。。。今の発言を我々の事を知らぬ者が聞いたならば、男色を疑われかねない発言なんだが?」
ジトリとデリーを見ればいい笑顔で。
「もちろん、閣下への忠誠愛ですから。ちなみに私も男色の気はございません。」
「知っておる。」
目を見交わせば阿吽の呼吸で二人で苦笑を漏らした。
そして、マーガレットの事を伝える。
「そうでしたか。。閣下が鬼畜だとは知っておりましたが。。まさかご正妻様にまでとは。。」
「一言余計だ。」
「まぁそうおっしゃらずに。お声の事は私ではどうにもできませんが、髪色の事は何とかなるかもしれません。」
「・・・・本当かっ!!」
思わぬ情報に身を乗り出す。
「はい。母方の叔母が薬師をしておりましてね。髪を染める薬があるとか、聞いたことがあります。」
「その伯母上はどちらに?」
「数年前に他界しました。結婚もしておりませんでしたし、弟子もいなかったですし。。もちろん髪色については二色を隠すことは重罪ですから、髪の染色については、私や母くらいしか聞いて無かったと思いますが。。。家は当時のまま、森の中に残ってます。もしかしたら文献でもあるやも。」
「でかしたぞ。」
「まだ、できると決まったわけではありませんがね。」
「可能性があるだけでもありがたい。」
そうして俺はデリーを伴って公爵家に帰る。
「というわけで、私とマーガレットがモルディートの領地へ行くひと月の間、デリーにこの屋敷に滞在してもらうことにした。腕は立つし軍部の仕事も押し付ける形になる。ここから通った方が王宮も近いから、急な呼び出しにも応じやすい。」
もっともな説明を付けておいたが、もう一つ、侍女アナベルとももう少し打ち解けて欲しいという思いもあるのだ。
実際、マーガレットの後ろに控えるアナベルはデリーの事をチラチラと窺っている。こないだの心が行違ってしまったデートの誤解を解いてもらえると嬉しいものだ。
そしてデリーを伴って伯母上の家へと行く前に、研究棟へと立ち寄る。
在庫にある薬草と記憶にある伯母上の家の薬草とを擦り合わせてもらおうと考えての事だ。
「幼少期の記憶です。流石に無理があるかと。。」
「そういうな。馬の用意をさせてる間だけだ。薬草を見れば何か思い出すことがあるかもしれないだろう。」
薬品庫の戸棚を開けながら半ば諦めムードのデリーと確認作業を進めていると、
「必要な薬草があったか?」
薬品づくりをしていたヨランダ様がキリが付いたからと、様子を見に来てくれた。
「・・・ふむ。人体への染色についてか。。流石にワシも詳しくはないのう。だが、弟子の一人が研究しておったな。今、家の場所と手紙を書いてやるから尋ねるとよい。」
ペンをとったヨランダ様がさらさらと地図を書いていくと、デリーが
「ヨランダ様の弟子は、もしかして”ボニー”ではありませんでしたか?」
と問えば、目を丸くしたヨランダ様が顔を上げた。
「ふむ。。もしかして知り合いかの?」
「えぇ。私の母方の叔母です。」
「そうであったか。ならば紹介状は要らぬの。」
「えぇ。数年前に亡くなりましたから。」
「・・・そうであったか。。。真面目な良い娘であったのじゃがな。」
しんみりとした空気が流れる。
「家がそのまま残されているとのことなので、今から行って来ようと思っています。明日の昼には戻って来れるかと思いますので、文献が残っていたら再現してもらえますか?」
俺の中で世界一だと思える調合の腕を持つ、ヨランダ様に交渉を持ちかけると、
「ボニーの家は、この場所のままであるか?」
「はい。叔母は森の家が好きだからとずっと変わらず過ごしていました。」
「ならば、馬を走らせることもあるまい。近う寄れ。」
言われるがままにヨランダ様の前に二人で立つと、俺たちの手を取った。
そのまま手を繋いで研究棟の玄関を出た瞬間だった。
まばゆい光に包まれた。
眩しさに目を顰めつつ、目が慣れてくると。。
「・・・あれ?ここ。。。」
デリーの驚いた声色に追従するように辺りを見渡すと。。
緑に囲まれた森の中だった。
「広域移動魔法の欠点は、屋根があると使えぬという事じゃな。。」
ヨランダ様は魔法陣を繰り出した手の平を摩りながら魔法の使い勝手の悪さに不満げだ。
「これだけの規模の魔法が使えるだけでも偉大な大魔導士であることの証です。感謝します。」
「公爵ともあろう人が簡単に頭を下げるでないぞ。」
礼を伝えた俺に彼女は冗談めかして背中を叩くと森の中の小さな家に歩き出す。
月明かりに照らされた小さな家は、まるでおとぎ話に出てくるような可愛らしい雰囲気のある木の家だった。
だが鍵穴が無い。それでいて荒された様子もない。主が無くなって数年経っているというのにだ。
不思議な感覚に目線だけで周囲を窺っていると、
「閣下。叔母は少しですが魔法も使えたのです。」
と言って、扉に手を翳した。
すると、まるで自動ドアのようにすーっと扉が開いた。
「ボニーが使えた魔法の種類はごくわずかであったがな。できることを工夫しておったよ。」
部屋へと足を踏み入れたヨランダ様は懐かしむように並ぶ本の背表紙を撫でていた。
しばらく目当てのものがないかと、手記や研究ノートを中心に3人で探す。
「あの娘が死んでしまったのだから。。時効であろうなぁ。なぜボニーが人と距離を置いていたか、知っておるか?」
手記をパラパラと捲りながらヨランダ様が言った。
「いいえ。母からは叔母は人付き合いが苦手だとしか。。」
デリーは理由を知らないようだった。
「ボニーはのう。髪色に問題があった。」
彼女の一言は衝撃だった。鉄面皮の公爵の身体であるのに、眉が動いてしまった。もちろんそれはデリーも同じ。
「ボニーの研究成果を調べておるのはマーガレットのためであろう?」
ヨランダ様は顔を上げることなくまるで聖母のような優しい声色でそう言った。
「実際の”魔女”が二色の髪色を持つのは事実。じゃがの、二色の髪色を持っていても”魔女”とならぬ者が大半じゃ。ボニーもそうじゃったが、魔力を持っておったのが致命的でのう。両親が離れに匿っておったのじゃが、10歳になるころに魔女狩りにあった。」
ページを捲るのは彼女だけとなり、俺とデリーは話に聞き入る。
「たった10歳の子供が魔女だと言われ火あぶりにされる。聴衆は魔女を排除しろと囃し立てた。旅の途中でたまたま通りかかっただけ。いつもなら助けることもせぬ。だが、その日は。。。まぁ気まぐれじゃ。火をつけた直後の燻った煙に紛れてボニーを助けた。手持ちの豚の肉に認識誤認魔法をかけてな。誰もボニーがいなくなったとは気づくことはなかった。」
「そして、しばらくワシが使っていたこの家へと連れ帰ったのだ。魔導士であるワシが教えてやれることは少なくてな。僅かな魔力で契約できる魔法を教え、森の中で生きていけるように薬草や薬品の知識を与えた。そしてボニーが没頭したのは、身体を染色する方法だった。この国では髪色が問題視されるがの。他国では目の色で差別があったり、肌の色で差別があったりするであろう?忌み嫌われる身体的特徴を何とか消す方法を研究しておった。もちろん根本的な身体改造は無理であるから、薬品による染色を目標とした。」
「数時間じゃが髪色が変えられる染め具ができた時、こっそりと家族に会いに行った。あの子の両親と姉妹の喜びようと来たら。。付き添ったワシも心温まるものがあった。死んだこととなっているのだから、その後はひっそりとボニーはここで暮らしておったが、本人としても、火あぶりの処刑をされかけた記憶から人間とは関わりたくないと言っておった。」
「それからずっと会っておらんかったが、10数年前に、ふとここを思い出してな。立ち寄った時には、ボニーから研究成果を見せてもらった。髪は染色で数週間は誤魔化せるし、目の色は目薬で半日ほど変えられた。肌の色は1週間ほどであったが風呂に入っても落ちはしなかったのぅ。。じゃが、製法は聞いてはおらぬのだ。」
残念そうにそう締めくくった。
「そうでしたか。。長年の研究の成果というのは師匠であるヨランダ様にもお教えすることは難しいほどの事なのですね。」
俺はがっくりと肩を落とす。特許がある日本であっても産業スパイやらで公表には慎重だからな。
「いや。説明が長くなりそうだったのでな。。聞かなんだ。。。あの時、面倒くさがらずに聞いておけば良かったのう。」
「・・・・っ!!!」
理由がまさかのめんどくさいだとは。。鉄面皮の俺の顔で動くのは鋭い目だけだ。いつも以上に冷たく睨みつけるようになってしまったのは許して欲しい。
「まぁまぁ。アル殿。そう恨みがましい目で見るでない。ワシに語ろうとしたくらいじゃ。研究ノートか何かが残っておろうて。」
人生の酸いも甘いも噛み分けたヨランダ様は、どこ吹く風で、顔色も変えずに膨大な研究ノートをあいも変わらず捲っていく。
もちろん俺とデリーも再会した。
そして。。。夜明けが近くなってきた頃。
「かっ。閣下ぁ。これ、これは違いますか?」
デリーが声を上げて広げたノートには、瞳が虹彩まで美しく描かれており、いくつもの注釈が書き込まれていた。
薬草や薬品の名は、日本とは大きく異なるため、知らない物が多く何を指しているかも分からない。
「ふむ。。これは目薬じゃが。。。材料さえ手に入れば。。。再現できるやもしれぬ。」
ヨランダ様の一言に俺とデリーはガッツポーズ。
そのノートは一冊まるまる瞳の研究だった。
となれば、その付近に髪色にまつわるノートがあるはず。と、眠気も吹き飛ばしてページを捲れば。。。
空が白んだ頃、やっと目的のノートを発見した。
パシンっ!!!
思わず3人でハイタッチを交わす。
「再現できそうですか?」
「うむ。この薬草と、この木の実が、この辺りの固有種であるからの。王都に戻ってからは材料が集められぬが、今はここにおるのじゃ。手分けして集めようぞ。」
『はいっ!!』
軍の初任科レベルの返答をして、ヨランダ様が書きつけてくれた植物の絵を片手に3手に分かれて森へと入った。
もちろん、獣にも遭遇したが、俺とデリーとヨランダ様だ。各個撃破しつつ、約束の1時間で森小屋へ戻ると。
「これは違うの。。これは当たりじゃな。」
ヨランダ様の選別をしても、かなりの量を確保することができた。
マーガレットの髪の長さと量でも十分染められるだけの材料は確保できた。。
というか。。今さらだが、日本ならどれだけでもどんな色にでも染めるのは簡単だったのだがな。そこら辺のドラッグストアで気軽に買えた。こんなに苦労することなど無かった。ホント日本いいとこだった。
それよりも。。染色剤は強アルカリ性だった気がする。。この世界ではどうなのだろうか。。
とりあえずパッチテストは必須だな。と頭の中で手順を組み立てておく。
ヨランダ様の広域移動魔法で、屋敷に戻り、早速髪染めをといきたいところだが、まずは染色剤の調合がある。研究肌のヨランダ様は早々に調合室に籠り始め、俺とデリーは出仕の時間が迫る。
慌ててシャワーを浴び身支度を済ませると、既に遅刻ギリギリの時間となってしまった。
「坊ちゃま。朝食は馬車の中で。」
とセバスにサンドイッチを持たされデリーと共に馬車に押し込められると、扉が閉まるのももどかしいとばかりに馬がいななき出発した。
「デリー。付き合わせてしまってすまなかったな。だが礼を言う。ありがとう。」
俺は馬車の椅子に座ったままだが深々と頭を下げた。
「ちょっ閣下!!おやめください。」
「君がいなければ、未だにどうしたものかと悩んでいたんだ。」
「ですが。。成功するとはまだ決まっておりません。もし上手くできなかったら。。」
デリーが困り顔で俯いた。
「だがしかし、成否もあろうが、君がいなければここに辿り着いてもいないのだ。だから、まずは情報をくれたことへの礼としよう。成功したならば改めて礼をさせてくれ。」
そうは言ったが、本当にマーガレットの髪を染める事が出来たならば。。窮屈な思いをさせずに済むのだ。町へと繰り出すことも頻繁にできるようになるだろう。そう思えば、礼などどれほどしても足りないのだ。
今日の夕刻までには染色剤は調合できると言っていた。
いつもなら軍部の仕事など気乗りしないのだが。。
帰ってからの楽しみがあると言うのは、これほどまでにモチベーションが変わるのかと思いつつ、今日も王宮の門をくぐるのだった。




