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30.王陛下


 俺が異世界からやってきた話を初めてした。

 国王夫妻とセバスは驚きはしたが、それは俺が異世界の住人であったことに、であって、もう一つの記憶を有していることではなかった。

 危惧していたことは特に起きず、ホッと胸をなでおろす。


「しかし。医者であり魔操指にアラクネノームが従魔であるか。最高の組み合わせではないか?」

「そうですわね。国の宝となりましょう。」

「流石は坊ちゃまにございます。」

 3人は大きく頷きながら。。。というよりか。。むしろ喜んでもらえているようだ。


「しかし。。オルティースよ。アルベルトの身体で不自由は出てはおらぬのか?」

「・・・?」

 俺は国王の質問に少し戸惑う。不自由か。。。あるような、ないような。。。


「わたくしたちは、前世の記憶を持っているとは言っても、生まれ変わっているのよ。だから、初めからこの身体で生まれて、どこかの時点で前世の記憶を思い出しただけよ?あなたは、違うのでしょう?」

 王妃に言われて、陛下の質問の意味に気付く。確かに他人の身体に入っただけに思うのだ。


「確かに。私は”アルベルト”ではありませんね。これは断言できます。記憶は全てでは無いですが垣間見ることができます。しかし、自らの意思でそれを思い出すことはできません。何かのきっかけで、入ってくるという感覚でしょうか。。それに当時の記憶はデータとして見れますが、そこに感情はありません。ですから別人であると思うのです。身体自体もアルベルトのようには扱えていないと感じるときはありますね。」

「だが、余から見れば、ふとした瞬間に違和感はあれど、別人とは見えなんだ。」

 国王はまじまじと俺を舐める様に観察してくる。


「そうですね。目が覚めた瞬間から、自分の口調がアルベルトとしてであったのが、私も不思議な現象でした。今も余程の事が無い限り、アルベルトの身体に染みついた言動です。」

「とするならば。。前世。。とは違うが。。。その時の言動が出ることもあるのか?」

「適当な言葉がありませんから”前世”を使いましょうか。。前世の言葉が出たのは数度。田之上信二という名の男であった時の思考で集中していた時。でした。」

 俺は今までの事象が起きた際の共通項を話す。


「ほう。前の名はタノウエシンジと申すのか。では、我らだけの際はその名で呼ぶとしよう。話を他の者に聞かれたとしても、呼び名が違っておれば、言い訳も容易いでの。」

 国王の提案に王妃も頷きセバスが

「我らの集まりでは、既に前世の名で呼び合っておりますゆえ。手紙もその名であれば、今の我らに辿りつけませぬでな。」

 にっこりと笑う彼らを見て、いい案だと素直に思った。確かに密書も送りやすくなるだろう。アルベルトに気付かれずにセバスが国王と連絡を取り合っていたのもこれが功を奏していたのかもしれない。


「それで、タノウエシンジよ。これからのことであるが。」

 口を開いた国王にちょっと待ったをかける。

「陛下。その名ですが。。田之上が苗字で、信二が名です。フルネームで呼ぶ必要も無いかと。」

「ほう。そうであったか。タノウエが家名であるならば。。。シンジと呼ぶこととしようか。」

「そうですね。それでお願いします。ところで。。俺は皆さんをどのように呼べば宜しいですか?」

 聞き返したところで皆が少し首を傾げた気がした。。何か変なことを言っただろうか。。。


「坊ちゃま?」セバスに不意に呼びかけられる。

「どうした?」

「シンジよ。」今度は国王だ。

「何か?」

「ふふっ。法則が分かってしまいましたわね。」王妃が笑う。

 3人は顔を見交わしてしたり顔。俺は意味が良く分からず、眉間に皺が寄る。


「お気づきになりませんか?」

「だから何がだ?」

 セバスの言葉にさらに皺を深くする。


「シンジと坊ちゃま。の違いですわよ?坊ちゃまとしてはアルベルトが出るのですわ。シンジと呼びかけられるととてもくだけた口調でしたわ。それが本当のあなたではないの?」

 王妃にそう言われて、ようやく気付いた。。

「・・・そう。かもしれないな。」

 顎に手を当て、今までの会話を反芻する。確かに言われたとおりだ。。


「ならばやはりここでは、シンジと呼ばねばな。」

「そうですわね。わたくしたちの前だけでもご自身のままで過ごしていただきたいですわね。」

「ではシンジさま。これからの。。」

「セバス。。”様”はつけるな。。ほら、アルベルトに戻ってしまう。」

「そうでございますね。少々難しゅうございますね。気を付けて参ります。」

「うむ。」

 

「それで、話を戻しますと。。陛下と王妃様、それからセバスの事はなんと呼べば?」

 少々脱線した話を戻さねば。。名前を聞くだけでループする。


「この人はもちろん”魔王様”ですわぁ。」

 甘ったるい声で嬉しそうに国王の首に抱き着きながら、王妃が言った。


 ・・・・っ??????

 ちょっと。。。思考停止。。。え?中二病か?なにゆえ、”魔王様”なんだ?いい歳した大人が。。。

 呆れて冷めた目で国王に纏わりついている王妃を見てしまった。


「・・・・こほん。えーっとだな。。そのような目で余を見るな。。。」

 王妃の絡む腕を振り解きながら国王が恥ずかしそうにこちらを見る。

「そんなことはありませんわ。魔王様の尊大さは隠しきれませんものぉ。シンジもきっと魔王様の前にひれ伏したい気持ちを押し殺して平静さを取り繕っているだけですわぁ。」

 せっかく国王が解いた腕は、今度は国王の胴にがっしりと回された。。ため息を付きながら国王はその腕を解くのに忙しそうだ。。


「セバス。。。どいう事だろうか。。」

「言葉のままにございます。。あっ。私の名は、”ゼバス”でございます。前世はゼバス・ビ・ウイ。前前世はゼバスリ・ワング。でございましたので。」

 ほぼ変わらない名だったか。。。いや。そこじゃないっ!!!


 目を見開いて王妃にいちゃつかれている国王を見る。普段なら不敬でその姿を見入ることなどできはしないが。。ここは無礼講が許された場。。

 ・・・・これのどこが魔王なのだろうか。。で、王妃は?どこの誰なのだろうか。

 呼び名を聞くだけでここまで難航するとは。。じれったい。


「それで?もう一度お聞きしますね?陛下を”魔王様”。とお呼びする理由を。王妃様は呼び名をお聞きしても?」

 じれったいとはいえ、医者時代、じいさんばあさんたちの扱いで、ある程度は慣れている。話がループしまくるのも良くある話だしな。。現在、田之上信二が全面に出ているからか、アルベルトのように癇癪は一切ない。


「魔王さまは魔王様ですわ。私の事はファロとお呼びくださいまし。」

「ふんっ。余の素性は勝手に明かしておいて、自らの名は伏す気か?往生際が悪いぞっ!!」

「だってぇ。。元には戻りたくないのですもの。元の名を呼ばれるだけで不快ですわぁ。」

「うるさいっ!!!」

 なんだか滑稽な寸劇が始まった気分だ。。国王に懇願する王妃は絶世の美女なのだが。。。何がどうなっているのか、セバスを見ればやれやれといった様相。


 セバスが俺にこっそりと耳打ちしてくれる。

「国王陛下は、本物の魔王様の生まれ変わりのようでございます。そして王妃様は。。」

 彼はそこで言葉を止め、先ほど開かれていた魔王軍の姿絵が描いてある書物を開き、トントンと指を差した先は。。


「・・・・マジで?」

「はい。ですから”ファロ”にございます。」

 俺は口に手を当て、笑いが込み上げるのを必死に堪える。。。


 だって、セバスが指差したのは。。


「もうっ。セバスったら。。酷いわっ!!」

 俺たちのやり取りに気付いた王妃は涙目。。。ウルウルと大きな瞳を潤ませた美女の姿。先ほどまでなら心打たれていただろう。。だがしかし正体を知った今となっては。

「・・・・っく。。。失礼。。くく。。しました。。」

 それが限界だった。。もう笑いをこらえる事ができず、声を出して笑ってしまう。


 だって、目の前の美女が、醜く厳ついオッサン姿の野獣、”牛魔王デスブファロ”だというのだから。。

 しかも。。。国王夫妻には王子が2人に王女が3人。子だくさんだしな。。


「そう笑うでないわっ。」

 口を尖らせてそっぽを向く国王。。。その姿は”国王”でも”魔王”でもない子供のように不貞腐れた顔。首元が少し赤いところを見ると羞恥もあるようだ。


「というか。。いつ前世の記憶を?くっくっく。。王妃様の正体は。。くっっくっく。。いつお知りに?」

 どうしても笑ってしまう。。

「そっ。。。それは。。だな。。」

 言い淀むところを見ると、バレるとさらに羞恥する時期なのだろうな。。


「わたくしは、5歳の時に気付きましたの。本当の自分に。女として生まれ変わったことに歓喜しましたわ。デスブファロとしては魔王様は片時も離さずに傍においてくれておりましたけれど、それは右腕として、恋人としてではありませんでしたもの。魔物には男色も珍しくはないですから、一晩だけでもと何度も魔王様にモーションをかけましたけれども、欠片も振り向いてはくれませんでしたの。。」

 泣き顔で訴える王妃。。もとい元牛魔王。


「見目を惹く女に不自由もしていない状況で、なにゆえ、筋骨隆々のムサイ男を抱かねばならんのだ。」

 腕を組みプイッと国王はそっぽを向く。

「ほら。酷いでしょう?ですから、寿命が短い人間とはいえ、見目も良い女児になっていたことに歓喜しましたのよ。しかも貴族。魔王様がどのような環境に復活なされたとしても、嫁ぐには問題が無い地位でしょう?王だとしても私は貴族ですし、庶民だとしても格下ですから問題はございません。けれど、私が狙うのは”魔王様”。復活なさるとしても、魂から溢れ出る高潔さは隠しきれませんから、いずれ高貴な御身分になることは必定。私はそれに見合うように自分を磨き上げることに専念しましたわ。」

 涙はいつの間にか治まり、堂々と胸に手を当てながらドヤ顔の王妃。


「そして、12の春。貴族の娘は王城で開かれる舞踏会に参加することが許されるようになりますでしょう。社交界デビューは15歳ですが、その前に場に慣れるためですわね。私ももちろん参加いたしました。そこで王子時代の陛下の御姿を見て。。そしてすぐに気づきましたわ。王子が魔王様であると。。その時はまだ魔王様の記憶が戻ってはおりませんでしたので。。わたくしの直感が間違っている可能性も無くはないとは思いましたが。。それはそれ。まずは目指すは”王妃”と決めたのですわ。」

 ものすごくハングリー精神旺盛な貴族令嬢だな。。だが、それを成し遂げるのは。。もはや執念と言える。


「それで、一応聞きますが。。お互いを気付いたのは。。」

「それは。。もう良いではないか。。それよりも今後のことであるがな。。」

 国王は慌てて俺の話を切り上げようとしているのだが。。

「うふふ。初夜ですわぁ。わたくしのこの磨き上げた身体を堪能なさって記憶が戻ったという事は、きっとああは言いつつも、前世でもわたくしの事を気になっていたのですわ。」

 「ねぇ。あなた。」などと言いながらまた国王に纏わりついている。


「ということは?」

 またもニヤついてしまう。初夜に閨を共にした後に、自分が魔王だという記憶が戻った事までは百歩譲って仕方ないと思ったとしても。。今抱いた女が、あの牛魔王だったと知ったら。。。


「くっ。。。ご愁傷さまです。」

 笑いをかみ殺しながら同情しておく。他人の不幸は蜜の味とは良く言ったものだ。。ホント笑ってしまう。そんな俺を見ながら国王は恨めしそうに睨み、

「今まで抱いた女がままごとだったかと思うほど、こやつの磨き上げた身体は良かったのだ。魔王時代の俺の好みも知り尽くしておったからな。的確に嗜好を付いてこられたのでな。。そんな情事の後、まどろみ中に魔王の記憶が戻り。。。余も直感で目の前の女が牛魔王であると気づいてしまった。。その時の余の気持ちが分かるかっ?」

 諦めた魔王が言い訳のように言葉を連ねる。


「うふふ。魔王様の性癖は熟知しておりましたもの。いくら人間の身体に生まれ変わろうと、魔族の魂の強さは変わりませんから戻した記憶も鮮明に覚えておりましたわ。魔王様に捧げるためだけにその好み通りに磨き上げたのですもの、悦ばせる自信はありましたの。。それなのに、記憶も戻していない若造との初夜よ?手のひらで転がしてあげたわ。」

 勝ち誇った王妃と。。。完全敗北の国王。。その姿は対照的だが。。


 俺は相変わらず笑いが止まらない。ツボに入りまくりなんだ。。


「そして、先代公爵の遣いで王城を訪れた際に、お二人の姿を見て、私は国王夫妻が”同士”ではないかと気付き。。交流するようになったのですよ。。ちなみに、ファロ様の手練手管には魔王様は敵わず、子宝に恵まれております。王家としては喜ばしい限りですな。」

 そう言ったセバスはにっこりと笑ったが。。。少し揶揄っているのだろう、魔王はがっくりと項垂れた。


 ひとしきり俺が笑う時間が続き、少し落ち着いたところで、


「であるから、ヘルクイーンの件は心配はいらぬ。余が復活したことは、魔王城には既に通達しておる。どこで過ごしているのかは濁してな。魔族の復活には数百年の時間を有するのが通常であるからな。ヘルクイーンもそのほかの魔族たちも余が力を溜めている最中であると思っておる。もう一度、人間界に手を出すなと強く通達しておこう。」

 国王が力強く約束をしてくれた。

「ですが、それだけで大丈夫なのですか?勝手に動くものが他にいないとも限らない。」

「シンジの不安ももっともであるがな。上位種族である魔族にとっては力が全て。最上位種である”魔王”には本能で従うものだ。逆らうのは余の力を感じ取りにくい低位種族だ。ヘルクイーンのあれは、余の命令に逆らったというよりは、ただの戯れだ。遊びでも人間に手を出すなとは言ってはいなかったでな。。」

 

 そんなこんなで、その日の会談は終わった。


 なんだか、連日のように衝撃的で刺激的な事柄が起きすぎて。。。

 なんだか、現実感が湧かないのだが、半端じゃない疲労感が夢でないと訴えてくる。

 なんだか、危険が去った安心か、極度の緊張からの解放感か、帰りの馬車の揺れなのか。。。


 公爵にあるまじき行為ではあるのだが。うと。。うとうとうと。



 揺れる馬車のなか、

「ようやく溜まっていた心の靄が晴れたのですね。。ゆっくりとおやすみください。」

 睡魔に襲われた俺の身体にそっとブランケットをかけながら、セバスは温かい目で公爵を見つめるのだった。



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