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31.お昼休み


「マーガレット、調子はどうだ?」

 

 王城から戻る途中で眠ってしまった俺はそのまま朝まで寝ていたようだ。

 先日の怪我人を診察しなくてはならないが、まずは隣の部屋のマーガレットから行うことにした。


 アキレス腱に対する俺の外科手術この手技は問題なかった。だが、アラクネノームというクモの糸と回復薬を使用した。見た目には全回復をしているのだが、初めての状況に、暫くは経過観察をしない事には自分自身が安心できない。


「痛みも無く、違和感も。。。無いのだな。。。。ふむ。。治っているとは思うのだが、しばらくは激しい運動は避けてだな。。あとは。。」

 マーガレットの診察内容をカルテに書き込んでいく。

「主さま、なんて書いてあるぴよ?」

 ぴょんと手元に乗ってきたブルーが首を傾げている。


「なんだ。ブルーは文字も読めるのか?」

「簡単なのは分かるぴよ~。でもぉ。これは読めないぴよ。。」

「そうにゃ~。変わった形の字にゃ。」

 カルテを覗き込んだブルーとシャルルに言われて、ようやく気付く。。英語で書いていたことに。


 つい慣れ親しんだ前世の文字を使っていた。。田舎の病院では未だに紙カルテだったからな。。

 俺はドイツ語は苦手だったから、英語で書いていた。教授世代にはまだドイツ語信仰があるようだったが、論文が英語なのに、わざわざドイツ語を使う必要性もなかっただけだが。やはり田之上信二として動くと身体も自然とそれに従うようだ。


「あぁ。外国語だよ。」

「へぇー。」

「ふーん。」

 一羽と一匹。そしてマーガレットと侍女アナベルもすっかり信じたようだ。後ろに控えていたセバスは。。したり顔がなんだか腹立つな。



 とりあえず一通りの診察を終え、マーガレットに部屋を歩かせたりもしたが、おかしなところは見受けられなくて一安心だ。


「では、マーガレットよ。何かおかしなことがあれば些細な事でも教えてくれ。アナベル、彼女が無理をしないよう注視するように。」

「心配性にゃ。」

「大好きぴよ。」

 部屋を出る際に念を押したのだが。。ニヤニヤしながら吐き捨てられた外野の雑音は聞き流しておこう。


 入院措置をしていた患者も診て回る。屋敷にある治癒薬と回復薬の在庫は全て使い切ってしまい、ヨランダ様の製造も追いついていない。煮込みや寝かせる行程にどうしても時間がかかるそうだ。ここを端折っては品質がかなり落ち、結局完治までの時間は同じか遅れることになるらしい。それでは本末転倒だ。

 王室の在庫を融通してもらえる話も出たが、そこは流石に断った。万が一に備えるための物を使う訳にはいかない。いくら魔王とその右腕の生まれ変わりだとは言っても、今は人間であるし国王としての采配は賢王とも言える程だ。この生では当然だが人間と戦う気も無いと聞いたしな。


 残りの患者たちは命に関わる怪我ではない。開放骨折や複雑骨折が疑われるなど予後に不安が残る傷は優先的に治癒薬を使ったし、今は骨折とは言っても完全骨折ではないだろうと判断できた者、縫合場所的に安静が必要だと判断した者たちだけだ。


「すまぬな。この傷では痕が引きつるかもしれぬ。。ヨランダ様の薬が間に合えば良いのだが。」

「戦場でしたら死していた傷です。旦那様のおかげでこうして生きていられるのです。感謝してもしきれません。」

 背中に大きな裂傷を負っていた騎士から感謝の言葉を言われてしまった。だが、機材の揃っていた日本ならば傷跡を引きつらせないように処置できていたのだから、感謝の言葉に申し訳なさを感じてしまう。俺がこの世界に来た時点から器具を作らせておけば。。。などとできもしなかったことに後悔する。

 しかも傷が治ってしまえば回復薬は効かない。縫合した傷は閉じかけている。まだ腫れのある炎症期であるから、今なら回復薬で綺麗に治る可能性があるが。。俺が思うに増殖期に入ると既に傷は閉じきり新しい細胞が作られ始める。これを回復薬が”傷”とみなすとは思えない。主要な筋は治癒薬によって治っているとはいえ、深い傷だ。あと2,3日ほどは炎症期だろう。回復薬が間に合って欲しいと思う。瘢痕が残らぬようにしてやりたい。

 だがあくまで可能性の話。期待を持たせても気の毒だろうと思い、詳しく話すことは避ける。


 誰を診ても公爵直々の診察に恐縮と感謝の念が強すぎて本当に後ろめたい。早急に医療器具をどうにかして作ることを考えねば。。



「少し。。。散歩しよう。」

 庭に出ると先日の襲撃により公爵家自慢の美しい庭園は見るも無残である。今日も庭師たちが日の出とともに修復作業をしてくれている。

 労いの言葉をかけつつ、庭園の片隅の芝生へと寝転がる。


「だっ旦那様。そのような。。」

 俺の姿に慌てて走ってきた庭師長ゼペトを手で制し、気にせず手枕をして目を瞑る。ゼペトはその様子に黙って下がったようだ。



 さてと。。

 心地よく吹き抜ける風にはまだ焦げ臭さが乗る。それが自分の不甲斐なさを表しているようで、悔しさもあるが、それはこの武人である公爵の強靭な身体を持つ今だからだ。元々はただの医者なのだから、できることは少ない。


 しかし。どうしたものか。。


 ふと肩に違和感を感じ目を開けると、そこにはアラクネノームの姿があった。


「悩み事か?」

「ヒスイ。。」

 いつも通りに心を見透かすような発言。少し慣れてきた。


「これからどうすべきかと思ってな。」

「ふむ。見た目と反して繊細なのであるな。」

「辛辣だな。」

 優しいのか優しくないのか。。ヒスイの毒舌に苦笑する。


「なぁ。ヒスイ。先日のように少し糸を出してくれないか?」

 俺の頼みごとに「うむ。」と言って細い糸を出してくれた。風にのりふわりと細い糸が靡いている。


 僅かに光を纏うその糸は美しく、そっと手を伸ばせば吸い付くように指に乗る。

 確かに”魔操指”が発動しているようだ。風にたなびいている細い糸でも容易く手元に引き寄せられるし、風に揺蕩っていても絡みついてくることもない望み通りに指先に確かに動かずある。


 そうしていると、ふと目の前に霞みがかかった。

「・・・っ。」

 しばらく無かったその症状に思わず顔を顰める。最近は少し頻度が下がっていたはずなのに。。

 やはり何か良くない病気なのだろうか。


「全く。。我が主に纏わりつくでないわっ。」

 少し不貞腐れたヒスイの声で、靄が晴れる。

 戸惑う俺をよそに、

「全く。。我が主よ。そなたは何でも引き寄せるのだな。」

 呆れた声でヒスイが俺の首元に来ると、ふわりと俺の身体に温かいものが触った。

「だって主様っぴよぉ。」

「魅力溢れる男だにゃ。」

 そこにはシャルルとその頭に乗ったブルーがいた。


「なにが。。。」

 シャルルを抱き寄せながら見上げれば、ふわりふわりと拳サイズの白い靄がいくつも宙を舞っていた。

「見えぬだろうが、妖精や精霊の卵たちが、主を見にやってきておるのだ。」

 ヒスイの説明に耳を疑う。。俺には見えていないと思っているのだが。。


 しっかり見えている。”まっくろ〇〇すけ”の白いバージョンとも言える姿を。。

 そして思い至った。。俺の目を。能力を。

 ”魔眼”であると。。。


 そう思えば何もかも辻褄が合う。

 裸眼ではありえない神経や血管が見えたことも。遠方が見えたことも。そして今まで霞だと思っていた症状が妖精たちの卵だったとしたならば。。


 病気では無かったことに安堵するものの、まさかの2つ目の能力を獲得していたことには流石に自分でも引く。これはもう国王夫妻にもセバスにも。。言えないだろう。

 とりあえず、魔操指と違い、バレる能力でも無いことから、しばらくは様子見だな。。

 

「なぁ。ヒスイ。魔操指などの能力だが。。あと2つ。魔眼と魔響声を同時に持つ者はいるのか?」

 まずは情報収集しよう。

「ふむ。聖魔能力の事か?一つを持つ能力者を見つけることも困難であるというに。同時に複数を持つ者などいるわけがなかろう。神か。。あるいは伝説の勇者であれば、であるな。」

「300年前の勇者か。。ヨランダ様に聞いてみるか。」

 独り言をつぶやくと、


「300年前に魔王を斃した奴らは、勇者を名乗ってはおったが、それは聖魔を持つ本当の勇者ではない。魔王が斃されたのは、ただ運が味方したからであろうな。」

「僕もそう思うっぴよ。本物の勇者さまはもっともっともーっと、すごいっぴよ。」

 ブルーも力強く言う。


 という事は。。。俺が”勇者”ってこともないだろうし。。

 というか。。。もし2つの能力を持っていたとしても、俺と同じく秘匿した者もいるあろう。主にめんどくさいという理由かは分からないが。。

 やはり魔眼の能力については秘匿することにしよう。



 というわけで。悩みつつも数日が経った。。。

 ん?俺、仕事中なんですが?


「ふむん。これも美味であるな。」

「明日も楽しみですわねぇ。」

 目の前には国王夫妻。。そしてここは人払いされた厨房。。


 俺が異世界人だということがバレた翌日、昼食の席を国王夫妻ととることとなった。その時に、料理の話題となり、多少は料理ができるなどと言ったものだから。。それから異世界の昼食を俺が作ることとなってしまったのだ。


 この世界に休憩という概念は無いのだろうか。。俺の昼休みは。。。

 まぁ料理するのは嫌いじゃないし。。一緒に食べるのだから。。昼食と言えばそうなのだが。。


「陛下。ファロ様。申し訳ないのですが。。」

「昼食の件は譲らんぞ。」

「そうですわね。もう離しませんことよ。」

 言いかけただけで止められた。だが、目下のところ、メニューが。。。


「率直に申し上げますと、材料が足りません。メニューに限界があるのですよ。」

「なにっ?」

「取り寄せはっ?」

「金なら好きなだけ使え。」

 二人は身を乗り出して詰め寄ってくる。王にいたっては机を叩きつけた。。。


「流石に異世界の調味料は。。私も外国の料理本を漁りましたが、私の故郷にある調味料はありませんでした。」

 正直に言えば、国王夫妻の顔が。。。。


「ぷっくっくっく。。」

 思わず笑ってしまった。だってマンガのような顎が外れんばかりの顔だったのだ。。

「笑うでないわっ。」

「揶揄いましたの?」

 またしても詰め寄られる。国王というのはヒマなのかっ?公爵が仕えてきた”賢王”はどこへ行った!!!


「調味料や材料が無いのは本当ですよ。そもそも世界が違うんですから植物や生物とて違いますよ。それに俺は医者であって料理人ではないんですから。レパートリーにも限界がありますよ。」

 そんな説明をすると、

「では、調味料も作れませんの?」

「・・・・!!」

 ファロの一言に目から鱗が落ちた。


「その手があったか。。」

 ついつい呟いてしまう。大豆はこの世界にもある。米に似た植物も図鑑で見た。大豆があれば豆腐もできるし味噌もできる。味噌があれば醤油もできるからな。。味噌・醤油さえあれば幅が広がるな。。いやしかしそうなれば出汁も欲しい。海に行けばカツオに似た魚もいるかもな。。そうなれば鰹節もできるな。。昆布もあるかもしれない。海水でにがりもできるし。。


「これは。。期待できるのか?」

 俺が考え込んだことで、国王夫妻はキラキラの笑顔となっていた。俯いて考え込んだ俺からは見えなかったが。。


「実現可能かも。。。しれませんね。。。」

 そう言って上げた顔の先には、期待に胸を膨らませまくった国王夫妻の顔。


「一応言っておきますが、材料確保ができてからの実験となりますから、少し時間がかかるのと、1か月ほどの休みを頂きたい。海側の領地に行かねば、材料があるかどうかも分かりませんから。」

 説明を続ければ、

「あいわかった。であるならば、ひと月の休みをやろうではないかっ!!」

「そうですわね。」

 喜色満面の国王夫妻。。


 言いづらい。。味噌を作るのに半年は時間がかかるのだという事を。。。



 そうは言いつつも、1か月もの休みをもぎ取った俺であった。

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